ジュンコチャン

第13話 初めての飼育

順子ちゃんが通う水戸東小学校の校長先生の名前は井村である。
井村は捨てられたメスうさぎを発見する。
そのうさぎはやせ細っていて怪我をしていた。
可哀想だと思った井村はそのうさぎを拾って動物病院で診てもらい預けることにした。
動物の飼育を放棄するようなことが社会問題となっており、特にコスト的な問題や飼育の難しさが背景にある。
生活に支障が出れば動物の飼育をやめてしまいうさぎのように路頭に捨てられてしまう。
うさぎの容体は回復したが、身寄りがない。ペットショップか何らかの保護施設に預けられることになる。
もし新しい飼い主が見つかったとしても、同様の理由で捨てられてしまう可能性がある。
井村はあのうさぎのことが気になり、うさぎを飼いたいと妻に相談したが拒否された。
妻が言うには、医療費が安くはなかったことと年齢的にうさぎを飼育する体力がないからだそうだ。
動物の医療費は高く面喰らってしまう飼い主は少なくない。
生半可な気持ちで動物を飼ってはいけない。飼うからにはそれなりの覚悟が必要だ。
それでもどうにかしたいと思った井村は、校長先生という校務をつかさどる身としての立場を利用して、教育の一貫でうさぎを学校で預かり
生徒たちに協力してもらい飼育することを決断した。


井村はうさぎの名前をマリーと名付けた。
マリーが学校にやってきたのは、1年生対抗障害物リレーの2週間後で6月の後半でマリーのうさぎ小屋が建てられたのはその1週間前である。
マリーのうさぎ小屋は校舎の裏庭にある。広さは6畳ぐらいである。
マリーをどのように飼育していくかは、まだ決められておらず今年は月別に学年交代制で飼育することになる。
7月現在は、1年生が担当である。係など誰がやるのか役割を定めていないため、
担当となっている学年の生徒たちの中でやりたい人が率先して飼育するという形を取った。
マリーにとっても生徒たちにとっても、どのような育成方針が最適なのか校長先生である井村を中心に職員たちが試行錯誤で考えをめぐらす。
当初はマリーを飼育できるか心配であったが女子生徒が中心で飼育してくれるので助かっている。
しかし男子生徒たちはうさぎに興味がなく飼育はすべて女子たちに任せているのだ。
先生たちが空いた時間にちゃんと餌と水を与えているのか、小屋の掃除をしてきれいにしているのか様子を見て不十分であればその都度
生徒たちに指示させる方針であるが、その時は男子生徒たちにやらせるのだ。
白い毛並みに可愛らしい見た目から、マリーは女子たちに大人気ですっかり学校のアイドルとなった。
そんな最中、男子生徒と同じくあの彼女もうさぎのマリーに興味を持っていなかった。
友ちゃん「ねえ順子ちゃんもマリーちゃんのお世話しようよ」順子ちゃん「え~めんどくさ~い」
順子ちゃんは男子生徒と同じくうさぎにまったく興味がなく1年生の女子で一人だけ未だマリーの世話をしていないのだ。
男子生徒たちは先生たちの指示でマリーの世話をやっているので下手すれば、1年生の中で順子ちゃんだけがマリーの世話をしていないのかもしれない。
学校のお昼休み、友ちゃんが順子ちゃんにマリーの世話係に誘おうとするが断っている。
友ちゃん「1回だけでもお世話してみるのもいいんじゃないかな?私も一緒にやるから!ね?」
順子ちゃん「う~ん」腕を組んで首を傾げる順子ちゃん。
友ちゃん「うさぎ好きじゃないの?」順子ちゃん「うん!だって育てるのって大変でしょ?」
確かに動物を育てるのは大変である。
友ちゃん「それはそうだけど‥」
順子ちゃんの家庭はペットを飼ったことがないが、弟の面倒を見ている姉としてなんとなく大変さがわかっているのだ。
友ちゃん「1回ぐらいはやってみたら?もしかしたら飼育を任せられる時が来るかもよ。まずは餌から与えてみるのがいいと思うの」
まだマリーの1羽しかいないが増えていく可能性があり、うさぎとは別の種の動物を飼育することだってあり得なくはないので
今後うさぎの飼育係など役割を分断し、飼育する機会が与えられ、やりたくなくてもやらなければいけない時が来るかもしれない。
友ちゃんが言うように一度はやってみたほうがよく、まずは餌から与えてみるのもいいだろう。
餌を与えるほかにも小屋の清掃を生徒たちがやるのだが餌代は学校側が負担し給食で余った野菜をうさぎに提供するため餌については困らず
小屋の修繕は先生たちがやり、いざというときは業者に修理してもらう手配は整っている。
順子ちゃんの学校生活はまだ始まったばかりでこれからいろんな行事が舞い込んでくるはずだ。
動物飼育も学校行事を彩る大事な行事なのだ。
順子ちゃん「はあ~仕方ないな~やるか~」
友ちゃん「やった!じゃあマリーちゃんのところにお世話しに行こう!」
重い腰を上げる順子ちゃんは、友ちゃんに引っ張られうさぎ小屋に連れていかれるのであった。


うさぎ小屋は木製で扉は金網で勝手に出入りやうさぎが小屋から出てしまわないように南京錠で鍵がかけられている。
また空調のため小窓があり金網で開け閉めができるが施錠は設置されていないがいつでも小窓から様子が見れるようにするための配慮である。
小窓のサイズは生徒たちの体では入れない小ささで、生徒たちの手に届く高さにあるがうさぎでは届かない高さに設置されているため
施錠を設ける必要はないと判断した。
今回順子ちゃんと友ちゃんがうさぎの飼育を任せられているので二人は職員室へ行き許可をいただき鍵を借りて、餌を用意しマリーがいるうさぎ小屋に足を運んだ。友ちゃんがうさぎ小屋の扉の鍵を開けた。
マリー「だれ!?」扉が開く音に気付くマリー。
餌を与えてもらえるのだが、次々と人が変わっては入ってきて自分の体を触りにやってくる。
前の飼い主に酷いことされた暗い過去があり、あまり人になつかないのだ。
友ちゃん「ねえかわいいでしょ?」そういう友ちゃんだが
順子ちゃん「ん~なんか警戒されてない」警戒されているのではないかと言う順子ちゃん。
友ちゃん「うん‥そうだね。まだなついてもくれないんだ。けどやっていくうちになついてくれると思う。」
友ちゃん「私は掃除の方をやるから、順子ちゃんは餌をあげてみて、水も取り替えたほうがいいわね」
小屋の清掃は、金網の隙間から入ったごみやうさぎの糞を箒で掃いて塵取りで纏めて捨てて綺麗にすることと
餌はプラスチックのボウルが2つ置いてあり、それぞれ餌と水を入れるのが主な作業である。
ボウルの中にはまだ少し餌が残っているがその上に餌を足した。
水は土で汚れていて濁っているので水を取り替えに順子ちゃんは小屋から出た。
友ちゃんは小屋の掃除をしながらマリーを笑顔で見つめる。
友ちゃんは今回の飼育で3回目である。3回もすれば、要領がよく小屋の中は綺麗になった。
マリー「じろじろみないでよ!」
マリーは視線を感じているが友ちゃんの方を振り向こうとはしなかった。
マリー自身は早く出て行ってほしいと思っている。
小屋の中の生活にあまり満足はしていないが、前の暮らしに比べたらだいぶマシである。
今もこうして餌を出して食べられるのだ。ちょうど透き通る綺麗なお水も運んできてくれた。


順子ちゃん「こんなんでいいかしら?」友ちゃん「うんこれで充分だと思う。」
順子ちゃん「やることは終わったし戻りましょう」
友ちゃん「もうちょっとだけここにいようよ。マリーちゃんに触ってみない?」
やることが終わったので戻ろうとしたが友ちゃんにうさぎを触ってみないかと誘われ、小屋に少し留まることになってしまった。
友ちゃん「おいで~マリーちゃん~」マリー「フン!」
マリーはそっぽ向き全然反応しなかった。
順子ちゃん「やめておいたほうがいいかもね。逆に傷ついちょうかもしれないし‥」
友ちゃん「そうだね。マリーちゃん気持ちも考えないといけないね‥」
友ちゃんは眼鏡を外して、ポケットから布を取り出し、眼鏡のレンズを拭いた。
友ちゃんの落ち込んでいる表情が順子ちゃんの目に映る。
マリー「‥‥」マリーも彼女の悲しい視線を感じ少しだけこちらを振り向いた。
順子ちゃんは弟の世話を通して子育ての大変さを少しは分かっている。
行き詰ったときは、執拗に押し付けず一歩身を引いて接してみるのも肝要であると学んだことがある。
しかし動物の飼育は初めてで、わからないことが多い。
言葉が通じない故に人の子育てとは違った難しさがある。
今のように、触れ合うことをあきらめ小屋を掃除して餌だけを与えるような消極的な飼育では
一向にマリーは人になつかないだろう。
ここは踏み込んで接してみるのもありだと考えた順子ちゃんはマリーに触れ合うことを試みる。
順子ちゃん「接してみようかしら!多少刺激を与えてしまうかもしれないけどこれじゃ前に進められないし」
友ちゃん「え!?順子ちゃん」
嫌がるのは承知で順子ちゃんはマリーに近づいた。
マリー「近寄らないで!」
順子ちゃんから逃げるマリー、しかし小屋の中では狭くすぐに壁に追い込まれ捕まってしまった。
マリー「離して!!」
マリーは足をばたつかせ暴れたが順子ちゃんは動じない。
うさぎの抱き方を間違っていると思っている彼女であるがこれが正しいのだと自信をもってマリーを赤ちゃんのように抱っこした。
両腕で頭を少し持ち上げ片方の手で首の後ろとマリーの胴体を支えた。
そしてゆりかごのように優しく揺らした。
順子ちゃん「よしよ~し」
マリー「なんだろう‥この温もりは‥心地いい‥」
マリーは順子ちゃんの温もりを感じ心地良くなり大人しくなった。
友ちゃん「すごーい!順子ちゃん!なついているよ!」
順子ちゃん「へへ弟の保志が生まれた時のこと思い出したの。抱っこしようとしたけど重くて‥お母さんに支えてもらって保志を抱っこできたんだ。」
友ちゃん「大変なことがあったけどあの時は助かってよかったね。保志君は家族に愛されているんだね。」
順子ちゃん「そうよ~だって保志は私の家族なんだから!」
友ちゃん「保志君は元気?」順子ちゃん「元気よ。人参が嫌いだったけど今は少しだけ食べられるようになったのよ。」
二人はうさぎ小屋の中でマリーと触れ合いながら順子ちゃんの弟の保志の話をしている。


「おーい、うまくやっているかい?」校長先生である井村がうさぎ小屋の小窓から顔を出し様子を見に来た。
順子ちゃんと友ちゃん「校長先生!こんにちは!」
井村「こんにちは。マリーちゃんの調子はどうかな?‥あ」
井村「よかったな‥マリーちゃん‥」
マリーがなついている姿を見て、涙を流した井村。
友ちゃん「どうしたんですか?校長先生!!」
急に涙を流した校長先生に二人は慌てた。
井村「あ!すまない!実はマリーはな‥」
井村は二人にマリーのことについて話した。
元はペットとして飼われていたのだが捨てられてしまい怪我を追っていてそのうえ痩せていた。
それを見かねた井村が拾って動物病院に診てもらい回復したのだが、預けてもらうところが見つかっておらず
家庭の事情で飼うことができないため、学校で飼育することになったのだ。
井村がうさぎをマリーと名付けたのは、自分の娘の名前の真理(まり)が由来である。
家族のようにかわいがってやりたいという思いから名付けたのだ。
ちなみに井村の娘の真理は自立し、今は結婚して幸せな家庭を築いている。
表向きは教育としてだが、裏には井村の思いがあった。
生徒たちに動物の飼育を通して動物に触れ合い命の尊さを学んでほしいと一途に思っているのだ。
二人はうさぎのマリーにつらい過去があったのだと聞いて、なぜ人になつかないのか知ることができた。
友ちゃん「マリーちゃん、校長先生のような優しい人に助けてもらえてよかったね。」
友ちゃん「私ね、マリーちゃんと会うことできて嬉しいの。他のクラスの子たちと友達になって仲良くなれたの!」
井村「それはよかったな!」
動物の飼育がきっかけで友達ができるのは喜ばしいことだ。
順子ちゃん「みんなで協力してマリーちゃんのお世話しよう!友ちゃん!」友ちゃん「うん!」
うさぎのマリーに愛着が湧いた順子ちゃんである。


井村「後ほど詳しい話を担任先生から聞くと思うがまずは二人にだけ話しておこう」友ちゃん「えなんですか?」
友ちゃんはワクワクしながら校長先生の話を聞いた。
井村「うむ!マリーちゃんにとってもみんなにとってもよい知らせになると思う!」
井村「うさぎをもう一羽飼うことになりました!!」友ちゃん「そうなんですか!?やった!」
井村はマリーだけでは寂しいと思いもう一羽うさぎを飼わないか検討していたが、彼に都合がいい話が来る。
親戚の知人がうさぎを飼っているのだが関西に引っ越すことになってその引っ越し先がペット禁止であったのだ。
経済的な事情も兼ねうさぎを飼育するのに困っていて誰かに預けようか悩んでいたそうだ。
そこに井村に白羽の矢が立ったというわけだ。
うさぎはオスでロージという名前だ。
井村がうさぎのロージを預けることになったのだ。
友ちゃん「ロージ君はいつここに来るんですか?」
井村「君たちが帰った後の夕方だから、会えるのは明日だね。」
友ちゃん「はい!わかりました」順子ちゃん「楽しみだね!」
井村「掲示板でもロージ君が明日学校に来ることを知らせておくから確認しておいてね。」
ロージが水戸東小学校にやってくるのは生徒たちが下校した後の夕方で生徒たちが会えるのは明日からである。
詳しい話は担任の先生から聞き、掲示板でも確認ができる。
そして生徒たちが下校した後の夕方に井村はペットキャリーでロージを学校に連れてきた。
一度先生に見せて会話した後、うさぎ小屋にロージを連れて行った。
井村「ロージ君ここが君の新しいお家だよ。」
井村「マリーちゃん、ロージ君と仲良くするんだよ。」
井村はうさぎの小屋の扉の南京錠に鍵をかけ、小窓でマリーとロージの様子を少し眺めたあと校長室へと戻っていた。


小屋の中は、マリーとロージだけになりうさぎ同士の会話が始まった。
ロージ「やあお嬢ちゃん!」マリー「誰よあんた!」
ロージ「僕の名前はロージ。君の名前は?」
マリー「マリー。何言ってるかわからないけど、みんなは私をマリーって呼んでる‥」
ロージ「そうか~ああ愛しのマリーよ!僕とこれから優雅で素敵な暮らしをしよう」
マリー「え!?何言ってるの?」
まだ会って間もないのにロージはマリーに愛の告白をした。
彼は愛と欲望と性欲に満ちた下品な男である。
ロージはマリーというメスのうさぎに発情してしまった。
オスうさぎのロージは、ずっとメスとは全然縁がなかったため抑えきれない欲が爆発した。
ロージ「マリーーーー!愛してるーーーー!!」マリー「ちょっと!!近寄らないで!!」
ロージはマリーと交尾をしたがっておりマリーに近づいてくる。
当然マリーは嫌がり、ロージから逃げる。小屋の中を追いかけ逃げ回るマリーとロージ。
マリーの平穏の暮らしはオスのうさぎのロージがやってきて崩壊する。
マリー「嫌やあああああ!!」
なんとマリーは小屋の壁をよじ登り、小窓から出て行ってしまった。
ロージ「待ってくれ僕の愛しのマリー!!」
ロージも小屋の壁を登り、小窓から出て行ってしまった。
井村も職員たちもマリーとロージが小屋からでていったことに気付かなかった。
井村「さて、マリーちゃんとロージ君は仲良くやっているかな~」
井村は帰りに餌をもってマリーとロージの様子を見に行った。
井村「あれ?いない!どこ行ったんだ?マリーちゃん!ロージ君!」
小屋の中にマリーとロージの姿がなかった。
井村「小窓からでちゃったのか!そんな嘘だ!」
うさぎ小屋の小窓が空いていたことを知り、マリーとロージはそこから出たと思われる。
井村「急いで探さなくては!子供たちが楽しみに待っているんだ!」
井村は職員たちを呼び、マリーとロージを探すことになったのである。
マリーとロージは一体どこへ行ってしまったのか?


続く

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