第3話 儚い恋心と謎の文字
花から頂いた彼女の兄である土屋氷魚の顔が写っている写真と遺体の写真が氷魚本人であると林は断定し川代にもそれを見せた。
彼女のことを考え林は一度このことを本人には言わず隠し通そうとしていたが川代に喝を入れられ
正気に戻り花に真実を伝え警察として土屋氷魚を殺した犯人を捕まえることを決意する。
家入のアパートで、家入と林と川代そして花の四人で夕飯を終えた後
林は失踪した花の兄の身元について明日彼女に伝えると話した。
しかし氷魚が働いていた蔵冨興業は数日前殺害事件があった。
その事件に氷魚が関与しているのであれば花の身に危険が及びと案じた林は彼女を自分の家に泊まらせようとプロポーズにも等しい誘いをした。
林が花に好意持っていることに気付いている川代は彼の背中を押し家入もフォローしだした。
後に引けなくなった林だがこの誘いに花の返事は。
花「えっと‥‥」林(花さん‥)
林の思いは彼女に届くのだろうか。
家入と川代は花の返事を待つ林の背をそっと後ろで見つめお祈りした。
花「はい‥わかりました。よろしくお願いします。」
林「え!?本当ですか!?」家入と川代「やった!!!」
いろいろ考えた結果今夜は林の家で泊まることに決めたようだ。
三人は大喜びで特に林が一番嬉しそうだが今回は寝泊まりするだけである。
林「ありがとうございます!」川代「やったじゃねえか林!!」
花「うん?あの‥どうされたんですか?」
林と川代のテンションが異様に高かったため戸惑ってしまう花。
林「ああいえいえ!!何でもないです。」川代「そうそう何でもない!」
顔を赤くする林と川代である。
気が早すぎる。
まだお付き合いするとか結婚するとか全然その域には達していない。
しかし林が抱く花に対する恋心は進展したと言えるだろう。
今後の展開次第で林の恋の行方は決まっていくのだろう。
花自身は林に恋心も好意も興味すら抱いていない
林は警察なのでその指示に従っただけのことである。
兄が働いている会社で殺害事件があったことは初耳ということで気持ちの整理が追い付けていない。
身の危険を感じ警察に保護してもらった方が都合がいいと感じたのかもしれない。
一秒でも早く兄の行方を知りたいはずである。
林「何か荷物とか持ち込みたいものはありますか?」
花「あそうですね、着替えとか取りに行きたいです。」
林「わかりました。私もご一緒します。その後私の家に案内しますね。」
林「それでは失礼するよ。二人共」
川代「へ!いいご身分だぜ林よ!お幸せにな二人共!」
林「こら川代!」
林のことをからかう川代。
決してやましいことがあって花を連れていくのではなく保護するために連れていくのである。
これは警察としての仕事なのだ。忘れてはいけない。
家入「おやすみさい~」
こうして林と花は家入の家を後にしてまずは花のアパートに行き着替えなど荷物を取りに行った。
その後は林の家に花は寝泊まりすることになるらしい。
家入「林さんが花さんのことが本当に好きだったみたいで驚きましたよ~」
林が花のことが好きであると川代から聞き林の行動を見て確信した家入。
川代「だろ~あいつ彼女に会った時からなんか気になるとか言ってときめいていたぜ。」
川代「まさかあの土壇場であれが思いつくとは流石林だぜ。」
川代「でも出会って間もないってのに変だよな~林は。」家入「そうですね。林さんいつもあんな感じですからね。」
川代「変なところはお前と一緒だな。目糞鼻糞だ。」家入「川代さ~ん今日僕の扱い酷くないっすか?」
川代「いつものことじゃねえか。料理ほとんど土屋さんがやってたらしいじゃんか。」
家入「ハハ、はい花さん料理得意みたいで任せちゃったんです。」
川代「まあそのおかげで土屋さんにちょっと惚れちまったんだけどな。」
家入「ああそれで花さんに食事の誘いをしてたんですね。」
川代「あああれね。あいつに土屋さんを譲ることにした。俺はもっといい女探すさ。」
家入「そうですか。」
川代「でよ。家入…」(いや言わなくていいか)家入「ん?」
川代「なんでもない。食器まだ全部洗ってなかったから洗うぞ!」
家入「あは~い」
二人は中断していた食器洗いを再開した。
川代は家入に花の兄のことについて話そうとしていたが言わないことにした。
ショッキングな内容で一番辛いのは彼女である。
家入がそれを知ったらきっと彼女を気遣ってしまうだろう。
花のことについては林が直接口で告げて家入は新聞とかで知ればいい。
この後川代も家入のアパートを出て帰宅した。
林は花のアパートに到着した。
このアパートは花しか入居しておらず彼女は2階に住んでいる。
古くなっていて階段は錆びれて今でも壊れそうで危険ある。
暗いのでとても怖い。
花の後ろにつきゆっくりと階段を上がり彼女住む部屋に入った。
彼女の部屋に入るのは本日で二回目。
やはりテレビは一台も置いていなかった。
花はカラーボックスから服を取り出そうとしていた。
林「あ!すみません私は外で待ってますね!」
花「あら!ごっごめんなさい!早く終わらせますね。」
林「いえいえ全然ごゆっくりお洋服お選びください。」
下着もあるので見るのはいけないと思い林は外で待つことにした。
ちょっと変なことを考えてしまったが両方のほっぺを強くたたいて気持ちを入れなおした。
花「お待たせしました。」
玄関を開けて出てきた彼女の手にはボストンバックを持っていた。
そのボストンバックに貴重品や着替えと入浴剤などが入っているのだろう。
林「では私の家に案内します。」
林は花を連れて自分の住所に案内した。
花「大きいですね。ここに住んでいらっしゃるのですね。」
林「10階までありますけどここも普通ですよ。」
林「家さんのも花さんと同じアパートで3階建てくらいしかありません。」
林「一般的にアパートよりマンションの方が大きいですね。」
林は10階建てのマンションに住んでいる。
ごく普通のマンションではあるが彼女から見ればワンランク上の賃貸物件であるかもしれない。
アパートは木造や軽量鉄骨造で2階か3階建ての共同住宅で
マンションは鉄筋や鉄骨コンクリート造で3階以上の共同住宅と呼ばれているが明確な定義はないそうである。
林は8階に住んでいる。エレベーターに乗った。
そして8階に上がり鍵を開けた。
林の住宅の中を拝見すると部屋は綺麗で清潔感がある。
1LDKではあるものの広々していてキッチンの正面に置いてあるカウンターテーブルがとてもオシャレである。
家入と川代の三人で食事して過ごすことを想定した造りにしたのだろう。
花「一晩だけですがこんなところに住めたらいいなと思っていました。」
花「お金があればなと思っているのですが今の私には似合わないかもしれません…」
林「そんなことないですよ。花さんはバイト頑張っているし、手料理おいしかったですよ。自分に自信を持ってください。」
花「ありがとうございます。ですがあそこの家賃は3万円なのでなんとかバイトだけでもやっていけそうではありましたが…」
花の住んでいるアパートは家賃3万円と安く彼女にとっては身の丈に合った賃貸なのだろうか。
花が退去すればすぐに建て壊しが行われるのだろう。
林「家さんのアパートはどうでしたか?」
花「安ければ検討したいですがここは高いですよね。すみません失礼なこと言って…」
林「いえいえ!それはそうですよね…あの…うぅぅ…」
あの私と一緒に暮らしませんか?っと言いたいが口に出せない林である。
引っ越しより先に兄の所在について解決したいはずだ。
明日遺体の解剖の結果と写真の顔を照らし合わせてからであれば確かな証拠となるのでその時に伝えたほうがいい。
若い彼女にとって受け入れがたい真実を知ることになるのだ。
それと併せて今住んでいるアパートを退去しなければいけない。
同居させるという提案に彼女は同意するのだろうか。
身寄りがない彼女にとっては助け船となるが彼女自身気が引けて住む場所を自分で決めることになるかもしれない。
同意しても引っ越し先までの間までになるだろう。
林は花にずっとここに住んでほしい。なぜなら好きだからだ。
だがそれは言えない。今プロポーズするのは場違いである。
彼女のことを考えるとあの遺体は彼女の兄ではなく別人であると願いたい。
恋心を抱く林は心の中で葛藤していた。
だがこの葛藤は花を守りたいと思ってのことである。
花はお風呂場に行き体を洗った。
彼女は10分くらいでお風呂を出た。
湯船は作らずシャワーのみで済ませたようだ。
そもそもユニットバスなので湯船は作りづらい、ましてや他人の家で贅沢にお湯は使えないだろう。
シャワーのお湯がトイレの方に飛び散らないようにしてるところからも彼女の気遣いを感じる。
少し申し訳ない気持ちになる林である。
二人っきりだからこそ何か話したいのに何も言葉が出てこなかった。
会話したのは今後の引っ越しの件ぐらいである。
声を掛けようにもなぜか気まずくなる。
林も体を洗いにお風呂場に入った。
何か話さなくてはと話のネタをシャワー浴びながらあれこれ考えていた。
しかし何も出てこないまま服を着替えてタオルを首に巻いた。
川代と一緒に買った缶ビールがあるので風呂上りに飲もうと思っていたが花がいるため飲まずに冷蔵庫の中に入れた。
代わりに電気ポットに水入れて紅茶のティーパックを取り出した。
林「花さんお茶飲みませんか?紅茶です。」
花「はい。ありがとうございます。」
林「ポットで沸かしているので待っててください。」
やっと彼女に声を掛けることができた林である。
しかしポットのお湯が沸くまで沈黙が続いた。
電気ポットからでる白い蒸気が林の恋の行方を曇らせる。
本当にこの恋が実るのか怪しくなる。
紅茶をいれた林はまた花に声を掛けた。
林「紅茶できました。ゆっくり召し上がってください。」
花「ありがとうございます。いただきます。」
花はカウンターテーブルでゆっくり紅茶を飲んだ。
林「あそうだ寝るとこですが私のベット貸してあげますよ。」
花「いえそれは申し訳ないので遠慮します!」
林「あいえ別に一緒にベットで寝ようとかそう言う訳ではありません!」
花「はい?何をおっしゃっているのですか?」
林「あ~あごめんなさい。えーと寝るところがベットで一人用なのでえーと」
まだそういう関係にもなっていないというのにベットで女と一緒に寝るというのはあまりにも早すぎる。
またベットはシングルで一人用なのだ。
顔を赤くしてちょっと下心が漏れてしまった林である。
林「私はソファで寝ますのでベットで寝てください。ベットきれいにしますので。」
林「本当ならあのアパートでいつも通り寝て過ごしていらしたのに。だからそれもあって…」
花をここに泊らせたのは林自身なので少しでも快適にまた不快にさせないようにという真心でベットを貸すそうであるが
花「いえ構いません。用意しているので」
彼女は遠慮してボストンバックから何か取り出した。
林「うん?それは?」
花「もし引っ越し先が決まらず立ち退かなければいけなくなった時のことを考えて用意していました。」
花がボストンバックから取り出したのものは寝袋だった。
引っ越し先が決まらないことを考え野宿を想定して寝袋を持っていたようだ。
林「そうですか…」花「林さんどうしたんですか?顔が暗いです。」
林「花さんのこといろいろ心配してたのですが大丈夫みたいですね。」
林「花さんはしっかりしています。」
花「いいえ。こんな立派な賃貸に住んでいて人々のために警察として頑張る林さんの方がしっかりしております。」
花「一晩だけですがここに住ませていただきありがとうございます。」
林「花さん…」
彼女の人柄にまた惚れた林である。少しだけ二人の距離は縮まったのかもしれない。
朝の午前6時に林は目を覚ました。
花を起こさないように静かに起きて仕事の支度をしようとしていたが彼女の姿がなかった。
カウンターテーブルに紙が置いてあった。
何か書いてある。
一晩泊らせていただきありがとうございますと書いてあった。
恐らくこれは彼女が書いたものであり起きてすぐにここを出たのだろう。
バイトは午後からだと言っていたがかなり早い時間に起きて出て行ってしまった。
何も声を掛けずに紙だけおいて。
少し複雑な気持ちになったがひとまずいつも通り支度をして警察官の制服を着て交番へ出勤した。
林は捜査書類となる失踪した土屋氷魚の顔が映っている写真を署に提出した。
土屋氷魚は殺害事件があった蔵冨興業で勤務しているため重要参考人として認定した。
林は土屋氷魚の日記を一緒に交番勤務している熊谷と言及した。
土屋氷魚の日記は何を書いているのかさっぱりわからなかった。
特に日記に書かれている最後のページの一文が読めない。これだけ赤いペンで書かれていた。
林「なんて書いてあるのかわかりませんね。」
林「妹の花さんですら読めないと言っていました。」
林「たしか花さんは兄は左利きであると言っていたような。」
熊谷「左利きですか。でもそれにしてもグチャグチャしていて字と字が繋がっているようでとても文字とは言えないです。」
熊谷「私は右利きで、左手で書こうとすると震えて書けませんので書きづらいというのはわかりますが」
熊谷「私の知り合いや友達の中にも左利きはいましたし左利きでも綺麗な字を書く人はいます。」
花の話から土屋氷魚は左利きであると思い出し、
彼が日記に書いてある文字と文字が繋がったミミズのような字になってしまったのは左手で書いたからだと林は思っている。
文字は大抵右利きの人が書きやすいようにできている。
例えば簡単な漢数字の一。
この一という漢数字を書くとき書き順的に右手であれば引いて書くが左手は押して書くようになる。
押すよりも引いた方が書きやすいはずだ。
レオナルドダヴィンチは生まれつき左利きで右手を使用するようにと教育された。
彼の手稿は鏡文字になっている。
他の人に読まれないようにするため、または印刷することを想定してあえて反転した文字にしたのだと解釈されている。
芸術家であるが故左利きであるこそできた彼の芸当だ。
熊谷の知り合いや友人にも左利きの人が中にはいて左利きでも綺麗な字を書くような人はいる。
左利きで日本語を書いていたとしてもこれほどまで書体が崩れてしまうものなのだろうか。
よって土屋氷魚の日記に書いた文字は日本語ではないと結論に達した。
熊谷「日本語ではなそうですね。どこの国の文字なのか。あまり私は外国圏の文字とか詳しくないです。」
林「警察の筆記試験には英語の問題があったと思いますがよく合格できましたね。」
熊谷「なんとか他で補って試験を通過できたんですよ。」
熊谷「私大学は文系だったんですが必修科目に英語がありまして」
熊谷「英語を担当する先生の中には筆記体を使う人がいるんですよ。」
熊谷「私は当たらなかったんですが。当たった人の何人かは単位を落としちゃったみたいんなんですよ。」
林「筆記体のようなあのつなげ字は私も苦手です。当たらなくてよかったですね。」
林「ん?筆記体か…なるほど」
土屋氷魚が書いた文字は英語の筆記体であると推測する林である。
筆記体については詳しくない林だが英語の小文字をあてはめていろいろ試行錯誤する。
林「この4文字とかは英語のtと読めませんか?」
熊谷「う~んそうですね。tって読ますね。ではその次の文字はaですか?」
熊谷「でもその次の文字がわかりません。mですかね?でも最後らへんの文字がmっぽいんですがかなりはねちゃってます。」
林「aの次の文字は恐らくrって読むのではないでしょうか。」
林「多分最後の文字はmではなくてdって読むのかも。」
林「その手前がmかもしれない。う~んなにもピンとこないですね。」
熊谷「英語の筆記体なのかも怪しいですね。」
熊谷「もし英語であればこの1文字目の三角は大文字のAと読んでとの次の文字はmとなりますね。」
林「そうするとamですね。」熊谷「午前って意味ですかね?」
二人が解読した文字を並べてみると。
Am tarmd となる。
熊谷「アムタアームド?なんですかね?」林「いや~何でしょうね~」
間違っていると思う二人であるが林は頭の中でアムタアームドと連呼した。
林(アムタアームド…アムタアームド…アム…)
林「あ!」彼はひらめく。
林「I'm tired(アイムタイーアド)って読むのかもしれません。」
熊谷「疲れたって意味ですか?」
土屋氷魚の書いた謎の文字を解読したかは定かではないがそんな時、二人が勤務している交番に署から連絡が入った。
安田巡査部長からである。
林「はいこちら宇田川町交番です。」
安田「林か。今解剖の結果が分かった。」
安田「どうやらあの遺体は土屋氷魚本人で間違いないそうだ。」
林「そうですか…わかりました。」
安田「口の中に入っていた富本銭が謎だ。あと身体から異常なアンコールの量が検出された。あの殺害事件に彼が関与している可能性もある。」
安田「事件の経緯は未だわかっていない。蔵冨興業の会長の松崎に事情を聞いているがまったく口を開かない。」
安田「あの会長は持病を患っていて深刻な状態だ。他にあの事件の真相を話せる者が出てきていないのが現状だ。」
安田「引き続き捜査を続けるとして、林は土屋氷魚の遺族に伝えておけ。」
林「はい…わかりました。」
とうとうこの時が来てしまった。
花に土屋氷魚の死を告げる時が。
熊谷「この文字がI'm tired(アイムタイーアド)だとしたら意味深ですね。何かあったのかもしれません。」
林「けどスペルを間違ってる。こんな初歩的なミスをしますかね?」
花の話しでは土屋氷魚は大学に進学しているし、自分より学力はあると言っていた。
大学を中退したが進学できるほどの学力を持ちながらこんな単純なスペルミスをするのだろうか。
I'm tired(アイムタイーアド)とするならば彼は疲れていたということなのか、何かの暗示なのだろうか。
借金をしていることも彼女の話から知っていて返済のため仕事に追われる日々が辛かったとでも言うのか。
わざわざスペルミスまでして英語でしかも筆記体で書くことはないはずだ。
だがあの遺体は土屋氷魚であることは事実だ。
林「後で筆記体について私が調べてみます。」
熊谷「そうですね。一旦こちらは保留にしましょう。」
林「私は遺族に凶報を伝えに行ってまいります。」
熊谷「林さんが行くのですね…。わかりました…。」
林「はい。行ってきます。交番勤務お願いします。」
林は交番を出て自転車に乗った。
彼女の涙を流す表情が頭の中に浮かんでしまった。
だが仕方ないことだ。ずっと隠すわけにはいかない。真実を伝えなくてはいけない。
彼は自転車を漕いで花のアパートを目指した。
林「あれ?ここであっているような…」
花が住むアパートの住所にたどり着いたがその付近でアパートの解体工事が行われている。
林「まっまさか…」
そのまさかである。アパートの建て壊しが始まったのだ。
花はどこへ行ってしまったのか。
続く…
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