時ちゃん

その1

50年以上前の話、友達だった一人、時ちゃんという人の関わりを書いていく。
時ちゃんの入店は2月1日だった。
高校3年生は2月から自由登校になる日
長年新聞店にいた私なのだが飛び抜けて早い入店だった。
卒業式にも彼はでなかった。
新聞少年(青年)になるには、やはり何かの理由がある。
時ちゃんは末っ子で小さい頃、母がなくなり
父もかなり高齢で長男夫婦に育てられるようになっていた。
兄夫婦に子供がないときにはま〜良かったけれど子供ができると
どうしても彼の面倒はお留守がちになっていった。
やがて彼はちょっと融通がきかないやっかい者になってしまったようだ。
一例を上げると
ある日
時ちゃんは少し夕食に遅れた。
すると彼だけおかずがなかった。
ご飯だけはお窯にに少し残っていたので砂糖をかけて食べていたら
兄嫁にバレて怒られた、否、怒鳴られたとか。
食事の話をもう一つ
時ちゃん「東京って良いとこっスよね〜」と
私「何の?どこが良いの東京の?」と自分が聞き返した。
私の心の中では、時ちゃんの答えはきっと東京は便利だからとか
夜中でも明るいからとか彼の群馬の田舎で暮らしで山の方なのでそんなふうに言うと思っていた。
ところが時ちゃんから返ってきた答えは
時ちゃん「だって東京には蛇がいないから」というものだった。
しかし後日その夜、時ちゃんはテレビを見ながら夕食を始めた時だった。
夕食に乗せていたのはちゃぶ台だったのだがそこへ、上から大きな蛇がドタっと落ちてきた。
ビックリしたのはもちろん、夕食はほとんど蛇にダメにされた。
時ちゃんの家は今風ではなく天井がなく梁が見えている。
それからも時々梁の上をはっている蛇を見たと。
食い物の恨みは恐ろしいぞ。
それから時ちゃんは蛇が大大大嫌いになったとか
私「時ちゃんよ俺、蛇年になんだけど」
時ちゃん「それがどうした?関係ないでしょ?」
話には乗らず時ちゃんはちょっとお怒り気味で機嫌が悪い。
私「いやいや自分も蛇は嫌いだな。実家の裏とかに年に一度や二度蛇が家の庭にはってくるよ。」
蛇の話はまた今度。


少し話をもどす、時ちゃんが入店して3日目ぐらいした時の夜のこと
食堂に入って行くと時ちゃんが一人で椅子に入って行くと時ちゃんが一人椅子に座っていた。
他の人は誰もいなかった。
時ちゃんは下を向いていて何だか暗い雰囲気を漂わせていた。
声を掛けづらい、でもほおっておくわけにもいかないと思った。
私「時ちゃんよ、俺、ちょっと奮発していいお茶を買って来たんだ。一緒に飲まないか?」
時ちゃん「いいんですか?」
私「俺の部屋へ来てくれ、今熱い湯を冷ましている所なんだ。」
私「60度ぐらいがうまい茶になるんだって」っとくだらないウンチクを言ったり
私「夕食後だからお腹いっぱいなんだけどやっぱり茶は飲みたいんだよね。」
私「小豆とから大福とか甘い物を添えたいけどなくてさびいしいけど」
時ちゃんの顔を見ながらどうでもいい話をした。
私「おまたせ、さ飲んでみてくれ」
湯呑みを時ちゃんに渡す。
時ちゃんは湯呑みの茶をじっとみつめていた。
一口二口とゆっくり飲んだ。
しかし時ちゃんは終始無言で淡々とお茶を飲んでいた。
やっぱり時ちゃんにはお茶もどうでもいいことであった。
時ちゃん「先輩はわからないことがあったら何でも聞いてと言ってくれましたよね。」
話を聞いてもろくなことがないと思い私は趣味で集めているレコードをかける。
私「あ〜〜そうだそうだレコードでかけよっか」
最初に手に取ったのがチャイコフスキーの悲壮だった。
こりゃまずい、次のしようベートーヴェン、あ…これでもないな
次ヴィヴァルディの四季、これがいいな春が軽い感じがしてこれこれこれが良い…
何だが時ちゃんの話を聞きたくないのか随分時間をかけたが彼の気に障ってしまった。
時ちゃん「先輩!そこんとこがムカつくんですよ!」
時ちゃん「話聞いてんすか!!」
私「わわわ何どうしたの?」
時ちゃん「俺なかなか順路覚えられないんスよ!なんかコツありますか?」
私「初めは順路帳を見ながらでいいんだよ。ところで順路帳に記号はつけたの?」
時ちゃん「ハイ、木村先輩からおそわりました。」
私「空回りはしてる?」
時ちゃん「空回りってなんですか?」
私「朝、夕刊の新聞配りに先輩とかについたりしてるでしょ?」
私「まずは自分一人で順路帳を見ながら1軒1軒確認して見て回って覚えて今度は見ないで順路を体で覚える」
私「やっぱり数をこなすことだね」
時ちゃん「そうっすね!やっぱり数こなしていくしかないっすね!」
新聞配達でよく使われる記号を説明しておくと
トとは隣の意味、2トは2軒隣り、3トは3軒隣り
ムは向かいの家、ハムは斜向かいの家、トとは隣の意味、2トは2軒隣り、3トは3軒隣り
TはT字路の意味でTに右矢印でT字路を右でつまり矢印が左ならT字路を左となる。
十は十字路、YはY字路の意味で同様に矢印の方向が進むべき方向となる。
このように仕事や雑談など私の狭い部屋で時ちゃんと話していた。


時ちゃんは私より1年遅く入店してきたので後輩と思っていたが同い年だとわかった。
いろいろ話していくうちに打ち解けられるようになってきた。
あと敬語から普通にため口になってきた。
時ちゃんは自分で良いと思ったことはすぐに実行してしまう。
自分の部屋に戻った時ちゃんはそれからなんと空回りに行ってしまった。
私は部屋を片付けシャワーを浴びていた時だった、4区の時ちゃんを教えている木村先輩はシャワー質の扉のバーを開けてきた。
先輩「オイ!」
私「なんですか!?今シャワーしているとこですよ!いきなり入ってこないでください!」
先輩「うるせえ!お前新人になにか変なこと言ったか?」
私「はあ?何なんですか?」
先輩「奴がいなくなったんだよ!さっき奴と話してただろ!」
先輩は明日の確認のため時ちゃんの部屋に行ったのだがいなかったようで
私が彼と話していることは知っていたので何か悪いことでもいってそれで怖くなって時ちゃんは逃げてしまったのかと思い
こっちはシャワーで体を浴びているのにそれは棚に上げて私を疑っている。
もし自分が女性だったら先輩を訴えたい気分だ。
しかたなく時ちゃんと何を話したのか先輩に話した。
私「まあ色々と話していましたが順路が覚えられないみたいで私はそれなら空回りして数をこなしていけば?っていっただけっすよ」
先輩「はあ〜あのヤロー!こんな夜中に行きやがったな!」
先輩「あいつ今日やるべきことと明日やるべきことがごっちゃになって」
先輩「自分で優先順位を決めてすぐにやっちゃうんだよあいつ!」
先輩「お前も奴を探すぞ!」
私「え〜嫌です〜シャワー浴びてるので」
先輩「お前のせいで!やつがいなくなったんだぞ!」
私「なんで悪者扱いするんですか〜」
こうして先輩と一緒に寒くて暗い夜中、時ちゃんを探しに行った。
おまけにシトシトと冷たい雨が降ってきて心と身体も冷えてしまった。
時ちゃんをなんとか見つけることができたがかなり時間がかかりおかげで朝になってしまった。
しかもたちが悪いことに順路帳を持たずに迷子になっていたそうだ。
時ちゃんは言い訳までしてきて夜暗くて順路帳が読めないから必要なかったとほざていた。
先輩の様子を見て相当時ちゃんに手を焼いているようだった。
本当に他人との付き合いは難しい。
小さな親切、大迷惑、その一声が


4月になり学校が始まった。
時ちゃんは高校時代、英語の成績がよかったらしい。
そこで時ちゃんは英語の学校であるラサール学院というのに通うために上京し学費を稼ぐことが動機で新聞配達を初めたそうだ。
入学初日、学校から帰ってきた時ちゃん。
時ちゃんは平然としていたが次の日は肩を落として帰ってきた。
時ちゃん「やっぱり男は自分一人でした。」
入学当初、クラスで男子が時ちゃんしかいなかったようだ。
この男が自分しかいないこの違和感も慣れて住めば都になるだろうと思っていたが
慣れるより先にへこたれてしまいそうになっている。
時ちゃん「紅一点は様になるけど、黒一点はちょっと…」
私「羨ましいなすげーいいじゃんないか!」
私「ここなんて男ばかりでむさ苦しいぞ!」
時ちゃん「全然良くないよ。男が僕一人だから先生に目をつけられて」
時ちゃん「しょっちゅうさされるんだよ!もうやめたいよ…」
っと泣き言を早くも言い出した。
時ちゃん「高校では英語だけは少しできると思って英語専門学校に入ってみてわかったけど」
時ちゃん「レベルが全然違うんです。もうヤダー」
私「何言ってるんだよ時ちゃん、高い金払ってるんだからがんばれよ!」
私「両親も反対してると思うよ!」
時ちゃん「うるさいな!やめると決めたらやめるんだ!」
時ちゃん「もう学校行きたくない!」
五月病はなんとか乗り越えたがのだが6月が終わる頃には
時ちゃんはリタイアし、両親の反対を押し切り退学してしまった。
先程書いたが紅一点は花があっていいが無骨な黒一点はやはりちょっと厳しかったかもしれない。
また女子たちの絡みもあまりよくなかったようだ。
もし相性の良い女子さえいれば変わっていたかもしれない。
学校はやめてしまったが新聞配達は続けていた。


時ちゃんはボディービルの様なものを始めた。
専売所の屋上にダンベルやベンチプレスでなどを上げて体を鍛え始めた。
体に良いものと聞くとのめり込む、例えばある日夕刊を配り終え帰って来るなり
時ちゃん「ねえ付き合ってくれる?」と言う。
時ちゃんと東光ストアに行った。
東光ストアは後に東急ストアになっているがそこで時ちゃんは体に良いものが売られていて私を誘った。
時ちゃん「東光ストアでV8のジュースの安売りなんだ」
時ちゃん「さっきお金の持ち合わせがなくて1ケースしか買っていないんだ」
自転車の前カゴに1ケース、後の荷台に3ケース、二人合わせて8ケースを買って帰った。
しかし時ちゃんはまだ足りないと言ってまた買いに行った。
合計で13ケース買った。
私「時ちゃんよどうするのこんなのジュース部屋に入りきれないんじゃないの?」
時ちゃん「じゃあ入りきれなかったら部屋のスペースかしてね」
私「え〜」
時ちゃん「体に良いものがメチャ安いんですよフフフフV8は野菜ジュースなんだ。」
時ちゃんがV8ジュースを一緒に買いに行ってくれたお礼にジュースをくれると言う。
しかし私は断った。
時ちゃんが飲んでいる時にそのジュースの匂いが臭かった。
例えで言うと腐ったトマトのようだ。
私の心の声、このジュースを飲むのは嫌だ、金つけられたって、と
時ちゃんはボディービルをやるぐらいだから人一倍体に気をつけていて
体に良いことを心掛けていた。
ある時、体が硬いというのでそれには酢が良いと聞くと酢をコップ一杯一気飲みして
ゴホンゴホンと後が大変、オッチョコチョイである。


ある時、同期の学君が時ちゃんに映画を勧めていた。
ブルース・リーの燃えよドラゴン面白いと言われたそうで
その時、時ちゃんはあまり乗り気ではなく
時ちゃん「あまり見たくないよ。」と言っていたのだが
入場料がただの映画のチケットもあるので見に行った。
すると面白さにハマってしまい、朝から何回も上映が最終日になるまでず〜と見ていた。
映画の見過ぎで目を真っ赤にして目がいたいと言っていた。
時ちゃんは視力が0.02ぐらいで牛乳瓶の様なメガネをかけていた。
朝の新聞配達が休みの日、ゆっくり寝て朝いつもより4時間遅く起きた時は
視力が0.02から0.05上がるんだって時ちゃんは言っていた。
時ちゃんは目が良くなるという様な本を10冊以上も買って読んでいた。
それに目が良くなるという器具も買っていた。
八角形の周りにくの字型の大小があり回して大きなったり小さくなったり、それを見て目の特訓をするのだとか。
私は視力は良い方だったが羨ましいを言われてた。
ある時、時ちゃんを私をじっと見つめていた。
時ちゃん「なるほどね。やっぱり」と言う。
私「何が?」
時ちゃん「目の良い人は一ヶ所をずっと見続けることはしなくて視点があっちへこっちへ飛ぶように見ているところを換えている。」
時ちゃん「自分なんてあまり見えないから一ヶ所をじっと目続けちゃうよ」
私「ふ〜ん自分は意識してないからわからんね〜」
時ちゃん「ムカつく〜」
私「まあただ小さいときからかな小学生時代は釣り三昧で中学時代は望遠鏡で星を見てたから」
私「目が良くなることしてたのかも」
時ちゃんは私の話を聞いたら後日やっぱり釣りや望遠鏡で星を見て実戦していた。

続く

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