イエイリ

第16話 氷魚の借金返済物語

吉永は氷魚の日記から事件と関係性があるであろう蔵冨興業の情報をつかむことができた。
だんだん日記の文章の書体が崩れていき読みづらくなってきている。
吉永一人だけの力でこの英語の筆記体で書かれた氷魚の日記を翻訳するのが難しくなってきている。
英語に詳しい人や手が空いている人を集め氷魚の日記を解読を進めることにした。
臨時で急遽解読班が招集された。
ここまでこの日記の解読に注力された理由は前日の渋谷事件と関連性のあるワードが多数に散りばめられているからだ。
書体が崩れて読みづらくなっていることからして犯罪集団やその組織らに知られたくない重要な情報を書き残したのだろう。
無惨にも彼は殺されてしまったが捜査に役立ちそうな情報を遺してくれた。
氷魚の思いを継ぐべく、吉永と解読班は彼の日記を解読するのであった。


ここからは日記の続きである。
氷魚が赤城という男から蔵冨興業の仕事に誘われるところからになる。
単刀直入に赤城は何者か蔵冨興業はどんな会社なのか質問した。
赤城本人はアミュ真仙教のリーダーといい、蔵冨興業は建物を建てたり物を作ったりして
まちづくりや人の暮らしに貢献する会社であると言った。
蔵冨興業は建設業と製造業の両方を携わっている会社であるそうだが
アミュ真仙教については何も言及されなかった。
年収や福利厚生を聞いたところ働いている土方よりもよかった。
蔵冨興業で働くという赤城の提案を呑んだ氷魚。
断る理由はなかった。
製造の仕事の方を希望した。
借金の返済が難航している上、花とも仲が悪い。
この最悪な状況を変えたかった。
蔵冨興業で働くことにあたって赤城は条件を提示した。
案の定、花を預からせてほしいとのことであった。
赤城の容姿は20代後半ぐらいで髪型は金髪であった。
顔も美形で花が釘付けになるのもわかる。
赤城はお金持ちの家に住む御曹司だと最初は思っていた。
闇金業者とも関りがあり彼を慕っているところから見るに何らかの反社会的な組織のトップなのかもしれない。
そんな赤城から施しを受け借金を返済できればそれでいいと思った。
だが妹を引き換えにだ。
花を彼に預けてもよいのだろうかと氷魚は少し悩んでいた。
闇金業者の男らに花を預けたことで強制的に風俗店で仕事をさせられここまで最悪な状況に陥った。
赤城はどこかのお偉いさんではあるのだろうがまだ得体の知れない男だ。
きっと花の体目当ての交渉なのかもしれない。
それに対し花は嫌がらずそれどころか赤城のことが好きで彼のところに行くことを望んでいる。
もし反対すれば花との仲はもっと悪化してしまうだろう。
妹とはどんどん遠ざかってしまうが借金を返済に専念することができると考えればいいだろう。
吉永「アミュ真仙教?それは何なんだろう?」
何かの宗教団体なのだろうか、現在解読しているページではまだわからない。
蔵冨興業が何か物を作っているのは明らかでおそらく渋谷事件で使用された例の装置を製造していたはずだ。
引き続き日記を解読する。


希望通り氷魚は製造の仕事をすることになった。
蔵冨興業の工場は神奈川県にありそこの近くに社員寮が完備されているそうだ。
氷魚はそこの工場で働きその近くの社員寮で働くことになる。
初日、待ち合わせの場所につき、数分後マイクロバスがこちらにやってきた。
そのマイクロバスこそが工場まで連れて行ってくれるそうだ。
バスに乗る人は自分だけだと思っていたがすでに中には何人もの人が乗っていて
空いている席を見つけるのが大変なくらいだった。
乗っている人のほとんどが40代から50代の男性だった。
彼らも自分と同じ境遇の人なのだろうか。
バスの中での会話は一切なく沈黙だった。
約3時間で到着した。
神奈川県の厚木市という場所に工場があってそこが蔵冨興業のものであった。
工場の出口付近でバスが止まり、そこで降りた。
工場の作業員らしきものが来た。
その人の指示に従い、工場内をざっと見せてくれた後、更衣室のようなところに連れられた。
そこで作業服を渡されそれに着替えた。
着替えた後、机や椅子などが置かれた研修室のようなところで昼休憩などを含め業務内容についての研修を約2時間ほど行われた。
研修を終え、広場に集合した。
朝礼台のような台に作業員が立ってラジオ体操が始まった。
長時間のバスの移動と座学で体を動かしていなかったことと怪我がないようにするということでの準備運動なのだろう。
しかし流れているラジオ体操の音楽の音質が悪く、ここの工場は山が近いため
山びこで反響音がして全然聞こえなかった。
朝礼台の作業員の動きを真似することにした。
次はいよいよ工場で実際のライン作業が行われる。
氷魚は鉄を溶接する工程の方に行かされた。
ほぼ研修で習ったことと同じことをすることを要求されたが初めてなこともあり
現場の監修や作業員などの指導が入り問題なく作業を進めることができた。
この工場ではパイプやボルト、鉄板、金属製品、部品などを製造しているようだ。
作業の正確性はもちろん怪我には十分気を付けなければいけないが
氷魚にとっては土方で仕事をしていた時よりも案外楽であった。
日が傾き、山に隠れ沈みゆく。
工場勤務初日は長いようで短かった。
吉永「神奈川県の厚木市にもあるのか」
蔵冨興業の工場は東京都渋谷区の南平台町のほかに神奈川県の厚木市に工場があることが判明した。
吉永「蔵冨興業の工場がほかにあって神奈川県の厚木市にあるらしい。調べてくれ」
警察職員「かしこまりました。」
神奈川県の厚木市にある工場を他の職員に調べさせた。


社員寮に入った氷魚、鍵を渡され部屋を紹介してもらった。
部屋は個室で和室3畳ぐらいでとても狭く小さいテーブルと布団が置いてあった。
この狭い部屋を見ているとまるで労役場に入ってしまったかのようだった。
ある意味そうなのかもしれない。
労役場とは裁判で確定した罰金や科料を納付できない時に拘置され強制的に労働させられる場所である。
両親が残した借金を罰金と呼ぶならその債務を負っている自分は何なのか。
理不尽に思えた。
トイレは共用でお風呂は入浴場が設けられており適宜自由に利用することができる。
石鹸、シャンプー、リンス、タオルなどアメニティー用品が揃っていて自由に使っていいそうだ。
社員食堂は朝昼晩と3食付いており日替わり定食という形式で提供している。
献立表を見たがハンバーグや豚の生姜焼きもあって嬉しかった。
野菜と汁物もちゃんとついている。
土方で働いていたときは支給された弁当をもらうことができ食べるものに困るようなことはなかったが
安すぎる給料だったから節約のためカップラーメンで過ごすこともあり不摂生だった。
社員食堂がありバランスの取れた食事が取れていいと思った。
部屋の狭さを差し引いても快適に生活できると氷魚は感じた。
まだ初日ではあるが工場での仕事も悪くないと思った。
だが仕事は交代制勤務でもちろん夜勤もある。
昼夜逆転する生活を強いられるだろう。いや必然的に。
勤務時間についても希望すればよかった。
土方でも夜勤があって経験もしている。
夜間勤務はいろいろしんどい思いをした。
特に夜勤明けの時だ。
体がものすごく重く頭痛もして気持ち悪く早く横になって寝たかった。
夜勤明けの日差しが眩しすぎて光で体が塵となって浄化されてしまうかのようだった。
残念なことに最速明日から夜勤の方にまわされた。
しっかり睡眠時間をとって体調管理していくしかない。
この狭い部屋ではやることが限られる。
寝るかそれとも日記を書くかだ。寮を出て街を散策するのもありか。
将来は海外で仕事することを夢見ていた。
学校の授業や宿題、テスト以外で英語の勉強やネイティブなものまでやった。
両親が莫大な借金をしていたことを知ったときは絶望していたが
心の内で確率はゼロに近くても奇跡が起きると信じていた。
若かったし借金も働いていれば自然に全額返せるだろうとあの時はそう思っていた。
この話を海外ですれば受けるだろうと思いこの日記を英語でしかも筆記体で書くことにしたのだ。
壮絶な借金返済物語となり、冗談交えて武勇伝にしていいだろうと思っていた。
しかしこれを書いている現在、英語の筆記体を書いていてもよいのだろうか。
ここから日本語で書いた方がいいか悩んだ。
だが借金が最後まで返済するまであきらめずこれも英語の筆記体で書くことを決めたのだ。
この日記がなぜ英語の筆記体で書かれたのか日記の文章自体にもそれが書き留めてあった。
おかげで組織らにこの日記が知られずに警察側に行き届いたのだから彼の行動は称賛に値すると言っても過言ではない。


明日社員食堂で朝食を済ませしばらく部屋で待機してのことだった。
ドアからノックが聞こえそれに応じた。
一人の男性が近くの山に行って水を汲みに行くぞと言われた。
彼は蔵冨興業の社員である。
訳も聞かずただ彼についていき外に出ると昨日ここへ連れてきてくれたマイクロバスが止まっていた。
バスの中は昨日のように満席になるぐらいいっぱい人が乗ってはいなかった。
しかしそれでもまとまった人数で何かするのは明らかだ。
あの赤城が紹介した会社だ。
何か怪しいことでもするのだろうかと思った。
初日こそ何も疑わなかった。
ごく普通の製造や建設をする会社であると思っていた。
研修もあり、現場の指導もよく的確であった。
山へ行って水を汲みに行くということだが誘った男性に今更ながら理由を聞くことにした。
男はこれも仕事だと言われた。
そして天然水の製造もやっているとも言った。
また食堂のウォーターサーバーの水の補給をするためだと言った。
理由を聞いてみて怪しいところは何もなさそうだった。
仕事だと言われたのでこちらは夜勤があると言った。
時間外労働になってしまうからだ。
そう言うと男は一応手当が出ると返した。
手当が出ると知った氷魚はすぐに了承した。
手当が出るならやるしかないと氷魚はそう思った。
1円でも多く借金を返したいからだ。
山の麓に到着した。後ろから軽トラックがついてきていてその軽トラックも止まった。
軽トラックには10Lぐらい入りそうなタンクが積まれていた。
このタンクで水を汲むということだろう。
川に移動してそのタンクで水を汲んだ。氷魚は気合いを入れてやった。
手が空いていれば率先してやると言った氷魚。
男は任せたと言い、水道水の水はあまりの飲まず食堂のウォーターサーバーか
近くのスーパーか自販機の飲み物を飲むようにと言われた。
水道水の水はどうやらバナジウムという成分が多く含まれているからだそうだ。
バナジウムは玄武岩の地盤がある富士山でのみ採水することができる。
ミネラルの成分の一種で血糖値を下げる効果があるが過剰摂取すれば下痢や嘔吐になる可能性がある。
神奈川県の水道水は富士山の水源としている。
吉永「バナジウムか!」
バナジウムは工場でも使われている元素の1つである。
蔵冨興業は違反行為に該当する危険物製造の疑いがある。
被害者からバナジウムが検出されており危険物にそれがが含まれていることが判明している。
バナジウムも捜査で重要なワードの1つとなりそうだ。


移動と山の川での水汲みと合わせて午前中いっぱいで終わった。
社員寮付近でバスが止まり降ろされたが、反対側の方からもバスが来て止まった。
反対側のバスから降りた人たちは昨日見た顔触れで新規の社員ではなかった。
人数も山に行った氷魚たちと同じくらいだった。
聞いたところあちらは朝早くにいって箱根の方へ行って黄色い鉱物のようなものを採取していたそうだ。
あちらで彼らが運んできたのは硫黄だった。
工場で使うからと言っていた。
彼らも氷魚と同じ夜勤の社員だった。
手当を頂けるので氷魚にとっては抵抗なくやれるがなぜそこまで時間外の社員を集めて
工場に必要な物資を調達しに行かせるのかはわからなかった。
吉永「硫黄まででてきたか!」
バナジウムの他に硫黄というワードが出てきた。
両方とも工場で扱われるものだが化合すれば硫化バナジウムになる。
これを触媒して硫酸を製造することができるのだ。
まだ蔵冨興業が渋谷事件で放出された白い煙の成分となる危険物を製造したのかは定かではない。
だが日記の最後のページで書かれた一文の意味はサリンである。
この日記を最後まで解読すれば事件の真相にたどり着くことができるかもしれない。
不信感を抱きつつも氷魚が借金を返済に奮闘する裏で
恐ろしい計画が企てられていることをこの時はまだ彼もわからなかったであろう。
氷魚以外にも蔵冨興業にきて働きに来た者たちも彼と同じ境遇であり
借金や何らかの事情抱え責務を負うという形で犯罪者らの計画に加担することになってしまったのだろう。
赤城という男は何者か、アミュ真仙教とは何なのかこの先のページから明らかになってくるのだろうか。
日記の後半のページから氷魚がどのようなアクションを起こすのか期待したい。
蔵冨興業が昨日渋谷事件で使われた危険物の製造に協力していたという線は濃厚になってきた。
氷魚の日記を解読を続けるのもいいが
もっと他に重要参考人がいて彼らなら詳しい情報を知っているはずだ。
そう数日前蔵冨興業で殺人事件を起こした彼らだ。
もう一度その受刑者らに事情聴取するべきだ。
当時のように黙秘を続けたり、当たり障りのない回答をするだろう。
しかしネタは上がってきている。
彼らが口を開くまで粘り強く尋問して真実を暴いていきたいところだ。
刑務官に蔵冨興業殺害事件の受刑者らを取調室に連行させる指示を入れようとした時だ。
安田から電話が入ってきた。
吉永「はい、吉永です。」
安田「やばいことが起きたぞ!」
吉永「どうしたんですか!?」
安田「刑務所受刑者が数名脱獄した!」
安田「全員蔵冨興業の連中だ!」
吉永「なんですって!?」

続く…

戻る