第39話 成否を分ける光と闇
※この小説にはプロモーションが含まれています。
身代金取引に応じるため安田は約束の時間の午前10時に東京タワーで待機していた。
しかし林は約束の時間になっても来ない上に組織の関係者誰一人も来なかった。
予定時刻よりも30分過ぎこの予想外の展開に安田たちの胸中はざわつく。
いったい組織側に、そして林の身に何があったのだろうか。
テロ対策のために待機していた組織犯罪対策課5課の松葉、警察、自衛隊員たち安田のほうに近づき状況を確認した。
安田と同じく松葉たちも林が来ないことに驚きを禁じ得ないが
特に松葉はそれに対して起きる弊害を懸念している。
松葉「これは非常にまずい状況かもしれません!」
松葉「組織側自らが計画変更をしていたら我々の策があちらに悟られてしまいます!」
安田「くそ!しまった!嵌められたか!」
身代金取引と同時に人質殺害を進行すると予想していたが
本来は身代金50兆円を警察側が渡すことを条件に組織側は人質殺害の猶予または見送らせることがこの取引の目的であった。
人質がいる以上安田たち警察側は受動的な立場になりがちで組織の要求に応えなければいけないが
あちらは一切の制限はなく能動的な立場にあるためやるかやらないかは自由である。
つまり人質殺害を実行するかしないかは自由であるが一旦様子見として判断することができてしまう。
松葉が懸念しているのはそこであり様子見として計画を変更した場合
一条たちが編み出した策が浮き彫りになってしまう。
組織側に計画は成功したと思わせるように民間の映像業界と協力して
本物かのように似せるため凄惨で残酷な赤を見せるほど
血が迸る演出を作り上げたがそれがまさに真っ赤な嘘だと見抜かれてしまう。
松葉はすぐに一条にこのことを連絡した。
一条は現在テレビ局にいて同じ組織犯罪対策課4課の鈴平と共に混乱が生じないように慎重に根回して
関係者と取り決めを行い、今フェイク映像を流したばかりである。
一条の携帯から着信音が鳴り応答したところ5課の松葉であることを知る。
そして松葉の話から東京タワーに林が来なかったことが共有される。
一条「なんだと!林が来なかっただと!?」
予想していたことが大きく外れ少し混乱する一条。
映像を見た視聴者は恐怖を覚えアミュ真仙教という悪の組織に恐れおののいてしまうだろう。
もっと早く言ってほしかったが一条の作戦で動いていたため
フェイク映像はもう流されてしまい番組側も変更を強いられてしまっているため何が起きても急には変えられない状況だ。
鈴平「林をどう扱うかは奴らの自由だ。その手で来ることも不思議ではない。」
安田や一条たちは動揺しているが鈴平は予想の範疇であり比較的冷静だ。
組織側もわかっていたようで4課の的中通りだったかもしれないが
松葉が思っていたことも含め鈴平が言っているように敢えて林を手放すようなことはしないだろう。
今更だが律儀に約束を待るような犯罪組織がどこにいるのだろうか。
寧ろいるのが奇跡である。
鈴平「あの映像が嘘だと見破られたかは今後のやつらの動き次第だ。」
受け身の姿勢になってしまうのは相変わらずだがあちらが動かない限りは成否の判断は難しく
予想を立てつつも国民の平和と安全を第一に考えなければいけない。
鈴平「まだ奴らは気づいていないだろう」
鈴平「飽くまでこれは俺の推理だが林が来なかった理由はメンバーの土屋花が関係しているだろう。」
鈴平「焦る必要はないはずだ。」
そう言って鈴平は顎をしゃくり一条が持っている組織のメンバーから押収した携帯電話に注意を促した。
一条「あ!そうでした!そうでした!」
一条「あの女の存在が盲点でした!」
苛立っていた一条だが鈴平の声で冷静さを取り戻す。
鈴平は一条よりも十歳くらい年上でベテラン警官でありこのように一条の支えとなっている。
林が来なかった理由は花の存在が関係していると鈴平は言っていて
フェイク映像を流す際にメンバーの竹原になりすまし情報操作を行ったが
何も怪しまれず彼女の返事から勝手にやっていいと指示されたことがまだあれがバレていないことの証拠になる。
様子見としてもし計画を変更するならば事前に花から連絡が来たはずである。
楽観視ししてはいけないところではあるが鈴平の考えを基に組織の情報を所持していることも悟られていないことも含め
映像がフェイクであることもバレていないと判断した。
鈴平の推理が正しければ花は林に好意を抱いており心変わりをした裏付けになりうる。
それを前提とした上で今後アミュ真仙教解体までどのようにアクションをしていくかが肝になる。
鈴平「あの映像の後、記者会見が始まり鬼頭上官自ら出席し一任なさる。」
鈴平「林が来なかったことについてもすでに伝達されている。」
フェイク映像を流された後、緊急で記者会見が行われ警察庁長官の鬼頭が自ら対応するそうである。
フェイク映像の後処理も直ちに行い、これも組織を悟らせないように痕跡の一滴ですら残してはいけない。
使用されたマネキンは数発弾丸で打ち抜かれ穴だらけになって使いものにならないため廃棄となる。
もしこれが生身の人間だったと思うと想像したくない。
ちなみに赤い液体の正体だが大量の赤いペンキや赤色の絵具を水に混ぜたものである。
救出された丸山たちは千葉県警で保護されており自分たちの意思で例のあの映像を見ていた。
助けが何もなければあんな風に殺されてたのかもしれないと思うと
映像の銃声が頭から離れず脳内に繰り返し再生され続け自分の体から血が飛び出る情景までも目に浮かんでしまい悪寒が走る。
こうならずに済んだのも組織の内部資料を警察に提出するという任務を果たした長沼のおかげである。
千葉のアジトで花に任務を与えられた当時の長沼の心境と
任務を終えた後のこれまでの経緯そして仲間たちを救出したことへの喜びと達成感を抱きながら長沼と丸山たちは話していた。
長沼「どういう風の吹き回しかわからなかったけどあの女が組織を裏切るなんてびっくりしましたし」
長沼「まさか女が俺に資料を渡してこいと言ってきてすごく困惑しましたよ」
丸山「まあテキトーにあの女が選んでいたからな。川代以外。あいつは目立ちすぎた。」
当時川代は花が率いる犯罪集団に牙を向き叫んでいたのが原因だ。
顔を覚えられて当然でありそれこそ川代が抜けたら不自然になるため彼を選ばなかったのは納得だ。
しかし自分の友達も巻き込まれているの見て川代がじっとしていられない気持ちは痛いほどわかる。
長沼「俺を逃がす直前に組織の仲間と遭遇して心臓が止まりそうでしたが」
長沼「力関係的にあの女が上らしく何とか誤魔化して脱出できました。」
長沼「あの女の傍にいた男も協力的でして、脱出を手助けしてくれました。」
花の傍にいた男と聞いてすぐにそれが誰なのか丸山はわかっていた。
丸山「その男は家入だ。川代と林さんの大学時代の後輩なんだ。」
長沼「なんでそんな人まで?」
丸山「そこまではわからないが林さんの弱みを握っておきたかったんだろうな。」
関係者を先に捕まえておけばそれが林の弱みになり、彼を自分の手足のように操ることができるように仕組んだのではないだろうか。
それが丸山なりの推理だが長沼の脱出に協力してくれた家入を擁護し警察に伝えたのである。
丸山「だが本当に助かった。よくやったよ長沼。俺たちの命の恩人だありがとう!」
丸山そして救出された消防隊員たちも長沼を命の恩人として感謝した。
長沼「はい!みんなを助けることができて良かったです。」
長沼「もう本当に心臓バクバクでした。」
長沼に課せられた任務は世界の命運を分けるに等しく失敗は許されないものだった、
そのプレッシャーは計り知れないものであり長沼には荷が重すぎる任務であったであろう。
長沼「みんなを助けるために暗い夜道を全力で走って組織の連中が来ないか潜んでいないか怖かったです。」
長沼「やっと民家を見つけて交番まで連れて行ってくれました。」
言葉だけでは伝わりにくい部分もあるが少なくとも丸山たち全員は長沼の大変さを理解している。
暗い闇の中を走り組織メンバーは潜んでいるかもしれない危険がある中で重責を担っていたのだ。
奇跡の生還に喜びを分かち合いたいところだが川代がここにいない。
川代はまだ囚われの身であり彼なしで喜ぶことはできない。
きっと川代は他の場所で拘束されたまま丸山たちが殺害された映像を見ているかもしれない。
川代は絶望し長沼は任務が失敗したのだと思い込み恨んでいるに違いないだろう。
あの映像はフェイクであり人質救出と情報漏洩を悟られないための警察が作り出した印象操作なのである。
丸山たちが救出されたことと組織の情報を所持していることつまり花の裏切りがバレないようにするためだ。
警察がなぜこのようなことをするとは異例のことだがそれほど敵対している犯罪組織が一筋縄ではいかないということなのだろう。
また警察である林が組織と関与されていることが大きいため扱いが難しいのだろう。
真実を知ったとき丸山たちと再会し夢でも見ているかのような感動を川代に与えてやりたい。
テレビの画面にて生中継となっており記者会見で鬼頭が自ら前に立って説明した。
そして鬼頭の隣には消防総監の姿も確認できる。
鬼頭が公言した内容だがJアラートを発令し不要不急の外出を禁じるように呼び掛けたのにも関わらず
消防隊員たちに任務を続行させてしまったことへの謝罪と
そして犯罪組織の身代金取引の対応については人質殺害の猶予を与えることを信じ
危険を顧みず組織の要求に応じ約束通り安田巡査を送らせたが組織の関係者一人も来なかったと述べ
約束を放棄しさらに人質を殺害したことに遺憾の意を表明しアミュ真仙教を全勢力を持って崩壊させると決意を固める発言をした。
テロップには名前は伏せられたが神泉町消防隊員約20名殺害と書かれているがそれに関してはここまで留められ
殺害された彼らに対しての詳細や言及は一切語られることはなかった。
やるべきことはやったが結局組織の思い通りに弄ばれてしまっていると世間からそのような印象を受けられるのは否めない。
世間に対する警察の信用を失墜させるのが目的と考えるならある意味成功させられてしまったと言える。
メディアを通してまだ他にやれることはあったのかと警察の対応とその姿勢に疑問視する人も少なくなく
なぜ犯人たちを捕まえることができないのかそのような意見や批判も絶え間なく無数の槍が四方八方飛んでくることだろう。
国民たちは自分たちの平和な日常が脅かされていることがたまらなく不快になってしまうのだ。
だがらと言って批判する側が敵に回ってさらには犯罪に加担するようなことはまずないだろう。
国民たちの批判に怯むほど警察はやわではない。
批判の波に組織が水を得た魚のように計画を実行してくるのであれば望むところである。
丸山たちは殺害されたという扱いを受けているが裏では彼らの家族と関係者には本人たちは生きて生還していると伝えてある。
ただし警察から、メンバー全員を逮捕しアミュ真仙教を解体するまでの間
丸山たちに家族と関係者たちには彼らが生きていることを公言しないように指示している。
僅かでも丸山たちは組織の情報を知っているため彼らが生きていることが分かってしまうとまた彼らを襲う危険性がある。
消防総監から直々に指示を出し丸山たちは1週間自宅待機と外出を禁じたそうである。
消防総監は東京消防庁の消防長であり全国でただ一人と最高位の階級である。
テレビに映る消防総監は消防隊員たちの死を悲しみ、アミュ真仙教を拒絶するような発言をしていた。
消防隊員の命を狙った犯行を看過できず地鳴りが起きるほどの憤慨していた。
もちろんここでも丸山たちの名前を出すようなことは一切なかった。
しっかり裏で話し合って決めて言葉を選びながら抑えきれない怒りを漏らしつつ発言してるようだった。
位の高い人まで声に出しているということがこの事件はこれほどまで影響力が絶大であるのだ。
組織側が計画の実行に伴って殺害した人々の顔をいちいち覚えてはいないだろうが念のためである。
生きているだけでも知られてはいけないだから名前は伏せられてあるのだ。
人命救助はいつでも死と隣り合わせでいつ自分の身に降りかかるかわからない。
そのことを肝に銘じて活動してきた丸山たちだったが今日改めて命の大切さを痛く骨にまで染み渡らせるほど思い知らされた。
だが命の大切をより知ったことで自分たちのしていることが命を守るということであり誇らしく思えた。
しかし本当に運がよかった。
窓ガラスから差し込む光、これを浴びるのが今日で最後になるかもしれなかった。
じっとしていられないが消防総監の指示を受け自宅待機をすることにした丸山たち。
精密検査を受け全員異常なし、家族と感動の再開を経て送迎バスに乗ってそれぞれ帰っていった。
自宅待機の期間は家族と大切な時間を過ごすこと、それが消防総監から与えられた重要な任務なのである。
東京タワーでの取引は組織側が放棄したが、東京タワーを指定したということはこの場所を襲ってくると予想し
厳戒態勢を敷き組織の犯罪計画を阻止していくと公表した。
この警察の動向は組織に対して開示できる情報である。
渋谷事件と消防隊誘拐事件のように同じような手は通じないという決意表明だ。
奥多摩のアジトで記者会見の映像見て、事件後の警察の動向を探っていた。
東京タワーを狙ってくる可能性があることでそれを未然に防ぐためあの場所に厳重な警備が入るそうだ。
それと付け加えて神泉町の消防署をしばらくの間、閉鎖するといった措置を取ったようだ。
閉鎖する意図は読めないが手掛かりや何かしらの証拠があるのか調べるための目的でそうしたのかもしれない。
赤城「ふ~ん、まあそうなるよね」
赤城は警察の対応に納得している様子である。
軽快な足取りで進んできたがここでようやく重い足枷をつけられてしまったようだ。
滝川たちの都合で計画を変更し身代金の取引はなしとなったが
林の顔を利用した電波ジャックによって予告した犯行声明で東京タワーが舞台になることを知らせてしまっている。
山本「くそ!滝川の野郎!!」
山本「あいつが余計なことをしなければ…!」
犯行計画である【偽りの知を放せし赤き塔、神の裁きにより眠りし死者の魂、解せよ!】は
東京タワーを爆破テロを起こすことであるのだが計画の当事者である山本は足止めを食らってしまい
苛立ち滝川に小言で恨み節をこぼした。
赤い塔に鉄壁の壁ができてしまった。
成功するには相当骨が折れそうだ。
滝川が余計なことをしなければあそこまで東京タワーに警察が警戒することはなかったはずだ。
警察である顔をさらけ出すことで警察に影響を与え、犯罪組織と警察が関係していたことが世間から知られれば
信用を地の底まで叩き落してたと思われていたがそれが結果として火に油を注ぐことになってしまった。
林の処遇についても言及されまずは捕まえることが先決でその後然るべき処置を取るとしているが
組織と関与していたことに対しては怒りを示していた。
理不尽に林は濡れ衣を着せられたが警察側からして見れば当然の反応である。
悪の仮面を被られれば操れていようが操られていまいが敵として当たり前に認識される。
テレビの映像でそう公言しているのが警察の最高位である鬼頭で
彼の発言は林の警察の魂を燃やす蝋燭に冷たい風が送り込まれる。
さらに消防総監も鬼頭と共に会見に出ており川代の名前は伏せられたが
ある神泉町の消防隊員と面識があり知り合いだったことが発覚しこれは計画的な犯行であると断言される。
消防総監は林に消火しきれぬほどの業火を燃やすほどの怒りをあらわにした。
川代(ちくしょう!林はそんなやつじゃねえ!!)
事情を知らなければこの怒りはごもっともでありこれは同胞たちが殺害されたことに対する悲しみも含まれている。
川代は唇を噛みしめ掌の皮を向けるほど手を握り締めた。
まさかの最高位の二人が記者の前で林に激怒しているのだ。
その様は神の裁きに等しい。それか地獄の閻魔の裁きなのか。
林の警察官としての人生は無残にも崩れ去ってしまった。
林(なんで……なんで…)
アミュ真仙教という組織が解体されても林は前科の烙印を刻まれ二度と警察に戻ることはできない。
そして重い罰を受けることになる。
これから自分は組織の操り人形として危険な任務に駆り出され正真正銘警察の敵になってしまう。
どんな言葉にも動じなかった林だったが流石にトップの二人からの怒りは耐えきれるものではなかった。
林の未来はもう明るくはないだろう。
林は跪き床のタイルに涙と鼻水を垂らした。
あまりにも気の毒で可哀想だ。
家入(林さん…)
そんな林に家入は彼の背中を優しくさすってあげた。
林を見かねた赤城は彼に近づき手を差し伸べた。
赤城「君は一人ではない。我々がついている。」
赤城「我々とともに新たな世界を築こう!」
川代「くそ!!林が!!あの男に洗脳される!!」
これぞまさしく赤城の洗脳だ。
林は顔を上げ赤城の顔を見つめる。
家入(あ……ダメだ!林さん!!)
精神的に追い詰められた林に差し伸べ伸べられた手は神の救いか悪魔の誘いか。
受け入れてしまえば林は赤城に忠誠を誓う信者になってしまうだろう。
続く