イエイリ

第4話 未曽有の事態

土屋氷魚の死を遺族である花に告げようと林はアパートに行ったのだが
彼女の住んでいるアパートは解体工事が行われていたのだ。
トラックが3台くらい工事の者が数名いることを確認する。
仮囲いが設置されている段階でまだ本体の取り壊しは行われていない。
おそらく今週中には建て壊しが行われるのだろう。
しかしこれでは直接彼女に真相を伝えることができない。
オーナーから退去を命令されている。
彼女の意思に関わらず強制的に退去を命じられたのだろうか。
彼女が提出した失踪届けに連絡先が書いてあると思うので交番にいる熊谷に連絡した。
林「土屋花の住んでいるアパートが解体工事が始まっていて本人に会えない状況なんです。」
林「失踪届けに連絡先が記されていると思うので確認をお願いしたいのですが。」
熊谷「わかりました。でしたら私がご遺族に電話で伝えますよ。」
林「いえ、交番に来るように伝えてください。」
熊谷「え?ああ、わかりました。」
直接口で告げることにこだわる林である。
熊谷は花が提出した失踪届を確認しその連絡先の電話番号に電話を掛けた。
だが「おかけになった電話番号は現在使われておりません」とアナウンスが流れた。
熊谷「繋がらないだと!?どういうことだ?う~ん仕方ない…」
失踪届に書かれている電話番号では繋がらないようだ。しかもその電話番号使われていない。
熊谷はそのことを林に電話した。
林「電話番号が使われていないだって!?…そんな…」
熊谷「アパートを出られたということは解約されたということなのでしょう。」
熊谷が言うように土屋家が住むアパートで使われていた固定電話は解約されてしまったと考えられる。
時代は1990年頃、この年の3年前に携帯電話が開始され固定電話よりも普及しほとんどの人が利用されている。
それでも固定電話を選ぶ人がいて、携帯電話は贅沢品と捉える人も少なくない。
熊谷「失踪届を提出したのは昨日ですよね?」
林「そうです。ご本人は昨日失踪届を出しています。」
つまり退去と同時に固定電話の解約は難しいと思われるので失踪届に書かれている電話番号はすでに解約されたものになる。
それよりも彼女の行方を知るのが先決である。
熊谷「彼女の行く先など心当たりはありますか?」
林「午後飲食店でバイトがあると言っていましたがどこの飲食店でバイトしているかは聞けませんでした。」
引っ越し先は決まってないことは知っているがどこの飲食店でバイトしているのかわからなかった。
昨日二人っきりでいろいろ話せたはずなのに何も言えなかったことが情けないと彼は思っていた。
林「ダメ元ですがオーナーさんに聞いてみます。手掛かりがあるかもしれませんので。」
熊谷「わかりました。」
熊谷との電話を切り林は解体業者らしき人物に話をする。
林「あのすみません、このアパートの解体工事は今日から始められたのですか?」
解体業者「はい今日の午前9時から開始されました。今週中には解体が完了し一旦ここは更地になります。」
林「そうですか。」
どうやら今日の午前9時からこのアパートの解体工事が始められたそうだ。
現在11時、昨日林が住んでいるマンションに花は寝泊まりしており林が起きる前の午前5時ぐらいに起きて出て行ったのだろう。
遅くても彼女は午前8に退去したと思われる。
林「数日前殺害事件がありまして、そのご遺族がこのアパートに住んでいたのですがあの~オーナーさんの連絡先をご存じないですか?」
解体業者「すみません…把握してません。あ!社に連絡して確認します!少々お待ちください!」
対応してくれた解体業者の人は若かった。
林は警察であり、事件性のある事柄であるため捜査に協力するため社に連絡した。
解体業者「はいどうぞ…」
解体業者の者は携帯を林に渡した。
相手は解体業者の責任者なのだろう。
林「もしもし警察です…」
林は解体業者の責任者の話を聞きアパートのオーナーの連絡先を聞き出すことができた。
林「ご協力ありがとうございます。」
警察からお礼をいただいた若い解体業者の者は深くお辞儀した。
林はアパートのオーナーに電話をかけ退去した花のことについて詳しく聞いた。
林「土屋花はいつごろ退去されたのですが?」
オーナー「ええ~今日の朝7時に退去されましたよ。」
オーナー「昨日の夕方の4時だったかな~明日の朝にでると言われて。」
林「え!?そうなんですか」
オーナー「はい。古くなってしまったんでね~やっと出てくれましたよ。」
オーナー「彼女が退去次第でアパート解体するよう頼んでおいたので」
林「わかりました…」
なんと花は自らアパートを退去したそうだ。
オーナーに昨日の午後16時に退去することを伝えていたことを知った。
兄の行方を知りたいはずの花がなぜ退去に踏み切ったのか疑問だ。
兄の所在について伝えると昨日約束したはずだ。
花は午前中いっぱいは時間が空いていると言っていた。
このアパートは解体工事が行われるので彼女はここにはいない。
彼女は寝袋を持っているので野宿することにしたのだろうか
それとも引っ越し先が決まったと言うのか。
思い当たる節があるとすれば家入のアパートだ。
昨日家入のアパートを紹介されたのでそこに引っ越し先を決めたのかもしれない。
考えられる彼女の行く先は家入のアパートかもしくは転入届や住民票など申請のため区役所にいる可能性もある。
まだ引っ越し先が決まっていないならパトロールがてら近くの公園や地下鉄などを覗いてその後交番に戻ることした。
料理について話をしていると思うので家入なら花がどこの飲食店でバイトしているのか聞き出せているはずだ。
家入に期待を寄せた林は家入のアパートに行くのであった。
ちなみに家入も携帯電話を持っていない。彼も固定電話である。


家入はいつも通り朝早くに起きて新聞配達のバイトしている。
家入の起きる時間は林よりも早い深夜3時である。
夜は22時前には就寝しているので睡眠時間は約6時間ぐらいは確保している。
10分以内に朝食と着替えなどを済ませ新聞販売所へ行く。
販売所でチラシと新聞を折り込み深夜4時から配達を始めるのだ。
家入は渋谷区の中央部の渋谷、宇田川町、松濤、道玄坂、円山町、神泉町を自転車で新聞配達をしている。
林が宇田川町で交番勤務していてそこの交番付近を家入は通るのでよく顔を出している。
林と川代が新聞配達を辞めた後、人手が不足していた時期は南の恵比寿の方まで新聞配達をしていたそうである。
あの時期は大変だったみたいで猫の手も借りたかったそうだ。
今では大学生が数人バイトしていてこの渋谷区の新聞販売所は若い人で活気に満ち溢れている。
家入は5年以上も新聞配達をしているのでここでバイトしている人たちにとって大先輩なのだ。
今回家入と同じ時間帯に新聞配達をする黒須も後輩の一人で彼は大学2年生である。
家入が自転車に新聞を積んでいる時、黒須が声を掛けてきた。
黒須「家入さんもバイクにしたらどうですか?」
黒須は小型二輪免許を取得したようで新聞配達用の125ccのバイクがあり彼はそれに乗って北の千駄ヶ谷の方まで新聞配達をしているそうだ。
125ccのバイクは車種によって100km以上出るそうで新聞配達用のバイクは80km以上出せるそうだ。
しかし黒須が取得した免許では法定速度は60kmまでである。
またこの新聞販売所では独自に速度制限を定めており50km以上の速度を出してはいけないとされている。
自転車よりも一度に詰める新聞の量も多く速度、パフォーマンスともにバイクの方が優れているため
黒須は家入にバイクの利用を勧めている。
新聞配達はバイクで移動するのが基本となってきている。
家入「私は自転車が性に合うんです。」
家入はまだ運転免許を持っていない。
昔から自転車を利用していてそれが板についているせいか運転免許を取得しようとしないそうである。
林と川代がいた頃は自転車が多かったがここ2、3年くらいでバイクでの配達が普及してきている。
タイヤのパンクや何かしら自転車が壊れても家入は修理できて販売所は大助かりであったが今は少し肩身が狭くなってきている。
家入「でもほら英語で自転車をバイクって呼ぶでしょ?」
黒須「そうですけど、意味はエンジン付きの二輪車です。」
彼は四角四面である。
黒須「先行ってますね。」
バイクのエンジンをふかし黒須が先に新聞配達へ行った。
家入も新聞配達に行き道玄坂→円山町→神泉町→松濤→宇田川町→渋谷の順番に新聞配達をした。
ルートの最後を渋谷にするのは帰りがけに彼はレコードを買うからだ。
もとから免許証を持っていないからではあるが新聞配達用のバイクを利用したくない理由はこういった寄り道ができないからでもある。
家入はクラシックやオペラ音楽が好みで最近はジーザスクライストスーパースターにはまっている。
新聞配達を終えた家入は渋谷のレコード店に行った。
時間は11時半である。
ご飯を食べながら新しいレコードを聴くそれが彼の至福の時なのだ。
2日目のカレーということで気分上々だ。
あのカレーは花が作ったものでとてもおいしかった。
1日目よりも味が染み込んでいるので楽しみである。


午後の予定を自転車で漕ぎながらあれこれ考えている家入であるが横断歩道を渡ろうとした時、猛スピードで大型トラックが突っ込んできた。
家入「びっくりした!危なかった!」
その大型トラックは信号無視して猛スピードで走ってきたのだ。
家入は轢かれずに済んだ。
しかしその先は渋谷のスクランブル交差点である。
時間帯的に人気も多くなっている。
もしまた信号無視で猛スピードで走ったら人々に危険が及ぶ。
家入はトラックを追いかけた。
だが全開でペダルを漕いでも全然追いつけなかった。
それでも家入は後を追い食らいついていく。
せめてトラックのナンバープレートだけでも把握したい。
彼は視力だけはいいのだ。
だがあのトラックにナンバープレートが付いていなかった。
明らかにあのトラックはおかしいと気づいた。
家入「止まれ!!止まれ!!」
家入は必死に叫ぶが止まる気配はない。
家入の声は運転席にいる人に聞こえている。
キャビンの中には二人いた。
二人共黒い髑髏型のガスマスクを装着をしていて全身黒い恰好をしていた。
「おい邪魔が入ったきたぞ。どうする?」
「脅してやれ、殺してもかまわん。我々の計画を止めるものは排除しろ。」
「了解!」
男はライフルを取り出し、サイドウィンドを開けた。
ライフルの銃口を家入に向けた。
トラックのサイドウィンドから何か飛び出してきた。
家入「うわああ!なんだ!?」
パーンパーンと大きな音が鳴り響いた。
家入は急ブレーキをかけ止まった。
道路のコンクリートに煙があがりそれを見た家入は自転車を倒し腰が引けた。
それは弾丸だったのだ。
家入「え?嘘…これって銃の弾だよね…」
彼の全身は震え冷や汗が流れていた。
あのトラックにいる者は犯行を犯す気だ。
彼らは渋谷で何をする気なのか。
トラックは信号を無視し速度100kmを超え、さらに前を走る車を何台も突き飛ばしそのままスクランブル交差点を横断する人々を襲った。
家入は戦慄した。
ガスマスクを装着した男二人がトラックから降りた。
「命交わりし時、革命の狼煙上げよ!!」
男はそう叫びトラックのコンテナが開くと白い霧が出てきた。
それを吸った人々は悶え苦しんだ。
女性の悲鳴や泣き叫ぶ子供たちの声あちらこちらに聞こえてくる。
渋谷の街は地獄絵図と化した。
「お前たちは生贄になってもらう!!」
「新時代の幕開けだ!!」
男二人はライフルを乱射し逃げ惑う人々に銃弾を撃ち込んでいく。
白い霧は家入の方にまで広がってきた。
身を危険を感じた家入は自転車を起こし、宇田川町の方へ全力でペダル漕ぎ逃げる。
男らが放つ銃に被弾したくもない。
家入「これはまずい!」
家入「あれは吸っちゃいけない!」
白い霧が家入の背後に迫り来る。
家入は死にもの狂いで逃げる。
必死に自転車のペダルを漕ぐがその先は川でガードレールがある。
曲がらないといけないがそれでは拡大する白い霧の餌食になってしまう。
家入は川を飛び越える選択をした。
家入「死にたくなーーーい!」
家入は自転車を手放し川へ飛び込んだ。
川へ飛び込んだ家入は無我夢中で泳ぎ向こう岸まで泳いだが間に合わない。
家入は息を止めて潜った。
潜ったことで白い霧を吸わずに済むが息が持たない。
呼吸するために水面へ顔を出せば白い霧を吸ってしまう。
ダメかと思った家入だが地下水道を見つける。
家入はそこに向かって泳ぎ、梯子を見つけそれを使って上りようやく呼吸することができた。
不幸中の幸いである。
異臭はするがあの危険な霧を吸うよりましである。
家入「はあ……はあ……危なかった。」
家入は生きた心地がしなかった。
家入「あ~死ぬかと思った~~もう今年の運使い果たしたかも…」
ポケットの中にあった財布の中身はびしょ濡れだった。
お札は濡れて使い物ならないと思うが命の方が大事である。
レコードなんて買ってる場合ではない。
家入「一体奴らは何者なんだ?」
家入「白い煙のようなものはなんだろう。」
家入「あれを吸った人たちが苦しんでいた。あれは毒かな?」
家入「よくわからないけど。危険であることには変わりない!」
何かよからぬことを企んでいる犯罪者集団であることは間違いない。
このことを目撃者として警察伝えらなければいけない。
家入は地下水道を歩いて地上を目指した。


花の行方を探している林だが渋谷の街で異変が起きていることに気付いた。
渋谷の方に白い煙が立ち上がっていた。
林「あれはなんだ?」
家入は渋谷方面で新聞配達をしている。
心配に思った林だがいったん交番に戻ることにした。
あちらに向うべきか考えたが指示を待ってから対応した方がいいと彼は思った。
まだ彼女がどこにいるかの手掛かりは掴めていない。
家入のアパートは道玄坂にあってそこを寄って見たのだが彼はいなかった。
この時間なら家入は帰っていると思うのだが渋谷の方から出る白い煙を見て嫌な予感と胸騒ぎを感じる。
渋谷の街で何かあったのだろう。
交番に戻ろうとしたとき携帯が鳴る。
熊谷からである。
熊谷「林さん!事件です!本部からの連絡で渋谷駅前交差点で大量殺人が起きているそうです!」
林「なんですって!あの渋谷の方から出ている白い煙がそうですか?」
悪い予感が的中してしまった。
林「今は見えるところにいるのですが行ってきます!」
林は渋谷に行こうとするが
熊谷「行ってはいけません!危険です!」
熊谷が彼を引き止める。
熊谷「マル目言っていたのですが煙を吸った人がもがき苦しんでいたと言っていました。」
マル目とは目撃者の事で警察用語である。
熊谷「林さんが見ているあの白い煙は危険です。毒か薬物のようなものが混入されていると思われます。」
白い霧は害があるものだと知り林は引き返した。
林「誰がこんなことを!実行犯は!?」
熊谷「男二人です。大型トラックで渋谷駅前交差点を渡る人々を襲い、トラックのコンテナから白い霧を出したそうです。」
熊谷「マル目が見た情報だと男二人は黒い恰好をしていて顔はマスクをつけていて表情はわからなかったそうです。」
熊谷「恐らくガスマスクでしょう。煙を吸わないために。」
熊谷「あとその男らは銃持っていて人々を襲っているそうです。」
林「なんだって!?そんな馬鹿な!?」
男二人は銃を所持しているとのことで林は耳を疑った。
まだ渋谷には誰も救助に向かっていない。
現在機動隊を招集し渋谷に出動しているという。
熊谷「林さんは交番に戻ってきてください。まずは住民たちの安全が第一です。」
林「わかりました。」
その先の渋谷にいる人々が助けを待っているというのに何もできない。
林は悔しく思いながらも交番に戻る。
彼はまた渋谷の方へ目を送る。
花のこともそして家入は無事なのか。
渋谷で多くの人々を襲った前代未聞の事件が起きた。
実行犯の男らは何者なのだろうか。
この事態はまだ序章に過ぎない。
東京で林たちを巻き込む恐ろしい大事件が始まろうとしていた。

続く

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