第4話 あいつと手をつないで
1年生対抗障害物リレーの続きである。
清水先生は、足の速い良樹を一番手に出走させ序盤に他の2チームより差をつける作戦であった。
しかしその作戦は思うようにいかなかった。
良樹が仕掛けをスムーズに突破することができず逆に他の2チームより遅れてしまったのだ。
彼が苦戦したのは、4年生の出し物の似顔絵探しである。
彼の似顔絵を描いた子が絵が下手で顔の特徴を掴めていなかったのである。
6年生の遊地とペアとなり、200m走り他の2チームとの距離を縮めることができたが
いまだ順子ちゃん率いる1年3組は現在最下位だ。
ここまでが前回のあらすじである。
良樹は、先生やクラスメイトに自分の似顔絵を見せるとみんな笑った。
ひょっとこ顔とへのへのもへじを組み合わせたかのようななんとも芸術的な仕上がりだ。
大野先生「ははこれは、傑作ですね!!」
清水先生「ひどいじゃないですか~この案考えたのは大野先生じゃないですか~クス‥」
良樹 「先生も笑ってるじゃ~ん」
清水先生「4年生には、絵が上手い子は何人かいますがそうでない子もいるので落差が激しいです。」
清水先生「高橋君みたいに自分の似顔絵を探すのに苦労してしまう子が今後でてきてしまうかもしれませんよ。」
清水先生は、大野先生が出した案に今更指摘するが
大野先生「気の毒ではありますが裏面には名前が記載されております。遅れてしまった子にはサポート係が補助に、はいるなど救済措置があります。」
大野先生「ちゃんと吟味した上で案を出しているのですよ。4年生は、似顔絵を描くことで1年生の顔と名前を覚えられるのでよいではありませんか。」
大野先生「それに仕掛けによって足止めをくらうことで順位が変動し逆転することも障害物競走ならではの醍醐味ですよ。」
大野先生「結局高橋君が裏面の名前を確認していれば遅れずに済んだのではないですか?」
大野先生は考案した似顔絵探しの正当性を示しつつ、良樹が遅れた原因について言及した。
それに対し、清水先生と良樹はぐうの音も出ない。
一言も反論できず、ただただ「ぐぅ~」と発するだけだった。
順子ちゃんは、手を叩き、おなかを抱えて笑った。
順子ちゃん「ハハハハ!なにこの絵!!マジうけるわ!!」
良樹「わっ笑うなよ~」
大野先生「ちなみに宮沢さんのデートの誘いはどうなったんですか?高橋君」
「あっあれは良樹がまたあそこで手こずっていたら3組の勝ちは絶望的になると思ってやる気にさせるために咄嗟に言ってしまったのよ。」
順子ちゃんはお菓子取りでまたもつまずき、あきらめかけた良樹を奮い立たせるための口実として言っただけなのだ。
「あ~そういうこと。男って結構単純ね~」清水先生は軽くうなずいた。
「そうか~」良樹は落胆した。
順子ちゃん「まあデートは言い過ぎね。けど私とどっか出かけますか。水戸の街には詳しくないからいろいろ案内してちょうだい。」
良樹のお出かけの誘いの返事は
「おう!なら今週の土曜日とかならどうだ?」即決であった。
今日が金曜日なので順子ちゃんは「明日じゃん!!」とツッコミをいれた。
「まあいいわ」順子ちゃんはためらわず応じた。
すると良樹は「う~~~よっしゃ!!」
力を入れ大き飛び上がり喜んだ。
おそらく、物差し竿に吊るされているお菓子に十分届く高さまで飛び上がっただろう。
デートの域、恋人という線にまでは、全然達していないが、女友達ができ、1年生対抗障害物リレーでは不調であったが、学校生活は好調で良樹は幸先の良いスタートをきった。
さっきまで、自分の似顔絵が破り捨てたいほど嫌いだったが今は一番のお気に入りとなった。
良樹「うん!良い絵だ!」
「チ!はいはい、いい思いで作りなさ~い」清水先生は唾を吐き散らした。
彼女は独身なのだ。今年で彼氏いない歴31年である。
1年生対抗障害物リレーは中盤に差し掛かり、3組に追い風がやってくる。
良樹と同じで足が速い田中大気(たなか たいき)が他の2チームより早く仕掛けを突破し、先頭に立ったのだ。
これで3組は最下位という絶望の淵から首位という起死回生を果たす。
清水先生とクラスメイト「やったぞー!!田中いいぞーー!!」
走者田中の功績は大きい、3組がリードしこのまま最後の走者がゴールするまで逃げ切りたい。
田中が400mを走り切り、次の走者へたすきが渡される。
3組の走者となるのは、友ちゃんだ。持っているバトンの色は黄色だ。
友ちゃんは足は速くないので、田中が稼いでくれた距離と後方の2チームが仕掛けにつまることを祈りに、逃げ切ってたすきを次の走者に繋げてほしいところだ。
しかし、3組の安息の灯火は、向かい風で消えかかろうとしていた。
友ちゃんが最初の仕掛けである風船割りで風船が割れず先へ進めないのである。
椅子に風船を置いて体重をかけ、お尻で割ろうとするも風船が弾み、友ちゃんを弾き返してしまうのだ。
小柄な友ちゃんに自力で膨らんだ風船を割るのは一苦労だ。
その間に2チームが追い上げていき、先に風船を割って友ちゃんは置いて行かれてしまった。
順子ちゃん「コラ!!!友ちゃーーーーん」
順子ちゃん「給食を残してるから風船が割れないのよ!!」
順子ちゃん「体重が軽いのよ!!増やせ!!」
順子ちゃん「私らが負けたら、友ちゃんには罰として次の給食は、残さないように口に押し込んでやる!!そしてご飯大盛り10杯よ!!覚悟しなさい!!」
友ちゃん「え~!!!」
体重を気にしている友ちゃんに順子ちゃんは手厳しい言葉をかける。
食べ盛り成長盛りの年頃ではあるが体重を気にして、ご飯をあまり食べない子がいるのも珍しくはない。友ちゃんもその一人だ。
友ちゃんはよく給食を残していた。
清水先生「萱場さんの為を思って言ってくれたのはいいけど、ちょっと言い過ぎよ。」
順子ちゃんの発言は過激だが、好き嫌いが多く残してしまう子は多いので、清水先生は子供たちが健康を大事に思い、健やかに成長してほしいという思いがあるためその点については、賛同している。
順子ちゃんは、好き嫌いがなく、給食は残さないし、その上男子に負けず食い意地をはりおかわりもする。
立派に育っている証拠である。
今のところ治すべきは言葉遣いと乱暴さだろう。
友ちゃんにサポート係がはいり、救いの手が差し伸べられる。
サポート係が爪楊枝で友ちゃんの代わりに風船を割ってくれた。
清水先生「あらサポート係の補助がくるの少し早くないかしら。でも助かったわ。」
劣勢続きであった3組が好転したと思いきや、また劣勢になってしまったのを可哀想に思ったのか早めにサポート係が対応したのだろうか。
だが大幅に遅れが出なくて良かったと前向きに考えたほうが良いだろう。
「ありがとうございます!」友ちゃんはサポート係に感謝して走り出した。
せっかくリードしたのに自分のせいでまたビリになってしまったことに責任を強く感じている。何としてでも他のチームに追いつきたい。
友ちゃんは似顔絵探しに辿り着く。
他の2チームも同じ地点にいて自分の似顔絵を探している途中である。まだ逆転できる可能性はある。
友ちゃんはブルーシートの置いてある似顔絵を見渡すと1枚だけ写真でも撮ったのかのような写実的な絵を見つけた。
しかもその絵が自分の顔にそっくりだったのだ。
まさかと思い裏面を確認すると「かやばともこ」と書き記してあったのだ。
3組に奇跡が起きる。友ちゃんが一発で自分の似顔絵を引き当てたのだ。
友ちゃんは監視係に自分の似顔絵を渡し、2チームよりも先へ進んだ。
クラスメイト「おお抜けたぞ!!」清水先生「萱場さんなかなか運がいいわね。」
しかし先頭に立ったのはいいが、次のお菓子取りを自力で突破できるかが肝だ。
友ちゃんの身長は良樹より3㎝低く、身体能力も低い。
つまり友ちゃんが物干し竿に吊るされているお菓子を取るのに、良樹の頭2つ分プラス3㎝の高さで飛ぶジャンプ力が要求される。
その上、良樹すら苦戦している。
友ちゃんが物干し竿に吊るされているお菓子を取ることができるのだろうか。
これが彼女の最後の壁であり、最難関である。
友ちゃんはジャンプしてお菓子をとるよう試みるが全然届かない。
助走して飛び込んで見るもせいぜい良樹の頭1つ分超えた程度だ。
清水先生も3組全員が友ちゃんがリードしたまま次の走者につなぐ期待はしなくなった。
あきらかに友ちゃんでは物差し竿に吊るされたお菓子を取ることができない。
サポート係の助けを待ち、巻き返すのは後の走者に託すしかなかった。
友ちゃん「順子ちゃんの言う通り給食残さず、体重を増やしていれば」
友ちゃん「もっと身長があったら、運動ができてれば‥グスン」
彼女は己の無力さに泣いてしまった。
自分を責めなくてもよいのだ。
まだ小学1年生、身長はこれから伸びてくるし、運動だってこれからできるようになってくればいいのである。
親睦を深めるためではあるが、1年生らには唐突にはじめられた1年生対抗障害物リレー、準備や対策すらしていないのだ。
しかし、やるからには全力で、諦めてしまっては勝てる試合も勝てなくなってしまう。
一人一人が持てる力を出し尽くし、悔いが残らないように勝利を目指す。
負けることもあり悔しさもでるがそれをバネにして明日への糧にする。いつかそれがいい思い出へと変化するのだ。
だからこそ自分は全力を出し切ったという証がほしいのだ。友ちゃんが泣いてしまう気持ちも痛いほどわかる。
お菓子が勝手に落ちれば、サポート係の助けを待つこと以外でお菓子取りを突破できるようになっている。ルール上走者の頭上に落ちるのが条件だ。
お菓子は落ちやすいように吊るされている。
何かの拍子で友ちゃんの頭上に落ちてほしいが本日の天気は晴れで風も吹いておらず、雲すらない。
友ちゃんと3組にあるのは刃向う向かい風という不利な状況と怪しい雲行きだ。雨降って地固まるではないのだ。
ふと後ろから1組の男子が追い上げてきた。
1組の走者が勢いよく友ちゃんの隣のお菓子目掛けて飛び込み掴み取った。
それが友ちゃんに思いがけない幸いが訪れる。
1組の男子の跳躍によって生じた風がなびき友ちゃんの狙っているお菓子に行き渡り、友ちゃんの頭上にお菓子が落ちてきたのだ。
友ちゃん「やったー!!」
清水先生とクラスメイトも握りこぶしを肩に掲げる。
最難関であるお菓子を取りを抜けた後はバトンの色の同じ鉢巻を頭に巻いた2年生を探す、段ボール小屋で色合わせバトン渡しと残り200mを6年生とペアとなって走るのみである。
友ちゃんが1組の男子を追い抜くのは難しいが3組が優勝する可能性が見えてきた。
2組の走者もお菓子取りを突破し友ちゃんの後ろを追ってきた。
このまま走り切れば2組の走者には抜かされないだろう。
改めて友ちゃんが持っているバトンの色は黄色である。
黄色には幸せや輝きなどの意味がある。
順位が変動して3組が1位ではなくなってしまったがここまで大きな遅れがでず、友ちゃんが僥倖に恵まれたのも持っている黄色のバトンのおかげなのかもしれない。
しかし、黄色には注意や警告という意味もある。
400m最後まで走り切るまで油断はできないということなのだろうか。
先に1組の男子が先に段ボール小屋から出て6年生とともに走り出していった。
友ちゃんも続いて、段ボール小屋の中から黄色の鉢巻を巻いた2年生を見つける。
するとその隣にいた6年生は、薫であった。
「あっあなた‥‥」友ちゃんは震えた。
この前のブランコの取り合いで騒ぎとなった男が相手なのだ。
しかも石を投げて怒らせてしまったのだ、まだ根に持っているかもしれない。
薫の表情を見ると目くじらがたっている。やはり怒っているようだ。
友ちゃん「どうして‥」
薫「牛久先生にお前と走れって言われたんだよ。いくぞ!!遅れてもいいのか?」
薫は手を差し出す。
薫は、ブランコの騒動の後、反省文を書かされていたのだが、いつも反省文を書いているので文章を考えるのに少々頭を抱えていたのだ。
その時、牛久先生が反省文を書く代わりに1年生対抗障害物リレーの残り200mを一緒に走ることを提案した。
薫は仕方なく牛久先生の提案を引き受けたのだ。
足の速い薫なら友ちゃんをリードし1組を追いつくことができるだろう。
いざ段ボール小屋から友ちゃんと薫が手をつなぎ出走する。
薫が期待通りの走りを見せる。ぐんぐんと追い上げていく。
しかしどんどん薫は必要以上にペースを上げてしまい二人の足並みを合わなくなってしまった。
それが予期せぬトラブルを起こしてしまう。3組に大きなブレーキが。
友ちゃんが足をもつれて転んでしまい、それにつられて薫も足が引っかかりつまずいてしまったのだ。
友ちゃんは泣いてしまう。
「おい立て、抜かされるぞ!!」薫は態勢を立て直そうと友ちゃんを立たせ走らせようとするが
「うああああん」しかし友ちゃんはその場から一歩も動けなくなってしまった。
順子ちゃん「友ちゃんどうしたの?」クラスメイトも友ちゃんに何かあったのか心配する。
清水先生「萱場さん、6年生の杉原君と一緒に転んでしまったみたい。杉原君も足が速いから萱場さんが追いつけなかったのね」
薫は友ちゃんの足を見てみると膝をすりむき血が出ていた。
身体も精神面も幼い彼女には、痛みに耐えきれず泣いてしまうのも無理もないだろう。
無情にも後方からくる2組は、そのまま二人を追い抜いていってしまう。そして1組も次の走者にたすきが渡される。
残り100m走り切りたすきを次の走者に渡せばまだ追いつける。
しかし友ちゃんは足を痛め、走れない状況だ。
「仕方ねえな、俺がお前を担いでゴールまで連れてってやるよ!!」
なんと薫は、友ちゃんを背負って残りの100mを走ろうとする
友ちゃん「いいの?」薫「お前いま走れないだろ?んでこのままだとお前のチームが負けるぞいいのか?」
友ちゃん「う…うん!」彼女は薫に背負ってもらい彼が最後の100mを走った。
薫も足を痛めてしまい速くは走れないが、彼女の体重が軽かったおかげでなんとか走ることができた。
友ちゃんは次の走者にたすきを渡し薫にお礼をした。
友ちゃん「ありがとう」薫「いいよ…俺のせいで負けたら嫌だからよ。」
順子ちゃん「友ちゃん大丈夫?」友ちゃん「うん…ごめんみんな…」
「すみません。うちのクラスがご迷惑を」牛久先生が駆けつけ清水先生に謝罪する。
清水先生「いいんですよ。萱場さんの膝ちょっとすりむいてしまいましたがなんとか最後まで走ることができて良かったです。」
牛久先生「薫…」
薫は牛久先生に怒られることを覚悟していた、友ちゃんを転ばせてしまったのだから。それと同時に反省文のネタも考えながら。
しかし牛久先生は薫の頭を撫で「よくやったな。あの子を背負って最後まで走ってくれてありがとうな。」
叱られると思っていたが逆に褒められ薫の胸が熱くなった。
薫「なんで俺…あいつを転ばせてしまったんだぜ…」
牛久先生「だからだよ。もしあそこでお前が逃げていたら俺は怒っていたかもな。けどお前は逃げずあの子を背負って走っているのをみて俺はお前に感動したんだ。」
「担任なって2か月お前は問題児で世話が焼ける子だと思って心配してだがちゃんといいとこあって見直したぞ。」
牛久先生にいつも怒られていたが、褒め言葉を受けそれが薫の身にしみた。彼の眼もとに少し涙が。
友ちゃん「ごめんなさい。私が杉原君の足に追いつけなかったのが悪いの…。」
薫「別にお前は悪くねえよ…。俺こそ悪かったな…。後俺の事は薫って呼んでいい…」
牛久先生「お前も怪我してるだろう、萱場さんと一緒に保健室行ってこい。」
薫「あ…はい…えっと行くぞ…歩けるか?」
友ちゃん「うん。あと私の事…友ちゃんって呼んでほしいかな」
薫「はいはい…友ちゃん…」彼の顔から一滴涙が零れ落ちた。
友ちゃん「あれっもしかして泣いてるの?」
薫「泣いてねえよ。転んだときに目にごみが入ったんだよ。」
最初二人の仲はギスギスしていたが、一緒に転んだことを境に少しだけ進展した。
なんと二人が手をつないで歩いているのだ。
これをみて牛久先生はとても嬉しそうだった。
順子ちゃん「ふふ友ちゃんよかったね。」
桂里奈「これで改心してくれるといいですね。」牛久先生「そうだな。てか桂里奈いたのか」
桂里奈は、3組と一緒に走ってはいなかったがやることを済ませ、余裕ができ牛久先生の後ろについて様子見ていたようだ。
順子ちゃん、桂里奈、牛久先生の3人は暖かい眼差しで手をつないでいる友ちゃんと薫の二人を見届けるが
清水先生は半眼の眼差しで二人を見届けた。
この後のリレーの展開だが、順位は変動せず、1組が首位を独走し、3組は最下位だ。
1年生対抗障害物リレーは終盤だ。
友ちゃんが保健室から戻ってきて、リレーの行く末を見届ける。
1組がアンカーまでたすきが渡され、リードとなる。
その後に2組も最終走者が走る。
1組と2組の距離は30m程、まだ2組が逆転できる可能性がある。
しかし3組は絶望的だ、首位の1組の差は100m以上で仕掛けをすでに二つ分突破されている。
そしてついに3組も最終走者へたすきが渡される。
3組のアンカーとなるのは我らが順子ちゃんだ。
清水先生「順子ちゃん、もうあなたしかいないわ。頑張って!!」
1年3組みな順子ちゃんに託すしかなかった。
「3組が勝ーーーつ!!!」いざ順子ちゃん走る。
しかし、なんだあの走りは、両腕をグルグル回しながら砂煙を起こし走っているではないか。
例えて言えばまるで蒸気機関車の車輪の様だ。あれで400mを走るというのか。
全生徒と先生たちも順子ちゃんの走りを見て、口を開き唖然する。
良樹「なんだよあの走り、途中で疲れちゃうだろ」
友ちゃん「腕がもげてしまいそうだよ~」
こうみえて順子ちゃんは全力なのだ。しかも以外と速く進んでいる。
順子ちゃんの持っているバトンの色は赤だ。
赤には、情熱や達成という意味がある。3組が逆転し優勝するのに相応しい、今の順子ちゃんにとっても相応しい色だ。
順子ちゃんは50m走り、風船割りへ入っていく。
コース脇の段ボールから風船を3つ持ってきて椅子に置き、瓦割をするかの如く手刀打ちで風船を3つ一気に割った。
今の光景を見てさらに全生徒と先生たちも、またさらに口を開き唖然する。
友ちゃん、良樹「え~!!?」
「なんだよ…あいつ…俺明日あいつとデートするのか??」良樹は困惑した。あの獰猛な女と明日デートする約束をしてしまったのだ。
赤には恋または危険という意味がある。あの赤色のバトンは良樹に向けられた色言葉なのだろうか。彼の心境は複雑だ。
次に100mの地点の似顔絵探しへ向かう。
そこには、2組の走者が、まだ自分の似顔絵を探しているようだ。順子ちゃんも似顔絵探しに到着する。
なんと順子ちゃんは一枚絵をとって裏面を確認せず、監視係に渡した。
順子ちゃんが撮った絵は本人の似顔絵らしく監視係は彼女を通した。
清水先生「え?どういうこと?」
友ちゃん「もしかして私の同じで絵のうまい人が順子ちゃん描いたのかも」
良樹「え!!?まさか~」
そのまさかである。順子ちゃんの絵は友ちゃんと同じく写実的な絵を描く子だったのだ。
順子ちゃんと友ちゃんの絵を描いた4年生は2組の茂田美湯(しげた みゆ)だ。
2歳から絵の勉強している。彼女は絵の天才だ、写真の絵を描くなど造作もない。
絵と写真の違いがごくわずかの絵を描くという意味合いから、彼女は紙一重の創造主という異名を持つ。
美湯は有名な芸術家の家系でその血が色濃くつながっている。
順子ちゃんはその美しい絵が自分の似顔絵だと思い裏面の名前を確認せずに監視係に手渡したのだ。裏面にはしっかり「みやざわ じゅんこ」と書き記されてあった。
順子ちゃんは相変わらず、両腕を振り回し走ってゆく。
清水先生「ありがとうございます。似顔絵探しはとてもいい案ですね。」
批判的だった清水先生は、手のひらを返した。
大野先生「ぐぅまだ1組が負けたわけではありません!!」
絵がうまい人が描いてくれたおかげで、大野先生が考案した似顔絵探しは足止めではなくもはや順子ちゃんの潤滑油となった。
近江先生「2組はここまでか…」
2組の走者はまだ自分の似顔絵を探している。近江先生は2組の勝利をあきらめてしまった。
怒涛の勢いで追い上げた順子ちゃん、40m先の1組走者を追い抜くことはできるのか。
1組のアンカーは風間佐武郎(かざま さぶろう)、現在お菓子取りの地点を突破した。
佐武郎「負けてたまるか!!」彼は1組の中で足が速い。このまま逃げ切れるのだろうか。
順子ちゃんもお菓子取りへ。
またも豪快なプレーを全校生徒に見せつける。
バトンを口にくわえて両足で飛び腕を広げて回転しながら物干し吊るされているお菓子を鷲掴む。
物干し竿に吊るされているお菓子はすべてなくなってしまった。
全生徒と先生たちも、顎が外れるくらい口を開いた。良樹は震えて引いてしまう。
補充係があわててお菓子を補充しに行く。
順子ちゃんはリレーが始まってからずっとお菓子が食べたかったそうだ。にしても欲張りにもほどがある。
順子ちゃんの身長は良樹ほぼ同じくらいで、彼の頭二つ分を、軽々と跳ぶその脚力は女子小学生のものではない。
田舎で蛇殺しをして鍛え上げた足がこのような形で力を発揮したのだ。
さあいよいよ彼女も、段ボール小屋へバトンの色と同じ鉢巻を巻いた2年生を探し出す。
どうやら彼女に勝利の女神が味方する。これも一発でバトンの色と同じ鉢巻を巻いた2年生を見つけ出した。
すると隣にいたのは、6年の幸助だった。
薫と同じくブランコの取り合いで騒ぎとなった男だ。
順子ちゃん「あんたは!!」幸助「よう。お前と走るのは癪だが先生の約束だからな」
幸助も、反省文を書く代わりに順子ちゃんと走ることを牛久先生と約束したのだ。また清水先生との相談もあり、順子ちゃんが最終走者として選ばれたのだ。
順子ちゃん「そういうことね!!んじゃ行くわよ!!」 幸助 「おい!!痛いって!!」
彼女は幸助を手を引っ張り走り出した。しかも幸助を巻き込み腕を振り回しながら走る。
幸助「おいやめろ~~」
「ひえええええ!」良樹はムンクの叫びのような表情になり、明日彼女と出かけるのが怖くなってしまった。
尊「ついに来たか!!宮沢順子!!勝負だ幸助!!」
1年1組最終走者の佐武郎と友に走るのは、6年生の尊である。
尊もサッカーをやっているためもちろん足が速い。
幸助「負けねえぞ!!」
さあ1年生対抗障害物リレーもいよいよ大詰めだ。
勝つのは1組か3組か。
現在リードしているのは1組、20m差がある。
尊「いくぞ佐武郎!!」佐武郎「はい!」前の二人がペースをあげ、息もぴったりである。
順子ちゃん「あいつら速いわ!!あんたも頑張りなさい!!」幸助「わかってるって!!けどその腕を振り回すのやめろ!!」
幸助は順子ちゃんに片手腕を振り回されてうまく走ることはできない。
残り100m、1組が逃げ切り勝ってしまうのか。
「こうなったらやけくそだ!」幸助は前屈みになり、もう片方の腕を順子ちゃんと同じように大きく振り回し走った。
「やっぱあんた最高ね!!私もやるわ!!」順子ちゃんも前屈みになり二人もペースを上げてきた。
砂煙がさらに増し、ガキ大将と破天荒娘がタッグを組み激走していく。
暴走機関車は不敵の戦車へと化ける。
「うおおおおおおおおお」順子ちゃんと幸助の気迫も凄まじい。
佐武郎と尊の後ろをみるみる距離を詰め、差し切りゴールテープを切ったのは順子ちゃんと幸助だ。
やった、最後に見事あの女がやってくれた、我が順子ちゃん。
大逆転、順子ちゃんと幸助の圧巻の走りで勝負を制した。
1年生対抗障害物リレー優勝は順子ちゃん率いる1年3組だ。
1年3組全員「やったーーーー!!」清水先生「宮沢さん!幸助くん!本当によくやってくれたわ!!ありがとう!!」
佐武郎「すみません負けてしまいました…」大野先生「いい…よく頑張ったな」
その一方で1組と2組は悔し涙を流した。
尊「完敗だぜ幸助。お前が負けたらサッカーに誘おうと思ったんだけと逃がしちまったか」
幸助 「マジかそんなこと考えていたのかよ。」
尊「次は絶対に負けない。次はこそは絶対に勝ってお前をスカウトするぜ」幸助「勘弁してくれ~」
尊は幸助をサッカーに誘うことを諦めてはいないようだ。
牛久先生「よくやったぞ!!よくぞ3組を勝利に導いてくれた!!」幸助「うええ!!先生苦しいって!!」
牛久先生は幸助を締め付けるほど強く抱いた。
順子ちゃん「ありがとね。あんたのおかげで勝てたわ」 幸助「うるせえ‥。今回だけだからな」
昨日の敵は今日の友というのか、二人は拍手した。
二人の距離は縮んだのだろうか。
こうして1年生対抗障害物リレーが幕を閉じた。
良樹「じゅ順子ちゃんえっと‥」順子ちゃん「じゃあ明日よろしくね~」良樹「あっはい‥」
良樹は順子ちゃんのお出かけを断ることはできなかった。
明日は順子ちゃんとお出かけだ。良樹は震えながら夜を過ごした。
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