第18話 痛みを乗り越えて
友ちゃんと薫が退院した後、恵という女の子が入院し桂里奈と同じ病室で療養することになった。
幼稚園の庭でお腹を抱え倒れている恵を保志が見つけ彼女は手術の結果、虫垂炎だった。
恵は、順子ちゃんの弟である保志と同じ保育園に通う友達であるため
順子ちゃんが桂里奈と恵に繋がりを持つきっかけになってくれた。
家族のことを思いお金の心配をする恵に、桂里奈は心の支えになりたいと思っている。
その夜、恵に異変が起こる。彼女は痛みを訴えているのだ。
それに気付いた桂里奈であるがパニックになってしまった。
恵の身に何があったのか。そして桂里奈はこの状況をどうするのか。
恵「痛い!痛い!はあ!はあ!」ベットの上で激しく寝返りを打つ彼女。
恵が酷く苦しんでいることを桂里奈は肌で感じている。
しかし桂里奈には何もすることができない。
看護師を呼びたいが骨折の痛みでまともに体を動かすことができず無理に動かせば悪化してしまうかもしれない。
桂里奈(どうしよう…どうしよう!)
本来の自分ならすぐに動いて助けることができるのに思うようにいかず心の不安を感じ冷静な判断ができないでいる。
夜勤の看護師が巡回しているはず、ここの病室に看護師が来てほしいが来る気配がない。
命に関わる事態かもしれない。
もし早く助けを呼んでいたら恵は助かっていたときっと自分は後悔してしまうだろう。
一番辛いの自分ではなく恵だと自分を奮い立たせ痛みを耐え看護士を呼びに行くことを決心する。
桂里奈はベットに降りた。降りたときの反動が骨折部の尾てい骨に響く。
桂里奈(痛い!)腰に針でも刺さったかのような叫びたくなるほど激しい痛みが走る。
桂里奈(負けるな!私!恵ちゃんを助けるのよ!)
病室を出て手摺りに掴まりながら一歩一歩歩いて、巡回している看護師を探す。
桂里奈(こんな痛み!恵ちゃんと比べたら大したことない!絶対に助けるから!)
恵を助けたい思いが彼女の力になる。
痛みに耐えらず涙がでてしまうが、負けずに一歩ずつ歩みだしていく。
夜の病院の廊下は暗いが天井に設置されている非常口の誘導灯の光が彼女の行く道を照らし導いている。
看護師がこの先にいて、こちらに来ることを信じ歩くが限界を迎え桂里奈は歩けなくなってしまう。
桂里奈は膝を着いてしまった。
もう一度立ち上がろうと左で手摺りに捕まったが痛みで腰が上がらない。
また体に力も入らなくなってしまう。
まだ歩けないのだと今の自分の状態を再認識した彼女は己の無力さをひしひしと感じてしまう。
もうダメなのかと思った桂里奈だがあきらめなかった。
桂里奈(看護師さんが気付いてくれたらそれでいい!)
桂里奈「看護師さん助けてーーー!」
顎を骨折した後、痛みで喋れなかった彼女だが恵を助けるため、大声で叫ぶ。
発した声が骨折した顎に響き激痛を伴う。
彼女は泣きながらも看護師を呼ぶ。
看護師「どうしたのかしら?あっちから声が…」
桂里奈の声が看護師の耳に届いた。
看護師が声が聞こえる方に行くとそこには手摺りに掴まったまま廊下の床に膝をついて泣いている女の子がいる。
その女の子の姿だが顎から頭部にかけて包帯を巻かれており、右腕にも包帯を巻かれていた。
桂里奈を廊下で見つけた看護師の名は西野である。
西野は桂里奈のことを対応するのは初めてである。
桂里奈の目線に合わせるようにしゃがんで尋ねた。
西野「どうしたの?」桂里奈「恵ちゃんが…」
西野「恵ちゃん?同じ病室の子?何号室?その子に何かあったの?」
桂里奈「505…」病室の番号を答えた。
505号室が桂里奈の病室である。
桂里奈が入院している病院は、全7階あり、1階は総合受付と外来部門、2階も1階と同じく外来部門そして手術部門があり
3階も2階と同じく手術部門でそれを全て占めているが2階は低難度で3階が中難度以上の手術を管轄としている。
そして4階から病棟となる。
各階の病棟はエレベーターと階段へと繋がる十字の廊下があり
その十字の廊下を境にA棟、B棟、C棟、D棟の4つブロックに分けられている。
1ブロックに8部屋と1部屋ごとに介助用と一般用のトイレが付いてベットが4床ある。
各階32部屋、ベット128床であり計128部屋、ベット512床をこの病院は設けている。
部屋番号の配置だが、例えばA棟に入ってその手前から1、2、3、4と奥へと進み5で折り返しとなっている。
つまり4階のA棟の401号室の正面の部屋は408号室となり
4階B棟の409号室の正面の部屋は416号室となるのだ。
正確には桂里奈の病室は5階でA棟の奥の505号室にあるということになる。
奥側の部屋は建物の端なので、窓から外の景色を見渡すことができるがその分、看護部から距離は遠くなってしまう。
看護部は各階で十字の廊下を交差する中央に設置されていてそこに
病棟看護師が日勤、準夜勤、夜勤の3交代制で勤務している。
時刻は22時になる直前である。
この時間帯は準夜勤の看護師が勤務していて
スケジュールでは、各部屋の重度患者の排泄介助や点滴交換と体位交換などを済ませており
中央の看護部に勤務している看護師全員が記録のため集まるところであった。
桂里奈は看護師を呼ぶため505室を出てA棟の廊下を歩き、十字廊下の方を歩いていたのだ。
看護部は騒音を遮る構造となっているので
もし時間がずれ病棟看護師である西野や他の看護師が病棟ラウンドを済ませていた場合、
桂里奈の声は届かず、最終的には看護部の方まで歩いていかなければならなかったかもしれない。
平坦で障害物がなくバリアフリーに特化した安全な廊下ですら
尾てい骨を骨折して激痛で歩行が困難な彼女にとって地獄に等しく、険しい道を歩いていたのだった。
西野はすぐに他の看護師に連絡し、桂里奈を車椅子に乗せ505号室に送り届けた。
西野を含め三人の看護師が505号室に入ってきた。
505号室にいる患者の恵の容態を見て本人がお腹の痛みを訴えており苦しんでいることがわかった。
看護師は恵の体調を調べるため体温と血圧測定を行い、医師に連絡をする。
カルテによると恵は本日の午後に虫垂の切除と縫合による外科治療を受けていたことがわかった。
発熱も起こし血圧からも異常値が見られ、急いで恵をエレベーターで3階の手術室へと運ばれた。
西野「恵ちゃんの異変に気付いてくれてありがとう‥」
西野「だけどナースコールがあるのに、わざわざ病室を出てまで呼ばなくてもよかったのに」
桂里奈(え!あ!私たら‥)
ナースコールのボタンは、各ベットの背後の壁にあり
患者が横になった状態でも手が届けるように低い位置に設置されている。
全ての患者の異変を察知して看護師が対応することは難しく、特に夜中は患者の異変に気付きにくい。
看護師が来てほしい状況でも気付かず後回しにされる可能性もあり得る。
ナースコールがあることで何かあった時や緊急時にすぐに看護師を呼ぶことができるため便利であり
勤務している看護師にとっても業務の可視化にも繋がるのだ。
この病院のナースコールは有線タイプで通話が可能であるが、モニター機能がなかった。
モニター機能があれば桂里奈が病室を出たことも中の様子も確認できたかもしれない。
今後何かあった時はナースコールを使うようにと西野から指摘を受けた桂里奈であった。
しかし恵を助けるために病室を出て看護師を呼びに行った行動は決して無駄ではないはずだ。
桂里奈は落ち込んでいる表情をしていた。
西野「大丈夫‥気にしないで‥」と桂里奈を励ました。
桂里奈はメッセージ用の紙を出して西野の前に
「友だちの知り合いの子、めぐみちゃん」と書いてある紙と
「大丈夫」と書いてある紙の2枚を見せた。
2つの紙の文章を合わせると彼女は恵のことが心配なのだ。
今日は常勤医師が夜間勤務されているため緊急で手術することができた。
腹部を切開され原因を探しているに違いないだろう。
あんな小さい子がお腹を切って辛い手術を受けているを知ると見るに忍びないのだ。
西野「桂里奈ちゃん‥カルテ見たよ‥痛みを我慢してあの子を助けるために私たちを呼んだのね‥」
西野は桂里奈のカルテも見て、そのカルテから記載された情報によると
彼女は右腕と顎と尾てい骨の骨折の痛みで歩行が困難な上、声を発して会話することもできないのだ。
そして彼女が入院に至った経緯を知った。
カルテの情報と実際の彼女を見ただけで、泣いている彼女の心情を完全に理解しているわけではないが
西野は患者に寄り添う看護師として支えになりたいと桂里奈に対して思ったのだ。
西野「恵ちゃんは大丈夫。そしてあなたは無力な人じゃない。」
西野「桂里奈ちゃんは人を助ける思いやりがある。あなたの思い絶対に私たちは無駄にしないから。」
西野「私はこうやって励ますことしかできないけど、恵ちゃんと医師たちを応援しよう!」
桂里奈(看護師さん‥)看護師の西野の言葉が彼女の心に響いた。
「ありがとう」と書いてある紙を西野に見せた。桂里奈の表情も明るい笑顔をみせた。
反対の手で書いたので崩れた字ではあるが感謝の気持ちが西野にも伝わった。
西野「何かあったら私たちを呼んでね。力になるから。一緒に痛みを乗り越えて行きましょう」
看護師の西野は看護部の方へ戻っていた。
恵の縫合手術を担当した医師は若いが、難度の高い手術の経験もいくつかあり何人もの患者を救ったそれなりの実績はある。
しかし16歳未満の子供に対し難度の高い手術をするのは初めてであった。
子供は成人と違い、臓器の機能は未発達で難度の高い手術になるとより体の負担は大きく
限られた時間の中で的確な処置をしなければいけない。
また担当する医師に命の重さという責任も迫られる。
子供に対して治療を専門とする小児外科が存在する。
小児外科は生まれつきの病気など特有の疾患などそういった専門の知識が必要になる。
この病院で手術を受ける患者のほとんどが大人で、小児外科はないが小児外科を経験する医療従事者が数人いる。
虫垂炎は子供から高齢者まで幅広い年齢に発症することがあるが特に子供に発症するケースが多い。
子供の場合、虫垂の壁が薄いため穴が開いてしまいやすい。
また子供は言葉や表現に乏しく痛みの訴えが伝わりづらいことから発見の遅れが出るとより悪化してしまう。
腹膜炎や虫垂炎に関連とする患者の治療をした経験が何度もあり、また恵の両親も最寄りの病院としているため
恵をこちらで受け入れ外科手術をすることになった。
初回に担当した若い医師は、虫垂炎患者の手術に携わった経験をもとに虫垂を切除し縫合を行った。
過去に縫合不全を起こしてしまったことがあり、より慎重に最善を尽くした。
若い医師は自分の医療技術に過信せず、カルテには詳しい手術の内容が記載され
重要事項には縫合不全による腹膜炎の懸念ありとした。
今回治療を担当する医師は小児外科を経験しているベテランの医師である。
本人の容態から発熱と腹痛そしてカルテの情報と実際に再手術を行い
切開して直接確認した結果、縫合不全であることを認める。
縫合手術で結合した箇所に漏れがでて最悪腹膜炎を起こしてしまう。
縫合不全は虫垂を切除した後に縫合で閉じた断端や腸と腸のつなぎ目がうまくいかず
腸液がもれてしまって起こる合併症である。
再手術の末、一命を取り留めることができた。
再発の可能性も考え、今後とも経過観察は必要と判断し
恵の両親に、より子供の虫垂炎に詳しい小児外科の病院を紹介することを視野に入れた治療を検討していくそうだ。
手術に遅れが出れば命の危険があった。
医療従事者たちの手術によって恵の命を救ったが
恵の異変にいち早く気付き助けを呼んだ桂里奈の行動が非常に大きい。
桂里奈は恵の命を救ったのだ。
再手術を担当した医師は大門である。
大門は看護師から恵と同じ病室の桂里奈と言う子が助けを呼びに行ったということを知る。
事情を知った大門は、桂里奈にメッセージを書いた。
「堤さんの助けを呼んでくれてありがとうございます。堤さんは助かりました。」と感謝の言葉を書いた。
感謝の言葉が書かれた紙を大門自ら505号室に赴き桂里奈のベットテーブルにそっと置いた。
桂里奈は静かに寝ていた。
恵を505号室に運んだ。彼女の容態は安定している。
これでひとまず安心である。
夜明けとともに病室の窓から光が差し込まれる。
病院の職員が、夜中に恵が再手術を受けたことを家族に伝えた。
再手術の結果成功したとのことで安心したが、恵の家族は面会可能時間開始直後に病院を訪れた。
恵は食事もちゃんと食べることができ元気である。
恵の両親はお互い娘を包み込むように抱いた。
恵の母「恵を助けてくれてありがとうございます。」恵の父「君は我が娘の命の恩人だ。」
桂里奈が助けを呼んだことも病院の職員から聞いていたのだ。
恵の両親から感謝される桂里奈であるが、その返事に適当なメッセージを紙から手探りするが
見つからなかったので笑顔で軽く程度にした。
桂里奈(何て言うのが正解かな~)顎の骨折を治して喋りたい彼女であった。
恵「お姉ちゃんと同じ学校に行きたい!」
恵の父「水戸東小学校だったかな。きっと保志君も同じ学校だと思う。」
来年恵は小学生である。保志も水戸東小学校への入学を進路としている。姉である順子ちゃんが通っているのだ。
恵の母「浅見さんは6年生だから、卒業して中学生になられるから会えないね…」恵「え…」
残念だが来年桂里奈は中学生なので学校で会うことはできない。
恵の父「でも絶対会えないなんてことはない。これも何かの縁、もしよければ連絡先を交換したい。」
恵の父「だけど今はこうして一緒にいる時間を大事にしよう。」
学校が違っても会えなくなってしまうことはない。
この先、いろんな行事を経てまた二人が巡り巡って会えるかもしれない。
連絡先を交換できるか桂里奈の家族に相談するそうだが恵の父の言うように今一緒にいる時間こそ大事なのだ。
だが医師との相談で再発の可能性もあると考え、小児外科の病院を紹介されそちらに移動する可能性もあるらしい。
予定が変更され同じ病室で一緒にいられなくなってしまう可能性もあるということだ。
ちょうどいいところに桂里奈の家族が面会に来てくれた。
桂里奈の家族も病院の職員から連絡があり、恵が再手術を受けたことと
桂里奈が恵の異変に気付いて助けを呼んでいたことを知ったのだ。
恵の父「浅見さん、ご息女は娘にとって命の恩人でございます。ありがたい限りです。」
恵の父「このご恩一生忘れません!」
恵の家族は深くお辞儀をした。堤家は浅見家に頭が上がらないだろう。
桂里奈の父「いいえ!こちらこそ!あなた方のご息女も娘の心の支えとなっていただきありがとうございます。」
感謝の言葉をお互い交わし、連絡先も交換することができた。
桂里奈と恵は、深いつながりを持った。
桂里奈と恵の両親共々、病院を後にした。
しばらくして順子ちゃんと友ちゃんと幸助と薫の4人そして保志もお見舞いに来てくれた。
保志「会いに来たよ!恵ちゃん!」
恵「ありがとう!ねえ保志も同じ学校行くの?」
保志「姉ちゃんと同じ学校にいくけど、恵ちゃんも?」
順子ちゃん「水戸東小学校だったら一緒よ。」
保志も同じ小学校に通うことがわかった。
恵「じゃあ一緒だね。でも桂里奈姉ちゃんとは会えないの…」
幸助「あ!俺たち来年から中学じゃん!部活もある。あ!思い出した!」
幸助「薫!サッカーやらねえか?」薫「え?ああそうだな…」
順子ちゃん「え!まだサッカーの誘いしてなかったの?」幸助「忘れてた…」
まだ幸助は薫にサッカーの誘いをしていなかったのだ。
来年は中学生になることを改めて認識しつつ薫にサッカーの誘いをすることを思い出したのである。
サッカーの誘いを受けた薫だが、どうやら受け入れるようだ。
順子ちゃん「桂里奈姉ちゃんに会えないのは残念だけど、がっかりしないで!私たちがいるよ!」
友ちゃん「私もいるよ!恵ちゃんと学校で会うのを楽しみにしているよ!」
桂里奈に会えなくても順子ちゃんと友ちゃんに会うことができるのだ。
順子ちゃんと友ちゃんならきっと恵に楽しい小学校生活を送り届けてくれるだろう。
また恵自身も保志を始めとしたたくさんの友達ができるはずだ。
さて夏休みの宿題の進捗具合だが
桂里奈は昨日、牛久先生から夏休みの宿題をいただいたばかりであるが彼女であれば問題はない。
友ちゃんと薫は入院中にやっていたため、半分以上進んでおり早くてもお盆期間が始まる前には終わりそうである。
順子ちゃんと幸助だが、友ちゃんと薫の指導が入り宿題は進んでいるもののまだ半分以下である。
夏の暑さも厳しくなる時期に来ている。
進捗が芳しくない順子ちゃんと幸助であるが宿題を終わらせることができるのか。
次回は順子ちゃんたちの宿題奮闘記を送りしよう…。
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