第10話 家族で釣りキャンプ
順子ちゃんの父である広武は釣りが趣味である。
子供のころから釣りをやっていて、大人になった今でも釣りが好きで引っ越す前も結構やっていた。
しかし水戸に引っ越してから一度も釣りをやっていない。
水戸には千波湖がある。千波湖は那珂川水系に属する淡水湖だ。
釣りができそうに思われるが、引っ越した場所が釣り禁止区域になっているらしく
さらに仕事が忙しくて、遠くへ行って釣りができないのだ。
父は、青く澄み渡る千波湖を目の前に嘆き、ぼやき、悔しがり、泣いていた。
父「こんな立派な川があるというのに釣りができぬとは、水一滴もない干上がった土地と変わらないじゃないか!」
釣りが命の父にとって砂を噛むような思いをしたのだった。
そんな父にも休暇という恵みの雨が降り注ぐ。
休暇を頂いたので、羽を広げ親子水入らずで釣りキャンプへ行くことになった。
宮沢家の車の運転席で釣りが待ち遠しく笑顔の表情を浮かべる父だが
それに対して助手席に座る母である幸と後部座席に座る順子ちゃんと保志は不機嫌そうな顔をしていた。
父以外の三人は釣りは好きではないようだ。
父は、順子ちゃんと保志に釣りを誘ってやらせてみたが
なかなか魚が釣れず、じっとしていられない二人にとっては苦痛でしかない。
釣り好きは遺伝することもあるが二人は遺伝しなかったみたいだ。
人によるが釣りはお金がかかる。
釣った魚をおかずにすれば食費が浮くという考えもあるが、釣り竿や餌、また移動費などでお金がかかる。
その分を魚を釣って補うとなれば時間と労力も相当必要と費用対効果が見合わない。
昔、父が子供のころ竹に糸を吊るし、ミミズを探しそれを餌にして魚を釣っていたらしい。
それほど父は釣りが好きなようで、大物を釣ったときの快感が中毒になるくらい忘れられないらしい。
もう手遅れだがギャンブルはしていないため、それよりかはマシといえる。
この日は終始父だけが楽しい時間を過ごすことになるが、父は毎日仕事で忙しい日々を送っている。
家族全員父が仕事を頑張っていることは知っている。
父にとってこの休日は貴重だから、
父には仕事をこれからも頑張れるように、ここは我慢を強いて父の趣味に付き合うのであった。
順子ちゃんは車の窓から流れる景色を眺めていた。
空は薄暗く曇っていて今でも雨が降りそうな天気であり季節は夏に入ったのに今日は気温が低く、妙に肌寒い。
天気予報では、雨は降らない予想だ。
天気予報ははずれることもあり、釣りキャンプは見送るか考えていたが
父は天気予報を信じキャンプ場へ車を走らせたのだ。
家族が向かうキャンプ場は、釣りができ、川沿いであればバーベキューもできる。当然ごみのポイ捨ては禁止である。
今回は釣りだけでなくバーベキューもやる予定だ。
釣った分だけ、父が魚串で家族全員にご馳走するので
バーベキューと合わせてこの食事の時間は3人の唯一の楽しみとなるだろう。
宮沢家は、午前8時半にキャンプ場に到着した。
テントを組み立て始めようとするが
「テント建ては、任せた。俺は釣りに行ってくる。」と父はテント建ては母と順子ちゃんと保志に任せ、一人川へ釣りに行った。
母「あなたったらもう~、仕方ない私たちでテント建てるわよ」
順子ちゃんと保志「は~い」
3人はきびきびとテントを組み立てる。
田舎育ちで山を散策していた時、順子ちゃんも保志もテントを建てた経験があり
そのおかげで父なしでもテントを建てることができる。
だから順子ちゃんらにテントの組み立てを任せことができ一人釣行したのだ。
3人はテントを建て、その中に荷物を置いた。
宮沢家のテントの色は暖色の黄色である。
キャンプ場に来た人が他にもいるが、テントの色は宮沢家と比べて暗めの寒色である。
三人も貴重品とバーベキュー機材を持って川へ行き母と順子ちゃんはバーベキューの準備に取り掛かる。
保志も機材などは運んで手伝うがその後はキャンプ椅子に座ってじっとしている。
折角キャンプ場に来たのに保志には珍しく大人しい。
順子ちゃん「保志、やっぱり料理は、あんた手伝わないのね」
保志「うん火使うから怖いもん」
母「下手に手伝ったりすると火傷する恐れがあるからね。保志は特別、食べる専門ね」
順子ちゃん「それがいいね。」
料理は刃物や火を使うことが多く、包丁で食材を切る際に指を切ったり、食材を火で炙ったり、
炒めたりするときに火傷したりすることもあり、怪我には十分注意しないといけない。
保志は以前、悪い男に誘拐され命の危険に晒されたことがある。
そんな経験を経て彼は慎重になり危機管理能力を持つようになる。
家族のもとから離れず常に一緒にいること、一人で出歩かないこと、危険だと思ったらすぐにその場から離れること
それが彼の中でつくった危ない目に合わないための決まり事だ。
嫌いなにんじんも今は少し食べられるようになり保志はかなり成長した。
次は身に着けた危機管理能力を活かし、料理中の怪我を予防する方法を母や学校で学んで
料理の手伝いができるようになれば順子ちゃんもニッコリ笑顔になるはずだ。
しかし今回は母の言う通り、食べる専門でいいだろう。
保志はただバーベキューコンロの火や熱で焼かれる食材をじっと見ていた。
するとボールがゆっくり保志の足元に転がってきた。
「すいません」と子供の声が聞こえた。
その子が転がってきたボールの持ち主だ。保志はボールを拾ってその子に渡した。
「ありがとう」とその子が感謝したら続いて後ろから何人か子供が集まってきた。
保志と順子ちゃんと変わらないくらいの年齢の子供たちだ。
すぐ近くに広場あってそこで子供たちは遊んでいる。
保護者たちの目に届きやすく、見張りの人もいて安全に遊ぶことができそうだ。
(楽しそうだ)と保志は思った。彼の心と体は、広場に行って子供たちと一緒に遊びたがっている。
「一緒に遊ぼう!」と子供たちが保志を遊びに誘った。
誘われた保志本人は心の中では嬉しいが
保志「あっ…えっと…」少し困惑し母と順子ちゃんに視線を送る。
母「ここからなら様子が見えるし、いいわ。遊んできてらっしゃい。怪我しないようにね」
保志「うん!遊んでくるね!」母は保志に遊びに行くことを許可した。
母「順子もいいわよ。遊んできて、保志の面倒見てもらいたいし」
母は、順子ちゃんに保志の面倒を見ることを兼ね遊びに行かせる。
順子ちゃん「うん!ありがとう。じゃ私も遊んでくる。後はお願い」
順子ちゃんと保志の二人は子供たちと広場に遊びに行った。
そして川に着く父だが、そこには多くの釣りをしている人がいた。
場荒れすると思い他の釣り座を探そうとしたが、そこの釣り座には
特に目を引くものがいて、それがあえてボックスを開けて釣った魚を見せびらかす男の存在だ。
容姿は角刈りでサングラスをかけた中年男性だ。
釣り自慢であるが三流と見た父。
釣られた魚はボックスの中にあふれるぐらいいて、今でも逃げ出しそうなくらい跳ねていた。
跳ねて逃げていった魚は何匹あったが、その男はどうでもよく、また釣ればいいという気でいる。
それを見た父は、この男には負けられないと感じた。
若干遅れはあったが、天気は曇りで水温が低くく、男の釣られた魚の量を見るにまだ魚が釣れやすい時間帯であると捉えた。
天気や気温によって釣れる時間帯は左右される。
まだマズメ時であると勘え、この中年男性のいる川を釣り座にし父は勝負に出たのだ。
父は中年男性の隣に立ち釣りをした。
さらに
父「私は宮沢と申します。いっぱい釣れていますね。しかし釣りならだれにも負けません。あなたより多くの魚を釣って見せましょう。」
と自分から名乗りを上げ、中年男性に宣戦布告した。
中年男性は、ボックスの中の魚をすべて川に逃がした。
「沖野と申します。その喧嘩受けて立ちましょう。」
中年男性は沖野と名乗り、釣りの勝負を引き受けた。見た目に反し意外と物腰がよく堂々とした態度であった。
父いや広武の釣り魂に火がついた。広武の中で、沖野を三流から二流に昇格させた。
まだ広武はこの男を一流とは認めない。この勝負に勝つか負けるかで一流かそうでないか見極めようと。
広武「おもしろいですね。釣った魚をすべてリリースするとはもったいない。(すでに釣った魚を)カウントにいれてもかまいませんでしたが、後悔しますよ。」
沖野「公平性を保つためですよ。勝つのは私ですので後悔するのはあなたかもしれませんよ。」
沖野が魚を逃がしたということは取り返しがつくということ。
皮肉であるが、つまり広武にマズメ時であると伝える合図なのだ。
広武と沖野の間に稲妻がぶつかり合う。お互い負けられない。
広武はこの日のために、高い釣り竿とルアーを買った。
価格は20万円と広武が今まで釣り竿を買った値段よりも高い。
宮沢家の父として魚を多く釣って、家族にご馳走したい。二流の沖野に勝ち釣果を上げて、明日の仕事の成果も上げるのだ。
広武の釣り魂が釣り竿に乗り移ったのか、ラインが動きを見せる。
先に食いが立つのは広武であった。
広武「来たぜ!よっしゃ!」魚がえさに食らいつき、広武のラインが激しく上下に動き出す。
広武「今だ!」まずは一匹魚を釣り上げた。
広武「やったぜ!」沖野「まだ一匹!一喜一憂はしないこと!次は私です!」
沖野はロッドをあおらせた。広武「その動きは!」
沖野「さあお見せしましょう!」リールを素早く巻いた。沖野も魚を釣り上げた。魚の口に針がかかっている。かなり奥まで差し込まれている。
沖野はそれを広武に見せつけた。広武「なんてうまいフッキングなんだ!」
(こいつできる!)沖野の釣りの上手さに惚れてしまう広武だが内心まだ一流とは認めない。
沖野「相手をいや‥釣り座を間違えたかもしれませんね。ふふ引き際でしょう。」広武「なにを!勝負はこれからだ!」
この後広武と沖野の熱い釣り勝負が繰り広げられた。
曇り空から雨がちらついてきた。また風も吹き始めた。
母「なによもう焼き始めたばかりなのに!はあ~きっと強くなるかも、片づけようかしら。おーい順子!保志!雨降ってきたわよ!」
この先、雨が強くなると思い母は食材を焼くのを中止し、近くの広場に行き順子ちゃんと保志に声をかけた。
順子ちゃんも保志も雨が降っているのに気付いていた。
順子ちゃん「雨降ってきてるね。一旦戻ろっか」保志「うん‥もう少し遊びたかったな‥」
順子ちゃん「そうだね。雨が止んだら‥ね」
順子ちゃんと保志は遊ぶのをやめ、母の元へいきバーベキュー機材を片づける。
母「結局予報外れたじゃない!」順子ちゃん「お父さんがせめて魚が釣れてたらいいね~」
天気予報は雨が降らないとの予測だったが、雨が降ってしまい信じていた父を裏切ってしまったようだ。
焼き始めた食材を食品ラップに入れ、バーベキューコンロの火を消した。
つられて広場にいる子供たちもそれぞれ家族のもとへ戻っていく。
しかし一人の男の子が「まだいいじゃないか!」
男の子はまだ遊びたかったらしく怒ってボールを強く蹴った。
男の子「あ!しまった!ボールが!」蹴られたボールは、風が吹いているせいで止まらず
川へ転がっていき、そしてボールが川に落ちて流されてしまった。
男の子「待って!」男の子は川に流されたボールを追いかけようと川の方へ走って行ってしまった。
川て釣りをしていた人々も釣りを止め戻っていく。
釣り勝負に激しく燃やす広武と沖野だが、お互い何匹が魚を釣れたあとなかなか釣れず
川の流れも強くなってきている。ここが本当の引き際だ。
雨と風が二人の燃え上がらせた釣り魂を消し去ろうとしていた。
間髪入れず雨は次第に強く降ってきてしまい、それと合わせ風も強くなってしまう。
沖野「勝負は中止にしましょう。」広武「はい…ですが沖野さんの勝ちで良いです。」
沖野のボックスをちらっと見た広武。沖野のほうが若干多く魚を釣れていたようだ。
広武「参りました。リリースなされたのに私よりも釣れていますし、これはもう完敗ですよ。」
広武は自分が負けたのだと悟った。
沖野「雨が降らなければまだわからなかったかもしれません。楽しかったです。また一緒に釣りをしましょう。」広武「はい」
広武と沖野は釣り具を片付け、川から離れた途端、ドーンと地面に大きな揺れが。
すると川が勢いを増し濁流となった。
「助けてーーーー!」と子供の叫び声が聞こえた。
広武と沖野の二人は子供の叫び声が聞こえた方の川を見ると濁流に流されている一人の男の子を発見する。
広武「子供が流されている!」沖野「まずい!!」
濁流に流された男の子は、ボールを追いかけていた子で足を滑らせ川に落ちてしまった。
男の子は助かるのか?
続く
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