イエイリ

第13話 アミュレット

林ら三人は、家入を心配して彼が住む道玄坂のアパートにやってきた。
誰ともでも気さくに話す滝原によって怪しまれることなく事なきを得たが
滝川は明らかに嘘を言っていた。
そのしのぎのためか、大手飲食チェーン店であるアミュレットで仕事をしていると言ってしまったのだ。
もっと他に誤魔化しのきく嘘があったはずなのだ。
そんな滝川に対し家入は彼に嘘だと言及する。
しかし滝川は何も動じず仕事の勧誘までしてくるのだ。
滝川に何か考えでもあると言うのだろうか。
家入「まさか滝川さんはそこで仕事しているってことなの?」
滝川「早い話がそうです。これもアミュ様の力あってのことです。」
滝川「言ったらわかりますよ。新聞配達の仕事が終わった来てください。」
滝川はアミュレットで仕事しているということは本当のようだ。
赤城の力によって滝川は就職できたということか。
まずは神泉町のアミュレットに行って確かめるしかない。
家入は3階の滝川の住居を出て1階の自分の住居に戻った。
歯磨きそしてお風呂に入り水分を取ってしばらくした後布団に入って眠りについた。
この時間帯だけはいつもと変わらない日常を過ごすことできた。
ようやく長い1日が終わりを迎える。
今日の出来事が夢であってほしいと思えるぐらい不穏だった。
もしかしたらこうして布団に入って天井を見上げることすらできなかったかもしれない。
今日より明日はよくなると希望を持って目を閉じたがそれと同時に破滅へと向かっているのではないかと絶望を感じてしまう。
明日は我が身という言葉が生涯においてこれまで以上に響いたことがあったのだろうか。
今後何が起きるかわからない。
動き出した運命の歯車に溝をつくりそこにはめ込むことはできない。
アミュ真仙教という犯罪組織は強大である。
家入は目を閉じ視界は暗くなった。
今は先の見えない暗闇に身を委ねることしかできないがいつか光が差し込まれることを彼は願ったのだった。


深夜3時に家入は目を覚ました。
朝食と着替えを合わせて10分で済ました。
こんな早くに起きたのだから滝川には気づかれないと思っていたがインターホンが鳴った。
家入「え!?こんな時間に!?」
玄関の扉を開けたらやっぱり滝川だった。
彼も早起きだ。
滝川「新聞配達の朝は早いですね。」
家入「新鮮度が大事だからね。」
家入「そういう滝川さんも早いね。もしかして寝ていないでしょ?」
滝川「ちゃんと寝れましたよ。3時間寝れば十分です。」
滝川「フランスの皇帝ナポレオンも3時間睡眠でしたから。」
かのフランスの皇帝ナポレオンは3時間睡眠だったという話だが
彼は睡眠無呼吸症候群であったことから3時間しか眠れなかったという説がある。
滝川「家入さん、これを身に着けてください。」
滝川は家入に缶バッチのようなもの渡し、身に着けるようにと指示をした。
家入「これはなに?」
滝川「あなたを監視するためです。」
やはりこの缶バッチは家入を監視するためのものである。
滝川「これにはカメラ機能に外部の音声を拾う機能がついていてそして爆弾が仕掛けております。」
滝川「なぜこれを付けなければいけないか理由はわかりますよね?」
家入「わかってるよ。けどここまでするのか…」
これを作るために滝川は寝ないで作ったのだろう。
滝川に渡された缶バッチにはカメラとが外部の音声を拾う機能が備わっており、爆弾も搭載されている。
カメラはおそらく滝川の住居にあったパソコンモニターで映るのであろう。
リアルタイムで家入を監視してもし不審な動きがあれば即爆発だ。
滝川に説明されなくても家入は理解していた。
彼らに不審がられる行動はできないがプライベートなことまで見られてしまう。
行動を制限されてしまったと同じである。当然寄り道はできない。
家入「これで24時間僕を監視するってことなの?」
滝川「それを身に着けている間だけです。」
滝川「ちなみに私の指示なしでそれを外した場合爆発しますので覚えてください。」
駐輪場にて滝川は家入に自転車を貸した。
その自転車は組織から支給されたものだ。
滝川「では私は7時まで休憩します。流石に3時間で睡眠は十分と言ったのは嘘です。」
睡眠時間3時間だけで十分といったのが唯一滝川の嘘である。
滝川「他の者に監視を任せますので家入さんはいつも通り仕事に行ってください。」
滝川「仕事が終わりましたら帰宅せず神泉町のアミュレットに来てください。」
家入「…わかったよ。」
自転車に乗って家入は新聞販売所に行った。
新聞販売所に到着した家入は事務所に入ってあいさつした。
家入「おはようございます」
新聞屋の職員たち「おはようございます。」
家入「あの~実は…」
家入は新聞屋の職員に近所の人から自転車を貸してもらったと伝えた。
昨日電話で自転車を手放してしまいこの日は歩きで新聞配達する予定だった。
新聞屋「そうですか。わかりました。ではいつも通り新聞配達に行ってください。」
新聞屋「昨日言いましたが今日は渋谷の方は通らないでください。」
家入「わかりました。」
家入は新聞屋の職員の指示で渋谷を通らないルートで新聞配達した。
林が勤務している宇田川交番付近まで通ったが顔は出さずそのまま素通りした。
身に付けた缶バッチには爆弾が仕掛けられている。
単独で警察に近づいたら裏切ったとみなされこの缶バッチが起爆するかもしれない。
もはや家入は動く爆弾だ。


家入は滝川の指示で新聞配達の仕事を終えた後神泉町のアミュレットに向かった。
現在時刻は9時ぐらいである。
ちょうどこの時間に花が出勤することになっている。
花は30分前にアミュレットへ出勤した。
アミュレットは午前8時から営業である。
彼女はアミュレットの店内に入るとそこには滝川がコック服を着ている。
案外様になってて違和感がなかった。
花「おはようございます」
花は一応あいさつした。
すると滝川含め店内のスタッフたちがあいさつしだした。
スタッフたちの顔ぶれだがほとんど見慣れた顔でなんと全員組織のメンバーだったのだ。
竹原「おはようございやす~」
竹原もいた。彼はテーブルを拭いていた。
滝川「おはようございます。」
滝川「業務スケジュールについて確認したいことがあるので着替えが終わりましたら事務所に来てください。」
花「はい、わかりました。」
店内にはすでに客がいた。
アミュレットの店員であることを装って花を誘導させた。
花自身も瞬時に状況を把握した。
スタッフオンリーと書かれたドアを開けて中に入り事務所で滝川は花にアミュレットの飲食店制服とタイムカードを渡した。
花「まさか店舗ごと乗っ取っちゃうなんて」
滝川「アミュ様にかかれば造作もないことです。ですが反省してください。」
滝川「アミュ様の手を煩わせてしまい、他のメンバーも巻き込まれてしまったのですから」
花「悪かったわよ。でもあんたが余計なこと言うからよ。」
滝川「では彼らに飲食店でバイトしていると嘘をついて、やっていないことがバレたらどうなさるつもりでしたか?」
花「テキトーに仕事やめたとか言ってたわ。多分」
滝川「まったく無計画ですね。」
滝川「あの時土屋さんは、私がアミュレットで仕事していると言ったらあなたは自らここで働いていると仰っていましたよ。」
滝川「あれはどういうことだったんですか?」
花「あーもう!そういう細かいところが嫌いなのよ!いい男が台無しよ!」
滝川「私は規則正しく誠実に生きているつもりですよ。ですが今日は夜更かししてしまいましたが。」
滝川「やると決めたら最後まで徹底的にやる。それが私のセオリーです。この店舗のリーダーは私ですから。」
滝川は眼鏡の鼻当ての部分を中指で押さえた。
彼は完璧主義である。
大手飲食チェーンで働いているという嘘を捻じ曲げ本当にここで仕事しているのだ。店長として。
ここまでの徹底ぶりは見事である。
滝川の発言からアミュ真仙教のリーダー赤城がこの神泉町店のアミュレットを店舗ごと乗っ取ったようだ。
一体どのような方法で乗っ取ったのかは謎である。
滝川「では土屋さんは会計やお客様の接客をお願いします。」
花「わかったわよ。」
花は真面目に仕事に取り組んだ。
スタッフは全員組織のメンバーであり仲間なので仕事の方はやりやすかった。
そして9時過ぎぐらいに家入が来店してきた。
花「いらっしゃいませ!」(きたわね。)
家入「あ!花さん!」
花「はい、おはようございます。本日は1名様でよろしいでしょうか?」
家入「あっはい。」
彼女は笑顔で接客した。
家入に対しては常連客のように振る舞った。
彼女の仕事ぶりから本当に飲食店で仕事しているように思えた。
家入は一人テーブル席に座った。
周りを見渡すと一般客がいて朝食を食べている人もいれば朝からガッツリ肉を食べている人がいた。
彼らはおいしそうに食べていた。
花「家さんが来たわよ。」
滝川「家入さんですね。わかりました。」家入が来店したことを伝えた。


呼び出し音が鳴った。家入のテーブル席からである。
滝川は厨房にいて料理していた。
厨房には数人の従業員が料理していた。もちろん全員を組織のメンバーだ。
呼び出し音が鳴った席は家入が座っている席であったことに気付き
滝川は厨房を出て彼のいるテーブル席に向かいオーダーを取るようだ。
滝川「お待たせしました。ご注文は何になさいますか?」
家入「え?」
来たのは滝川そっくりだった。いや本人だ。コック服を着ている。
家入「もしかして料理するの?」
滝川「はい」
家入「ええ?」家入は困惑した。
初めての客もいるはずだが常連客もいるはずで味の違いに気付く人がいてもおかしくないはずである。
まさか元から彼らはこの店で働く従業員なのだろうか。
昨日自慢げに滝川は、デミグラスソースやステーキがおすすめだと言っていた。
それは自分の料理に自信があるということ。
お品書きには、当店おすすめと書いてあったりアミュレットで人気NO.1など書いてある。
アミュレットの味を再現できるということなのか、それ以上に味を引き出せるということなのか
それを確かめるべく家入はそれらを注文することにした。
家入「デミグラスハンバーグとこの高級国産牛使用のステーキ、あとライス中にサラダをお願いします。」
滝川「全て単品でよろしいでしょうか?どちらかをセットで注文すると値引きされてお得になります。」
セットメニューを注文すればライス、サラダ、スープが付いてくるので単品で注文するよりも値段が安くなるのだ。
家入「安くなるセットがいいね。じゃあデミグラスハンバーグをセットで」
滝川「はい。かしこまりました。ではスープはコンソメかコーンスープどちらになさいますか?」
家入「コンソメで」
滝川「かしこまりました。デミグラスハンバーグをセットでスープはコンソメ、ステーキは単品でよろしいでしょうか?」
家入「はい。」
滝川「ドリンクバーはいかがですか?単品で注文すると300円ですが」
滝川「セットメニューを注文された際は200円に値引きされますがいかがなさいますか?」
家入「いえ結構です。」
滝川「はい、かしこまりました。」
家入はライスとサラダとコンソメスープが付いたデミグラスハンバーグセットとステーキを単品で注文し
ドリンクバーは注文せず無料の水にした。
滝川の接客についてだが洗練されておりナッジを活用していた。
ナッジとは、相手に強制させるのではなく軽くついて後押しするという意味で
また相手に望ましい行動を促す意味である。
飲食店の接客の場合、例えば主食にライスとサラダをそれぞれ単品で注文する客に対し
スタッフ側がセットメニューを注文すると安くなるとおすすめし客にセットメニューの注文を促す。
一般論的に飲食店を利用する客は予算を安く抑えて満足に食べれた方が好ましいと考えるはずである。
客側にとってメリットになるが、セットメニューを注文させることでスタッフ側ないし管理者側にもメリットになる。
それは管理のしやすくなる点である。
例えば単品で複数のメニューを注文すると接客する側にとって煩わしさを感じ、注文数を把握するのに時間がかかり
伝票を出力する点においてもコストがかかってしまう。
セットメニューの注文を促すことによって客側は予算が浮くメリットになり、スタッフ側は管理しやすいメリットにつながるのだ。
数分後ぐらいに家入が注文した品を花が持ってきてくれた。
花「お待たせしました。ごゆっくり召し上がりください。」
そのまま花は持ち場へ戻っていった。
テーブルにはデミグラスハンバーグとセットで付いたライス、サラダ、コンソメスープと単品のステーキ、そして伝票が置かれた。
午前9時30分、家入は仕事終わりであるが朝からかなりのボリュームである。
滝川自身が推していたので実際に食べて確かめたかったのだ。
ちょうどお腹もすいていたのでちょうどいい。
ハンバーグとステーキはジューシーに焼かれていてとてもいいにおいである。
まず見た目とにおいについては合格だ。
アミュレットで食事したのは何年か前で林と川代と三人で食べていた。
あの時の味は思い出せないし、家入の味覚と感性は平凡並みである。
一般の人でもおいしいと言わせる味なのか、家入はステーキをフォークとナイフで細かく切って口に入れた。
ステーキは柔らかて噛みやすく口の中で肉汁があふれ出しほっぺが落ちるほどのおいしさであった。
高級国産牛を使っている謳い文句をしているだけあって良い肉を使用していることがわかる。
ハンバーグの方も口に入れて食べてみたが、肉とデミグラスソースとの相性が良く、絡み合ってとてもおいしい。
サラダは特製のドレッシングで野菜のおいしさをより引き出している。
コンソメスープもおいしく、ごはんが進み箸が止まらくなるほどであった。
滝川が料理したと思われるがこれがアミュレットが提供している味なのか滝川の味なのかはわからない。
しかし大手飲食店として名に恥じぬ味であった。
彼がここで働いているということは嘘偽りではなく認めざるを得なかった。
接客だけでなく味としての体裁も十分備わっていた。
滝川の料理の腕目から鱗であったし、嘘から出た実でもあった。


伝票を取るともう一枚紙があった。
これは滝川のメッセージである。
「私は17時に退勤します。家入さんは先に戻っていてください。」
「アパートには、山本と猿江がいますので彼らの指示に従ってください。」
「土屋を15時に退勤させますが、きっと彼女も合流すると思います。」
と書かれていた。
家入(はいそうですか。言われなくたって帰るよ。)
そもそも何も予定はないので帰るしかない。
家入は伝票をもって会計を済ませて外に出た。
戻れば猿江と山本がいる。
猿江と山本は昨日知り合ったばかりだがその二人の中で猿江が苦手である。
まだ猿江は家入に対して強い不信感を抱いていてるので一緒にいて気まずくなる。
こちらも好きで組織の仲間になったわけではない。
些細な動きでも強く指摘するに違いないだろう。
自転車に乗って帰る途中で熊谷に会った。
熊谷はパトロール中であった。
ここで警察である熊谷に会うのは都合が悪い。
熊谷「こんにちは家入さん。」
家入「あ!こんにちは熊谷さん。」
熊谷「こんなところで会うのは珍しいですね。」
家入「はい、今日早めに仕事が終わったのでカフェでコーヒーを飲んでました。」
熊谷「そうでしたか。いつもだったら交番まで来るのに、」
熊谷「もしかして今から向かうつもりでした?今でしたら林が交番にいますよ。」
家入「いえ今日は家に帰ります。忙しそうですし。」
熊谷「はい。でも昨日と比べればだいぶ落ち着きましたね。今もこうして巡回していますが」
熊谷「昨日のような事件が起きるかわかりません。まだ犯人が捕まっていませんから。」
家入「がっ頑張ってください!熊谷さん!犯人絶対に捕まえてください。」
熊谷「はい!わかりました!」
なんとかその場をしのぐことができた。
下手したら爆発する恐れがあった。
もしかすると猿江が監視していたかもしれない。
正体はわからないが犯人を追っている警察に対して、
犯人からは家入が身に着けている缶バッチを通して警察を見ているのだ。
本当のことを言いたいが言ったらこの缶バッチが起爆してしまうのだ。
家入は自分の住居に戻るのであった。


林と川代だがまず川代は渋谷で起きた事件で建物が損壊した瓦礫を撤去する作業を引き続き行っていた。
そして林だが彼は、交番で待機していた。
午前中は熊谷がパトロールに行き、午後から林がパトロールに行く予定である。
交番に来訪してきた人の対応と事務作業しているが
他に何もなく空き時間があれば林は土屋氷魚の遺品の日記の文字を解読していた。
林は日記に書いてある筆記体のようなぐちゃぐちゃしたこの文字は何なのか気になっていた。
解読することによって土屋氷魚の死の真相の手がかりになるのではないかと思い
筆記体についての参考書を見ながら調べていた。
特に最後のページの赤い文字で書かれた一文、これだけでも解読したところだ。
前日に熊谷と解読した結果、「Am tarmd」 となり変換して「I'm tired(アイムタイーアド)」となり。
最終的にこの赤い文字の一文の意味は「疲れた」になった。
やはりこれでは腑に落ちない。
日記全体は鉛筆で全て同じような形式で書かれている。
単純なスペルミスであれば本人は気付くだろうし修正するはずである。
それを裏付けるかのように文字の消し後のようなものが見つかったのだ。
最後の一文は赤いボールペンで書かれているが間違えても二重線なり修正液なりで修正することができたはずだ。
これはおそらくちゃんとした文字で書かれたものであると思われる。
土屋氷魚は何を伝えたかったのか
もう一度英語の筆記体として読み直し参考書を見比べながら林は解読を進めた。
するとtのような字は筆記体でsと読み次の綴りはスペルのaでその次のスペルはr、i、nとなった。
これをつなぎ合わせるとsarin(サリン)となったのだ。
林「サリン!?えということはまさか!!」
土屋氷魚の日記の解読し何かに気付いた林。
林は一体に何に気付いたのだろうか。

続く…

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