イエイリ

第26話 内輪揉め

滝川は明日の取引に向けて爆弾を作っていた。
小さなバッチであったため家入はそれを見て察した。
家入も同じようなものを身に着けられたがそれが爆弾だと言われた。
おそらく林にも身に着けさせるつもりだろう。
彼らにとって不都合な情報は漏らされるのを防ぐためと思われるが
林は元警察であり今回の取引で警察と接触することは必然である。
盗聴も備え付けると思うのでやり取りの間で起爆するタイミングを見図るだろう。
家入「どうして林さんに?」
何をするかはもう知っているつもりではあるが爆弾作りの経緯を聞く。
滝川「今更何なんですか?そんなの知って」
家入「人質がいるでしょ!」
林が警察側に戻る可能性もあるがそれだと人質を見捨てることになる。
林がそんなことをすると思わないし、あの犯行声明で彼の地位は堕ちたはずだ。
戻れたとしても柵に囲まれ拘束されることになるだろう。
家入「林さんが裏切るとでも思っているの?」
家入「お金を貰ったら人質を返すって約束だよね。」
滝川「質問返しをしますが警察は本当に我々の条件に合わせ50兆円を持ってくるとお思いですか?」
滝川「きっと彼は取り押さえられる。」
滝川「集団で来るはずです。タイミングを見計らってね。」
家入「そこでその爆弾を起爆させるつもりなのか?」
明日の10時までに身代金である50兆円を持ってくることは不可能であり
警察側は安田だけでなく集団で忍びより林の身柄を拘束させるのだと滝川は予想しているようだ。
はなからこの取引を成功させるのではなく警察に痛手を負わせることが目的なのだ。
仮に50兆円を組織側に譲渡する取引が成功させたとしてもその後の展開やビジョンが見えにくい。
なぜなら林は犯罪組織のメンバーであることから警察が彼を見逃すことはできないはずだ。
また物理的な観点からも50兆円を用意できない。
人質がいて警察は動きを制限されているが
川代ら数名の命よりも1億人以上の国民の命を優先するほうに舵を取ることだってある。
林を除き滝川たちの顔と名前は知られていない。
今いるこのアジトがどこなのかもわからない。
勢力についてはあちらが上ではあるがこちらは情報戦においては有利に立っている。
少しでも警察の勢いを落とすことが狙いなら林は捨て駒ということになってしまう。
林と川代たちは最悪な状況ということだ。
もちろん家入もこの先、命の保証はないだろう。
滝川を何としてでも止めないと林たちの命は明日の10時までしかない。
だが家入では滝川を止めることができない。
このまま時を待つしかないのか、それとも自分だけ生き残ることだけを考えていればいいのか。
今回だけは家入の出番はない。
花「ハァハァ‥そこで何してるの?家さん」
家入「花さん!」
花が入ってきた。
走ってきたのだろうか息が荒い。
滝川「どうしたのですか?慌てて」
花「家さん探していたの」
花「逃げてたらどうするのよ!」
家入「林さんが呼んでるんですか?」
家入「あの大変なんです!滝川さんが林さんに爆弾を作ってるんです!」
家入は赤裸々に滝川がしていることを花に話した。
なんとしてでもやめさせたいから。
花は林のことを愛している。
彼女なら止めさせてくれるはずだ。
花「それ本当なの家さん?」
滝川「何を言ってるんです?」
滝川「私は林さんに爆弾を持たせるとは言ってませんよ。」
家入「じゃあ僕に朝持たせたあの爆弾は?形も大きさも同じじゃないか!」
滝川「あれはただの脅しですよ。」
家入「じゃあこのテーブルに置いてあるのは何?」
どう見てもテーブルに置かれているのは火薬のような黒い粉末で爆弾を作っているようにしか見えない。
独特な煙のにおいや薬品のにおいがしているためますますそう思わざるを得ない。
滝川「私を疑っているんですか?」
家入「さっき爆弾を作ってるようなこと言ってたじゃないか!」
滝川「冗談ですよ。これは盗聴器を作るためのものです。信じてください。」
滝川「家入さんは面白い人と聞いていますがだいぶ慎重気味じゃありませんか。」
滝川「もっと面白い話ができると思いましたが」
家入「滝川さんとは話しづらいです。正直苦手です。」
正直に家入は言った。
面白みがないと言われたが話す相手によっては冗談が通じないし話が合わないこともある。
それにこんな状況で冗談話ができるほど余裕ではないのだ。
滝川「残念です。ですが家入さんに朝持たせたのが爆弾だったとしたら、何かの拍子や衝撃で起爆したかもしれませんよ。」
実際に家入に持たせた小さなバッジは起爆しなかった。
滝川はそう言うが起爆させるタイミングがなかったのも考えられることで
行動を制限されてはいたが家入は滝川に従い極力行動を控えていたからだ。
あの渋谷で多くの人を犠牲にさせたサリンを放出させる装置を彼が生み出したと聞いているので
何かの拍子で誤作動し爆破することもあるがそれをある程度制御する技術力があると思われる。
花「信じていいのね?もし秀人何かしたらただじゃおかないから!」
花「あんたのそういうところが私は嫌いなのよ。少しは自覚しなさい。」
疑心暗鬼ではあるが滝川が作っているのは盗聴器であると信じるしかないないだろう。
だが100パーセント爆弾だと思う。
花「家さん、あんたにもやることがあるわよ。人質の見張りをしなさい」
滝川「そうですね。彼にも何かやらせた方がいいでしょう。」
花の指示で家入は滝川のいる会議室から出て人質の見張りをやらされる。
一応家入も組織の一員になったので何かしら仕事をやらせた方がいいそうだ。


家入「どうしよう…花さん…林さんが」
家入「あの…花さん?」
しかし花は無言だった。
そのまま広い作業場のようなところに着いた。
そこで川代たちを人質として天井に吊るし上げ拘束しているのだ。
現在は降ろしてもらっているみたいだが縄で体を縛られているままだ。
あぐらをかいたまま下を向いて暗い顔をしていた。
川代(家入!あの女!何する気だ?)
家入と花が来たことに気づき注意を引いた。
花「人質は全部で二十二人。こいつらの見張りをお願いするわ。」
家入「はっは…えっと…1、2…」
家入は指で人質の人数を数えようとしていた。
家入「う!!!」
その時花から強い肘打ちを受けた。
家入はお腹を抱えたがさらに花は彼の頭を掴んだ。
家入「イタタタ!」
花「何?私が間違ってるっていうの?ちゃんと数えたわよ。」
竹原「おお~こっわ!」
花「黙って私の話を聞いてればいいのよ!わかった?」
家入「はい…」彼は怯えた。
川代「花!!てめえええええええええ!おぅうわあ!!」
花が家入に暴力を振るうところを見て怒りが頂点に達し川代は立ち上がって彼女に怒りをぶつけようと立ち上がろうとしたが
両足も縄で縛り付けれていて思うように動けず転げた。
花は近づいていき転んでうつ伏せの状態になっている川代の頭を踏みつけた。
花「あんたしつこいわよ。今ここで殺してあげようかしら?」
花「死にたくなければ静かにしているのね!」
彼女は足を引っ込めて持ち場へ戻っていった。
川代は起き上がるが丸山が耳元で
丸山「なんだあいつ?ただ人数を数えていただけじゃねえか。」
川代「どういうことかわかんないんすけど腹が立つっすね…」
丸山「人質は二十二人って言ってなかったか?」
川代「でも全員捕まってるはずだから…あれ一人」
パーーーーーーンと銃声が鳴り響いた。
鼓膜が破れそうなくらい大きな音だった。
この広い作業場で銃の音が山彦のように響き渡りそしてだんだんと静まり返った。
花「何コソコソ話しているの?」
花「何か言ったら殺すわよ!」
話し声が聞こえて鬱陶しかったのか銃を川代たちの方に目掛けて撃ってきた。
実弾が一発地面に当たっただけだがその地面から煙が立ち上がっていた。
川代と丸山の二人は喋るのをやめた。
心拍数が息に上がり過呼吸になるほど空気を吸い込んだ。
身の毛がよだつほどであった。
銃の音が脳裏そして体全身の隅々にまで行き渡った。
改めて人質たちは彼らに命を預けられているのだと認識する。
計画のための道具に過ぎないわけだし都合によっては殺すことも全然あり得るのだ。
しかし人質の人数をただ確認しただけである。
都合が悪い訳でも何でもないはずだ。
川代と丸山が疑問に思ったのは人質の人数で、渋谷で作業していた消防隊員は川代と丸山含め二十三人である。
つまり一人足らないのだ。あの場で全員捕まったはずである。
こんな人数を数え間違えるほど難しくない。
もう一つ疑問なのは人質の人数に意味があるのだろうか。
人質が一人だけでも牽制は十分にできる。
数え間違いを指摘されるのが嫌なのか、化けの皮が剥がれて本性をむき出しにした今の彼女の性格を見るとそのような判断もできる。
猿江たちは花を姉貴と呼んで慕っているのがよくわかる。
若くて容姿が良いだけじゃなく棘があって怖いところもあるが
どこか気品というかカリスマ性もあり、この人についていくという頼もしさがある。
だがもう今は川代たちにとっては不快な性格をしている。
腑に落ちないのは受け入れ難いほど負の側面を現した彼女を未だに林は好意を抱いているところだ。
川代たちを助けるためとはいえ全くその道筋が見えない。
目的のためには手段を選ばず無差別に多くの人を殺している彼らが川代たちを見逃してくれるのだろうか。
林は自分だけ生き延びようとしているのかそんな悪い考えが頭に浮かんできて彼に疑問を持ってしまう。
川代(くそ林…お前のせいでこんなことになっちまったんだぞ…)
川代(本当に助けて貰えんのか?)
川代(失敗して俺が死んだらあのクソ女まとめて林も呪ってやるからな…)
花「ご苦労ね。私と家さんでここを見張っているから。」
花「あんたたちは明日に備えて休みなさい」
猿江「いいですか姉貴。二十人ぐらいいるんすよね?」
花「いいわよ。どうせ明日の午前中までだし。」
花「私は秀人以外の警察と顔を合わしているから裏方に回りたいのよ。」
花「いざって時あんたらが動けていた方がいいんじゃないの?」
竹原「そうっすね。姉貴は十分活躍してますからね。」
猿江は腕時計で現在時刻を確認した。
猿江「じゃあお言葉に甘えて休みますね。」


猿江、竹原、山本とその他のメンバーが休憩に入ろうとしたその時に滝川がこちらにやって来た。
花「何の用?」
滝川「ちゃんと見張りをしているか様子を見に来ました。」
猿江「まあ問題はねえよ。姉貴がここを見るってことで俺たちは今から休むところだ。」
猿江「滝川は何してたんだ?」
滝川「明日のための準備ですよ。」
滝川「結構いますね。」
花「ちょっと何してんの?」
滝川の前に花が立ち塞がった。
人質の人数を一人ずつ数えるような素振りしたためである。
滝川「何ですか?人質が結構多いな思っただけです。」
花「ざっと数えて二十人以上はいるわ。」
彼女は二十二人人質がいると言っていたが滝川の前では正確な数字は出さず大まかに二十人以上はいると言った。
本来は二十三人だがなぜか一人足らずの二十二人に固執している。
滝川「ほうそんなにいましたか。」
花「そっちは盗聴器はできたのかしら?」
花「盗聴器という名の爆弾を」
滝川「嫌ですね~まだ私を疑っているんですか。」
山本「なにピリピリしているんだ。やめろよこんな時に。」
滝川「はあ~警察を一人こちら側に掌握させることができましたが」
滝川「土屋さんは本当にあの人のことが好きなんですか?」
滝川「計画のための駒か使捨てにする気ではなかったのですか?」
滝川「面倒くさいですね~」
花「うるさいわね!それに明日の取引が成功するとでも思っているの?現実的ではないわ」
花「明らかに警察が罠だってこと気付くでしょうよ!」
明日の取引は現実的ではないと言うのが彼女の主張だ。
こちら側にとってみれば非常に有利な条件ではある。
この取引の最大の期待値は身代金50兆円を得ることだ。
だがその50兆円を得ることは滝川自身も当然不可能だと考えている。
またこちらが提示した条件には人質の解放がありこれこそが警察側が要求している最大の期待値となっている。
人質を警察に渡せば彼らは取り調べで組織のメンバーについて情報を提供すると思うので
そうなると滝川たちは行動を制限しなければいけなくなる。
下手をすれば不利になることも考えられる。
しかし滝川の狙いは身代金を得ることが目的ではなく
リスクなしに警察側に一方的な損害を与えることを目的としている。
計画的には問題ないはずだが林と花は相思相愛で社内恋愛ならぬ組織内恋愛が起きている。
愛人が損な役回りを受けるのが彼女にとっては気に食わないのだ。
だからこそこの取引をやめて欲しいのが彼女の本音という訳だ。
滝川が作っているのは盗聴器であるが爆弾であることもバレている。
警察側もこの取引は罠だと気付かれているかもしれない。
花「他の案を考えるべきじゃない?」
代替案を用意して林に猶予を与えることが花の狙いだろう。
滝川「今更他の案を考えるのは遅いですよ。」
滝川「わかってますよ。額面通り身代金を得ることは難しいと」
滝川「後のことは私に任せてください。山本さんちょっと来てください。」
山本「おっおうわかった…」
花「ちょっと待ちなさい!」
滝川「今度は何ですか?」
花「山本と何話す気?」
滝川「今後の計画のことです。山本さんにはやることがあるのです。」
花「だったら私たちも入れなさいよ!」
山本を指名し相談する滝川だが
今後の計画のことまた代替案についても話すなら花たちも含めて話し合いをするべきだ。
猿江「そうだぜ。何で姉貴や俺たちを省くんだ?」
山本「滝川の考えあってのことなんだろうよ。」
滝川「そういうことです。猿江さんたちは休んでいてください。」
代替案について山本と話すのかわからないが明日の取引は予定通り行われるだろう。


猿江たちは休憩しに行き、滝川と山本は施設の2階の奥の部屋に行った。
現在家入と花の二人が人質たちの見張りをしている状況となった。
そして花はタイミングを見計らい人質たちに近づいた。
川代(今度は何する気だ?)
彼女は無作為に人質を選び話しかけた。
花「いい?私の話を黙って聞きなさい…」
花「ここから逃がしてあげるわ」
川代「なに!?」
花「黙れ…」銃口を川代に向けた。
丸山(どういうことだ?)
彼女から言った言葉は衝撃的だった。
花「このことは外に出るまでずっと黙ってなさい…いいね。」
花「但し逃がすのは一人だけよ。」
人質を一人解放するそうなのだ。
花「逃がすのはあんたにするわ。」
花が選んだのは長沼という男だ。川代と丸山と中間くらいの年齢である。
縄を解いてフード付きの黒いコンバットシャツと大きなバックを渡した。
川代は「俺は?」と言うような表情を彼女に伝わるように見せた。
花「あんたはダメよ。目立ち過ぎたからよ。」
丸山(フッ残念だな川代)
叫んだり怒鳴ってたりして反抗的な態度を取った川代は猿江たちに強い印象を与えたことで名前と顔が一致するほど覚えられてしまった。
川代を逃がしてしまえばすぐに気づかれてしまう。
丸山(なるほどだから人質は二十二人って言ってたんだな。)
これで花が人質の人数にこだわっていた理由が分かった。
一人足りない理由は誰か一人を逃がすことを前提として計算していたからだ。
幸い人質の人数を確認しているメンバーは花の他にいなかった。
猿江たち含め他のメンバーは休憩しており、滝川と山本は2階にいるので今のうちということだ。
長沼は花が持ってきた服に着替えて大きなバックに脱いだ消防服をいれた。
花「このバックには組織の資料とかここの住所のこととか書いてある。持っていきなさい。なくしちゃだめよ。」
長沼を逃がしたついでに組織の内部資料を渡した。これを警察に届けて欲しいと言うことだ。
どういう風の吹き回しなのかあまりにも驚きを隠せない。
花が川代たちそして警察の味方をするなんて。
しかしこれだと花は組織を裏切ることになる。
急に心変わりして何があったのか彼女のみぞ知ることだ。
花「ゆっくりと静かに出るわよ…家入も…」
川代(花…あの野郎…また惚れちまったじゃねえか!)
出口を案内するそうで花についていき家入の後ろを長沼がついていく。
すると出口付近の廊下で竹原と出くわした。
花、家入、長沼(ヤバい!!)
人質を逃がすのがバレてしまったのか。
花「休んでたんじゃなかったの?」
竹原「はいそうですけど外でタバコを一服ね。さっきまで猿江さんたちも一服してました。」
花「そう、私も今外でタバコ吸おうと思っていたところなのよ。」
竹原「姉貴ってタバコ吸ってましたっけ?」
花、家入、長沼(ギク!!)
花「あんた私のこと馬鹿にしてるの?」
竹原「いやあ~すいませんタバコ吸っているとこ見たことないんで」
家入「えっとすいません花さんトイレ行きたいですけど…」
花「はあ~しょうがないわね。竹原、家入にトイレ案内してあげて」
竹原「了解です姉貴。」
花(家さんナイスアシスト!!)
バレずに済んだ。
そして竹原は家入にトイレを案内しに奥へと行った。
花「あんたタバコ持っていない?」長沼「えーと確かこのバックの中に…」と会話をしながら怪しまれないように外に出た。
現在外に出ていたのは竹原だけだったようだ。
ついに長沼は脱出に成功することができた。
長沼が逃げていく様子を花は見送った。
慎重にゆっくりと物陰に隠れながら歩いていき彼らのアジトから遠くなっていった。
追っても来ないため長沼は完全に犯罪組織の魔の手から免れた。
花「任せたわよ。」
花はタバコを吸ったことがなかったが試しに吸ってみることした。
花「ゴホゴホ!なにこれ!うえ」
彼女はむせてしまった。体に合わなかったようだ。
花「二度と吸うか!」
タバコを投げ捨てた。
花は持ち場へと戻って人質たちの見張りをした。
家入もトイレから戻ってきた。
家入「やりましたね!」
花「うるさい…」
家入そして川代たちに希望が見えてきた。
長沼は必ず警察に情報を届け川代たちの救出に向かってくれるはずだ。


一方、滝川と山本は
滝川「土屋さんは我々の計画の進行を妨げる不都合な存在です。」
山本「林って男に好いているのは本当らしいな。まさか警察とはな」
滝川「そこで山本さんにはやって欲しいことがあります」
滝川「土屋さんを排除してほしい…」


続く

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