第2話 ブランコ争奪戦
順子ちゃんが小学校に入ってすぐのころの話。友達があっという間に何人も出来た。
その最初にできた友達が、友ちゃんこと萱場友子(かやば ともこ)。
「順子ちゃん!!一緒にブランコに乗らない?」学校の休み時間に友ちゃんが順子ちゃんをブランコに誘う。
友ちゃんは最初、人見知りでおとなしい子だったが、順子ちゃんと友達になってから明るくなり、自分から遊びに誘うほどになった。
順子ちゃんはいいよと、友ちゃんの初めての誘いに喜んで受けた。順子ちゃんも友ちゃんと遊ぶのを楽しみにしていた。
ブランコは、校庭の砂場の隣にある。「ブランコは好きなの?」と順子ちゃんが友ちゃんに伺ってみると友ちゃんは
「うん。でもまだ一度も学校のブランコには乗ったことがないの。いつ行っても乗れないの。今日こそは乗れるといいな」。
順子ちゃんも「そういえば私も入学して一か月経つけど学校のブランコ乗ってなかったのよ。確かクラスの子もブランコ乗れないって泣いていたような。どうしてかしらね?」。
友ちゃんに理由を聞くと、「いつも上級生の男子が乗っているのよ。」
そんな話をしながらブランコの前まで来ると友ちゃんの言っている通りだった。
二台のブランコを上級生の男子が乗っているのである。
「あんた達、私たちに少しだけブランコ、譲ってくれない?お願いよ!!」
順子ちゃんは上級生相手でも臆さず、ブランコを譲ってもらえないかお願いするが
上級生の男子二人組は「やだよ!!お前!誰に向かって口聞いているんだ?」「ここは俺たちの縄張りだ!!」
と順子ちゃんたちにブランコを譲ろうとしない。
上級生の男子二人の名は、右のブランコに乗っているのが兼岩幸助(かねいわこうすけ)、隣で左のブランコに乗っているのが杉原薫(すぎはらかおる)である。
上級生の男子二人組は学内で問題児とされていて担任の教師もその家族も手を焼くほどである。
廊下を水浸して滑りやすくしたり、図書室で大声を出したり、女子のスカートをめくるわ、給食のデザートを奪わ、職員室に侵入して落書きし、校長先生の盆栽を壊すなど生徒のみならず先生に対し悪行の限りを尽くしている。
そんな彼ら二人組を校内では、金角と銀角と呼ばれてる。
「そう言わずに、少しだけでもいいから、休み時間が終わっちゃうから、ほんのちょっとでも」勝手気ままな悪ガキに気圧されず順子ちゃんは言うが
幸助は「俺たちは、休み時間ギリギリまで乗るつもりだ!」と順子ちゃんたちにブランコに乗る時間を与えないつもりである。
「休み時間ずっとブランコに乗るつもりなの?他にやることはないのかしら?もしかしてあんた達の楽しみはブランコしかないというの?可哀想ね~」
彼女は怖いもの知らずである。相手が上級生であるにもかかわず神経を逆撫でするような発言をする。
「なんだと!!やんのかてめえ!!」薫は腹を立てた。校内に響くような怒鳴り声で。「俺たちはただブランコに乗ってるんじゃない次のいたずらを二人で考えているんだ!!」と幸助は言い、どうやら二人組は、わるだくみをこのブランコでしているようだ。
「いたずらだって!?あらあらブランコで程度が低いこと考えているのね?くだらないことしてないでそこどきなさい!」
順子ちゃんはさらに二人組を苛立たせる発言をする。
沸点が低い薫はたまらず、「あん!!?コノヤロー殺すぞ!!」と更に腹を立てる。「予定変更。こいつをどう甚振ってやろか考えようぜ!!てめえ覚悟しろよ!!」と幸助は言う。
自分たちの体より小さく身分の低い下級生に手厳しい言葉をかけられ金角と銀角もさぞご立腹であろう。彼らの悪事の咆哮は順子ちゃんに向ける。
「ねえやめようよ、順子ちゃん!!」彼女を見て、友ちゃんは止めようとするが、3人の抗争はヒートアップしてしまい止められない。
先に仕掛けたのは順子ちゃんである。彼女は砂場に置いてあった熊手を掴みブランコに乗っている悪ガキを襲う。
薫はブランコからスカイダイビングのように回転しながら順子ちゃんの背後に飛び降りる。そして幸助は順子ちゃんに蹴りをくらわすかのように、順子ちゃんの正面に飛び降りる。
順子ちゃんは少し驚き後ろに引く、その隙に薫は順子ちゃんを羽交い絞めようとするが彼女は瞬時に気付き、熊手を振り回しながら避ける。
「やるわねあんた達」順子ちゃんは二人組に毅然と立ち振る舞う。そして彼女は、全速力で彼らから逃げ始める。そのあとを二人が追う。恐る恐る友ちゃんも三人の後を追う。
いつもいたずらして先生から怒られ追われる身だか、今回は追う側になる。
相手は運動神経抜群の二人組、だてにいたずらばかりをしてきたわけではないのである。幸助も薫も陸上競技で上位には入らなかったが学内問わず学外でも注目される成績を持っている。教師たちが手を焼く所以がこれで逃げ足が速い。その二人がこんな悪事をせず、虎嘯風習の日々を送ってほしい今日此頃である。
今まさにこの光景は、か弱いウサギを追う二頭の虎のようだ。元気旺盛で天真爛漫な彼女でも、豪快な男子に敵わず、どんどん距離が縮まってしまう。
「どうしよう‥順子ちゃん‥」「順子ちゃんに助けらてばかり‥」「だから‥‥よし!!」
友ちゃんは恩を返すため勇気を持って、助けようと小石を男子二人に投げつける。薫の肩に小石があたってしまう。「痛た!!チッてめえか」薫は小石を投げた友ちゃんを追う。
「俺はこいつを捕まえる!!」「おう!!わかった!!」幸助はそのまま順子ちゃんを追う。「ありがとう友ちゃん!!」友ちゃんのおかげで彼らが少し静止し、距離を伸ばすことができた。
順子ちゃんは更に幸助を静止させ距離を稼ごうと持っていた熊手を投げつける。しかし幸助は熊手を避けるが、それと同時にグラウンドからサッカーボールが飛んできた。
「悪い幸助。ボールこっち持ってきてくれる?てか俺たちとサッカーやろうぜ!!結構センスあるからよ~うちに入らねえか?」と幸助にサッカーを誘う男の子は、
クラスメイトの6年生、斎藤尊(さいとうたける)。彼は少年サッカーでキャプテンをやっている。
二人の悪事に尊は見るに忍びないが、彼らの才能を見込んでる。改心させたいという思いもありよく幸助と薫をスカウトしている。
しかし「また今度な‥」と尊にボールを渡し、また非行に走る幸助しかし、順子ちゃんを見失ってしまった。
「くそあいつどこへ行った!!!」幸助は熊手をもち順子ちゃんを探す。
彼女はなんとか隠れて逃げ切ることができたが校庭はそんなに広くはない見つかるのに時間はかからないであろう。
彼女は体育館正面の花壇の奥の木の茂みに隠れている。
ちょうど学校の入り口付近である。校内から出る訳にもいかない。幸助の姿はこちらからなら見えるので動きを見計らいながら、教室へ入る策を順子ちゃんは考えている。
一方、友ちゃんは、校庭の女子トイレに避難することができた。幸い男女兼用のトイレではなくて助かった。
トイレは体育館の隣にある。薫は女子トイレ扉の前で佇んでいた。
女子トイレに侵入し、下級生の女子を捕まえるなんて行為は、学内で変質者扱いされるどころか警察沙汰になりかねない。
流石の薫もそんなことはできない。だが薫もこのままではいらない、石を投げられたこともあって落ち着けず女子たちの視線を気にしつつ、女子トイレの前にいるのはなにかと気がもめる。
早いところ彼女を始末したいところである。友ちゃんも安心はできない。
休み時間が過ぎれば必ず女子トイレから出なければいけない。その時には、あの男子が校内に戻っていればいいのだがきっと待ち伏せして捕まえてくるだろうと悪い考えが頭によぎる。
案の定、友子ちゃんの悪い予感があたり、休み時間が過ぎても友ちゃんが出るまで待ち伏せる。
授業に遅れ教師に叱られてもよく叱られていて慣れているのであまり薫は気にしていない。
彼女に石を投げられたうっぷんを晴らしたいことに胸がいっぱいなのだ。
友ちゃんは怖くなり涙を流していたその時便器から水が流れる音がした。そこでトイレを利用している女子がいたのだ。
「どうしたの?」とその女の子は泣いている友ちゃんに声をかけた。気にかけてくれた女の子に友ちゃんは、事情を話す。
「まったくあいつら、ブランコぐらい譲りなさいよ!!まだ入学してから一か月の1年生なのに!!いいわ私が助けてあげる!私は6年の浅見桂里奈(あさみかりな)よろしくね!」
桂里奈は薫と幸助と同じクラスメイトである。「大丈夫なの?」友ちゃんは不安そうに言うが「フフ任せなさい。あんな奴捻りつぶしてやるから!」
「はっはい‥」この時まで不安はぬぐえなかったが友ちゃんは、桂里奈に委ね一緒に女子トイレの外に出た。
やっぱり薫は、外で待ち構えていた。
「女子のスカートめくりだけじゃなくて女子トイレまで覗く気なの?あんたの悪趣味もだんだんエスカレートしてきたわね~」
桂里奈は、薫に苦言を呈する。「お前に用はない!!こいつに用があるんだよ!!」薫は友子ちゃんに指差した。だがその指先は震えている。
「コラ!人に指さすな!!ブランコぐらい貸してやんなさいよ!!6年生にもなってまだブランコに乗ってるの!!!」と桂里奈は薫に一喝する。
ブランコは子供に人気の遊具の一つ。大人になっても、座板に座り、空を見上げながら心地良い風を受けて揺られたいものだ。
しかしブランコに乗る彼らの目的のほとんどの時間を悪戯計画に費やす。くだらないことのためにブランコを独占している。
「うっうるせえ‥」虎のように吠える強気な薫は、桂里奈の前ではたじろぎ、飼い主不在の臆病な子犬に成り下がる。
桂里奈は柔道を習っていて大会で上位に入るほどの腕前で去年は初段をとるなど柔道界から功績を称えており地元も学内も評判がいい彼女で将来有望と彼らとは格が違う。
彼女の活躍は薫も幸助も知っているので迂闊に手を出せないのであろう。
「く!!覚えてろよ!!」薫は去って行った。「ふぅ‥」友ちゃん安堵しそっと胸をなでおろす。
「あの‥助かりました。ありがとうございます。」友ちゃんは助けてもらったことを感謝するが桂里奈は「ふふこんな大したことないわ。けどいくらあいつらが悪くて非があっても石は投げちゃダメよ!!怪我するからわかった?」と友ちゃんに軽く説教する。
「はい‥ごめんなさい」友ちゃんは少し沈む。
桂里奈「怪我はなかった?」友ちゃん「はい」
「よかった。あいつら些細なことでも根に持つからもしかしたら放課後友子のこと狙ってくるかもしれないわ。
今日は私と一緒に下校しましょ。」桂里奈は友ちゃんの身を案じて帰り一緒に下校するという
と友ちゃんは「ありがとうございます。」とまた感謝した。今度は心強いお姉ちゃんが味方になってくれた。
「困ったことがあったら私に言ってね。」桂里奈の親切な申し出を受け、友ちゃんは「もう一人追われてくる子がいるの、私の友達、順子ちゃんっていうの。もう一人の男に追われてて助けてほしいの‥」と友達の助けて欲しいというと桂里奈は「OKよ!!多分もう一人は幸助ね!!あいつらめ~」と桂里奈は彼らの非道ぶりは嫌というほど見てきたのでそれで二人が困っているというのなら見過ごせない。彼女は友ちゃんの友達の助けに力添えする。
幸助はというと、熊手とスコップを駆使して砂場に落とし穴を作ろうとしていた。
何人かの子供たちが砂場で穴を掘っているのを見かけ途中で止めてそのままにしていたので、幸助は順子ちゃんを落とし穴に落とすことを思いつく。
「これくらいでいいだろ。はは」幸助の膝に入るぐらいまで掘った。もし背の低い順子ちゃんがこの穴に落ちれば怪我をしてしまう。
幸助はその穴に布をかぶせその上に砂を振りまく。
しかもその布は砂場と同じようなベージュ色で、砂場の後ろの鉄棒に垂れ下がっていたのである。
あの布は先に穴を掘っていた子たちが用意していたものだ。
それを忘れておいて行ってしまったのだ。
布は幸助の期待に応えるかのごとく見事、砂と同化した。確認しないと落とし穴があることに気付けなくなってしまい危険である。
その頃順子ちゃんはプール場の裏で呼吸を整えている。順子ちゃんがいるプール場は、体育館の反対側にある。
プール場の脱衣所側で入り口の近くに喧嘩の発端となったブランコが設置されているのだ。
順子ちゃんはブランコがだれも利用していないことに気付き、近くの砂場に幸助がいることを知らず、ブランコに寄ってしまい彼に気付かれてしまう。
幸助「見つけたぞ!!待ってコノヤロー!!」順子ちゃん「しまった!!」また追いかけっこが始まってしまったしかし、順子ちゃんの体力は限界、幸助から振り切る力は残っていない。
順子ちゃんはさらにピンチになる。薫がこっちに向かってきたのだ。
薫「加勢するぜ!!幸助!!」順子ちゃん万事休すか、
とその時「あんた達やめなさーーーい!!」友ちゃんと声を大きく発した女子が駆けつけてくれたのだ。
幸助「ゲ!!桂里奈!!」薫「なっなんだよ!!」二人は驚く。
「順子ちゃん助けに来たよ!!」「友ちゃーーん」順子ちゃんと友ちゃんは合流し、彼女たちに好機がまた到来する。
強面で長身の男性が縄を振り回しやってきたのだ。その男は幸助たちの担任の牛久(うしく)先生。
顔に似合わず、普段は優しく生徒思いの熱血教師だが怒らせれば般若のような形相で叱り飛ばす。
ブランコで騒ぎになっているのを耳にした生徒が報告し、やはりあの二人組の仕業だと分かり牛久先生は職員室から飛び出していったのだ。
「幸助!!薫!!いい加減にしろ!!ブッコローーーース!!」教師らしからぬ声がグラウンドで響き渡り、職員室まで届き、またかと呆れながら職員一同は苦笑いする。
幸助「まじかよ!!先生まで~」牛魔王の怒りに金角も銀角も思わず怯えて逃げる。順子ちゃんはついに立場が逆転した。順子ちゃん「捕まえるぞ!!」
桂里奈と牛久先生と一緒に男子二人組を追いかける。しかし男子二人組は足が速くなかなか捕まらない。
サッカーをしていた尊は、桂里奈と牛久先生に感化されたのか順子ちゃんたちも協力し一緒に追いかける。「懲りないやつらだな!!」
尊は幸助にむかってサッカーボールを蹴り飛ばす。幸助「尊!!」サッカーをしている子たちも協力し幸助と薫を追いかける。
「うわああお前たちまで!!」薫は集団で挟み込まれ牛久先生に捕まり縄で縛りつけた。
順子ちゃんと友ちゃんと桂里奈で手分けして幸助を追いかける。
幸助「くそ!!」順子ちゃん「待てーー!!」桂里奈「待ちなさい!!」幸助「待つか!!ボケっと!!」と余所見してしまい、砂場に入りそのまま落とし穴に落ちてしまった。
「うわあああ」幸助「いててて」桂里奈「落とし穴作ってたのね。あんた達。」幸助は墓穴を掘ってしまったのだ。
牛久先生もそれを知ると「てめえら‥‥これはどういうことだ!!ああん!!」
尊「いや違うって俺は落とし穴なんて作ってない!!」
牛久先生「放課後反省文を書いてもらうぞ!!覚悟しな!!」男子二人組「うわああん」こうして学校の平和が訪れた。
友ちゃん「桂里奈さん、牛久先生、順子ちゃんを助けていただきありがとうございました。」順子ちゃんも「友ちゃんを助けていただき本当にありがとうございます」涙を流し深くお辞儀をした。「君たち本当にうちのクラスが迷惑をした。ごめんな。これであいつら少しは懲りただろう。」
桂里奈「そうだといいんですけど」牛久先生「ここの教師になったばかりだけど大変だな~あいつらなんとかしないと」
桂里奈「フフそうですね。」
牛久先生は去年、東京都の中学校教員で保健体育を専門とし野球部の顧問をしていた。茨城に引っ越すことになり小学校教諭二種免許を取得していたのでこの学校で6年生の担任となったのだ。
牛久先生「桂里奈この子たちのことを頼んだぞ。良い学校生活を送ろう。来年俺が担任なれたらいいな。これからよろしく!!」
順子ちゃんと友子ちゃん「はい!!よろしくお願いします。」校門の前に立つ牛久先生に手を振って、桂里奈と三人で下校した。
放課後あの二人組は反省文が書き終わるまで教室で居残りされた。後日二人はブランコを利用しなくなり、順子ちゃんと友ちゃんはブランコに乗り心地いい風に揺られた。
桂里奈は順子ちゃんと友ちゃんがブランコに乗って楽しんでいる姿を教室の窓から笑顔で覗いていた。
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