第32話 順子ちゃんが来ない
昨日から宿題をやり始めた良樹。
膨大な量の多さに挫ける良樹であったが午後から順子ちゃんと一緒に宿題をやったことを境に
宿題に対するやる気に熱が入り、宿題を終わらせるという意地を見せるようになった。
順子ちゃんを家に招いたことが功を奏したのかもしれない。
当初は宿題に専念するため家に友達を招くのは控えさせようと思っていた良樹の母だが
友達と一緒に宿題することでお互いの進捗具合を知ったりわからない問題を教えあったりと
一人でするよりも捗るとそのよさを改めて知った。
今日の午前中で算数を終わらせることができた良樹、次は国語のひらがなと漢字練習プリントに取り組む。
夏休みは残り13日である。
約一日と半日で算数を終わらせることができたのでこのペースなら間に合うはずだ。
良樹の母は順子ちゃんがお気に入りとなり二日目も良樹と一緒に宿題するか誘う。
順子ちゃんはその誘いを受けた。
エアコンがないため宿題に快適な環境を求めている彼女にとって断る理由などない。
ということで今日も午後から順子ちゃんは良樹の家で一緒に宿題することになる。
しかし…
今日は風強い日。
順子ちゃんは良樹の家に向かう途中で夏休みの宿題が飛ばされてしまったのだ。
飛ばされた宿題を無事回収し約束の時間に間に合うのだろうか。
順子ちゃん「待てーーー私の宿題!!」
宙に舞う彼女の宿題プリント。
空飛ぶ絨毯のように飛んでいく。
飛ばされた宿題を追う順子ちゃんだが良樹の家の方角から外れてしまう。
順子ちゃん「待ちなさいよーーー!コラーーー!」
待てと叫ぶむも遠ざかろうとする夏休みの宿題。
彼女は逃げずにめげずに宿題と向き合いやってきたのに宿題自ら彼女のもとから逃げようとしている。
風に乗る宿題は空高く舞い上がりまるで鳥のように自由に空を飛んでいるように見える。
宿題を終わらせ自由になりたいのはこっちなのだ。
誰しもが宿題がなければ自由に楽しく遊んでいたのにと思うのだ。
宿題は遠い空のかなたに飛ばされると思われたが電柱に引っかかり静止した。
順子ちゃん「ラッキー!!チャンスよ!!」
電柱に引っかかり静止したが風に煽られ再び飛んで行ってしまいそうである。
今のうちに取りたいが高いところに引っかかている。
順子ちゃん「待ってなさい!そこでおとなしくしているのよ!」
飛ばされる前に電柱によじ登っていく順子ちゃん。
両足を柱に挟みながら両腕を使って登っていく。
追い風が電柱によじ登る彼女に叩きつけてくる。
スカートでお出かけした彼女だが風でめくれてパンツが丸見えだ。
誰に見られても構わないそんなことより宿題を。
根性で電柱に登っていく。
幸い電線に引っかからないでよかった。
電柱に取り付けられている電線には高圧線と低圧線がある。
順子ちゃんが登っている電柱は高部に高圧線が低圧線は中ほどに位置に設置されている。
宿題はその高圧線と低圧線の真ん中辺りで追い風によってぺたりと張り付いている。
街中の電柱の高圧線は6000ボルト以上の電力を運び
低圧線は200ボルト程度で家庭で使われる電力を運んでいる。
電線に触れば感電する恐れがある。
高圧線に位置する方まで登らないが低圧線でも100ボルト以上あるので大変危険である。
危険を顧みず登っていく順子ちゃん。
周りには人一人いない。
もし何かあってもすぐには誰も助けに来てくれない。
命よりも宿題が大事だというのか。
ようやく宿題が張り付いている位置まで登ることができた順子ちゃん。
手を伸ばして宿題を取ろうとするが
順子ちゃん「くそ~取れない!!!」
接着剤で付けたかのようにくっついていて取れない。
強い追い風に押されその圧で宿題は電柱に接着しているのだ。
順子ちゃん「うーーんとこしょ!」
彼女は背中で宿題を風から守れる位置まで登った。
高圧線に頭がスレスレである。
順子ちゃん「よっしゃー!取れた!ざまあみろ!!」
無事に宿題を取り戻した順子ちゃんであったが風でプリントが激しくなびく。
飛ばされないように慎重に電柱を降りていくがまたしてもハプニングが
順子ちゃん「うあ~あ!」
足を滑らせ一瞬腕の握力がなくなったそのすきにまたプリントが飛ばされてしまった。
順子ちゃん「ああ!ちょっと!勘弁してーーー!」
虚しくも飛んでいく彼女の宿題。
なんとか1枚死守することができたが残り4枚は風に飛んで散っていった。
順子ちゃん「ちくしょーーーーーー!逃がすかーーー!」
電柱から降りて再び宿題を追いかけた。
こうして、順子ちゃんの宿題追走劇が始まった。
予定時間までに間に合うのか。
午後13時半良樹は家のリビングにて宿題に奮闘している。
国語のひらがなプリントに取り組んでいるがその内容はひらがなの50音順の練習プリントから今まで習った漢字の練習となる。
プリントは25枚でひらがなは10枚、漢字は15枚の構成だ。
例えば「あ」という文字を5列20文字で、つまり100文字書かなければいけない。
プリント1枚につき練習する文字は5文字で合計500文字書くことになる。
あいうえおのあ行を書いていくということだ。
や行とわ行は3文字しかないのでそのプリントだけは300文字で済む。
漢字の方もひらがなと同様で指定の漢字5文字を書いてそれぞれ100文字1枚に合計500文字書いていく。
計算プリントのように頭で考えなくてもいいが
ひらがなの「あ」という文字を100文字を書く途中で「お」と書き間違えるかもしれない。
算数よりも書く量が多く鉛筆の消耗が激しくなるだろう。
鉛筆を何本か出してテーブルに鉛筆削りを置いた。
鉛筆の芯がすり減りまっ平らになったら母が補助に入り鉛筆を削ってくれるそうだ。
機械のロボットのようにただひたすらに書けるように。
やった分だけ確実に宿題の完遂に近づける。
腕の疲れはもちろん来る。
良樹の手の側面はもう黒くなっている。
黒くなった手の側面は宿題を終わらせたという汗と涙の勲章になるはずだ。
良樹「くう~キチィ~」
そう嘆く良樹。
国語のひらがなと漢字の練習プリント25枚を終わらせることを目標に12000以上の文字を書くのは小学生の良樹にとって苦行でしかない。
良樹はやっとあ行のひらがな練習プリントを終わらせた。
まだこれで1枚だ。まだまだ先が見えない。
残り24枚、彼は果てしない砂漠を歩いているかのように鉛筆を持って2枚目に取り組む。
遅くても明日には全部終わらせオアシスへ辿り着くことができるのだろうか。
友達を呼んで自分の部屋でゲームすることが良樹の憩いの場でありオアシスなのだ。
オアシスに行くならば頼もしいお供が必要だ。
もうそろそろ順子ちゃんが良樹の家にたどり着くころだが
良樹「順子まだ来ねえのかな」
良樹の母「フフ彼女が来るのが待ちきれないのね。」
良樹「き今日来る予定だからよ…」
心のうちでは順子が来るのを待っている良樹。
ずっと字を書いているため手の疲れも出るがそれよりも退屈を感じているのだ。
時にはリフレッシュも必要。
彼女の声でも聞いて少しでもモチベを上げたい。
良樹「順子遅いな~」
良樹の母「う~んそうね~」
そろそろ来る頃合いだが順子ちゃんまだ来ない。
昨日は予定の時間に来ていたのだが今日は20分過ぎているのにまだ来ていない。
良樹「約束の時間にあいつが遅れるなんて」
良樹の母「どうしたのかしらね」
しっかり者の順子ちゃんが遅刻するなんて思ってもみなかった。
良樹の母「今日も来るって話なんだけどね」
良樹の母「フラれちゃったかしら?」
良樹「そんな訳ない!あいつは絶対に来る!」
良樹の母「フフ、ムキになっちゃって」
良樹の母「よっぽど順子ちゃんが気になるのね。」
良樹「そうじゃないって!!またからかわないでよ」
良樹「順子は必ず約束を守る。黙って破るやつじゃない」
良樹の母「うんそうよね。そんな子じゃないわよね。順子ちゃんは」
順子ちゃんが黙って約束を破るような人ではない。
良樹の母「とりあえず良樹は宿題を続けてて」
良樹の母「もう少ししたら来ると思うわ」
良樹「うん」
順子ちゃんが来なくても宿題はすることができるので問題はない。
宿題を続けるが約束の時間から40分経っても順子ちゃんは来なかった。
良樹の母「元気出して良樹」
良樹「べっ別に落ち込んでないし」
良樹「けどなんかあったのかな?」
良樹の母「急に用事でもできて来れなくなっちゃったのかしら」
良樹の母「なら連絡の一本くらいは欲しかったわよね。ちょっと電話して聞いてみるわ。」
時間が過ぎても順子ちゃんは来なかったため良樹の母は来れない理由聞くため電話することにした。
おそらく急な用事ができて来れなくなったのだと良樹の母は思っていた。
電話に出たのは順子ちゃんの母の幸だった。
良樹の母「もしもし宮沢さん?」
幸「はい宮沢です。」
良樹の母「今日順子ちゃんがこちらにくる予定でしたがまだ来ていないのでお電話しました。」
幸「え?順子はそちらのお宅に向かいましたが?」
幸「午後の1時40分くらいに出たのですがまだそちらのお宅についていないのですか?」
良樹の母「はい…」幸「え…」
時計を確認し順子ちゃんが家を出てから1時間経っている。
宮沢家から高橋家から徒歩で約20分くらいで着くことができる。
足早の順子ちゃんならもっと早く高橋家に到着する。
幸「わかりました。探してきます!」
良樹の母「私も探します。」
幸「はい。ありがとうございます。」
順子ちゃんの母の声から深刻そうに感じた良樹の母。
自分の子に何かあったら居ても立っても居られないだろう。
良樹の母「良樹、あんたは宿題を続けてて」
良樹の母「順子ちゃん探してくるわ」
良樹「なんで?」
良樹の母「順子ちゃんこっちに向かっていたの、来てないって言ってそしたらお母さん心配になって探しに行くって」
良樹「え…」
良樹の母「とにかく宿題を続けてて」
良樹の母は飛び出すように家を出て順子ちゃんを探しに行った。
幸「保志、順子を探しに行くよ!」
保志「お姉ちゃんは友達の家で宿題しに行ったんじゃないの?」
幸「それが友達の家に着いていないのよ」
災難が続いている宮沢家。
母である幸は娘の順子ちゃんの身を案じる。
お盆休みで熊に襲われ何とか生還したが腹部に怪我を負って入院するも傷が浅かったので一日で退院できた。
幸も熊に引っ搔きられ足の怪我を負ってしまったが現在歩けるようになってきている。
しかしそれでも二人の怪我は完治していない。
順子ちゃんは腹部の引っ搔き傷を包帯で巻いている。
幸の足も包帯が巻かれている。
それでも順子ちゃんが心配だ。
いったい順子ちゃんはどこへ行ってしまったのだろうか。
順子ちゃんは飛んで行った宿題を探していた。
電柱に引っかかった宿題プリントをよじ登って取り戻せたが残りの4枚は飛ばされたままだ。
順子ちゃん「はあはあはあ!どこ!私の宿題!!」
順子ちゃんは息を切らしても宿題のために走り続ける。
しかし飛ばされた宿題を見失ってしまう。
順子ちゃん「このままじゃ予定の時間に間に合わないじゃない!」
もうとっくに時間は過ぎてしまっている。
1秒でも早く宿題を取り戻したい。
良樹が心配してるはずだ。
順子ちゃん「あ!やっと見つけた!」
飛ばされた宿題プリントを見つけたがそのプリントはトラックの荷台に入ってしまった。
信号が赤で止まっていたので近づくが信号が青になりトラックは走り始めた。
順子ちゃん「あ!ちょっと待って!!」
トラックはどこに行くかわからない。
遠くへ行ってしまう前に宿題を取り戻さなければいけない。
トラックは市街地の方へ走っていた。
トラックを追いかける順子ちゃんだが足早の彼女でも車のスピードには追い付けない。
順子ちゃん「はあはあはあはあ待って…」
順子ちゃん「う…!!」
彼女はお腹を抱え地面に膝をついてしまった。
腹部から血が滲み出てしまった。
腹部の傷口が開いてしまったようだ。
順子ちゃん「あきらめない!絶対に宿題を取り戻す!」
順子ちゃんは痛みに耐えながらも宿題を取り戻すためトラックを追いかけた。
順子ちゃん「待ってはあはあ…」
トラックに追いつけないが見失わないように食らいついていく。
だが腹部から出血し始め体力がかなり消耗してきている。
腹部の痛みに伴いどんどん足は遅くなってきてしまった。
順子ちゃん「もうダメか…」
あきらめようとした時トラックは赤信号で止まった。
順子ちゃん「よっしゃーー!今だ!」
順子ちゃんは全速力で走りトラックの荷台に勢いよく乗り上げ宿題をプリントを取り戻した。
順子ちゃん「はあはあ!やったぞ…」
必死の追走の末彼女は宿題プリントを勝ち取ることができた。
しかし順子ちゃんの体力は限界であった。
青信号になり再びトラックが動き出した。
順子ちゃん「うわあ降りなきゃ!!」
慌てて順子ちゃん荷台に降りようとしたが勢いが足りず反対車線の道路に転げ落ちて膝を擦りむいた。
するとプップーと車のクラクションが大きく鳴りだす。
車が順子ちゃんの正面から走ってくる。
順子ちゃん「やばい!」
最後の力を振り絞り歩行者道へ走って滑り込む。
危うくひかれそうになったが事なきを得る。
車はそのまま走り去っていった。
順子ちゃん「はあはあ…死ぬかと思った。今のは自分が悪いわね…」
次の宿題プリントを探すがだいぶ無茶をしてしまい腹部の傷口は大きく開いてしまい出血が止まらなくなった。
順子ちゃん「やば…血出てるじゃない…」
彼女はようやく出血していることに気付く。
順子ちゃん「早く…宿題…見つけなきゃ…」
飛ばされた宿題は3枚も残っている。
順子ちゃん「あ…宿題…」
飛んでいる浮遊物が宿題に見えた順子ちゃんはその方角へ歩いて行った。
順子ちゃん「宿題…宿題……早く良樹の所に…」
人気の少ない路地裏を歩いていたが彼女は倒れてしまった。
娘が心配で探しに出た幸と保志そして良樹の母。
今順子ちゃんは大ピンチである。
彼女を見つけ出すことができるだろうか。
続く…
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