第64話 順子ちゃんと幸助
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幸助は板倉先生と牛久先生との相談を経て3組チームのリーダーになることを決意する。
幸助「ありがとうございました!板倉先生、牛久先生」
板倉先生「ああ!期待しているぞ幸助」
幸助たちにとっては最後となる運動会、まだ幸助の葛藤や不安を全て解消していないかもしれないが
教室から出ていく彼の背中に期待が高まっている。
このやり取りは放課後のことでありほとんどの生徒は下校して帰宅している時間帯だ。
牛久先生「ありがとうございます。板倉先生」
牛久先生「板倉先生がいなければ幸助をあそこまで奮い立たせることはできなかったのかもしれません」
幸助が教室から去った後に牛久先生は板倉先生に頭を下げて感謝した。
自分だけでは幸助をあそこまで奮い立たせることはできたのかは不安だったようだ。
水戸東小学校の教師としてしばらく就任していた板倉先生は
何度か幸助の担任をしていて担任ではない年でも関わってきたため幸助はもちろん薫の扱いには慣れているのである。
板倉先生「またまた~そんなこと言っちゃって~牛久先生~」
牛久先生「私は半年ぐらいしか彼を見ていません」
牛久先生「今まで幸助を見てきた板倉先生がいてくれないと」
牛久先生「やっぱり幸助のことは板倉先生が一番よくわかっているので」
不安だったと言っているが牛久先生も過去就任してた学校で問題児の面倒を見てきた実績のある教師だ。
だから幸助も牛久先生にとっては面倒を見てきた問題児の中の一人に過ぎないはずだ。
しかしこの運動会のチームリーダーの決断には5年半までの幸助たちと板倉先生の思いがある。
今年就任して牛久先生だけで委ねていいわけではなく
幸助をずっと見てきた板倉先生も介入する必要があったのだ。
板倉先生「その点は否定しませんが」
板倉先生「牛久先生も幸助の背中を押していたはずです。」
牛久先生「もちろんですがやるかやらないかは幸助次第です。」
板倉先生「私が幸助をリーダーに指名しても板倉先生とは違う意味になってしまいます。」
リーダーをやるかやらないかは幸助次第だが
先生側からすれば背中を押してリーダーとする方向へと持っていきたい。
しかし幸助の気持ちを尊重しなければいけない。
どっちつかずでどうしようもなければ半ば強制的に幸助をリーダーにすることも考えられたはずだ。
もし幸助がリーダーを辞退するなら彼の意思を尊重して従うしかないが
この場を借りて話し合いをした時間はなんだったのか疑問に残る結果になってしまうだろう。
そうなったとしても幸助の悩みが解消されるならこの対話も意味があるものにはなっていたであろう。
しかし相手は幸助だ。
薫の嫉妬心を解消する手立てにおいてリーダー辞退するまでことはもちろん、そこに至るまでの過程が思いつかない。
先生の立場からしてもあきらめさせるような方向に仕向けさせることは好ましくない。
かえって幸助の純粋な心を傷つけさせてしまう。
これから挫折というのも経験するだろうし6年生にもなっている幸助だから
多少厳しい言葉をかけても立ち直ることができるはずだ。
埒が明かなくて幸助をリーダーを指名したのが牛久先生だった場合
牛久先生だけでは「とりあえずやってみよう」の域を超えられず
ドッチボール大会で板倉先生が薫をリーダーに指名した経緯を含めるとその意味が変わってしまう恐れがあり
5年半も長い間幸助と薫と関わってきた板倉先生と比較すると
いくら牛久先生と幸助と薫の半年間が濃いものでも板倉先生とでは重みが違うのである。
リーダーの器についても板倉先生だからこそ言えるのだ。
板倉先生は幸助に意地悪なことを言っていたが、幸助リーダー率いる3組チームが運動会で優勝した場合
幸助をリーダーに指名した薫の判断が正しかったことになり
結局、薫のリーダーとしての器は超えられないということである。
板倉先生は6年2組チームの担任の先生のため、当然2組チームの味方で3組チームの敵なのだ。
おそらくこれが板倉先生の作戦で幸助のモチベーションを揺るがすものかもしれないが
そんなつもりで板倉先生は言ったわけではない。
寧ろ幸助のやる気に火を付けるためのものだ。
板倉先生はなんやかんや言って幸助のことを応援しているのである。
板倉先生「いろいろ考えていたんですね牛久先生」
牛久先生「そうですよ!やっぱりこういうのは慎重にならないとですよ!」
熱血漢の牛久先生だがこういう決めごとには至って冷静な判断で物事を見ている。
板倉先生「さて職員室に戻りますか」
牛久先生「はい、まだやることがありましたね」
二人の先生も教室を後にして職員室に戻っていた。
生徒の面倒を見るだけが仕事ではなく明日の授業の準備や書類作成などいっぱいあるのだ。
廊下を歩きそして玄関で上履きから外靴に履き替えて学校の外に出た幸助。
幸助はそのまま帰らずグラウンドを見ていた。
幸助にとっては見慣れたグラウンドだが10月1日にここで運動会という大きな学校行事の節目が訪れる。
何度も経験しているためもうやることには慣れているはずなのに
今回の運動会は今までの運動会とは一味も二味も違うと幸助は感じている。
何度言い聞かせたかわからないがこれが最後の運動会になるのだと、
本番はどうなるのか予想できない。
それだけじゃなく幸助はチームリーダーとなりチームの中心となる存在になった。
なぜ引き受けてしまったのかという後悔を含め、幸助の中に胸騒ぎのような緊張が出てくる。
きっとこのような感覚は他の生徒には味わえられないだろう。
リーダーをやるからには優勝を、そして薫よりもリーダーとしての器を超えていきたい。
まずは明日、薫とクラスのみんなにリーダーをやる旨を伝えることなのだが
なぜかそこにも謎の緊張が幸助の中にある。
幸助「リーダーやります!って言えばいいのかな〜」
幸助「なんて言えばいいんだろう…」
明日、薫やクラスメイトになんて言えばいいのか悩んでいた。
明日が来ないで欲しいと思っている幸助であった。
口で簡単に言えることなのにそれを素直に言えないのが幸助の性格でもある。
チーム全体の士気、優勝への期待などのプレッシャーも合わせれば
幸助の中にある緊張はかなり大きなものであると感じられる。
そしてクラスの反応も気になるところだ。
少なくとも期待はされそうだが、先生との話し合いについても言及され
自分から進んでチームリーダーを志願したのかそこが論点となっていくと予想される。
実は板倉先生に指名されたことについては内緒にしたいのが幸助の心の中にある。
内緒にしてもいずれかは板倉先生から暴露されるかもしれない。
校舎をぐるっと回る幸助、まだ約半年間も先だが
自分が来年の春に卒業した後の水戸東小学校がどうなっていくかは考えてはいないが
もうこの景色がこの学校の生徒の自分で見ていられるのが半年しかないのだとちょっとだけ寂しい思いがした。
最後に今年できたばかりのうさぎ小屋を見て、うさぎのマリーとロージの様子を確認しようとしたら
うさぎ小屋に一人の女の子がいた。
まさかの順子ちゃんだった。
順子ちゃん「幸助?」
幸助「順子かよ!なんでここにいるんだよ!?」
ほとんどの生徒は下校している時間帯だが、何かの事情で居残りする生徒も珍しくない。
だがそれが順子ちゃんだとは、幸助の反応はごく自然なのかもしれない。
しかしお互い台風の目で1年生と6年生のペアとしてアンカーを任されている。
ここで二人が合うのもなんだか運命共同体みたいなものがある。
順子ちゃん「清水先生に反省文書かされちゃって…」
幸助「あ〜そういうことかなるほど〜」
幸助は深く頷いき順子ちゃんがこんな放課後に居残りしているのか理解した。
あれだけ運動会の練習で順子ちゃんは暴走していたのだ
牛久先生の指導や助けもあって改心したと思われるがそれだけでは終わらせてはいけない。
反省文を書いてこれからの練習、そして本番はルールを守りながら自分の力を全て出し切り取り組むことを誓うのである。
過去に幸助も反省文を書くため放課後居残りされていたため感慨深いものがあった。
幸助たちが卒業後の水戸東小学校だが
順子ちゃんがいることだしきっと寂しくはないはずだ。
そしてなぜ順子ちゃんが飼育係でもないのにうさぎ小屋にいる理由はきっと癒やしを求めるために違いない。
一応順子ちゃんも女の子なので小動物のかわいいうさぎを見て愛でていることは不思議ではない。
順子ちゃん「そんなことよりどうして幸助もこんなところにいるのよ?」
順子ちゃんもなぜこんな時間に幸助がしかもうさぎ小屋に来ているのか気になっているようだ。
しかし嫌そうな顔はしておらずどこか期待していそうな笑みを浮かべている。
きっと幸助もまた問題を起こして牛久先生に注意されて反省文を書くために
放課後居残りされているのだろうと順子ちゃんは思っていそうだ。
だが幸助はそうではなく、居残りしていた理由を順子ちゃんに言う。
幸助「運動会のリーダーの件、先生と話していたんだよ。」
幸助「俺、3組チームのリーダーやることになったんだ。」
明日薫たちの前で言う予行練習と呼ぶべきか、
幸助は順子ちゃんに運動会の3組チームのリーダーをすることの旨を伝えた。
順子ちゃん「ふ〜ん」
幸助「あんまり関心なさそうだな…」
だが順子ちゃんは幸助がリーダーをすることに対して関心はなさそうである。
今日中に決まったことではあるが時間をかけて先生と話し合い
葛藤の末に導き出したことなので順子ちゃんのその反応にはやはり眉間にシワを寄せてしまう幸助。
リーダーを巡る議論は6年3組の中で行われていたことであり1年生の順子ちゃんにとっては関係ないことである。
しかしあれだけ悩んだのが順子ちゃんの顔を見て馬鹿らしく思えた。
幸助「ああ〜そうか…悪いな、なんでもない…」
順子ちゃんに自分はリーダーに相応しいかどうかなんて聞くのも愚問だろう。
幸助「台風の目は俺たちアンカーだから俺の全力についてこいよ!」
リーダーの話をするよりも順子ちゃんとは運動会の競技のことや台風のペアとして
本気で取り組むという意気込みを見せたほうが気持ちがいい。
おかげで緊張が和らぎ明日のことも薫とクラスのみんなに言える勇気が持ってるようになっただろう。
順子ちゃんと幸助の二人はうさぎ小屋を離れ下校する。
幸助「さて帰るか順子」
順子ちゃん「うん!」
順子ちゃん「またね!マリーちゃん!ロージ君!」
健気にうさぎ2羽に別れのあいさつをする順子ちゃんはまるで等身大の少女である。
今年のうさぎの飼育は学年別で行われており9月は2年生が担当である。
だから1年生の順子ちゃんは担当ではない。
学年順のため6年生が担当となる月は来年の2月になる。
その1ヶ月は後は卒業となる。
幸助たちが6年生になってこの水戸東小学校に大きな変化があったとすればこのうさぎ小屋である。
何も言わなかったが幸助は後ろを振り向き歩きながらうさぎ小屋を見つめていた。
うさぎのマリーとロージが脱走したこと後に起きた事件を機に薫が成長するきっかけになっている。
思い出したくもないがこれがあったからこそ今がある。
同じようなことが起きて幸助にも成長を促すような大きなことは決して望まない。
順子ちゃんと普通に歩いて家に帰って寄り道なんかせず明日の準備をするだけでいいのだ。
幸助は順子ちゃんに今回の運動会に対してどんな意気込みか聞いてみた。
幸助「俺は今回で最後になるから悔いが残らないように本気でやりたいんだ」
順子ちゃん「ふ~んだから、リーダーやるってことなのね」
幸助「まあそういうことだ」
過程についてはだいぶ省いた上の話だが、幸助の動機としてはだいだい合っている。
順子ちゃん「幸助も案外真面目じゃん!」
幸助「俺もいつまでも問題児じゃいられないからよ」
とりあえずチームリーダーになることに対する旨を理解してくれたようだが
そこまでに至った話を幸助から聞かされていない順子ちゃん。
そのため幸助に対する順子ちゃんの評価は「問題児」から「真面目」へと昇華されたのであった。
順子ちゃん「じゃあこれから良い子になるってことね」
幸助「う~ん、良い子か~う~ん」
幸助「まあいいか…そういうことだ!」
来年から中学生になるためいつまでも問題児ではいられないはもっともであるが
順子ちゃんから「良い子」と評されるのはなんだか複雑だ。
できれば立派な大人を目指したいのが本音だろう。
順子ちゃん「はいはい、一緒に頑張ろうね幸助兄ちゃん」
幸助「兄ちゃん!?あ…ああ!」
順子ちゃんに兄ちゃん呼ばれて困惑する幸助。
しかし幸助の表情は少し笑みを浮かべている。
兄ちゃんと呼ばれるのも幸助はまんざらではなさそうだ。
今まで順子ちゃんに呼び捨てされていたが、
6年生の幸助が1年生にそのような扱いを受けられているのが複雑ではあったのだ。
中学生から先輩後輩という明確な上下関係があるがなぜ中学校からこんな風習となっていくのかは謎である。
ということは順子ちゃんは幸助のことを先輩として認めたということなのだろう。
幸助としてはこれは心地の良いものだ。
練習で薫と友ちゃんの台風の目のペアは兄妹のように息の合ったプレーを見せていた。
あの二人と対抗するのであれば順子ちゃんは「妹」で幸助は「兄」というポジションになる。
同じチームながら薫と友ちゃんには負けられない。
順子ちゃんから兄ちゃんと呼んでくれるなら兄ちゃんらしく精一杯頑張りたい。
順子ちゃんのお気に入りは桂里奈で彼女を姉ちゃん呼びしているため
多分幸助は二の次なのかもしれない。
幸助「でもさ~順子はなんでそんなに張り切ってるんだ?」
本気で取り組むことは素晴らしいのだが、順子ちゃんはまだ1年生であり
これから活躍していくだろう生徒の一人、目立ってまで頑張る必要はないかもしれない。
桂里奈との思い出を作ることは良いことだし、あわよくば優勝を目指したい気持ちもよくわかる。
しかしどこか順子ちゃんのは勝ちにこだわるような感じで、それが良からぬ方向へと暴走している。
こんなに躍起になる順子ちゃんにはどこか別の要因があるのではないかと幸助は思っているのだ。
順子ちゃん「運動会で活躍したらお父さんがGVD(ゲーム機)2台目を買ってくれるって約束してくれたの」
幸助「あ~それでかよ…」
順子ちゃんが運動会の練習であんなに張り切っていた理由はご褒美目当てだったようだ。
ドッチボール大会でも友達から勝ち点に応じてラーメンを奢って貰うという理由で参加していた。
報酬やご褒美目当てで頑張るというのが順子ちゃんらしいと思える。
幸助「ご褒美か…うん!ありだな!」
その考えには幸助も顎に手を当て納得したように頷く。
最後の運動会だからこそ気合を入れるべきだが
順子ちゃんのようにご褒美目当てにするほうがよりやる気が出そうでなんだかしっくりくるものがある。
ちょうど幸助にも欲しいものがある。
幸助「よし!俺もご褒美貰おうかな~」
幸助は軽快なステップで帰っていった。
順子ちゃん「まだまだお子ちゃまね~」
そんな幸助を見てそう言う順子ちゃん。
ご褒美目当てについては人のこと言えないだろう。
来年から中学生になる幸助だが、まだまだ子ども心がある等身大の男の子だ。
10月1日の本番の運動会で幸助リーダー率いる3組チームと順子ちゃんはどんな活躍を見せるだろうか。
続く
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