第25話 熊急襲
旧家の荷物を整理しに宮沢家家族全員大子町に戻った。
かねてから父である広武は釣りがしたいそうで長女の順子ちゃんとその弟の保志を連れて
川へ釣りに行った。
順子ちゃんと保志は初の1匹魚を釣ることができ
三人は楽しい釣りの時間を過ごせると思っていたのだが
突如体長2mを超える熊に三人は遭遇した。
熊は雄叫びを上げて三人に接近してくる。
広武「逃げるぞ―――!!」保志「さっ魚は?!!」
広武「それどころじゃねええ!そんなもんおいて逃げるぞ!」
順子ちゃん「これでも食ってろ!!」
順子ちゃんは釣った魚を熊に目掛けて投げた。
熊は静止し、地面に落ちた魚を注視する。
広武「順子よくやった!車に乗れ!!」
熊が魚に気を取られているうちに三人は全速力で車に向かった。
広武は運転席に座り、順子ちゃんと保志は後部座席の方にダイブして入った。
車のエンジンを入れて熊から逃走する。
広武はシートベルトをせずにアクセルを思いっきり踏んだ。
熊は車のエンジン音に反応したのかまたこちらを追いかけようとしている。
保志「パパ!こっちくるよ!」順子ちゃん「お父さん早く!!」広武「わかってる!!」
車のバックミラーやサイドガラスから熊がこちらに追っかけてきているのがわかる。
そして順子ちゃんと保志はバックドアガラスから熊が追いかけてくる姿を見ている。
前足と後ろ足の爪で地面を抉るように熊は走ってくる。
熊は時速40キロメートル以上の速度で走ると言われている。
どんどん車に近づいていきこちらに熊が迫ってくる。
熊「ガオオオオオオオ!」順子ちゃんと保志「うあああああああ!」
熊は食らいつくような勢いで飛びついてくる。
熊の爪がバックドアガラスを掠った。
もう少しで届きそうだった。
順子ちゃん「あっ危なかった…」
バックドアガラスに少しひびが入っていた。
順子ちゃん「やばいわよ!!もっと早く!!」保志「僕たち死んじゃうよ!!」
広武「うるせえ!!わかってる!!」
広武はアクセルを強く踏み込む。
もっとスピードを上げなければ熊に捕まってしまう。
父を急かす二人だが父の運転に頼るしかなかった。
アクション映画のようなテレビの画面から飛び出しそうな迫力のあるシーンや
ホラー映画のような視聴者を脅かすようなシーンよりも
凄まじい迫力と本物の恐怖を与えてくる。
この恐怖は命の危機によるものでこれ以上にない恐怖である。
広武「なんで熊が出てくるんだよ!冗談じゃねえ!!」
車は徐々にスピードを上げ時速100キロメートルに達した。
流石の熊も車のスピードには追い付けなかった。
性格は臆病であるが攻撃的になると熊は危険である。
熊の危険性を肌で感じた三人である。
三人「ふう~」
熊の姿が見えなくなり、ホッとする三人。
車は徐々に減速し、三人はシートベルトを着用した。
広武「家に戻るぞ!最悪あの家で寝泊まりできなくなるかもしれねえ!」
保志「え?なんで?」広武「熊が家の中に侵入して襲ってくるかもしれねえんだよ!」
広武「ここから家までそんなに遠くない。家で避難するより遠くに逃げたほうがいい」
熊が民家に侵入し、人々襲うといった事例がいくつもある。
それを踏まえ、広武たちが釣りをしていた川から家まで遠くないらしく、熊がそちらに来て襲ってくる可能性がある。
広武は妻である幸が家にいるので家に戻り妻を車に乗せ遠くへ逃げることにする。
広武「順子!ママに電話してくれ!」順子ちゃん「うん!わかったわ!」
広武は順子ちゃんにスマホを渡して、母に連絡するように指示した。
順子ちゃんは母のスマホに着信を入れる。
プープープープ、プルルルルルルルルルルル!
順子ちゃん「お願いお母さん出て!」
順子ちゃんは通話音を聞きながら母が応答するのを待っていた。
一方、家の中にいる母の幸だが2階の和室にいた。
幸のスマホは1階の台所に置いてある。
スマホは着信音が鳴っているが、2階にいる幸には聞こえなかった。
バリーーン!!バタン!!っと1階から窓ガラスが割れたり物が倒れたりするような大きな物音がした。
幸「何かしら?」
1階から大きな物音がしてそれに気づいた幸は階段で軋む音を立ねながら恐る恐るゆっくり1階へ降りた。
プルルルルルルルルルルル!
幸「あら?電話?」
1階に降りてようやく幸はスマホの着信音が鳴っていることに気付く。
幸「今の音って着信音じゃないわよね…絶対違う…」
明らかに1階から響いた物音は着信音ではない。
そう思った幸はスマホの着信を無視して家中を見回した。
音を出さないように床をそっとつま先でゆっくり廊下の方へ歩き1階の各部屋を覗く
お茶の間の窓ガラスが割れていた。また襖が倒れていたりそれが突き破られたりしていた。
幸「泥棒?いやこれは人じゃないわ!」
痕跡から見て人ではないことがわかる。
畳が爪のようなもので引っ掻き不規則に剥がれていて、床は土や泥で汚れていた。
足跡の輪郭が肉球のような形をしていることからこれは動物の仕業であると考える。
幸「たぬき?きつね?猫?アライグマ?」
足跡からこの家に入った動物は何か考える幸だが
幸「とにかく電話!!」
幸はスマホが置いてある台所に行くがその台所でパリンパリンガシャンっと皿やコップを割れるような音がする。
幸「コラーーーー!」
ネコかたぬきが台所で暴れていると思い子供を叱るかのような感覚で追い払おうと足早に台所に駆け寄るが
幸「え!?キャアアアアアアアアア!」
台所にいたのは小さい熊だった。
体長は保志の身長ぐらいある。
子供の熊だが侮れない、足も速く爪も鋭い。
近くに親熊がいれば子供を守るために襲い掛かる。
家に侵入してきたのは恐らくお腹を空かせ食べ物を探しにきたのだろう。
幸「キャアアアアア!!」
小熊は幸の方に向かって走ってきた。幸はロングスカートをたくし上げ全速力で逃げる。
順子ちゃん「電話繋がらない…」広武「あーーもう!何やってるんだ!幸!」
きっとスマホはどっかにおいて荷物の整理やら何やらやっているのだろう。
広武「携帯はけいたいしとけよ!もう!!」順子ちゃん「いや…洒落はいいから…」
不意に出た洒落だが肝心な時に電話に出てくれないと心配になってしまう。
幸は今電話に出れないほど危険な状況なのだ。
広武「もうすぐ家に到着するぞ!!」
幸は部屋中を走り回り、小熊は制御が効かず壁や襖をぶつけ家中荒らされてしまう。
小熊「ガアアアアアア!」幸「キャアアアア!」
幸は小熊に足を引っ掻かれた。幸「痛い!!」
スカート引きちぎられ足に血を流してしまう。
それでも幸は逃げ続ける。外出ることを試みた。
近くに親熊がいて家の外にいるかもしれない。
しかし怖がっていては生き残れない。意を決して外に出ようとするが
小熊に爪で引っ掻かれた足の傷が痛み足の速さが鈍ってきてしまっている。
しかも体力も限界にきている。
小熊「ガアアアアアア!」
小熊がこちらに勢いよく接近し、幸は窮地に追い込まれる。
もう終わりかと思ったその時
床に穴が開き、小熊はそこに落ちた。
幸「ああああああああ!」
小熊が穴に落ちて静まっているうちに幸は力を振り絞り叫び声をあげ靴も履かず全速力で家の外へ出た。
幸「はあはあはあはあ!」
親熊は近くに居なかった。
すると前から車の音が聞こえた。
幸の前に来た車は広武のもので順子ちゃんと保志も乗っている。
広武「幸ーーーーーーーーー!」広武はドアミラー開けて妻を呼び掛けた。
幸「あなたーーーーーーーー!」幸も夫に叫ぶように返事した。
幸「車開けて!!」広武「どうした!」保志「えママ…!」
広武は幸の言うことを聞き車のロックを解除した。
幸は運転席に飛び込み広武抱きついて入った。
幸「あなた!熊!熊!家に!」広武「熊だと!?」
幸は滑りながら助手席に座った。
幸「熊!熊よ!早くして!こっちに来る!」順子ちゃん「あ!!!!」広武「マジかよ!!!!」
家の玄関から熊が出てきたこちらに向かって走ってきた。
広武は急いで家の反対側の車を方向転換しアクセルを強くを踏んだ。
順子ちゃん「あ!お母さん足!どうしたの…」
幸「熊に引っ掻かれたの…」保志「血が出てる…」
保志は母が足を怪我していることに気付いた。
広武「佐藤さんの家に行って手当てしてもらおう。」
広武「おばあちゃん家にいくぞ」順子ちゃん「おばあちゃんの家に!」
幸の足を手当てしてもらうため佐藤のおばあちゃんに会いに行くことにした。
順子ちゃんと保志の顔は再び表情が明るくなった。
幸「ごめん…スマホを家に置いて来ちゃった…着信があったんだけど応答できなかったわ」
広武「それ俺らだ。まさかこっちにも熊が来てたなんて…」
幸「こっちにもって?どういうこと?」保志「熊出たのこっちも」
幸「うそ!」広武「うそじゃないんだよ!すげえデカかった!」
幸「あの熊まだ小さくて子供だったからきっと親子なのかもしれない」
順子ちゃんたちが川で遭遇した熊の体長2メートル以上あり、
家に侵入して幸を襲った熊の体は小さく保志ほどで彼女は子供の熊であると思っている。
この森の付近に熊が2頭いることになる。
体の大きさから広武と幸は熊の親子だと推測している。
順子ちゃん「あ~夏休みの宿題置いたままだ~」
幸「それ家のどこに置いたの?」順子ちゃん「多分2階。私の部屋かも」
幸「そう…あ!お金置いて来ちゃったわ!」広武「くう~今は佐藤さんの家へ行こう。」
預金通帳など諸々、貴重品を家に置いてきてしまった。
外には出たがまだ家の近くをあの熊がうろついているかもしれない。
貴重品を取りに戻りたいが今は難しい。
広武「あの釣り具結構いいもんだったのによ~ちくしょう!!」
広武にとってあの釣り具はお気に入りものであったが、あの時は釣り具を置いて逃げるしかなかった。
釣った魚で夕飯を楽しみ、旧家で家族みんなでゆっくり過ごせると思ったが
その楽しい時を熊が出現したことで崩壊してしまう。
広武「幸は怪我しちまったけどみんな無事でよかったよ。」
お金よりも物よりも家族が全員無事であることが一番の幸福である。
予期せぬ非常事態が起きたらまずは命を大事に安全なところに避難することが先決なのだ。
順子ちゃん「でもどうして熊が?」
広武「食べ物を求めて山を下りて村の方にやってきたのかもしれねえけど、こっちはもうまったく大迷惑だ!」
幸「お父さんたちがみた熊が親熊だったらもしかして子供を探しているのだと思うの…」
広武「それでも幸を怪我させたのは許せねえ!」幸「あなた…」
たとえ動物でも妻の幸を怪我させた熊に憤る夫の広武。
広武の怒りには家族を大切に思う気持ちが込められている。
車を安全なところに止めった。
広武は辺りを見渡し熊がいないことを確認しスマホ取り出した。
広武「今佐藤さんに連絡する。電話番号わかるか?」
幸「えーと確かこの番号だと思うわ。」広武「おうありがとう」
広武は佐藤のおばあちゃんに電話する。
プルルルルルルルルルルル
おばあちゃん「おや電話、この時間になんじゃ」時刻は17時30分ぐらいである。
おばあちゃんは広武の着信に応答した。
おばあちゃん「もしもし」広武「もしもし宮沢です!」
おばあちゃん「おう宮沢さんかい!どうしたんじゃ?」広武「それがですね…」
熊に遭遇したことと妻の幸が怪我したことをおばあちゃんに伝える。
おばあちゃん「なんじゃとそれは大変じゃ!!今どこにおる?」
広武「今車で安全のところに避難していますがそちらに向かいます。あの幸の怪我を手当てしてもらいたいのですが?」
おばあちゃん「いいぞよ!わかった!!」広武「すいません~いつもいつも本当にありがとうございます!」
おばあちゃん「気になさんな!困ったときはお互いさまじゃ!みんなで助け合わんと!気を付けてくるのじゃぞ!」
宮沢家家族全員に車で佐藤おばあちゃんの家に向かった。
その間におばあちゃんは幸の怪我の手当てのため救急箱を探す。
おばあちゃんの家に到着した宮沢一家。
広武は幸をおんぶした。
幸「あなた…ごめん…」広武「いいのさお前が無事でよかった。早く手当てしてもらおう」
おばあちゃん家の玄関のインターホンを順子ちゃんが押した。
呼び出し音に気付きおばあちゃんは急いで玄関に行った。
おばあちゃん「宮沢さんやい!大丈夫かい!」
広武「はい全員無事ですが妻の足の怪我が!」
おばあちゃん「中に入っておくれ見てやるぞい」
家の中に入り、幸の足の怪我の手当てをする。
幸の足から血が流れて床に血痕のようなものができた。
幸「すみません床を汚してしまい…」
おばあちゃん「いいのじゃ!大丈夫じゃ!泣くんでない!無事でよかった!」
順子ちゃん「本当だよ!お母さんよかったよ無事」保志「うん!」
広武「ああ本当良かったよ…いったん安静だな幸…。順子!保志!掃除してくれ!雑巾貸してください。」
おばあちゃん「はいよ。雑巾とバケツは外小屋に置いてある。」
順子ちゃんと保志は外に出て小屋から雑巾とバケツを持ってきて
家の廊下の床を掃除した。
幸をおばあちゃんの家の洋室の椅子に座らせ手当てを始める。
おばあちゃん「これはひどいのう…」
足を見ると爪に引き裂かれたような傷がありとても深く血が出ている。
その生々しい傷は目も当てられないものである。
熊の凶暴さを彼らは知るのであった。
幸「危なかったです…下からガラスが割れた音や物が倒れる音がして…まさか熊が出てくるなんて思わなかったです。」
おばあちゃん「この近くに熊が出てくるとは思いもせんかった…」
幸は歯を食いしばり痛み傷口の痛みを耐えていた。
傷口を消毒し、細菌が入らないようにガーゼや包帯を巻いた。
おばあちゃん「こんなもんじゃろう…けど一度医者に診せたほうがいいじゃろう」
おばあちゃん「この後はどうするんじゃ?」
広武「警察に連絡しようと思います。」
広武「妻の足の怪我を医者に診せたいのですが家にお金や保険証を置いてきてしまったんで」
おばあちゃん「警察か…そうじゃのう。熊がこっちにくるかもしれん。」
佐藤おばあちゃんの家で幸の足の怪我を手当てしてもらったが傷が深いため医者に診てもらった方がいいかもしれない。
しかし貴重品など保険証は家に置いてきてしまっている。あと順子ちゃんの夏休みの宿題も。
ここも安全ではない。熊がこちらに来て襲ってくる可能性がある。
広武はこのことを警察に連絡する。
その頃、宮沢家の旧家に忍び込み幸を襲った子供の熊は外にでてその近くをうろついていた。
子供の熊「ママ!ママ!どこにいるの?」
どうやらこの子供の熊は母親を探しているようだ。
子供の熊「お腹空いた~もう少しで捕まえることができたのに…ママみたいにうまく獲物を捕まえられないよ…」
子供の熊はお腹空かしているみたいで本気で幸を捕まえて食べようとしていた。
もし床が抜けて熊が落ちなかったら、広武たちが戻ってこなかったら幸は食い殺されていた。
川で順子ちゃんたちの前に現れた熊こそあの子供の熊の母親である。
母熊「クゥー!!クゥーー!どこにいるの?返事して!!」
母熊は子供の熊の名前をクゥ―と呼んでいる。
母熊も子供の熊を探しているようだ。
またお腹も空かしている。
子供の熊と食べ物を求めて民家を襲ってくるのも時間の問題だ。
続く
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