駄菓子屋じいちゃんエビス

第1話 やっとのお客さん

山形県東根市のある公園で子供たちがボール遊びをしていた。
ブランコとシーソーしかない小さな公園で子供は三人しかいない。
帽子のつばを後ろにしてかぶっている翔吉と一緒にボール遊びをしている慎吾。
そして芝生の上で寝ている和河也。
翔吉「あっやべ!」
慎吾「おい!何やってんだよ!」
慎吾に向かって投げようとしたボールが違う方向へ行き寝ている和河也の顔に命中した。
和河也「いた!」
和河也は起きてしまった。
和河也「くそ~お前らよくも!」
慎吾「あ~あ怒らせちゃった~」
翔吉「え~俺がワカを怒らせた?」
風がそよぐ木陰の下で心地よく寝ていたのに起こさせてしまったのだからそれは怒るに決まっている。
和河也「今いいとこだったんだ!やっと竜宮城に行けるとこだったのに!」
翔吉「なんだよ、夢でも見てたのか?」
和河也は夢を見ていたようで浦島太郎になりきっていじめっ子たちにいじめられている亀を助けた後、
そのお礼に亀が彼を竜宮城に連れて行ってくれるような展開まで来ていたのだろう。
おかっぱ頭で眼鏡をかけている少年和河也は読書好きであるが
見た目に反し運動神経がよくやんちゃな翔吉と慎吾の二人と肩を並べている。
こんな感じで三人はよくここの公園で遊んでいるのだ。
しかし今日は平日、小学生ぐらいの子たちのようだがもしかして学校はサボりなのか。
和河也「このヤロー!」
眼鏡をかけなおしボールを持って立ち上がる。
翔吉「ほらボール返して」
和河也「ああ…この僕の弾丸を受け止め切れたらな!くらえ死の魔球!」
慎吾「はあ~また始まったよ。」
和河也「ウルトラスーパーマキシマムバーストザグレードオブハイパーメガシュート!」
長い技名を言い放ち翔吉に向けてボールを強く投げつけた。
その力の入った技名のごとく火が出そうなくらい速いボールである。
翔吉は和河也の力がこもったボールをしっかり腰を入れてキャッチした。
翔吉「へへ、いい球だぜ…」
和河也「フっまだ僕の力はこんなものではない。20パーセントしか力を出していない!」
翔吉「何!?20パーセントしか出していないだと!?」
翔吉「へ!どうりで弱い球だと思ったぜ!」
慎吾「さっきいい球だって言ってたのにか?」
和河也「ほう貴様も力をつけていたということか!」
和河也は腰を低くしファイティングポーズの構えをする。
翔吉「俺はドラゴンの試練で究極の力を授かりし選ばれた男なんだぜ。」
翔吉は一度大の字になり空にボールを掲げた。
慎吾「アニメの見過ぎだお前ら」
翔吉も和河也はアニメを見るのが大好きでそんなごっこ遊びに突っ込みを入れる慎吾。
和河也「おもしろい…俺の力を開放する時が来たようだな。」
気合を入れるかのように体を震わしている。
和河也「シューーーーーーーージュジュジュ!」
慎吾「はあ~意味わかんね。」
力を溜めているようで和河也には何かしらオーラのようなものが見えているのかもしれない。
慎吾から見ればチンプンカンプンだし他の人から見れば変な風に見えるだろう。
翔吉「逃げるぞ!慎吾!俺のドラゴンパワーは溜めるのに時間がかかる!」
慎吾「はいはい逃げろってことね。」
翔吉と慎吾は走って公園を出て逃げた。
和河也「待てーーーー!」
和河也も公園を出て二人を追いかけた。


住宅街で逃げ回る翔吉と慎吾。その二人を追いかける和河也。
踏切を通過していく翔吉と慎吾。
踏切に入って追い付こうとするが電車が来てしまう。
和河也は電車が過ぎ去り踏切棒が上がるまで待っていた。
そして電車が過ぎ去り踏切棒が上がっていざ二人を追いかけようとするが二人の姿が見えなくなってしまった。
完全に二人を見失ってしまったということだ。
和河也「逃げ足だけは速いな~」
踏切を超えて街並みを歩き見渡す和河也。
今のところ踏切のある道が目印になるがあまり通らない道なので遠くへ行きたくない。
ちょっと辺りを見渡して二人が見つからなければ探すのはあきらめて来た道に戻って帰ろうと彼は思っていた。
和河也「やっぱダメか~帰るとするか…」
和河也「ん?」
探すのをあきらめて帰ろうとしたとき甘いリンゴの香りがした。
鼻腔を広げるように甘い香りを嗅いでにおいが出ている方の近くまで歩く。
するとその甘い香りが放っている場所に辿り着いた。
何か店を構えているのだろうかそこから湯気が立っている。
見た目は木造で2階建ての小屋である。
和河也「こんなところにお店が?へへ大発見!」
和河也は目を光らせる。
あまり行かない道を歩いてみるのもいいかなと思った和河也は一度その店を覗いてみた。
白髪で顔が老けっているおじいさんがいた。
そのおじいさんはガスコンロにお鍋を乗せてリンゴを茹でていた。
皮を剥いてくし切りにされたリンゴがお鍋の中にいっぱい入っている。
甘いリンゴのかおりの正体はきっとこれである。
中を見るとスナック菓子がいくつか置いてあって看板には駄菓子屋エビスと書いてあった。
読んで字のごとくここは駄菓子屋のようだ。
おじいさん「おおーーーー!いらっしゃい!!」
和河也「こっこんにちは」
おじいさん「やっと子供の客が来てくれたぞい!」
おじいさん「お前さんがお客さん第一号じゃあ!」
和河也「どっどうも…」
おじいさんにお客さんとして歓迎した上に和河也のことをお客さん第一号と言っている。
そう言われると何か買わないといけないと思ってしまう。
おじいさん「何か欲しいものとかあるか?」
和河也「飲み物って売っていませんか?」
翔吉と慎吾が追いかけていたのでちょうどのどが渇いていた。
自販機で飲み物が買える程度の小銭があるためどうにかこの場から抜け出せればと思っている。
まだ中に入ったばかりなので飲み物が売っているかわからないが一見すると売ってないように見える。
おじいさん「飲み物か~う~ん…」
おじいさんは悩んでいる。
飲み物は置いてないのかもしれない。
和河也「ああ~別に飲み物売ってないならいいですよ」
おじいさん「いや待ってくれ今出すから」
おじいさんは靴を履いて走って奥の扉から外へ出て行った。
奥の扉の方を見ると庭が続いていてそこに家が一軒建っている。
その家におじいさんが入って行った。
実家の広い敷地の手前で駄菓子屋を建てて経営しているのだろうか。
家で飲み物でも持って来るのだろうがあまり期待しない方がいいと思った。
和河也「あやっべ!火を止めてないじゃん!」
鍋が沸騰していきたのでガスコンロの火を消した。
待っていると家の方からおじいさんが何か持って来ているがその玄関の前で助けを呼ぶ声が
おじいさん「おっ重い~!運べん!!お前さん助けてくれ~!」
和河也「えええええ~!!」
おじいさんは丸くて青いタンクを持って来ているのだが重たくて運べないようだ。
家の玄関までは運べたようだがここで限界らしい。
和河也「しょうがないなぁ~もう!」
和河也は一回靴を脱いで畳入り進み奥の扉の玄関で靴を履いておじいさんを助けに行った。
おじいさんと一緒に丸くて青いタンクを運んだ。
タンクは相当重く中に飲み物が入っているはずだ。
蛇口のようなのがついているのでこれはウォータージャグだ。
ウォータージャグを駄菓子屋の方まで持って来て畳のところに置いた。
おじいさん「ふう~助かったわい!ありがとのう~」
和河也「あらかじめ用意しておいてよね。」
おじいさん「すまんすまん」
おじいさん「まだ淹れたてじゃから氷持ってくる。あとコップもな。」


おじいさんは氷と紙コップと紙皿を持ってきた。
ウォータージャグの蓋を開けると湯気が立ってきた。
中身は麦茶である。おじいさんはそこに氷を入れた。
まだ麦茶は熱いので氷で冷めるまで少し待つしかない。
紙コップと紙皿はパッケージに入ったままでそのパッケージの内容と値札から100均のものであるとわかった。
それぞれパッケージから紙コップと紙皿を一組出した。
おじいさん「どれどれリンゴはできているかのう?」
和河也「沸騰していたんで火消しておきました。」
おじいさん「おうありがとのう~じゃあこのリンゴをご馳走してやるわい。その間に麦茶も冷えるはずじゃ。」
おじいさんはくし切りにして茹でたリンゴを紙皿に乗せてそれを和河也にあげた。
和河也「いただきます。」
和河也はおじいさんが茹でたリンゴを食べた。
和河也「甘くておいしい!」
おじいさん「ふふおいしいじゃろ!」
リンゴはシャリと音がしたが触感が柔らかく甘さが広がっていく。
リンゴにはちみつや砂糖などをいれ茹でて、リンゴのコンポート風なものを作っていたのだろう。
おじいさん「ダチがリンゴ農園やってて今日余ったリンゴを頂いたんだ。」
おじいさん「でもワシは歯が弱くなっちまってな固いリンゴは食えんのじゃ」
おじいさんの友達がリンゴ農園を営んでいるそうで余ったリンゴを今日もらったらしい。
しかしおじいさんの歯は弱いらしくリンゴをそのままでは食べられないみたいなのでこうしてリンゴを茹でて柔らかくしていたのだ。
おじいさん「それで駄菓子屋でリンゴを茹でていた時にお前さんが来てくれたんじゃ」
和河也「僕は友達を追いかけていたんですけど…」
和河也はこの駄菓子屋に辿り着くまでの経緯を話した。
おじいさん「そうか浦島太郎の夢を見ていたんか、やっと竜宮城にたどり着けそうなところで友達に邪魔されたのか~残念じゃな。」
おじいさん「けどお前さんはいい駄菓子屋を見つけたな!」
おじいさん「お前さんは浦島太郎、わしは亀、そしてここが竜宮城じゃ!」
和河也「僕が最初のお客さんだってことなの?」
おじいさん「ああそうじゃ。この駄菓子屋エビスを建てたのは半年前じゃ」
おじいさん「まだダチや身内ぐらいしかたまにしか来なくてのう~」
おじいさん「子供のお客さんが来てくれてわしはうれしいのじゃ!」
半年が経ちやっとのお客さんと言うことで胸が高鳴っているようだ。
ウォータージャグの蛇口を捻って紙コップに麦茶を注いだ。
ちょうど麦茶も氷で冷えて飲み頃だ。
和河也はその麦茶を一気飲みした。
おじいさん「わしをエビスじいちゃんと呼んでくれんかのう?」
駄菓子屋の名前にちなんでエビスじいちゃんと読んで欲しいようだ。
和河也「あはい…エビスじいちゃん…」
エビスじいちゃん(見てるか恵美須、やっと子供のお客さんが来てくれたぞ…) 和河也はただただ従ってエビスじいちゃんと言っただけかもしれないがエビスじいちゃんはそう言われただけで胸が熱くなる。
エビスじいちゃん「リンゴまだまだあるがお替りするか?」
子供のお客さんを少しでもこの駄菓子屋に留めていたいそうだ。
和河也「じゃあお替りいただきます。」
和河也は紙皿をエビスじいちゃんに渡してリンゴをお替りを貰う。
慎吾「あこんなところにいた!」
翔吉「おーい!和河也!」
そのとき翔吉と慎吾が来た。


和河也「ショウ!シン!」
慎吾「探したぞ!もう帰っているのかと思った。」
二人もこの駄菓子屋へ入っていった。
エビスじいちゃん「お前さんの友達か?」和河也「うん一応」
エビスじいちゃん「どうだいお前さんらリンゴ食べんか?」
翔吉「いいの!じゃあいただきます!」
慎吾「お言葉に甘えて俺も!」
エビスじいちゃんは翔吉と慎吾にもリンゴを食べさせた。
翔吉「うまいなこのリンゴ!」
慎吾「砂糖とはちみつが入ってそれがリンゴとちゃんと絡み合ってておいしいな」
エビスじいちゃん「砂糖とはちみつを入れて味付けしたんじゃがおいしいか!それはよかった!」
翔吉と慎吾もエビスじいちゃんが茹でて作ったリンゴのコンポートをおいしいと高評価である。
エビスじいちゃん「のども渇いているじゃろう」
二人分の紙コップを出して麦茶を注いで翔吉と慎吾にあげる。
翔吉は勢いよくゴクゴクの麦茶を一気飲みした。
慎吾もいい飲みっぷりである。
公園で遊んで走って追いかけっこしていたのでのどが渇いていたはずだ。
翔吉は空のコップをエビスじいちゃんに見せた。
麦茶を一滴残らず飲んで紙コップの底の白いのを見せつけているようだ。
エビスじいちゃん「おうもう一杯か?」
翔吉「今度は甘いジュースがいいな」
翔吉はもっと飲みたいそうだが麦茶以外を注文した。
エビスじいちゃん「残念じゃが今は麦茶しかないのじゃ~」
翔吉「え~なんで飲み物とか売ってないの?売ってるのはお菓子だけ?」
慎吾「お菓子だけ売っている店とかもあるだろうけど…」
駄菓子屋エビスという看板を見た二人。
しかし翔吉と慎吾は顔をしかめる。
慎吾「駄菓子屋にしては売ってるもん少なくない?」
翔吉「グミとか飴とかねえの?せんべいぐらいしかない」
和河也「それ僕も思った。しかもそんなに無いよね。」
翔吉「ダメダメだね!」
エビスじいちゃん「うぐ!」
子供たちからの率直な感想だが聞こえがよくないものでショックを受けたエビスじいちゃん。
せんべいやスナック菓子しか置いていないし更に品揃えもよくない。
これでは子供たちにとっては物足りない。
エビスじいちゃん「あ~おほん!いや~結構わしの駄菓子屋は人気でのう~」
エビスじいちゃん「沢山売れてしまってよく品不足になるんじゃよ!」
エビスじいちゃんはそう言い返すが
和河也「エビスじいちゃんの言ってるのは嘘だよ。」
和河也「僕のことお客さん第一号って言ってたから」
エビスじいちゃん「ああ言うでない!」
エビスじいちゃん「あ!そうじゃまだリンゴも麦茶もまだあるぞ!」
慎吾「全然お客さん来てないってことか」
エビスじいちゃん「あ~なんのことだがわしはさっぱり~」
おでこや脇に汗をかくエビスじいちゃん。
翔吉「おっちゃん嘘はダメだよ」
話を変えようと必死なところもこの駄菓子屋は鳴かず飛ばずであることが三人に伝わってしまう。
エビスじいちゃん「う~まだお客さんはお前さんら三人だけじゃ~」
本当のことを言って畳に膝をつき縮こまって落ち込んでしまった。
エビスじいちゃん「つまらんもんばかりですまん、許しておくれ~」
翔吉「わっ!悪かったよおっちゃん!」
懇願してくるそんなエビスじいちゃんの姿がかわいそうでならない。


翔吉「ここでなんか買っておこうか?」
和河也「僕もそのつもりだったんだ。」
慎吾「リンゴと麦茶奢ってもらったからそうするか。」
エビスじいちゃん「ええ子じょのう~」
三人の子供がこの駄菓子屋エビスでお菓子を買うということでエビスじいちゃんは嬉しくなり涙ぐんだ。
翔吉はズボンの両ポケットに手を突っ込んでお金がないか探した。
入っていたのはたった10円玉3枚で30円しかない。
翔吉「俺30円しかないんだけど。金持ってる?シン」
慎吾「う~んショウ、俺もこの前ゲーム買ったばかりだからそんなに持っていないんだよな」
慎吾は小銭入れを持っていたが財布の中は1円玉や5円玉ばかりである。
貯めたお小遣いでゲームソフトを買った以来財布の中身はそのままらしくそんなにお金は入っていないようだ。
100円玉が2枚ぐらいあったが合わせても300円にはとどかないだろう。
翔吉と慎吾はお互い名前を漢字を一文字取って呼びあっている。
ちなみに和河也の場合は二文字取ってワカと呼んでいる。
慎吾「ワカはお金持っているか?」
和河也「あるよ。自販機で1本買えるかぐらいだけど」
和河也は150円持っていた。
三人の所持金を合わせても350円から400円ぐらいの間だ。
慎吾「すいません、350円ぐらいしかないんですけど何か買えるお菓子はありませんか?」
エビスじいちゃん「感激じゃ~よいよい!お菓子3つ買って300円じゃ!」
慎吾「いいんですか?」
子供たちがお金を出し合って何か買おうとする姿がなんとも心温まる光景である。
仕入れた原価通りの価格でお菓子を3つ買おうとすれば300円以上行ってしまうが
子供たちのために値段を安くしてまけてあげるのも大人の優しさだ。
なによりもやっと来てくれたお客さんであり、可愛い子供が三人も来てくれたのだ。
エビスじいちゃんにとっていい思い出になりこれは300円以上の価値がある。
好きなお菓子を三人どれか一つ選んでそれを300円で持って帰っていいらしい。
翔吉「サンキュー!おっちゃん!」
エビスじいちゃん「わしのことはエビスじいちゃんと呼んでくれ」
せんべいやスナック菓子しかないが三人はそれぞれよさげなのを選んだ。
和河也「じゃあねエビスじいちゃん!」
慎吾「ありがとうございました。エビスじいちゃん!」
エビスじいちゃん「また遊びに来るんじゃぞい!」
翔吉「次来たときはグミとかジュースとか置いといてねエビスじいちゃん!」
エビスじいちゃん「おうわかったぞい!」
エビスじいちゃんは三人が帰る姿を手を振って見送った。
それをたまたま通りがかった女の子二人は
「あれ翔吉たちじゃない?」「こんなところに駄菓子屋ってあったの?」
翔吉たちと知り合いであるようだが女の子二人は駄菓子屋があることに気づき中を覗いた。
中にいるエビスじいちゃんと目が合ったので挨拶をした。
女の子「こんにちは~」
エビスじいちゃん「お!!新しいお客さんじゃ!!」
また次の新しいお客さんがやってきた。
翔吉たちと同じ年齢ぐらいの女の子二人だがどのような話になるのか…。


続く

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