イエイリ

第14話 白い霧の正体

土屋氷魚の遺品の日記のある一文を解読した林。
彼が日記に書いていた書体は英語の筆記体だったようでsarin(サリン)という文字が浮かび上がった。
林「サリン!?えということはまさか!!」
何かに気付いた林はパトロール中の熊谷に電話した。
林「もしもし熊谷さん?」
熊谷「はい。どうしましたか?林さん」
林「土屋氷魚の日記の件であの例の最後の一文なんですが」
熊谷「あれですか?確かこの前I'm tired(アイムタイーアド)になりましたよね。スペルミスでしたけど」
林「あれはスペルミスじゃなかったみたいです。」
林「彼が日記に書いた書体は英語の筆記体でした。」
林「あの文字のtはsと読むそうで次の綴りはスペルのaでその次のスペルはr、i、nとなります。」
林「その文字を全て繋ぎ合わせるとsarin(サリン)になります。」
熊谷「サリンですか!?危険物のあれですよね?」
林「多分そうだと思います。あの渋谷事件と何か関わりがあると思うんです。」
熊谷「なるほど!そうですか!あの白い煙の成分がもしサリンならあり得るかもしれません!」
熊谷「このことを安田巡査部長に報告してください。」
林「わかりました。」
林はすぐに安田に連絡した。


安田は科学警察研究所にいた。
科学警察研究所とは警察庁の付属機関であり国家公務員に相当する。略称は科警研である。
通称科捜研は科学捜査研究所の略称で都道府県警察に置かれており地方公務員に相当する。
科警研は全国的な視点から、科学捜査に関する研究・開発、鑑定、研修を行う一方で
科捜研は管内(地域内または県内)の事件に関する科学捜査を行い、捜査機関に捜査支援を行う。
より詳しく言うと科警研は警察庁からの依頼に基づき、重要事件の鑑定や捜査機関への技術指導、
新しい科学捜査手法の研究開発を行いその成果を全国の科捜研に普及させ
科捜研の職員に対して、最新の科学捜査技術に関する研修を行わせる機関で
科捜研は捜査機関からの依頼に基づき、科学捜査に関する助言を行い
事件現場から採取された証拠物(指紋、DNA、血液など)を分析し、
犯人を特定する手がかりとなる情報を提供する。
今回の渋谷事件では大勢の人が被害に遭われ、放出された白い煙が危険物であることから科学捜査が必要と判断され
実行犯の身元が不明で今後全国的に波及する恐れがある重大な事件であることから
科警研と科捜研が連携して科学捜査を行うことになった。
千葉県の方に勤めている科捜研の五十嵐が渋谷事件の科学捜査を担当とすることになり庁舎に派遣され
鑑定室で現場の被害者から採取した血液を分析していた。
鑑定結果が本日明らかになりその内容を報告書にまとめ捜査機関に提出されることになるが
一秒でも早く犯人の手掛かりが欲しいということで巡査部長である安田は鑑定室に足を運んだのだ。
鑑定結果から検出された成分から薬物などの出所や経路を特定することができるため科学捜査の必要性は十分にあると言える。
五十嵐「安田巡査これを見てください。」
安田「これは?」
パソコンのモニターから縦軸の棒グラフのようなものが表示された。
項目はアルファベットのようなもので恐らく元素記号であると思われるが
炭素(C)、水素(H)、酸素(O)は知っているがそれ以降は何なのか安田にはわからなかった。
炭素(C)とpの項目に異常な数値が出ていた。
五十嵐「リンにかなりの数値が出ていますね。」
pはリンらしい。
五十嵐「炭素も結構含まれておりますよ。」
五十嵐「間違いなく化合物が含まれています。それも危険な」
安田「なるほどな。これを吸った被害者は苦しんでいた。」
白い煙を吸った被害者達は嘔吐、痙攣、呼吸困難等の症状を起こしていた。
すると安田電話から着信音が鳴った。
安田「なんだこんな時に、悪い。」
安田は鑑定室を出て廊下で応答した。
安田「もしもし安田だ。」
林「宇田川交番の林です。」
安田「どうした林?今俺は科警研の所にいる。白い煙の成分を解析している最中だ。」
林「すみません。あの土屋氷魚の遺品の日記からサリンという文字が発見されました。」
安田「サリン!?…リン!!ちょっと待ってくれ!」
安田は急いで廊下を走り鑑定室に向かった。
安田「はあはあ五十嵐さん、電話代わってくれるか?」
五十嵐「あっいいですよ。」
安田「科捜研の五十嵐に代わるから事情を話してくれ」
林「わかりました。」
安田「五十嵐さん、俺の後輩なんですがどうやら何かを見つけたらしい。」
安田は自分の携帯を五十嵐に手渡した。
五十嵐「科捜研の五十嵐です。」
林「宇田川交番の林です。」
林「数日前殺害された土屋氷魚の遺品の日記の文字からサリンという文字が発見されました。」
五十嵐「サリンですか!?それはどういうことですか?」
林「わかりませんが字が汚く彼が書いていた書体が英語の筆記体でして」
林「最後の一文が赤いペンで書かれていて、それを訳したらサリンという意味だったんです。」
五十嵐「彼が遺した日記はかなり有力な情報になるかもしれません。」
五十嵐「鑑定の結果から林さんの言っていたサリンに近い成分が検出されました。」
安田「そうなのか!?じゃあこの成分がサリンってことなのか?」
五十嵐「まだ定かではありませんがバナジウム(V)と硫黄(S)の数値が高いことからも」
五十嵐「これらを化合したり触媒したりして毒性のあるものを生み出したはずです。」
五十嵐は鑑定の結果でサリンとは断言できないがそれと似た成分が検出されていることを述べた。
リン、炭素、バナジウム、硫黄などこれらの元祖はサリンと類似した構造を持つ化合物を作る可能性があると示唆した。
サリンは有機リン化合物で神経ガスの一種である。
別名はイソプロピルメチルフルオロホスホネートやメチルフルオロホスフィン酸イソプロピルとも呼ばれている。
サリンはとても危険な物質であり人体への影響は計り知れない。
毒性が強く殺傷能力は極めて高い。
白い煙を吸った患者たちがどうなったか安田が述べた通り嘔吐、痙攣、呼吸困難を引き起こしていた。


五十嵐「その日記を遺した彼は何者なんですか?」
土屋氷魚の解剖と科学捜査は五十嵐以外の者が担当していた。
当時の状況と解剖結果について安田が五十嵐に説明した。
安田「渋谷駅を通る電車が宮下公園の横上を走る際、その線路に彼が寝ていたらしく」
安田「急ブレーキをしたが間に合わずひかれてしまい遺体はバラバラになった。」
五十嵐「自殺ですか?」
安田「最初は自殺とみていた。彼の遺体にはアルコールの成分が高い数値で検出されていた。」
安田「酒を飲んで酔っ払って、線路に寝込んでしまったと思われていたんだ。当時はな…」
安田「不可解な点があってな遺体は全裸だったことと、バラバラになった遺体は消防隊員ら回収を依頼したが」
安田「首は陸橋で見つかったんだ。だがその首が損傷は他と比べて綺麗だった。」
安田「あれだけは刃物のようなもので切断されていた。」
林「え!」
土屋氷魚の生首を陸橋で見つけたのは林と川代だった。
その土屋氷魚の首は刃物で切断され遺棄されていたことは林本人は初耳であった。
確かに当時のこと振り返ってみるにあの生首は綺麗だった。
走っていた電車のスピードは出ていたため衝突すれば頭部の方も損傷は激しかったはずだ。
安田「線路に彼を突き落とした誰かが服を持ち去り証拠を隠し自殺と見せかけ彼を殺した。」
安田「そのような憶測で殺人事件として捜査することになったのさ。」
安田「だがこれでなぜ土屋氷魚が殺されたのか合点がいく。」
安田「あの男の存在が彼らにとって不都合になると考え殺されたのが筋だ。きっと今回の事件と関わりがある。」
安田「渋谷事件について土屋氷魚は何かを伝えたかったかもしれん。」
安田は土屋氷魚が昨日の渋谷事件に関わりがあると判断した。
安田「林、土屋氷魚について何か他に知っていることはないか?」
林「遺族から彼は蔵冨興業で勤務していました。」
安田「蔵冨興業か!あったなあれも殺人事件だった!」
蔵冨興業でも数日前に社長をはじめ幹部全員が殺害されたのだ。
犯人は社員自らが犯行したようで集団での殺人であった。
全員自ら出頭するのは異例である。
彼らは逮捕・拘留されたのち事情聴取が行われたがほとんど犯行の動機が
「パワハラに耐えられなかった」「仕事が死ぬほど辛かった」「弱みを握られ辞めることもできなかった」
と言うようなと内容であった。
被害者家族の証言では本人の様子がおかしく相当仕事に追われ疲弊していたそうだ。
集団で犯行が行われたことからも蔵冨興業は社員に相当な負担をかけていたことが窺えた。
劣悪な環境で労働を強いられたことが、犯行に及んだ経緯となったが社員である土屋氷魚も
そのような動機で殺されたのだろうか。
あの日記はなんなのか。
彼はなぜサリンを知っているのか。
土屋氷魚は危険物を扱える資格を持っているのだろうか。
この場合だと危険物取扱者という国家資格が該当する。
だが消防法で定められた危険物のみに限定されている。
身近で言うとガソリンや灯油である。
サリンのような危険物質を製造は当然認められることはなく
労働安全衛生法によって労働者に重度の健康障害を生ずるおそれがある化学物質の製造は禁止されている。
ちなみに製造禁止物質にサリンは名称指定はされておらず
黄燐マッチ、ベンジジン及びそれを含有する製剤が禁止とされている。
土屋氷魚は彼にサリンの製造を強要させていたのか。
それが事実ならなぜ彼らは事情聴取でサリンの製造を強要されたことを訴えなかったのだろうか。
まるで何かを隠しているようだ。
明らかにこれは法律違反だ。
そもそも彼らは犯行に及ばなくても労働基準法によって保護されるべきであった。
わざわざその権利を放棄してまで殺人を犯すことはないはずである。
つまり土屋氷魚はサリンの製造を強要された側であり何かしらメッセージを残すためあのような日記を書いたのだろう。
実際に渋谷のスクランブル交差点でサリンと類似される危険物が使用されていたのだ。
今回の鑑定と林の働きによって進展はしたが真犯人はまだ明らかになっていないし
渋谷の実行犯もまだわからない。
いずれにしても彼らにもう一度事情聴取するしかない。
また蔵冨興業に行って捜査すれば何かしら手掛かりなるかもしれない。
蔵冨興業は南平台町にある。


安田「林、その土屋氷魚の日記を俺に渡してくれないか?」
安田「それが捜査に重要な手掛かりになる。お前らの交番に向かう。」
林「わかりました。」
安田は庁舎を出る前に吉永に連絡した。
安田「俺だ安田だ。鑑定結果がでた。」
吉永「でたんですね。それでどうでしたか?」
安田「それなんだが…」
林から土屋氷魚の遺品である日記からサリンと言う文字が浮かびあがりそのサリンは危険物であること
そして鑑定結果ではサリンを類似した成分が検出されたこと
また土屋氷魚が勤務していた蔵冨興業とその数日前の殺人事件
そして昨日の渋谷事件と関係しているのではないかと吉永に伝えた。
吉永「なるほど。蔵冨興業の事件と昨日のと何か関係性があると思われますね。」
安田「そこで頼みたいことがあるんだが、蔵冨興業について現地調査してきてほしい。」
安田「俺は宇田川交番に行って、土屋氷魚が遺した日記を貰ってくる。捜査の手掛かりになるはずだ。」
安田「その後俺も合流する。」
吉永「わかりました。」
こうして土屋氷魚の日記を求め林が勤務する宇田川交番に向かった。
宇田川交番に到着した安田。
今回は捜査用パトカーで行って交番の入り口付近に停車した。
林「部長、お疲れ様です。」
安田「よう林。早速だがその例の日記をこちらに渡してくれ。」
林は安田に土屋氷魚の日記を渡した。
安田「捜査に重要になりそうな物が見つかったらすぐに提出しろよな。」
林「すみません。字が汚くて書いているのかわからなかったのでわかるまでは一旦こちらで預けていました。」
安田はその日記を開きペラペラとページをめくり内容を確認する。
しかし林が言うに字が汚く読みづらかった。
これらの書体は英語の筆記体で書いてあるらしい。
安田「これゃ読めねえな〜」
安田「やはり周りに知られないようにあえて読みづらいように書いたんだろうな。」
そして最後のページまでめくり、最後の赤いペンで書かれたある一文を見た。
これを林が訳し、サリンという意味になったと彼は言うのだ。
安田「ほう、これがサリンって意味なんだな。」
林「最初、熊谷さんと解読した時はI'm tired(アイムタイーアド)になりました。」
安田「疲れたって意味か。」
安田「面白いことに蔵冨興業の殺人事件の加害者らに事情聴取したとき疲れたとか発言してたな。」
安田「まさかこれでサリンと読むとはな。でかしたぞ林!」
林「はい。ありがとうございます。」
安田「そういえば土屋氷魚のご遺族とは会えたか?」
林「彼女は昨日ここの交番に来ました。部長が出た少しあとぐらいに。一応伝えておきました…。」
安田「あそうなの、でっどこに引っ越したか聞いたか?」
林「え?あ…えっと…」(なんて言えばいいんだ〜)
昨日の夕方宇田川交番に安田が来ていた。
花の所在について聞かれたときは彼女が住んでいたアパートは建て壊しが行われていて
引っ越し先や行く先は不明のまま行方が分からないと言った。
安田が交番を出て行った後、少し後に花がここの交番に訪れたのだ。
土屋氷魚が何者かに手によって死亡してしまったと花に正直に伝えた。
その後の彼女はまだ引っ越し先は決まっていないらしく野宿することにしたそうだが林の住居に居候することになった。
林は花に好意を持っているのだ。
彼女のことが好きであることを彼自ら告白し、彼女にその返事を彼は待っているのだ。
だが安田に彼女の所在についてどう伝えればいいか悩んでいた。
林「現在は私の住居に居候しています…」
林は正直に自分の住んでいるマンションに彼女を連れ居候させたことを伝えた。
安田「はあ?なんで?引っ越し先決まってなかったのか?」
林「そういうことで野宿というのはかわいそうと思ったんで…」
安田「普通は宿とか泊まれる場所とか探すだろ。熊谷もいただろ!。」
安田「その女性若いだろ?あーもう自分の家に連れてくとかなんか変なこと企んでいるだろ!」
林「いえいえいえいえいえいえ!決してそんなやましいことは考えておりません!」
安田「じゃあなんでだ?~」林「う~」
安田にツッコまれて林は立ち往生してしまう。
熊谷「お疲れ様です。安田巡査部長。」
ちょうど熊谷が戻って来た。
安田「おうお疲れ、熊谷。昨日あの女こっちに来てたんだな。」
熊谷「土屋花さんのことですか?来てましたね。」
安田「林が自分の家に彼女を泊まらせたそうだがそれ熊谷も知ってたか?」
熊谷「え!そうなったんですか!?」
熊谷「任せてほしいと言われて任せたのですがまさか自分の家に彼女を連れ込んだんですか?」
安田「なっなにーーーー!」
熊谷「なんか彼女を前にするとなぜか林さん、感情的に熱くなるんです。」
熊谷「もしかして林さんは花さんのことが…」
林「うああああああ~」
熊谷と安田に彼女が好きであることを言うしかないのか。
こんな大変な状況であるのにそんなこと言っていいのか葛藤すらも湧きあがってしまう。
安田「おっと今はここでくつろいでいる場合じゃない。」
熊谷「ここに来られた目的はなんでしょうか?進展はありましたか?」
安田「ああ、熊谷にも話しておくか。」
熊谷にも林と同じように事情を説明した。
安田「ということだ。」
熊谷「わかりました。土屋氷魚さんが遺した日記は重要な手掛かりになりますね。」
安田「これは預からせてもらう。俺は今から蔵冨興業に行って調べてくる」
安田「お前らは引き続きパトロールと住民の安全の確保を頼む。」
林と熊谷「はい、承知しました。」
安田は宇田川交番に出ていき蔵冨興業にいった。
花についての話はひとまず保留となったので林はほっとしたのであった。


吉永は安田の指示で蔵冨興業がある南平台町に到着した。
南平台町は東京都渋谷区にあるが丁目の設定のない単独町名なのだ。
渋谷駅から徒歩でいけるが静かな住宅街である。
あまり人気もなく寂れた建物がいくつあり、スラム街に来たかのような雰囲気である。
色で例えるなら灰色で、灰のような街並みが一面に広がる。
こんな静かな町の隣の渋谷で国を震撼するほどの大事件が発生していたのだ。
この町にも数日前赤い血が染まる殺人事件があったのだ。
サリンと言葉を知っている土屋氷魚は蔵冨興業でサリンと似た危険物を製造させられていたのだろうか。
安全のため吉永は機動隊を二人連れ、防弾チョッキやガスマスクなどを用意した。
それに加えて拳銃も携帯している。
町外れに廃墟のような工場が見つかった。
吉永「ここが…蔵冨興業か…」
この工場が蔵冨興業のものなのか。
吉永と連れの機動隊らは工場の中に入るのであった。


続く…

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