第5話 花の行方未だ知れず
渋谷の街に謎の男二人が白い煙をまき、さらに銃を乱射し人々を襲う。
この未曽有の事態に政府は当然無視することはできず国の平和と国民の平和のため機動隊を出動させた。
渋谷の街は白い煙に包まれていた。
薬物か毒のようなものが含まれているため吸うと危険である。
また男らは銃を所持していることから厳戒態勢が敷かれる。
家入は地上を目指し地下水道を歩いている。
家入「林さん~川代さん~助けて~帰りたいよ~」
泣き叫んでも嘆いていても二人は来ない。
家入「はあはあ…」胸が張り詰め息が苦しい。
命からがらなんとか逃げ切ることができたが体はびしょ濡れで疲弊している。
こんな場所は滅多に通ることはない。
薄暗くて異臭がする。
まるで黄泉の道を歩いているかのようだ。
白い煙に彼は怯えていた。
あれを吸った人々は悶え苦しんでいた。
白い煙が及ばないところまで、できれば遠くへ行きたい。
しかし彼は立ちすくんでしまう。
銃を持っている二人の男が怖いのだ。
ガスマスクを装着していたため男二人の表情はわからないがこちらの素顔は見られている。
家入「僕を殺そうなんて彼らは思ってたりしてないよね…」
次の標的が自分じゃないかと焦る家入。
家入「けど!林さんと川代さんがいるから大丈夫!」
家入には警察の林と消防の川代がいる。
彼にとっては頼もしき守護者である。
困った時は相談に乗ってくれるだろう。
時間がどれだけ立ったかわからないがあの騒動だからきっと二人も知っているはずだ。
林はというと自分が勤務している宇田川交番に戻ろうとしている。
実行犯は銃を所持していて、渋谷の街に蔓延している白い煙は危険である。
迂闊に近寄ることは出来ない。
助けに行こうとした林だがかえって自分に危険を被ることになり足手纏いになる。
まさか渋谷の街で事件が起きるなんて思いもしなかった。
朝でていった花が事件に巻き込まれていなければよいのだが。あと家入も。
機動隊が出動しているので彼らが沈静化してくれるはずだ。
この大事件はニュースで速報される。
被害者の人数、被害がどれほど及んだのかまだ調査中である。
白い煙が他の地域に拡大する可能性があるので窓を閉め、
家の戸締りを忘れずに外出の際はマスクを着用するなどといった注意喚起がなされた。
交番に戻った後は恐らく警戒警備を行うことになるだろう。
林は与えられた職務を全うするのみ。
渋谷の街以外でもニュースでこの騒動知った人々はパニックに陥っている。
そのことが消防署にいる川代の耳にも入った。
川代「まじかよ!渋谷であんな物騒なことが起きちまうなんてよ。」
川代「あそこにいる人らが危険だ!助けに行かねえと!」
丸山「落ち着け川代!」
川代「先輩!落ち着いていられますか!あっちは今大変なことが起きてるんすよ!」
丸山「武器を持っているそうだし、有害なガスが蔓延している。」
丸山「救助に行きたいお前の気持ちもわかるが今は危険だ!冷静になれ!」
丸山は川代の先輩である。
川代の暴走を止めているのが丸山でいつも面倒を見ているのだ。
いてもたってもいられない川代の気持ちも丸山は理解している。
しかしどんなに難しい人命救助であっても川代の前向きさと人命に対する熱い思いやりで何度も乗り越えてきた。
川代の活躍や能力を丸山は認めているが渋谷で起きている事件は
犯罪性のある被害であるため指示を待ってから動くべきだ。
丸山「ここは神泉町だし、被害がどれだけ拡大したかによる。」
丸山「俺たちが出動するかはわからないがいつでも出動できる準備はしておこう。」
川代「うっす!」
川代が勤務している消防署は神泉町にある。
神泉町から渋谷までの距離は約3kmだが、消防署からだと約6Kmほどあるが
遠くはないので出動命令が出されても珍しくない。
状況を把握し、いつでも出動できる準備はしておくべきだろう。
川代「実は大学時代の後輩が新聞配達やっててルート的に渋谷を通るんっすよ。だから気になって…」
丸山「大学時代の後輩のことか。後輩が渋谷で危険な目に遭ってるんじゃないかって心配しているのか。」
丸山「なるほど。それでじっとしてられないんだな。」川代「そうっす」
先輩に胸の内を見抜かれる川代。
川代「かわいい後輩のこと考えちゃうんですよ。」
丸山「こう見えて、お前は面倒見いいからな。たしか大学の同期は警察やっているんだっけ?」
川代「はい。そうっすよ。林って言うんですけど。」
丸山「へえ~林君ね。知ってるぜ。宇田川で勤務している彼だね。」
どうやら丸山は林のことを知っているようだ。
川代「え!!林のこと知ってたんすか!?」
丸山「ああ最近なんだが。渋谷駅のほうで死体遺棄事件があったろ。」
丸山「俺たちがそのマグロ拾いを任されて現場に行ったときに林君と会ったんだ。」
川代「そうか。先輩は林と会うの初めてだったんすね。」
川代「俺はよく林とは仕事でも関わることがあるんすよ。」
丸山「同じ渋谷区だから会うことはあるでしょ。」
丸山「ふ~んそうか林君か。渋谷の方面もパトロールしてると言ってたし彼がいるなら心配ないな。」
川代「いや~だから心配なんですよ。あいつでしゃばるとこあるんでほっとけないんですよ~」
丸山「人のこと言えねえだろ!お前!林君のほうがしっかりしていると思うぞ。」
川代「いやいやあいつはそんなにしっかりしていませんって。一緒にいるからわかるんですよ。」
丸山「でも渋谷で立て続けに事件が起きるなんて物騒だな。」
川代「そうすっね。何が起きるかわからないですね。」
川代とその先輩の丸山はそんなやりとりをしながら消防署内で待機していた。
家入はようやく地上に出ることができた。
暗い場所にしばらくいたので晴れ空がとても眩しかった。
家入「はあーーふう~よかった!!」
あの白い煙はこっちまできていないので安心し深呼吸した。
家入は宇田川町の辺りに出れたようだ。
ここが宇田川町だとわかったのは家入が新聞配達でよく通る道だったからである。
家入は早く帰っていつもの日常に戻りたかったがさっきの事件のことについて伝えるべく警察に相談しに行った。
ちょうどその途中で林と出くわした。
家入「林さん~怖かったです~」
林「家さん!!どうしたんだい!!」
家入は顔や服は汚れていてびしょ濡れだった。彼の身体から臭いにおいがする。
すぐに家入を交番に連れて詳しい事情を聞いた。
家入は宇田川交番で林と熊谷に渋谷で起きたことを話した。
林「家さん渋谷にいたんだね…」
家入「はい新聞配達を終えた帰りレコードを買いに行く途中でした。」
家入「トラックが猛スピードでダーーーーー!っとスクランブル交差点に突っ込んでいきました。」
家入「追いかけたんですがトラックの中にいた男が急に銃でこっちに打ってきたんですよ!」
熊谷「やはり実行犯は銃を所持していましたか」
家入「トラックから白い霧のようなものが出てきてそれを吸った人がバタバタ倒れて本当にもう怖かったです。」
家入「白い霧が迫ってきて自転車で必死に逃げましたが先が川になっていて行き止まりなってしまって」
家入「やむを得ず自転車を手放して川に飛び込みました。」
家入「吸わないように潜りましたが息が続かなくて死にそうでしたがちょうど地下水道に繋がる穴みたいなのをみつけましてそこを通って地上に出ることができました。」
林「そうだったのか。でも無事でよかった。」
家入が言っていることは決して冗談ではない。
冗談言ってよく笑わせてくる家入だがいつになく真剣でその中身も深刻なものである。
彼の体から出る異臭や服の汚れ、放つ言葉に嘘偽りなんてない。必死に逃げてきたのだ。
家入の証言は目撃者と言っていることとほぼ同じだった。
熊谷「白い煙がなんなのかまだ解明はされていませんが危険であることは変わりません。」
熊谷「窓や扉など家の中に侵入しないようにしっかり閉めてください。」
熊谷「情報提供ありがとうございました。ゆっくり休んでいてください。もし不安であれば病院で診察を受けてみるのもいいかもしれません。」
熊谷「これを…」家入「ありがとうございます。」
熊谷は家入にマスクを渡した。
家入「あの…林さん家までついてきてもらっていいですか?」
家入「あの男に顔を知られているかもしれません。」
林「気にしなくても大丈夫だよ…」家入「…はい」
家入の表情が暗く怯えていた。
こんな表情をする家入は初めてである。
銃で打たれ、命中はしなかったが命を狙われた身である。
間近で渋谷にいる人々が襲われているのを目の当たりしているのだ。
精神的ショックや大きなストレスを抱えているはずだ。
熊谷「林さん。家まで送ってください。」
林「いいんですか?また私が出て行っても…」
熊谷「こういう時こそ、そばにいるべきではないですか?」
林「熊谷さん…。はいわかりました。交番勤務任せました。」
林は敬礼した。
家入「ありがとうございます。」
家入と林はマスクを着用して交番を出た。
林は、自転車を押して歩いて家入を道玄坂のアパートまで一緒に行くことにした。
時刻は13時、機動隊は渋谷に到着した。
白い煙は消えたが念のためガスマスクを装着した。
街の様子だがあの煙を吸って倒れて意識不明の人たちや実行犯が乱射した銃に被弾し死者が出ているなど事態は最悪である。
しかし実行犯の姿は見られなかった。
混乱と同時に逃亡を図ったのだろうか。
だが犯行に使われたトラックは放置されていた。
おそらく車を奪って逃亡したのか逃亡をするための車などを他に用意していたと考えられる。
後者だとすれば実行犯は二人だけではないだろう。
テロ組織など反社会的勢力が動き始めているなら人々の暮らしの安全を守るために阻止しなければいけない。
今は人命救助が最優先である。
機動隊の何人かは放置されたトラックを調べていた。
トラックのコンテナの中には怪しげな機械が設置されていた。
蜘蛛のような形をしていて足のようなものはパイプで作られていた。
パイプから白い煙を放出させたのだろう。
この機械を運び解析すれば犯人探しの手掛かりになるはずだ。
機動隊数人で蜘蛛型の機械を取り外そうとしたが一人の機動隊が異変に気づいた。
カチカチと音が聞こえた。
タイマーのようなものがこの機械本体についていてそれが10秒切っていた。
機動隊「逃げろーーー!」
危険と感じた機動隊数人はすぐにトラックのコンテナから脱出した。
そしてトラックの中に設置された機械は爆発した。
爆発の範囲は広く機動隊やその他の人々も巻き込まれてしまった。
渋谷に再び戦慄が走る。
爆発音が宇田川町にいる家入と林の耳に届いた。
家入「え?今の音は!?」林「渋谷の方からだ!」
渋谷には機動隊が出動している。
機動隊と反社会的勢力が戦闘でも開始されたのだろうか。
家入「なんですか?戦争でも始まるんですか?」林「そんなまさか…」
戦争が始まれば渋谷でも東京都だけではない日本中が大パニックになる。
林は熊谷に電話した。
林「熊谷さん!渋谷に爆撃音が!」
熊谷「林さん!ついさっき警視庁から連絡がありました。」
熊谷「実行犯が使用されたトラックに爆弾が仕掛けられていました。」
熊谷「負傷者多数及び建物損壊が起きています。」
熊谷「今のところ実行犯は現場で確認されておらず恐らく逃亡したのかもしれません。」
熊谷「消防と緊急医療車を手配し人命救助を最優先になりました。また安田巡査部長自ら現場に出向くそうです。」
熊谷「とりあえず林さんは家入さんを家に送り届けてください。」
林「わかりました。」
いろいろ気になってしまうが続報を待ち今は家入を家に送り届けることそれが林のすべきことである。
丸山「おい!川代俺たちの出番だ!いくぞ!」
川代「うっす!!」
警視庁から緊急で救助申請が出されたのが川代たちが勤務する神泉町の消防署であった。
出動する準備の最中だが家入の事が気になり川代は
川代「トイレ行ってきます!」こっそり携帯を持ち出しトイレに駆け込んだ。
丸山「馬鹿野郎!早くいってこい!」怒られてしまった。
川代「もしもし林!」
林「川代か、家さんなら無事だよ。隣にいる。」
川代「あ!そうなのか。」林「ふふそうだと思った。」
川代「てか隣になんで家さんいるのかわからないが後で話を聞く。俺救助行ってくるからじゃ!」
林「気をつけあ!」川代はすぐに電話を切った。
川代は丸山とほかの消防隊員と共に消防車に乗って渋谷へ救助に向かった。
川代たちが救助に行くそうである。
それを林は家入に話した。
林「川代が救助に行くそうだよ。」家入「そうですか。」
林「家さんのこと心配してたみたいだよ。」
家入「川代さ~ん僕本当に危なかったです。」
実際に事件に巻き込まれそうだったので川代にそれを聞いたら驚くに違いないだろう。
家入「けどなんで林さんに電話してきたんだろう?」
林「よく家さんがこっちの交番に顔出すからじゃないかな?」
林「家さん固定電話じゃん。いろいろ動きを読んでこっちに電話した方が早いって思ったかも。」
林「これを機に携帯電話にしてみたら?なにかあったらすぐに連絡できるよ。」
家入「そうですかね~。そういえば新聞配達の後輩からバイクにしたらと言われてます。」
家入「バイクは免許が必要なのでまずは携帯電話からっすかね。」
いい加減に生きてきたつけが回ったのだろうか。
家入自身悪くはないのだがこれをきっかけに生活を見直し携帯電話を持つか検討することにした。
携帯電話があればどこでも連絡ができるので今後の不安もある程度は取り除けるであろう。
そばに家入がいるのだが林には他に心配していることがある。
それは花の所在である。
花は朝早くに出て、住んでいたアパートは解体工事が行われてしまっている。
だから彼女がどこにいるか不明なのだ。
家入が住む道玄坂のアパートを紹介されたのできっとそこに引っ越したのではないかと林は思っていた。
それしか今のところ心当たりがない。
行って見たが彼女の姿はなかった。
しかし家入もその時いなかったので今そばにいる家入本人に聞くことにした。
林「花さんは家さんのアパートに引っ越してたりはしていませんか?」
家入「どういうことですか?花さんは昨日の夜林さんと一緒だったはずですが。」
林「そうか家さんは知らないか。今日私よりも早く起きて出て行っちゃったんだ。」
林「花さんのアパートに行ったんだけど解体工事が行われていて。」
林「それで家さんのアパートを紹介されたからもしかしたらそっちに引っ越したのかなと思ったんだよ。」
家入「私も朝早いんですれ違ったかもしれませんね。」林「うん、もう一回確認してみるね。」
家入を送りがてらもう一度花が道玄坂のアパートに引っ越したかどうか確認した。
しかし花は引っ越していなかった。
林は家入の賃貸にいた。
林「やっぱりここにはいなかったか。寝袋あるから見つからなかったら野宿するとか言ってたな…」
家入「最悪なタイミングですね。渋谷は大変なことが起きているのに」
林「うん…。だから花さんがどこに行ったのか心配なんだ。」
花が事件に巻き込まれていないか勘繰り不安が募る一方だ。
林「家さんにもう話すけど数日前に発見された遺体は花さん兄の土屋氷魚なんだ。」
家入「え!それ本当ですか!?」
土屋氷魚の失踪の真実を家入に伝えた。
林「午前中それを花さんに伝える予定だったんだけど。交番に彼女が来る気配もないんだ…。」
家入「どうしちゃったんですかね…花さん。」
彼女がどこに行ったかわからないが無事であると信じたい。
林「家さん、戸締りはしっかりしてね。何かあったら連絡するんだよ。報・連・相だよ!」
家入「はい…」
そして林は家入のアパートをでて交番に戻るのであった。
続く
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