第8話 にんじん嫌いの弟
父は残業、母はパートで勤務先の事情で夕方にシフトが入ってしまい、順子ちゃんの両親は夜遅くまで帰ってこれない。
一人でお留守番と思いきや、順子ちゃんには2歳下の弟がいる。
その弟の名前は保志(やすじ)である。
保志は1か月後には5歳になる。
今日は弟と二人でお留守番なのだ。
ここで順子ちゃんの家族構成を紹介する。
長女[順子ちゃん6歳]、次男[保志4歳]、父[広武(ひろむ)40歳]、母[幸(さち)37歳]の四人家族である。
母が週3で午前中から午後までパート勤務をしているため、保志を保育園に預けている。
いつも午後パート帰りに母が保志を送り迎えをしている。
順子ちゃんの通う小学校とは、反対側なので保志と一緒に帰ることはないが
保志も小学生になれば順子ちゃんと同じ、水戸東小学校に入学させるつもりだ。
だから2年後には、姉と弟が足並み揃えて登下校することになるだろう。
順子ちゃんは今年の3月まで、田舎で暮らしており保育園も幼稚園もなく
水戸に引っ越し小学校に通うまで友達が一人もいなかった。
それで順子ちゃんは、よく家事の手伝いや母の料理の手伝いをしていた。
それをしていくうちに一人でも料理できるようになった。
料理の味付けはまだまだだけど、それでも家事と料理ができるので、
母は保志の面倒を遠慮なく順子ちゃんに任せられるのだ。
保志「姉ちゃん今日は何作るの?」
順子ちゃん「今日は保志の好物のハンバーグよ!」
保志「やったハンバーグ!」
ハンバーグは順子ちゃんの得意料理の1つであり、保志にとってもハンバーグは大好物であるので
姉弟だけでも問題なく楽しい食事になるだろう。
しかし…
順子ちゃん「ハンバーグだけじゃなくて野菜も一緒にだすからちゃんと食べてね。」
保志「え!!にんじんはいれないよね!?」
順子ちゃん「さあ?どうなんでしょうね?」
姉の間の抜けた顔を見てにんじんを入れる気だとわかる弟。
保志「絶対にんじん入れる気だ!僕にんじん嫌いだよ~」
順子ちゃん「こら好き嫌いはダメ!食べなきゃ大きくなれないよ」
保志は大のにんじん嫌いであった。
にんじんはピーマンに並ぶ子供の嫌いな野菜の上位にも入っている。
一応保志はピーマンはなんとか食べられるらしいが、
問題はにんじんが食べられないことだ。
今日の姉弟だけの晩御飯は喧嘩が勃発しそうだ。
保志がにんじん嫌いになったのは約1年前のできことである。
このころはまだ田舎に住んでいてちょうど保志が4歳になったばかりだ。
近所でにんじんを栽培していて、そのにんじん畑に保志が勝手に入っていったのだ。
保志「わあにんじんがたくさん!」
母「こら人の畑に入っちゃだめよ。戻りなさい!」
おばあちゃん「あらいらっしゃい」
後ろからにんじんを栽培している近所のおばあちゃんがやってきた。
母「ごめんなさい。うちの息子が勝手に畑に入ってしまって」
おばあちゃん「いいのじゃ、元気な子供をみると、こっちも元気を貰えるから」
おばあちゃんは優しく許してくれた。
ここ農村地区では子供がほとんどいないため順子ちゃんと保志は自分の
息子みたいで太陽のような存在である。
いつも住民たちは順子ちゃんと保志をかわいがっていた。
来年は順子ちゃんが小学生になるため、引っ越すことになってしまう。
それは知っている住民たちは、引っ越していなくなってしまう日まで順子ちゃんと保志に今まで以上で愛情を注いでやろうとしている。
おばあちゃんは、保志ににんじんをプレゼントした。
母「これ?いいんですか?」
おばあちゃん「いいのよ。にんじんたくさんあるから」
保志「やったありがとうおばあちゃん!」
おばあちゃんは、保志に感謝の言葉をかけられにんじんを育てた甲斐があったと嬉しく微笑んだ。
しかしそれと同時に、寂しくもなった。
おばあちゃん「来年から引っ越してしまうのじゃろ…寂しくなってしまうのう…」
母「おばあさん…」
母「休暇の時、たまには遊びに来ます。」
おばあちゃん「よろしくのう~二人が大きくなった姿が待ち遠しいのう~」
母「はい、親ながら私もです。」
順子ちゃんは家事の手伝いや料理の手伝いをしてくれるが、外で遊びに行く度に服を汚し変なものを拾ってくるし、
保志はよく大声を発して暴れることがあり、近隣住民に迷惑をかけていないか心配になる。
新天地でもうまくやっていけるのか不安で母は子育てに慎重であった。
母と保志はにんじんを持って帰ると保志がにんじんを水で洗って
保志「いただきます」とにんじんを丸かじりしたのだ。
ガキン!保志「痛い!!」
保志は泣き叫んだ!
母は目を離した隙に保志になにかあったのだと、保志の様子を見ると
なんと保志の前歯がかけているのではないか。
にんじんが硬かったため、保志の歯で噛み砕くことができず、逆に自分の歯を折ってしまった。
保志の歯はまだ乳歯であったので永久歯が生えてくるまで保志の前歯は欠けたままになる。
痛い思いをしたうえあの時のにんじんがおいしくなく感じてしまい、
それが保志のにんじん嫌いの理由となった。
順子ちゃんは晩御飯のハンバーグを作っているが
それと同時に保志のためににんじんを食べさせようとにんじんを切っていた。
保志はにんじんを食べさせようとしていないか、順子ちゃんが料理しているキッチンにこまめに見張りをしている。
保志が見張り来たときは、にんじんをひき肉が入っているボウルの中に隠す。
順子ちゃん「もうめんどくさいわね~キッチンにくるなら手伝ったほうがいいのに」
保志「やだよ~」そう言い弟は、姉の料理の手伝いをしない。
料理の手伝いをすれば、順子ちゃんににんじんを食材として使わせない効果的な方法であるのだが。
保志は、順子ちゃんに下まぶたを引き下げ舌を出す。所謂あっかんべえだ。
順子ちゃん「ムカつく~」
保志の為に料理をしているのに、侮蔑した態度をとられると
はらわたが煮えくり返るような思いがしてならない。
だが順子ちゃんは、その怒りグッとこらえ、どうにかして保志ににんじんを食べさせてやりたかった。
それも保志は大事な家族だからこそ、母と同じくらい弟の健康に気遣っているのだ。
にんじんが硬かったことで保志の前歯が折れてしまったことは順子ちゃんも知っている。
しかしにんじんは茹でれば柔らかくなり甘味もでる。
にんじんの独特な甘味が子供に受け入れないが、その甘味がハンバーグやカレーなどに非常にあうのだ。
ハンバーグと一緒に食べれば、保志もにんじんのおいしさがきっとわかるはずだ。
その時、ひき肉が入っているボウルの中に隠してあるにんじんを見て
順子ちゃんはいいアイデアを思い浮かんだ。
にんじんをみじん切りにして、ひき肉と一緒に混ぜてハンバーグを作れば、保志がにんじんを気にせず
おいしく食べてくれると。
そして食べ終わったときに種明かしをして、ハンバーグの中ににんじんが入っていたと伝え
保志が驚き、それをきっかけにこれからにんじんを食べてくれるはずだと考えた。
順子ちゃんはにんじんをまな板の上に置き、みじん切りにしていく。
終わりが見えてきたその時、また保志が見張りに来た。
順子ちゃん「やば!」
慌ててひき肉が入っているボウルにみじん切りにしたにんじんを入れ
不自然にならないようにボウルの中のひき肉を捏ねてごまかす。
すでに、にんじんをすべてみじん切りにしてあるから大丈夫だと思って
ひき肉を捏ねていたが、しかしそれが悪い事態に。
まだ乱切りにされた大きめのにんじんがひき肉の中に入ってしまったのだ。
保志「お腹がすいたよ~姉ちゃん~まだ?」と急かす弟。
順子ちゃん「まだよもお!」弟に急かされ、ひき肉を素早く捏ねる姉。
保志「早く姉ちゃんのおいしいハンバーグが食べたい!」と言った。
弟は純粋にただ姉の作ったハンバーグが食べたいだけであった。
そう言われると嬉しくなる順子ちゃん。
お腹もすいてきたので手際よく調理していく。
豆腐とわかめの味噌汁に、レタスとトマトときゅうりのサラダを作り、
メインのハンバーグにデミグラスソースをかけサイドにブロッコリーにカリフラワー
をつけたし、料理ができあがる。
もちろん父と母の分も作り置きした。
そしてちょうど炊飯器のごはんが炊き上がる。
小学1年生が作る料理としては豪華であると思える。
それを見た保志はとても喜ぶ。
ハンバーグが大きめに作られていたのだ。
保志「ハンバーグとっても大きい」
保志の手よりも大きく、両手で覆っても収まりきれないほどの大きさだ。
順子ちゃん「今日は張り切って作ったわ!」
保志も順子ちゃんと同じでよく食べるので、
この大きさのハンバーグもペロリと平らげてしまうだろう。
保志も手伝い、料理をリビングのテーブルに置いていく。
時間も午後7時になり、宮澤家本日姉弟だけの晩御飯が始まる。
姉と弟は両手をあわせ「いただきます」と食事を始める挨拶をした。
先に保志が口に入れたのはやっぱりハンバーグだ。
保志「おいしい!」
順子ちゃんは待っていたその4文字を。
自分の作った料理をおいしく食べる弟の顔が可愛らしくってしょうがない。
保志はごはんをかきこみ食欲は旺盛、そしてデミグラスソースをドレッシング代わりに
レタスとトマトときゅうりのサラダにかけ上手な食べ方をする。
ハンバーグの中ににんじんが入っているのを知らない保志に不敵な笑みを浮かべる順子ちゃん。
ハンバーグの中に実はにんじんが入っていると伝え、保志を驚かせたいのだ。
しかし、保志はハンバーグを食べた瞬間箸が止まった。
保志「うう!ハンバーグににんじん入れるなんて!姉ちゃんの意地悪!」
順子ちゃん「え!?どうしてわかったの?」
逆に順子ちゃんが驚いてしまった。
にんじんをみじん切りにして入っているのかわからないようにしたはずなのに。
保志はハンバーグの中にまるごと入っているにんじんを見せた。
順子ちゃん「あ!しまった!」
みじん切りにされずに乱切りされたままのにんじんがそのままハンバーグの中に入ってしまっている。
ハンバーグを大きめに作ってしまったせいか気付かなかったのだ。
保志「ひどいよ姉ちゃん‥僕にんじん嫌いなのに‥」
順子ちゃん「保志の大好きなハンバーグと一緒に食べればきっとにんじん好きになると思って‥」
保志「見てよこれ!」
姉に自分の欠けている前歯を見せた。
保志「もし気付かないで食べてたらまた歯が折れるとこだったんだよ!」
順子ちゃん「大丈夫よ!ちゃんと茹でてあるし、ハンバーグと一緒になっちゃったけど火も通っているから、柔らかいからおいしく食べられるよ。」
順子ちゃん「ねえ、食べてごらん」
保志ににんじんを食べることを勧めるが
保志「やだ姉ちゃんなんか嫌い」
弟にそう言われて姉はとてもショックだった。
保志はにんじんだけ残して、部屋にこもってしまった。
午後8時頃、父と母が同時に帰ってきた。
リビングで順子ちゃんが暗い顔をしていた。
それを見た母が「どうしたの順子」と声をかける。
順子ちゃんは保志に更ににんじん嫌いにさせてしまったことを伝える。
父「そうかだけど弟のためによく頑張ったな」と父は、順子ちゃんを励ましてくれた。
母「そうね。私よりよっぽどお母さんしてるわよ」と母も励ましてくれた。
母「今日はありがとう。保志のことは私たちに任せて休んでて」
順子ちゃん「うん。あとお父さんとお母さんの分作っておいたから」
順子ちゃんは自分の部屋に行った。
父と母は順子ちゃんの作った料理をおいしく食べたのだった。
朝になり、順子ちゃんはいつもどおり学校へ向かい家を出ると
玄関で母が「昨日のハンバーグおいしかったわ」と順子ちゃんを褒めた。
順子ちゃん「うん。いってきます。」と言って学校へ向かった。
父は母と保志を車に乗せ、まず保志を預からせるため保育園へと車を走らせた。
父「昨日のお姉ちゃんが作ったハンバーグおいしかったか?」
父は保志に順子ちゃんが作ったハンバーグの感想を聞くと
保志「おいしかった」と言う。
保志が「おいしい」と言ってくれて、自分は作っていないのになぜか嬉しかった。
母「保志はにんじん自分は食べていないって思っているだろうけど実はハンバーグの中に保志に気付かれないようににんじんを細かく切ってハンバーグの中に入れていたのよ。まあ失敗しておおきいのがはいっていたけどね。」
保志「え?そうなの?」
気付かないうちににんじんを食べていたのことを知らなかった。
にんじんもハンバーグのように柔らかく食べられることを知った。
保志「姉ちゃん怒ってないかな」昨日は言い過ぎたと反省しているようだ。
母「ふふだったら姉の目の前で保志がにんじんを食べる姿をみせたらきっと喜ぶわよ」
保志「え~!」まだにんじんを食べることには抵抗があるようだが進展があり、
いつかはにんじんが食べられるようになるだろうと二人は思った。
保志を保育園に預かって、次に母のパート先へと車を走らせたが、保育園付近になんだが
黒いフードとマスクとサングラスをかけた怪しい男が歩いていた。
二人は怪しいと思っていたが、仕事に遅刻してしまうため、気にせず仕事へ向かっていった。
案の定、その怪しい男が、保志がいる保育園に侵入してきてしまったのだ。
保育士たちが抵抗するが、怪しい男は刃物を持って暴れ、保育士一人が怪我をしてしまう。
園児たちは恐れおののき逃げているが、保志は尻もちをついて怖さのあまり一歩もうごけなくなってしまった。
怪しい男「動くな!」と保志は怪しい男に捕まり人質にされてしまった。
保志の運命はいかに‥。
続く
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