イエイリ

第12話 綿裏包針

あの事件のことで電話に出ないことに家入の心配をする林と川代は彼の住む道玄坂のアパートに行くことにした。花も一緒である。
花は事前に林らが家入のところに行くと滝川に連絡した。
既に滝川は、道玄坂のアパートに引っ越しており、家入をその住居に入れさせた。
滝川の新居の際に荷物の整理を家入が手伝っていたことにすれば彼が電話に出なかった理由になる。
彼の都合に合わせなければいけない家入であるが、林たちに怪しまれずうまく立ち回ることができるのだろうか。


家入「林さん、川代さん!どうしたんですか?あ!…花さんもいる!どうして!?」
家入はアパートの3階で林と川代と花の三人を見下ろした。
川代「どうしたはこっちのセリフだ!」
川代「電話に出ないから心配したんだよ!」
林「なんで3階にいるの?」
家入「えっと…」
理由を言おうとした家入だが滝川が出てきた。
滝川「どうしたんですか?家入さん?」
家入「あ滝川さん!」
川代「ん?その人は誰なんだい家さん?」
滝川「初めまして今日ここに引っ越してきた滝川と申します。」
滝川「この方々は家入さんのお友達ですか?」
家入「はいそうです!林さんと川代さんと花さんです。」
滝川「家入さんが私の荷物の整理を手伝ってくれました。」
川代「なんだ家さんがお節介焼いたのか。そういうところ、林に似てるな。」
林「いや川代の方じゃない?」
三人は3階に上がってきた。
家入「滝川さんが自転車を持っているみたいで貸してほしいって言ったらOKしてもらえて」
家入「明日新聞配達があるんで助かりました。」
家入「なのでそのお礼がしたくて」
林「そういうことなんだね。自転車貸してもらえてよかったね家さん。」
林と川代は電話に出ない家入が心配でこちらに来たようだ。
その経緯を話すことができ、とりあえず丸く収まった。
家入が裏切るかもしれないと思い彼の固定電話をとりはずしたことが
結果的に彼らを引き寄せることになってしまい裏目に出たと言える。
逆に警察である林のことを知ることができる機会に恵まれたとも言える。
これも彼らにとっては想定通りということなのだろうか。
林「滝川さん、これからよろしくお願いします。林と申します。」
林「彼のことを私たちは家さんって呼んでいるんですが、彼のこともよろしくお願いします。」
滝川「はい…ですが転勤の多い会社で働いていまして社からこの物件を紹介されてここに引っ越してきたんです。」
滝川「短い間かもしれませんがよろしくお願いいたします。」
川代「そうかそれは大変だな。俺は川代だよろしく。」
滝川「はい。川代さんよろしくお願いします。」
滝川「あの~そちらの女性の方は?」
林「花です。今私の住居で居候しています。」
花「よっよろしくお願いします。」
滝川「花さん。よろしくお願いします。」
他人行儀のように滝川と花は自己紹介をしている。
林と川代から見れば滝川と花は初対面であるが、家入は二人の関係を知っている。
お互いアミュ真仙教のメンバーで恐らく長い付き合いをしているのだろう。
任務遂行のため二人は初対面ということになるが家入から見ればとても変に見える。
滝川「よろしければ私の住居でお茶でもしませんか?」
滝川は林ら三人を自分の住居で入れ、お茶を出すそうである。
家入は滝川の住居の中を隅まで細かく確認してはいないが見るからに怪しいものは置いていなかった。
しかし銃などの危険物がどこかに隠されているかもしれない。
花はともかく、林らを中に入れてもよいのだろうか。
林「いいんですか?滝川さん?」
滝川「家入さんのことやみんなのことが知りたいので」
川代「じゃあお言葉に甘えて茶を飲ましてもらうぜ。」
親睦を深めることがねらいで滝川は自分の住居を紹介するそうだが
本来の目的は警察の動向などの情報を集めるのが目的である。
ここまで自然な流れで事が運ぶのが恐ろしい。
家入と滝川は仲が良好ということではあるがそれでも今日知り合ったばかりなのだ。
犯罪組織の一員であること以外は何も知らない。
お互いを知る機会において林と川代がいるのは絶好のタイミングである。
家入はいつも通りに振る舞うことができるが滝川は身分を隠して彼らと接することになる。
花は昨日のように大人しくか弱い雰囲気を出しつつ少し縮こまっていた。
家入は花の本性を知っているので違和感しか感じない。
林「ところで滝川さんはどんなお仕事されているんですか?」
素性を話すことができない滝川は彼らにどう切り出すのか。
滝川「飲食サービス業です。神泉町店の「アミュレット」という飲食店で働くことになります。」
家入(アミュ!!??)
家入はアミュという言葉だけに過剰に反応した。
川代「ああ!あそこのチェーン店か!知っているぜ!あんま寄ったことねえけどな。そこで働いてるんだな」
滝川が言う「アミュレット」はハンバーグステーキなどを得意とする大手飲食チェーン店である。
花「あの…私実は…そこでバイトしてるんです。」(なんとかなったわ滝川!)
花と帳尻を合わせにきたか滝川は飲食サービス業で働いていると彼らに言った。
花は以前飲食店でバイトしていると言っていたがどこの店で働いているかは考えていなかったのだ。
林「え!?そうなの、花はそこで働いているんだ。」
花「はい…」
川代「神泉町店か、俺そこの神泉町で消防の仕事してんだ。んで林は警察やってんだ。宇田川町ってとこでな」
滝川「すごいですね。お二人は立派なご職業に就かれているんですね。」
川代「大学時代の時だったかなアミュレットで俺ら飯食ったの。仕事始めてからしばらく行ってなかったな。」
滝川「よろしければ後日アミュレットで飲食されてはいかがですか?」
滝川「当店おすすめはトマトをペーストしたデミグラスハンバーグ、または高級の国産牛を使ったステーキです。」
花(何言ってんのよ!滝川!)
まるで飲食店の従業員のように彼らにアミュレットのメニューを勧めてきた。
滝川も花も反社会的勢力の一端を担っているのに飲食店仕事しているはずがない。
そんなことを言って大丈夫なのか。
その場しのぎのつもりで言ったのならもっと他に誤魔化しのきく言葉があるはずだ。
本当に林らがアミュレットを訪れた時嘘がバレてしまうのではないか。
花は少し驚いた表情をした。
どうやら彼女も滝川があんなことを言うのは想定していなかったようだ。
嘘がバレて自滅した方が家入にとっては嬉しい方である。
しかしあそこまで二人に対して踏み込んで言うのは滝川に考えがあってのことなのだろう。
林「私は今あの事件でいろいろ忙しくなってくるので、アミュレットでの食事は落ち着いてからですね。」
滝川「あの事件って、渋谷のことですか。家入さんから聞きました。」
滝川「まさかそれが今日起きていたなんて知りませんでした。」
共犯でもある彼がまるで自分は関わっていない、他人事のように話す。
明らかにこれだけは滝川は嘘をついている。
怪しまれることもなく物腰が柔らかく接客業をしているに相応しい振る舞いで二人と会話している。
始めってあったときは敬語を使う寡黙な男と思っていたが林らと接している姿を見て印象が変わった。
しかし犯罪組織のメンバーであることに何ら変わりはない。
反対に花は口数が少なく静かに彼らの会話を聞いていた。


滝川「もう犯人は捕まえたんですか?」
とうとう滝川も林に警察の動向について聞き出しを行った。
林「いや~それがまだなんです。まだ全然目星がついてません。」
林「せっかく引っ越しされたのに。不安ですよね。」
林「不測の事態でありましたが、何もできずにすみません…。私はまだまだです…。」
滝川「そんなに自分を追い詰めないでください。」
滝川「私たちがこうやって安心して暮らしができるのは林さんたちが頑張っているからです。」
林「滝川さん…」
川代「林、お前そんな気落ちするんじゃねえよ!まだ始まったばかりだろ!」
家入「そっそうですよ。林さん……元気出してください。」
林「そうだね…。もっと精進せねば!」
林「滝川さん、花さん、家さん、そしてみんなが安心して平和な暮らしができる社会を取り戻して見せます。」
林「犯人は絶対捕まえます!!」
家入(林さんいるよ~目の前に犯人が~捕まえてーーーー!!)
まさに林の目の前に犯人らがいるのだ。
しかし家入は心の中で叫ぶことしかできない。
滝川(さて次は何を聞こうか…)
立場上深く詮索すると怪しまれる可能性がある。
当たり障りのない質問をするのが無難であろう。
滝川「また同じような恐ろしいことが起きてしまうんですかね…どうなんですか?」
林「それはわからないです。もしかしたら今日この時間に起きているかもしれません…」
林「日本は世界と比べれば犯罪件数は少ないほうですがそれでもゼロじゃありません。」
林「社会を脅かすテロ組織がどこかに潜んでいるという可能性もあります。」
家入(うん!…目の前にいる!…)
林「数日前蔵冨興業で従業員が数名殺されたという殺害事件があったんです。実は花のお兄さんは殺さていて」
林「彼女のお兄さんがその会社で働いていたのですがあの事件の被害者だったと思うんです。」
滝川「な!そんなことが…」
花「うう…ぐすん!」
花は涙を流した。
林「ごめん花!もう二度とこんな話はしない。君は絶対俺が守るから!」
家入(泣いてるふりをしているだけでしょ!)
嘘泣きであると見抜く家入。
土屋氷魚殺害の真相も彼は知っているのだ。
土屋氷魚を殺した犯人は花だからだ。
川代「なんでこんなことするんだろうな…許せないぜ!渋谷を襲った奴らも!おかげで仕事も大変だ!」
滝川「そうですね。許せませんね…」
滝川も渋谷事件の共犯者であるのにも関わらず善人のフリをして仲間を批判する。
家入(うう!どの口が言ってるんだ!クソ!何も言えないなんて!)
家入は別の意味で心に憤りを感じている。
真実をすべて知っている家入だが何も言えないでいる自分に怒ってもいるのだ。
ここで暴露すれば殺されるかもしれない。林も川代も
やっぱり林は丸腰だった。
完全にここは彼らの巣の中なのだ。
トリガーになるようなことは絶対に避けたい。
家入は身震いしていた。
林はそれを見て
林「家さんも今日は大変だったよね。無事でよかったよ。でも不安だよね。」
林「滝川さんが自転車を貸してくれるおかげ明日の家さんの新聞配達の不安は解消されたみたいで、本当に感謝しています。」
滝川「あ~いえいえ、とんでもないです!荷物を運んでくれたりしてくださったので助かりましたよ。」
川代「はは!こういうお節介もたまにはいいことあるんだな!」
林「こら!話の腰を折るな!川代!」
林「でもまだ犯人は捕まっていない。私達警察が頑張らないといけません。」
家入(う~ん林さんの目の前にいるんだよな~)
心強い林であるが気持ちはすれ違うばかりだ。
林「あまり不安を煽らせるような言い方は控えないといけない。ただそれだけ大変な事態起きているということです。」
林「どんな理由があろうとも人を殺した犯人たちは許しません…。」
林「だけど彼らをそうさせたこの社会、この世界にも問題があると思っていたりはします。」
林「警察になってからいろんなことを知りました。加害者たちの生い立ちを見て…」
林「納得がいかないことなんてたくさんあります。世の中綺麗なことばかりじゃありません…」
林「社会にはどす黒い闇が潜んでいるかもしれません。」
林「私達警察はそれを拭うように都合よく扱われる雑巾なのかもしれません。まあこれは上司が言っていたことですが」
家入(林さんには頭が上がらないや…)
熱く語っている林であるが滝川が微笑む。それがとても奇妙だ。
滝川「おもしろい…」
林「ん?どうしたんですか?滝川さん?」
滝川「林さんのように熱く世の中のこと考えている人は少ないと思いますよ。」
滝川「林さんは正義感があって優しい人なんですね。」
滝川「花さんは林さんをどう思っているんですか?」
花「え?」(急に振ってこないでよ!)
林「え?」
林は顔を赤くする。内心彼女は自分をどう思っているのか人前で何をを言うのか緊張してしまう。
川代「お~!!どうなんだ~?」川代は興味津々である。
花「えっと………」(あ~もう滝川なんのつもりよ!)
花「あ!」林「花…」
林と花はお互い目を合わせた。
二人とも顔を赤くした。
そしてすぐに花は目を背けた。
花(も~うなんなのよ!私どうかしてるわ!なんであんな男のことかなんか好きじゃないのに!)
花(アミュ様に忠誠を誓うと約束したはずよ!)
花は林に恋をしてしまったのか。
彼女の心にもやがかかり気が狂ってしまう。
花(滝川め~!!!)
滝川にからかわれ、腹を立てる花だがここは抑えて、嘘泣きの涙を拭いた。
しかしその涙はしょっぱかった。
川代「やっやめておこうぜ、滝川さん。」
滝川「そうですね。別にそんなつもりじゃなかったんです。すみません。」
花(もう~許さないわよ!!)
花にはからかっているようにしか聞こえなかった。
林(でも花が俺のことどう思っているのかちょっと知りたかったな…)
一旦花が林にどんな思いを寄せているのかの話は保留となったが林は彼女が何を言うのか少し期待していた。


滝川「ところで花さんは明日シフトは入っていますか?」
花「え?あっはい?…入ってますけど?」
花(ちょっと!今度は何を言い出す気?)
大人しくしているせいか滝川の話のペースに呑まれる花。
滝川「連絡先を交換しておきませんか?」
花「えっと…あ!」
林「あれ?携帯持ってなかったよね?」
花「はい…そうです…。固定電話だったんですがアパートを退去していまして」
花(危なかったわ~)
彼女は携帯電話を持っていないということになっている。
危うく携帯電話を取り出しそうになった。
滝川「あっそうですか。わかりました。では何時頃きますか?」
花「午前9時からです…」
滝川「はい。ではお互い頑張りましょう。」
飲食の仕事の話だろうと思われるがこれは単なる二人の待ち合わせの予定だ。
二人は神泉町店のアミュレットで午前9時に待ち合わせということだ。
この後は何も問題は起きず、林と川代と花の三人は瀧川の住居を出て自分たちの家へと戻っていた。
滝川「物静かで大人しい土屋さんは初めてです。ああゆう土屋さんも悪くありません。」
家入「こっちは本性を知ってるから違和感しかなかったよ。」
家入「それにあんな嘘をつくのはよくないと思うよ。その場しのぎのつもりで言ったんでしょ?」
滝川「なんの話ですか?嘘とは?」
家入「とぼけるつもりか?飲食店で仕事なんてしていないでしょ!!」
家入「堂々と大手で仕事しているって言えたもんだね!」
虚辞を連ねる滝川を家入は強く申し立てる。
しかし滝川は平然としていた。
滝川「あ~そのことですか。別に問題はないですよ。」
滝川「家入さんも新聞配達をやめてアミュレットで仕事しませんか?そちらの方がこちらも都合がいいので。」
家入「なに!?どういうことだ?」
一体滝川は何を考えているのだろうか。

続く…

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