第8話 究極の選択
家入は花たちによってアミュ真仙教と名乗る組織が拠点とするアジトに連れ去れてしまう。
警視庁は渋谷襲撃事件を機に東京都内全域に警察総動員で巡回パトロールの指示を出した。
実行犯がまだ捕まっておらず顔も判明していない。
同じような事件を起こさないように犯罪組織の行動を制限させるしかできない現状である。
林は家入が犯罪組織に誘拐されたことを知らなかった。
花「もうすぐ到着よ。」
家入(うううう…一体僕はどうなっちゃうの?)彼は目隠しをされていた。
国道を走っていたと思われるがパトロールしている警察の目を掻い潜り
人気の少ない道路を走ったところを境に目隠しされてしまったのである。
アジトがどこにあるのか知られないようにするために目隠しさせたのだろう。
車が徐々に減速し、ピッピッピッと車のバック音が聞こえる。
おそらく彼らのアジトに到着したのだろう。
車から音が消えた。そして再度ドアが開いた。
誰かが家入の両足を解いて歩けるようにさせた。
しかし両腕は縛られたままであり、目隠しもされたままである。
猿江「おい、降りろ!」
家入「はい…」車から降りた。
外の空気や音、布越しから感じる光から地下にいるのではないかと家入は思った。
家入(地下なのかな?)
まさに地下駐車場である。
花「お待たせ。」
猿江「ナンバープレート変えておいてくれ。」
「はい、わかりました。」
竹原「頼んだよ~」
地下駐車場にいるのは花と猿江と竹原だけでなく他に誰かいるようだ。
彼が帰還するのをここで待っていたもので三人の仲間ということだ。
見隠しされているため彼の顔がわからない。
彼は三人と家入を乗せた貨物車のナンバープレートを取り換えるみたいだ。
車種はともかくナンバープレートを変えるだけでも所有者の特定がしにくくなり検閲が難しくなる。
手続きなしでナンバープレートを変更する行為は違法であり道路運送車両法違反で50万円以下の罰金が科される。
彼らにとってはどうでもいいことであろう。
あんな大きな事件を起こしたのに後始末も徹底している。
完全に雲隠れされた。
彼らを知っているのは家入のみである。
花「ほら歩きなさい!」家入「う…はい…」
家入は目隠しされたまま歩かされた。
前が見えないためどこを歩かされているのかわからず怖くなる。
彼らが渋谷襲う時に放出した危ない白い煙から死に物狂いで逃げて何とか生還できたのにこれでは無意味だ。
犯罪組織に捕まったのが運の尽きだ。
あそこで運を使い果たしたとでもいうのか。
家入の肩に誰かが握っているのがわかり、両腕を縛り付けているロープの伸びている部分も誰か握っているようだ。
家入の肩は猿江の腕に握られている。
家入の両腕を縛っているロープを竹原が持っている。
彼らのアジトにいることはわかるがどこを歩かされているかはわからない。
今は彼らに身を委ねて歩くしかない。
この先待っているのは拷問かそれとも殺されてしまうのだろうか?
家入を生かしておくメリットはおそらくないだろう。
彼らについてもアミュ真仙教についても全貌が明らかになっているわけではない。
しかし逃がせば警察に通報するかもしれないので厳重に逃がさないようにするだろう。
行く先々で機械音がする。
何かを通しているかのようだ。
エレベーターが開く音がした。家入はその中に入られた。
このエレベーターが上に行っているのか下に行っているかわからなかった。
家入「やっぱり僕を殺す気なの?」
花「それはアミュ様が決めることよ。」
猿江「ビビってるのか?」
家入「は…はい」
犯罪組織のリーダーだから怖がらずにはいられない。
竹原「怖がらなくても大丈夫っすよ。アミュ様は優しいから」
家入「ええ…」
あんな恐ろしい計画を企てている首謀者が優しいわけがない。
エレベーターが開く音がした。
その先を歩いて見るとグラスの音や人の喋り声が聞こえてくる。
花「ここならもういいわ。拘束を解きなさい。」
猿江「はいよ、姉貴。」
拘束が解け家入の視界にようやく光が差した。
家入はすぐに自分がどこにいるのか周りを見渡し状況を確認した。
ここは、飲食や接待するホストクラブのような場所であった。
紳士服を来た長身の男がバーカウンターに立っている。
バーテンダーなのだろうかカクテルをシェイクしている。
ここにいる人たちも彼らの仲間だろうか。
猿江と竹原と同じ作業服を着ている者やスーツを着ている者がいて酒を飲んで嗜んでいる。
彼らが使用しているテーブルの上にはなんと拳銃が置かれていた。
それよりも一際異彩を放つ者がいる。
演説台の上に立っている。
筋骨隆々で長髪で色は虹しかも海パン一丁である。
家入はそれを見て唖然した。
何やらデッサンか、彼をスケッチしている人がいる。
花「アミュ様、只今戻りました。」アミュ「ご苦労だった。」家入「え…」
あの男こそがこのアミュ真仙教のリーダーである。
家入はまた唖然した。
アミュ「ういは誰だ?勧誘か?我々の郷に入りたいのか?」
花「どうする?家さん?入る?」家入「え?」
いきなり勧誘を迫られる。
彼らの組織の一員となれば命はひとまず助かるかもしれない。
しかしそれでは家入自身共犯者となってしまう。
命を取るか犯罪者となるかまさに究極の選択である。
断れば殺されるはずだ。
家入「………」
アミュ「うむ、急に言われた困ってしまうか…」
アミュ「ゆっくり考えるといい、返事を待っているぞ。」
家入「あの…もし断ったら?」
アミュ「なるほど~場合によるね~」
アミュ「なら質問を変えよう。ういは何者だ?何しにここへ来た?」
花「彼は私たちが連れてきました。昨日知り合ったんです。」
花「新聞配達やっていて、知り合いの中には警察がいます。」
猿江「こいつ我々の計画を邪魔してきたものです!」
家入(ゲゲ!)
家入のことを花たちが話す。
知り合いに警察がいることも事実だし、猿江からしてみれば計画を阻止してきたと思われて当然だ。
土屋氷魚の件もあり、殺されるのではないかと怯えた。
アミュ「私はアミュ。神だ!」
アミュ「本名は赤城真弥、よろしく。」家入「は…はい…」
自分は神だと名乗りその後自ら本名を言った。
アミュの本名は赤城である。
自己紹介しないと言うのも無作法なので家入も苗字と名前を名乗った。
家入「家入琢郎と申します。よろしくお願いします。」
赤城は演説台から降りた。
赤城「デッサンは後にしよう。客が入った下がりたまえ。」
やはりあれはデッサンで自分の絵を描かせていたようだ。
赤城「家入さん座ってください。君たちも」
赤城「ベルガモットを5つ頼む。」
ベルガモットが何なのかわからないが酒であると家入は思った。
家入「あの~僕、お酒飲めないです…」
花「あそういえば、家さん酒飲めないんだったわね。」
ベルガモットとは白ワインをベースとしたものでハーブやスパイスを配合したのである。
赤城「では何にする?コーヒーか?ジュースでもよいぞ。」
家入「いえ…水でいいです…。」
赤城「ほう水か!素晴らしい!!」
赤城「水こそが原点にして頂点!!あ~なぜ人は水以外を飲んでしまったのか」
赤城「マスター!私も水にしてくれ!!」
花「私も!!」竹原「俺も!」猿江「俺もだ。」
全員水になった。
家入「アミュ真仙教でしたっけ…」
家入「何が目的なんですか?」
単刀直入に彼らの目的は何か家入は尋ねた。
彼らがしていることは残虐非道なことだ。
単純にこの日本の国力の低下や経済損失を与えることなのだろうか
はたまた世界征服でもしようとする気なのか、赤城の真理を知りたい。
逃げることは絶望的だが少しでも情報を得たい。
家入「この国を乗っ取ろうとでも?」
赤城「ふむ、まずはこの国を支配下に置くことも必要ではあるな。」
赤城「我々の目的は人々を自由にすることさ!!」家入「自由?」
赤城「世界が変わろうとしている…最悪な方向に進もうとしている…」
家入「そうなんですか?」
赤城「あ~なんと、なんて哀れな人よ!」
家入「は?はい?」何言っているのかさっぱりわからず困惑する家入である。
赤城は違う世界の住人だ。
赤城「なぜ家入さんは東京に来た?何のために仕事をしている?何のために生きている?」
家入「そ…そういわれても…」
いきなり問い詰められる家入。
赤城の言動はどこか哲学的ではあるが、先ほどの質問は至極まともな就職の面接のようだ。
家入「えっと…」
今の家入ではすぐに答えることができない質問だ。
家入は何も考えず成り行きで生きてきた。
子供のころからサイクリングが好きで大学を進学した際、自分に合うとのことで新聞配達を始め
そこで林と川代に出会った。
同じ大学であったこともあり仲が深まりきっかけになった。
先輩後輩の関係であったため理不尽な扱いをされこともあったがそれを差し引いても家入にとっては幸せな日々を送っていた。
林は警察官、川代は消防隊員になったが家入は大学を卒業した今も新聞配達をしている。
昨日のように家に来て食事をして雑談することもあるがこの先どうなるかわからない。
時代が進んできているのか新聞配達では自転車ではなくバイクでの配達が流行してきている。
できた後輩も免許を持っていてどこか自分は置いてかれているような思いを何度かしたことがある。
二人は赤城らが起こした騒動の火消しとなって頑張っているのに自分はいったい何をしているのだろうか。
家入は頭に追い浮かんだことを全て口にした。
赤城「そうか君の話から、先輩方お二人と自分は劣っている、今では後輩にも抜かされそうになっていると感じ取れる。」
赤城「今も自転車で新聞配達をしているのは、サイクリングが好きだからかい?」
赤城「他にやることがないからかい?」
家入「そうかもしれませんね。それは否定できません。しかし…」
家入「自分はこれでいい。それでいい。今がいいと思って続けているのです。」
赤城「ほう…ハハハ」
赤城「素晴らしい!君は自分の思いのゆくまま進む自由人みたいな人なんだね。」
赤城は腕を広げ天井を向いた。
赤城「ありのままで生きたいと裏腹に周りは変化しているというのに自分はこのままでいいのか悩んでもいるんだね。」
赤城「みんな、君自身を含め天命をまっとうしているのだよ。周りが少し眩しく見えるだけさ。」
赤城「気にしなくていい。君は正しいと思っていればそれでいいのさ。ありのままで」
赤城「だからこそ私は救いたいのさ!人々が抱えるしがらみを!心の中に潜む闇を解放させてあげたいのさ!自由にしてやりたいのさ!」
それが赤城の言っている自由と言うことかなのか。
いいことを言っているがそれにしても海パン一丁はとてもシュールである。
赤城「明日も新聞配達かね?」
家入「はい。おかげさまで自転車を手放してしまい。歩きで配達することになりました。」
赤城「自転車を手放したと、なぜ?」
家入「あなたたちのせいです!私もそこにいましたから!」
猿江「なんだと!貴様!!」
赤城「ハハハハハ!よいよい!正直に言ってよい!」
赤城「しかし、あれは仕方のないことだ。犠牲者が出るのは当然。渋谷にいた人々は我らの計画の生贄となったのだ。むしろ光栄と思った方がいい。」
赤城「命交わりし時、革命の狼煙上げよ!!…」
呪文を唱えているのか…
命交わりし時とは何か、革命の狼煙上げよとは何なんのか。
家入は瞬時に理解した。
命交わりし時とは渋谷のスクランブル交差点で革命の狼煙は白い煙のことだ。
赤城「さて次は…神宿るは、地獄の業火燃え盛らん」
次の赤城はまた呪文のようなものを言い放った。
ポエミーで誓文のような何かだが、おそらく次の犯行の計画だ。
地獄の業火と聞けば、火災を思い浮かべるが、神宿るということは新宿と言うことなのだろうか。
漢字では神ではなく新ではあるが。
家入「新宿で火災を起こす気ですか?」
赤城「正解だ!見事だ!拍手!」パチパチパチ!
周りから拍手された。
正解したようだ。しかし嬉しくはない。
渋谷の次は新宿で火災を起こす気だ。なんとも恐ろしい計画だ。
赤城「簡単だったようだね。ならこれはどうかな?」
赤城「眠れぬ地に血をささげ今こそ眠れ!」
眠れぬ地とは東京のことか。東京は眠らないと町としても言われている。
血から連想するに殺人だろう。
東京のどの区をねらうかはまだわからないがまさか東京都全域で殺人をやるつもりか。
家入「東京のどこで殺人をするつもりなんですか?もしかして全部が対象?」
赤城「解釈上、東京と全域が対象になりえるな。特定の場所をねらうつもりだよ。」
特定の場所をねらうつもりである。
猿江「燃料も火薬も十分そろっております。いつでも新宿を襲撃できます。」
新宿襲撃の準備は万全らしい。
このままでは渋谷のみならず新宿で人々が危険にさらされてしまう。
赤城「政府はきっと穏やかではいられないはず。」
赤城「やつらは馬鹿ではない。こちらの動きを読みながら予測を立て守備を固めてくるだろう。」
赤城「外の様子はどうだった?」
竹原「そうですね~。結構な数の警察がパトロールしてるみたいです。」
猿江「では新宿の件は?」
赤城「待ってみるのも、一興だ。必ず計画を成功させる。」
赤城は政府の動向を読みながら、計画を実行するそうだ。
ここまで統率の取れた犯罪組織を築き上げたのもだてではない。
赤城「ところで家入さんは我々がしていることはどう思う?」
慎重に言葉を選ばなければいけないと悟った家入。
しかしその場しのぎの嘘を言ってよいものか。
家入「とても許しがたい行為であると思います。」
家入は良心に従い、彼の行為に異を唱えた。
赤城「正直に言って結構だ。よろしい」
赤城「殺しはなぜダメだなのか?法律でそういう決まりだからかい?」
赤城「それも自由ではないか!」
家入(自由ってそういうことなの!?)
改めて赤城は危険思想の持ち主である認識した。
赤城「家入さんはどうして人を殺してはいけないのだと思う?」
家入「わかりません。けど無益な殺しで大切な人がいなくなるのは嫌なんだと思います。」
家入「あの時、死を予感した時僕は死にたくないと思い死に物狂いに必死に逃げました。」
家入「死んだらきっと自由にはなれないのだと、いや自由じゃいられなくなると思います。」
赤城「ハハハハハ。いい答えだ!君らしくていい。ますます気に入った。」
赤城「君ももしかしたこっち側の人間かもしれない。」
赤城「そろそろ煮詰まってきたところじゃないかな。」
赤城「我らアミュ真仙教の一員にならないか?」
家入(え?どうしよう…)「えっと…」
再び究極の選択を迫られる家入。
彼らの仲間になれば政府の敵になり犯罪者になってしまう。
しかし断れば殺される。
家入の選択は…。
続く
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