イエイリ

第15話 氷魚の日記

土屋氷魚の日記からサリンという言葉が浮かび上がりそれが危険物である知った。
彼が殺された経緯について安田は仮説を立てる。
土屋氷魚は蔵冨興業に勤務していたことからおそらくサリンの製造を強要されていたのではないか。
この日記を書き残し何かを伝えようとしていた。
周りに知られないために敢えて読めないように習わないとわからない英語の筆記体で書いたのであろう。
だが彼の行動に疑いを持つものがいて
土屋氷魚の存在は不都合になると思われ、犯罪組織か何らかの連中によって殺されたのではないかと。
蔵冨興業に何かあるかもしれないと安田は吉永に現地に行って調査するよう指示を出した。
彼の遺した日記が捜査で重要になると判断し、その日記を取りに安田は林が勤務する宇田川交番に足を運ぶ。
その後、安田も現地調査に合流するとの事だ。
蔵冨興業の工場は南平台町にある。
安田の指示を受けた吉永は機動隊二人を連れて現地に到着した。


吉永「ここが蔵冨興業か…実際に訪れることになるとは」
吉永と連れの機動隊らは工場の中に入った。
吉永「ここがサリンのような危険物を製造した工場なのか?」
中を隈なく探す吉永と連れの機動隊。
蔵冨興業で数日前事件があったことで実は一度工場の中を捜査したことがあり
工場の中の写真を撮っている。
中にまだ殺人犯が隠れている可能性があったため機動隊も同行していた。
だが捜査したのは吉永そして安田ではなかった。捜査書類や資料について吉永は一度目を通している。
ここで危険物を製造していたとは何の疑いもなかった。
懐中電灯なども十分備え付けているが
ガラス窓が開けっ放しであり、そこから光が差し込まれているため暗くなかった。
中に何が置かれているのかはっきりとわかる。
工具や電動盤や製造レーンなどが置かれているだけのごく普通の工場だった。
物や配置などは変わっておらず写真で見た通りであった。
洗面所の蛇口を捻ってみたが水は出なかった。
工場の中のライトをつけようとスイッチを押したが点灯せず、
電源のようなスイッチを押したりレバーを下ろしてみたりしたが動かなかった。
主電源は落ちていた。
試しに主電源を入れてみたものの電源は入らなかった。
完全に工場の機能は停止している。
機動隊「何もないみたいですね…」
吉永「そうですね…」
タッタッタガシャン!
吉永「ん!?」
入口の方から物音が聞こえた。
吉永「誰か来る!!」
吉永と機動隊らは身を潜め銃を構えた。
誰かが入ってきた。
まさか犯罪組織の構成員なのか。
安田「おーーい!誰かいないか?吉永~?」
来たのは安田であった。
吉永「もう脅かさないでくださいよ!!部長!!」
安田「うああああびっくりした!!」
隠れていた吉永と機動隊はひょこっと顔を出した。
それに思わず安田は驚いてしまった。
吉永「今捜査中なんですから電話の一本くらいしてください!」
安田「俺後で合流するって言ったぞ!」
吉永「現場に到着したらまずは連絡してください。」
吉永「犯罪者が来たのかと思いましたよ!久しぶりに銃構えましたよ!」
安田「そうなの…悪かったよ~」
安田「それより何か見つかったか?」
吉永「あ…いえ……前に一度捜査していますので。ほとんど変わっていないみたいです。」
安田「そうか捜査もう入ってたか!あの殺人事件で!」
吉永「そうです。危険物があれば回収していたし、もしくは資料に書き残していると思います。」
安田「折角来たのに収穫なしか~う~ん」
安田は下を向いた。
床一面には金属や鉄くずのようなものが散らかっていた。
安田は指紋がつかないようにゴム手袋をはめてしゃがんで床に落ちたものを拾った。
吉永「そういうのは気にも留めなかったんですが。何かを作る部品でしょうかね?」
吉永も一緒にゴム手袋をはめしゃがみ落ちているものを拾った。
何かを製造するための部品なのだろうか。
前回の捜査ではそこまで詮索はしていなかった。
安田「危険物のことばかり考えていたが」
安田「何かを作る部品って言われてピンと来たのがある。」
安田「ほらあれだ渋谷事件の…」
吉永「あれですか!白い煙を放出した装置!」
安田「ああ…まだその破片しか見つかってねえけどな。」
吉永「昨日に引き続き撤去作業が行われています。まだ何かしら出るはずです。」


危険物またはその材料などは見つからなかったが安田はこの工場で昨日の渋谷事件で使われていた。
白い煙を放出する装置を製造しておりその危険物を製造する工場が他にあると推理する。
吉永「もしここであの例の装置が複数台製造されていたのなら大変なことになりますよ!」
安田「それゃ恐ろしいぜ!考えたくはねえしそうあってほしくもねえが飽くまで予想だ。」
吉永の言う通り白い煙を放出する装置が複数台製造されたのなら渋谷のような事件が
全国で多発する可能性があり日本中が大混乱に陥る。
嘘か本当かわからないが科学捜査で鑑定した結果被害者の血液からサリンと似た成分が検出されたのだ。
もうサリンと断言してもよいだろう。
サリンについては公表されるだろうが、このサリンそしてそれを放出するための装置が
大量に製造されていることを知られるのは非常にまずい。
飽くまで予想と言うことであれが大量生産されているかは定かではないが
実際に有り得ないことが起きてしまっている以上、信憑性は低いとも言い切れない。
安田「もう一度奴らに事情聴取するしかねえな。」
安田「ここで何が作られたか絶対に吐かせろ!」
安田と吉永と連れの機動隊はまず床に落ちていた部品を回収した。
これがあの渋谷事件の白い煙を放出した装置の部品なのかもしれない。
もう一度工場全体を調べて倉庫の中なども調べたが何もなかった。
工場の裏は駐車場になっているが車一台も見当たらなかった。
安田たちはこの工場を後にした。
連れの機動隊らはそれぞれの持ち場へ戻っていった。
安田と吉永は庁舎に戻った。
安田「吉永これ読めるか?」
安田が吉永に見せたのは土屋氷魚の日記である。
吉永「これですか例の…」
日記のページをめくり拝読した。
安田「英語の筆記体で書かれているってことだってさ」
吉永「一応英検2級程度は持っています。後筆記体を用いた授業で受けたことがあります。」
吉永は英検2級程度の資格は一応持ってはいるが筆記体については学校の授業で習った程度しかないそうだ。
吉永「こういう分野に詳しい人はいますので、その方々に助けをいただきます。まずは自分が頑張って和訳してみます。」
安田「じゃあこれはお前に任せたぞ。」
土屋氷魚の日記の解読は吉永に任せることになった。
早速吉永はデスクに座り英和辞典を添えて日記に書いてある英語の和訳を始めた。
和訳するとこれは土屋氷魚の回顧録であり壮絶な人生が書かれていた。
これが書かれたのは5年前からである。


日記にはこう書かれていた。
氷魚の両親は事故で亡くなったが2000万円以上の借金を抱えていたそうだ。
その借金2000万円は闇金融で借りていたものだった。
闇金融とは国や都道府県に賃金業として登録していない業者であったり
出資法に違反して高金利で取る業者であったりする。
出資法の正式名称は、出資の受け入れ、預り金及び金利等の取り締まりに関する法律である。
氷魚の両親はその闇金融でお金を借りていたらしいが業者名についてはこの段階ではわからない。
当時彼の年齢は19歳で妹の花は13歳であった。
氷魚は成人になったとはいえ当然彼らでは借金を返済する責任能力はない。
自己破産するにしても闇金を免除することはできない。
法的に存在にしない借金を免責するのは理論上できないからだ。
本人らが借金があったことを知ったのは両親が死んだ直後で黒いスーツを着た男性二人が来てそう言われたのだ。
その男性らが闇金業者のものなのだろう。
借金があるというのは信じ難いことだが督促状を見せられて本人は驚愕した。
その督促状にどこの業者なのか書かれていたが借金の額を見てそれどころではなく覚えられなかった。
すぐに男はその部分を油性のペンで黒塗りされてしまった。
つまりこの日記では、氷魚の両親がどこの闇金業者にお金を借りているのかわからなくなった。
妹の花の面倒を男らが見ることになりその代り
氷魚は両親の借金の肩代わりすることになった。
男らの紹介で氷魚は土方で仕事することになったがそのせいで
勉学との両立が難しくなり氷魚は大学を中退することになってしまったようだ。
土方とは土工のことで所謂、土木工事である。
土方でどのような仕事をされていたのか詳細に書かれていた。
労働環境はあまりよくなく理不尽に怒られたりパワハラも受けたりしていた。
夏は暑く、冬は寒く、体調を崩すことが何度もあり
かなり重たいものを運んでいたそうで腰や肩を何度も悪くしたらしい。
給料は安く異常な額の税金が支払わされていた。
闇金業者らの計らいで名目は税金や保険にし返済額に含ませて給料から天引きする形にしたのであろう。
そしてその残った手取りは雀の涙程度しかなかったそうで、手取りが3桁台しかなかった月もあった。
利息が高いことから一生働いても完遂するのは難しく彼は絶望するしかなかった。
大学進学のため勉強して偏差値の高い大学に進学でき順風満帆と思えた彼の人生は両親の死と借金で一瞬で潰えてしまう。
あの頃の楽しかった日常には戻れない。
しかしその裏で借金という闇が潜んでいたとは知らなかった。


一方で花は、しばらく不自由なく学校には通えていたが部活はしなかったし、学校では物静かで暗い子だった。
彼女の両親が死んでいることは知られており、周りは同情し気を遣って距離を置いていたようだ。
中には彼女の事情を知らず軽蔑するものもいたそうだ。
彼女の心境も複雑だったであろう。
あまり友達もできなかったみたいだ。
しかし氷魚だけでは借金の返済が間に合わないということなのだろうか
妹の花にまで借金の返済を強要されることになってしまった。
顔がよかったため、また男らの紹介で年齢を詐称して風俗店で働かされることになる。
まだ花は中学生で幼顔が目立ちバレることもあり得るので、接客はせず裏方で食器洗いや掃除などをさせられたそうだ。
学校はいつも通り通うことができたが夜は風俗店で働くという日々になった。
学校の成績は下から数えたほうが早いくらい悪くなってしまった。
勉強できる時間や余裕がなくなってしまったから仕方ないと兄である氷魚はそう思った。
風俗店で働くことになってか大人しかった花は豹変していった。
花はクラスの男子から人気者になりモテるようになったのだ。
裏方であったものの、風俗店の仕事ぶりを間近で見ていていたので自然と覚えていったのだと思う。
巧みな話術なんかで男子たちを誘惑していったのかもしれない。
学校で彼女に対する評価は一変し
男子たちには人気がある反面女子たちの評判はよろしくなかったそうだ。
その頃から花の様子がおかしかったが氷魚は自分のことで精一杯だったため相談に乗れなかった。
花自身も相談してこなかった。
問題は起きないだろうと楽観していたが2年生の頃にとうとう花は学校で問題を起こしてしまった。
花はクラスメイトの子に暴力を振るい怪我させたのだ。
理由はいじめに耐えらなかったからだ。
いじめの主犯格とその共犯の子らを殴ったと言った。
いじめていた子らももちろん悪いが暴力で人を傷つけて問題を起こした花も悪い、そう思って
氷魚は兄として花を強く叱った。
だが花は納得いかず反抗してきた。
初めての兄妹喧嘩だった。最悪な形で。
多分、日常で起きるどうでもいいことで揉めるような喧嘩とは次元が違う重たいものであった。
氷魚自身にも非はあったと認めている。
両親の死と借金の返済に追われる毎日で心が疲弊しているのは花も同じであった。
花の異変に気付いていたのにも関わらず一度も相談に乗らなかった自分を悔いた。
兄と妹の関係は悪くなりあれから会話することはなくなってしまった。
その後の花の学校生活だが特に問題を起こすことはなかった。
女子たちは花に怯え、男子たちも花に近寄らなくなったと担任の先生から言われ
その先生も花にどう接したらいいかわからないと告げられた。
距離置いて様子を見るとし何か異変があったら連絡を入れると言ってくれた。
担任として非力ながらも花のことは見捨てることはなかった。
花だけでも解放してやりたいと考えていても借金に追われ忙しくただ時間だけが過ぎてしまう。
花自身はどう思っているかわからないが氷魚自身は妹とよりを戻したかったそうだ。


そこからさらに1年が経ち兄妹の中は変わず悪いままであったがお互い向いている方向は
同じで借金を完遂することに躍起になっていた。
あれから約3年が経つが利息のせいで借入残高は1000万以上残っていた。
花は中学3年生になったが進路については何も考えていなかった。
ほとんどの子は高校進学だろう。
少なくとも花が通う中学校で中卒のまま就職を選択する子はいない。
進路指導の先生も花だけは明らかに何かが違うと言っていた。
花は裏の方ではあるが13から彼女は社会経験をしている。
それが花と他の子たちと一線を画すものである。
いずれ花が年齢を詐称して風俗で働いていたことが明らかになる時が来るかもしれない。
生徒とその家族と先生で対面して行う進路相談は兄である氷魚自身が行けと言われた。
これは氷魚にとってチャンスに思えた。
自分だけでなく花が借金返済のために闇金業者から
強制で彼女の年齢を詐称し風俗店で働かされていると本当のことを伝えることができると
花だけでも解放され保護してもらえばそれでいいと。
あの時強く叱ってしまった花への罪滅ぼしになる。
そう思い真実を学校の先生らに伝えようと決心していたが花に男ができた。
その男の名は赤城である。
花が15歳になってから接客をやり始め、たまたまその客が赤城で彼と知り合いになったのだ。
花は赤城に好意を持っていて、彼本人も彼女を気に入っていた。
不思議に思ったのは花が赤城をアミュ様と呼ぶのだ。
そしてなぜかいつもの闇金業者の男らも赤城を前にするとアミュ様と言って彼を崇拝するのだ。
赤城という男は何か強い力や権力を持っているようだし、闇金業者とも何か関わりを持っている。
赤城が花を気に入っているということなので、もしかしたら彼に相談したら事態は好転すると思えた。
氷魚は赤城に借金の返済に苦悩していると伝えた。
すると赤城は氷魚にある提案をする。
それは、氷魚に赤城が紹介する蔵冨興業で働くということであった。
吉永「あ!蔵冨興業!」


ついに氷魚の日記から蔵冨興業の話が出てきた。
氷魚は蔵冨興業で何をしていたのか、赤城は何者だろうか。
そしてこの日記から事件の真相に辿り着くことができるのだろうか。


続く…

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