第29話 夏休みの工作
熊に襲われて散々な目に遭った宮沢家と佐藤おばあちゃんであったが
警察の救助が来てなんとか全員無事であった。
非常事態であり、熊が人を襲っていたことからやむをえず警察は銃を使用し熊は絶命してしまった。
その日の夜、順子ちゃんは熊親子のことが頭から離れず物思いにふけっていたのである。
幸は足を怪我し、順子ちゃんはお腹に浅い切り傷と数か所か打撲があるくらいで命に別状はない。
しかし家はめちゃくちゃになってしまった。
一番ひどいの佐藤おばあちゃんの家で台所の壁が破壊されてしまっている。
佐藤おばあちゃんの息子がお見舞いに来て修理費用の負担もしてくれるそうなので心配はないだろう。
だが佐藤おばあちゃんは腰を負傷したらしく全治1週間以上かかるみたいである。
佐藤おばあちゃんは順子ちゃんと幸の二人とは違う病室で療養している。
近所の人たちが佐藤おばあちゃんのお見舞いに来ていたらしい。
宮沢家の旧家は元から古く床が抜けている箇所もあり相当傷んでいたが
熊が侵入したことでさらに爪痕を残されてしまう。
佐藤おばあちゃん家より酷くはないが1階の各部屋は土や泥で汚れ熊の爪で引っ掻かれた跡があり手間がかかりそうである。
順子ちゃんと幸が退院するまでの間は、広武と保志が片付けや掃除をしていた。
前に友ちゃん達も病院で入院していたことがあり1日限りではあるが病室での生活を体感した順子ちゃんである。
食事の時間とお見舞い以外の時間は退屈と感じ、体が資本健康第一と改めて気付かされる。
まだ6年生の桂里奈は入院中である。
彼女のお見舞いに行ける日は必ず行こうと決心するのであった。
退院の時が来て、佐藤おばあちゃんがいる病室へあいさつしに行った。
幸「お世話になりました。お先に退院します。」
順子ちゃん「おばあちゃん大丈夫?」
佐藤おばあちゃん「大丈夫というと嘘になるのう~腰が痛い…」
佐藤おばあちゃん「今年のお盆は悲惨じゃのう~」
幸「まだ前半です。これからいいことがきっと起こります。」
佐藤おばあちゃん「そうじゃのう。久方ぶりに息子に会えたしのう~」
佐藤おばあちゃん「順子ちゃんはお腹の傷は大丈夫かい?」
順子ちゃん「うん。でも一応安静だって。」
出血はしたものの傷は深くなかったみたいであるが傷がまた開く可能性あるので
過度な運動は控えるようにと言われたようだ。
広武「佐藤さんこんにちは」保志「おばあちゃん~」
佐藤おばあちゃん「こんにちは宮沢さん。家はどうじゃったか?」
広武「いろいろ荒らされてました。」保志「パパと掃除して頑張ったよ」
幸「そう偉いね。」
広武「佐藤さんのお家も息子様と協力し整理作業しました。」
広武「ですが壁が破壊されていて破片などの回収が大変でした。」
佐藤おばあちゃん「修理費用については息子が負担してくれるそうじゃ」
「ちょっと乗り気ではないけどね~」
佐藤おばあちゃん「隆之介おめえも来たんか」
隆之介も来ていた。彼が佐藤おばあちゃんの息子である。
隆之介は県外で出稼ぎしているが
佐藤おばあちゃんが熊に襲われ怪我をしたと聞き故郷の大子町に戻ってきたのだ。
隆之介「宮沢さんのご家族が退院するとのことでな」
隆之介「片づけを手伝ってくれたのでそのお礼が言いたくて」
佐藤おばあちゃん「隆之介も成長したのう~」
隆之介「うるせい~」
そんなこんなで退院した順子ちゃんと幸は、広武の送り迎えで旧家へ戻った。
広武と保志が片付けや掃除をしたが完全に修復はされていない。
荷物はだいぶ片付いてはいるが床の引っ掻き傷は残っていて、床抜けはブルーシートで被せていて相変わらずである。
最近では幸が熊に襲われて玄関付近の廊下に床抜けができ熊がそこに落ちた。
この床抜けこそが幸の明暗を分けたのだ。
広武「空き家にしたかったけど今年は無理そうだな。」
幸「次の人が使えるようにある程度は修理しないといけないわね。」
今年中にはこの家を空き家にする予定が来年になってしまったが家族四人無事で何よりである。
ようやくいつもの日常に戻ったがそれと同時に順子ちゃんはやらなければいけないことがある。
順子ちゃん「あ~宿題やらなきゃ~」
それは宿題である。
お盆が明ければ8月も後半になる。
時間は待ってくれない、病み上がりではあるがやるしかない。
順子ちゃん「宿題やってていい?」
幸「もちろんいいわよ。じっとしていないといけないからね。」
広武「幸は休んでいてくれ、掃除は俺と保志がやっておくから」
幸「それはなんか申し訳ないわ。私もできる限りのことはしたいわ。」
幸「その代わり、今日はお料理したいって気分じゃないの。」
広武「じゃあこういう時こそ、昼は親子水入らずでどっか食べに行くか」
幸「夕飯もどこか食べに行きましょう。」
広武「そうするか!」保志「わ~い!やった!」
順子ちゃん「私は2階で宿題やってるから」
順子ちゃんは2階で夏休みの宿題を広武と幸と保志の三人で1階の掃除をする。
風が吹いていないため、今日はとても暑い。
虫やセミの鳴き声が聞こえ余計暑さを感じる。
この家には扇風機が一台もない。
体を動かさなくても汗をかいてしまうだろう。
こまめに水分補給が必要だ。
暑さに負けずに宿題を進めることはできるのだろうか。
紙コップに麦茶を入れていざ宿題だ。
お盆が明けるまでに漢字の練習プリントと計算問題のプリントを終わらせたい。
絵日記についてはネタがある。
熊に襲われたことをそのまま日記に書けるので熊に襲われた日から日記を書いた。
皮肉だが一番の思い出に残るものになった。
絵日記を読んだ清水先生はきっと驚くだろう。
この話は事実であり、ニュースや新聞に載れば知ることになる。
父の広武がお盆明けに学校に熊に襲われたことを伝えるそうだ。あと会社にも。
絵日記の方を中心にやって行き詰ったら
漢字の練習プリントか計算問題のプリントを進めてなるべく腕を止めないようにした。
絵日記と漢字と計算のプリントの3つは問題なく進められるが順子ちゃんが
夏休みの宿題で悩んでいる課題が2つある。
工作と読書感想文である。
順子ちゃん「どうしようかな~」
お盆明けになれば図書館が開館するはずなので課題図書でも借りれば読書感想文は問題ないとして
工作が問題になるだろう。
材料含め1から作らないといけない。
何でもいいと思うがかえってそれが難しくなってしまう。
順子ちゃん「悩んでいるだけじゃだめだ。暑さでやられる」
順子ちゃん「とにかく手を動かさなきゃ!」
今は進められるところから先にやっておくべきだろう。
順子ちゃんは汗を飛ばしながら宿題に奮闘した。
お昼の時間がやってきた。
掃除は一旦切りのいいところで中断した。
広武「おーい!順子~飯食いに行くぞ~降りてこ~い」
順子ちゃん「は~い」
1階から父の声が聞こえたので返事をして下へ降りた。
幸「みんな何食べる?」
広武「今日は暑いから冷えたものが食べたいな~」
広武「冷やし中華とかざるそばとかいいな!」
順子ちゃん「ざるそばいいね!」幸「私もざるそばがいいわ!」
広武「じゃあお昼はざるそばにしますか!」
食べたいものはすぐに決まった。
昼はざるそばを食べることに決まり宮沢家はそば屋へ出かけた。
そば屋の店員「いらっしゃいませ。四名様入ります!」
そば屋に入りテーブル席にて家族四人座った。
順子ちゃん「ふう~」
順子ちゃんは店員が出したお冷を一気飲みした。
喉が渇いたのであろう。
順子ちゃん「もう一杯水が飲みたいわ」
広武「おうわかった食べるのは全員ざるそばでいいな。すみません~」
広武は店員を呼びざるそば4つ注文し、お冷のお代わりを頼んだ。
保志「僕かき氷食べたいな。」
保志はお品書きを見てかき氷が食べたいと言ってきた。
幸「いいわよ。手伝ってくれたご褒美よ。」保志「やった!」
幸「実は私も食べたかったし」広武「じゃあ俺もかき氷食うか」
広武「順子もどうだ?かき氷」順子ちゃん「あ…うんじゃあ私も食べる」
広武「うん?」娘が浮かない顔をしていた。
広武「どうした順子?浮かない顔して。いつも食事の時間は楽しそうな顔するのに」
順子ちゃん「う~ん今夏休みの宿題でね悩んでいるの。」
広武「なるほどどっか躓いているのか。俺も夏休みの宿題は大変だった。」
広武「わかるぜ~最終日ギリギリで終わらせたからよ。」
幸「ハハ私も。計画的にやってたんだけどだんだんやらなくなって」
幸「結局後半になってやばいことに気付いて一気にやろうとするのよね~」
幸「先生に怒られたくないし仕方ないわよね」広武「ああ俺も」
順子ちゃんも先生には怒られたないはずである。
最終日までには絶対に終わらせたい。
広武「んで夏休みの宿題でどこがわからないんだ?」
順子ちゃん「え~とね。工作。何作ればいいかわかんないのよ。」
広武「お~工作か~」順子ちゃん「何作ったの?」
順子ちゃんは両親の夏休みの工作を参考にすることにした。
広武「俺はミニチュアの木製の釣り具を作ったことがあるな。」
順子ちゃん「お父さんらしいね。お母さんは何作ったの?」
幸「う~ん何作ったのかしら?確か貯金箱みたいなの作った記憶があるわ。」
順子ちゃん「貯金箱!それいいね!夏休みの工作は貯金箱に決定!」
広武「すぐに悩みが解決したな。」
順子ちゃん「よーし!ざるそば食べるわ!かき氷も食べるんだから!」
悩みが解決しいつもの食べるの大好き順子ちゃんに戻った。
幸「けどどんな貯金箱を作る気なの?」
順子ちゃん「それはまだ決めてないわ」
広武「普通に四角いのでいいんじゃね?いっぱい入るし」
幸「う~んなんかそれじゃ地味だし、ありふれている感じじゃない?」
幸「なんていうかオシャレというかユニークなのがいいと思うのよね。個性的なものとか」
機能性よりもデザイン性を重視するべきではないかと意見する幸である。
学校側が工作を夏休みの宿題としたその趣旨は
幸が言うように生徒それぞれの個性を求めているからではないだろうか。
順子ちゃんはどんな貯金箱を作るかはまだ考えていないが何を作るかは決まったので工作も一歩前進したと言える。
メインのざるそばとデザートのかき氷を食べて宮沢家はそば屋を出て旧家に戻った。
順子ちゃんはすぐに2階に行き再び夏休みの宿題に取り組み。
広武と幸と保志の三人は1階の掃除を再開した。
2階で夏休みの宿題をしている順子ちゃんだがどんな貯金箱にするかで悩み手を止めてしまった。
順子ちゃん「今日のうちに決めておきたいわ~」
他はなんとかなりそうだが今旧家にいていらないものを処分するそうで
だったら捨てるよりも工作の材料にしたいと考えているのだ。
だが何も思い浮かばなかったので考えるのは止めって他に専念しようと絵日記を開いた時だった。
順子ちゃん「あ!これならいいかも!」
順子ちゃんは絵日記を見て何か思いついたらしく、絵日記に貯金箱のデザインを書いて1階へ降りてそれを家族に見せた。
順子ちゃん「私貯金箱のデザインこれにする!」
広武「熊だって!?」
順子ちゃん「うん!熊の貯金箱にする!」
絵日記には熊の貯金箱の絵が描いてあった。
貯金箱のデザイン画としても絵日記のネタにもできたので一石二鳥である。
広武「熊っておい…昨日襲ってきたあの熊か…なんで熊?」
順子ちゃん「絵日記書いていたらやっぱり昨日の出来事が頭から抜けなくて」
幸「うん…いいと思うわ…」
幸は順子ちゃんの絵日記を見て娘の意思を尊重したうえで熊の貯金箱を工作として作ることに賛成する。
絵日記の内容には命の尊さや家族がいることの大切さなどが書いてあった。
広武「娘がいいのなら賛成だ。」
広武も絵日記の内容を読んで感動し賛成した。
順子ちゃん「夜病院でね、あの熊の親子の事考えていたの…」
順子ちゃん「きっとお腹が空いて食べ物を探していたと思うの」
幸「うん順子はそう思うのね…」
順子ちゃん「私子熊を傷つけちゃったの!それで母熊は怒っていたと思うの。」
順子ちゃん「でも家族を大切な人を守りたかったから…仕方なかったの…」
広武「いいんだ順子!父としてあまりいいこと言えないけどな」
広武「自分が正しいことをしたんだって思わねえと。」
広武「お前の勇気ある行動があったからみんな助かったんじゃねえか!」
順子ちゃん「お父さん…」
広武「今後の糧にするんだ。その糧ってのが熊の貯金箱なんだろ?」順子ちゃん「うん」
こうして順子ちゃんの夏休みの工作は熊の貯金箱に決まったのであった。
では材料はどうするのかどのように作るのか家族みんなで考えた。
広武「材料はここにあるもので作れるといいな」
幸「捨てるんだったら利用しちゃった方がいいわよね」
順子ちゃん「私もそう思ってここで工作を作っておきたいの。」
広武「木材とか使うか?木片もいっぱいあるぞ。」
床抜けや熊の引っ掻き傷でできた木片などが結構あるらしい。
幸「木材で熊を再現するの難しくない?彫って作るの?」
順子ちゃん「う~ん難しいかも~」広武「彫刻は自信ないな~」
彫刻で木材を掘って熊のような形を作ることは可能だが、広武含め家族全員彫刻には自信がなく
木材で丸みのあるような形の熊を再現するのは難しいと判断した。
保志「これとかどう?」
保志は犬のぬいぐるみを持ってきた。
犬のぬいぐるみは虫食いで綿が出てしまっている。
気に入っていたが仕方なく処分することになってしまった。
幸「ぬいぐるみなら再現できるかも。」
幸「この犬のぬいぐるみの綿を使えば十分再現できるわ。捨てるぐらいなら再利用よ!」
順子ちゃん「異議なし!」広武「同じく!」
犬のぬいぐるみの綿を材料にして熊はぬいぐるみで作ることに決まった。
布も十分余っているためそれを切って使えばいい。
裁縫なら順子ちゃんも得意なので難しくないはずだ。
幸「熊だから茶色かしら?」
順子ちゃん「黒かったような気がする。」
広武「ツキノワグマって言ってたな。ほらこれ」
広武はスマホでツキノワグマを画像検索してみせた。
順子ちゃん「胸のあたりに白い毛があるんだね」
首もとの三日月のような白い毛が特徴で名前の由来となっているのだろう。
幸「けど黒色は少し怖いかしら。少し明るめの黒い布があるといいわね。」
広武「それならこれとかどうだ。」
広武は藍色の布を出した。
幸「この色ならいいかも。順子これでいい?」
順子ちゃん「うん。あとリボンとかあったらいいかな。」
幸「可愛くていいんじゃない」
広武「順子のベビー服ってまだあったかな?あれリボンついてたよな」
幸「ああベビー服ね。もう捨てちゃったかしら。」
幸「保志が0歳の時におさがりで使ってわよね」
保志「僕それ着てたんだ」幸「そうよ」広武「捨てちゃったかな~探してみるか」
順子ちゃんと保志が成長して使われなくなったベビー服、5年以上も経っているので捨ててしまったかと思われるが
ダメもとで家族全員探すことにした。
幸「あ!これよ!これ!見つけたわ!」広武「お!あったか!やった!」
幸が順子ちゃんのベビー服を見つけたようだ。
ベビー服にリボンがついていてちょうどいい手のひらサイズである。
広武「まだあったんだな」
幸「そうね。もう使わなくなったけどこれは大事な思い出の品みたいなものだから」
幸「でもいつかは手放さないといけない時が来る」
幸「夏休みの工作として使うなら、それのほうがいいかもしれないわ」
広武「さて、後は貯金の方をどうするかだな」
ぬいぐるみの材料は揃ったが肝心の貯金はどうするのだろうか。
既に順子ちゃんには考えがあった。
順子ちゃん「これを中にいれる!」
水分補給で使っていた紙コップを出した。
広武「なるほど紙コップか。それにお金を入れられるというわけだな。漏れないように飲み口は布で塞ぐといいな」
幸「いいアイデアね。背中にお金の入れ口を作れば。ちゃんとした貯金箱になっていいんじゃない」
中に紙コップを入れることで見た目だけでなく貯金としての機能もありオシャレでとてもユニークである。
藍色の布と首もとの白い毛を白い布で中を綿で詰めて裁縫で縫いながらその中に紙コップを入れる。
熊の顔はいらなくなった服のボタンなどを使い、
順子ちゃんが乳幼児に来ていたベビー服のリボンを使って熊の頭に付けて可愛らしい見た目になった。
約二時間くらいで熊の貯金箱が完成した。
これで順子ちゃんの夏休みの工作の課題をクリアすることができた。
順子ちゃん「ありがとう!お母さんお父さん、保志!」
幸「ふふどういたしまして」保志「やったねお姉ちゃん!」
広武「これで夏休みの宿題を終わらせることができたな。」
家族の協力のおかげである。
夏休みの工作づくりは順子ちゃんと家族にとって良い思い出にもなった。
この熊の貯金箱がきっと福をもたらしてくれるはずだ。
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