イエイリ

第36話 アミュ様の帰還

※この小説にはプロモーションが含まれています。

灰色の空の下1台の高級車がアジトへ向かっていた。
高級車を運転している組織の構成員、茂田井、伊龍、そして赤城である。
府中刑務所から脱獄した者たちは他のアジトで各々の犯行計画の遂行のため動き出している。
伊龍も府中刑務所から脱獄した死刑囚の一人だが赤城は彼を気に入っている。
経歴を考慮し即戦力としてみているのか殺人鬼としての異端に興味を持っているのだろうか。
どちらかといえば異なる考えや思想を持つもの同士の間で利害が一致して共に行動することになったということが正しいか。
信者や組織に属する者たちは皆、赤城を神格化し敬い神様のように扱うが伊龍は臆せず対等に接している。
自由になった伊龍だが騒動によって治安を守る警察たちは落ち着きがなく脱獄犯たちを血眼になって追跡しているため
単独で逃亡生活をするよりも組織で身を固めることを選んだ。
牢屋から脱出出来たのは赤城率いるアミュ真仙教であることを知ったが伊龍それに対する感謝の念など一切なかった。
赤城「伊龍殿、我々のアジトはいろんな人がいるからきっと退屈しないと思うよ」
伊龍「獄中生活より快適に過ごせることを期待しているぜリーダーさんよ」
赤城「少なくともあそこよりは快適に過ごせるんじゃないかな」
赤城「でもその分しっかりあなたが結果を残すことを期待しているから」
赤城「伊龍殿、我々のアジトはいろんな人がいるからきっと退屈しないと思うよ」
伊龍「要するにちゃんと仕事しろってことだな。ふわ~めんどくさい、けど仕方ねえよな」
能力を期待し協力してもらいたいのが赤城の考えで
任務を遂行する意味で働くことを対価に今よりも快適な生活を望みたいのが伊龍の考えである。
赤城「私には優秀な同胞たちがいる。」
赤城「彼らは私の想像を遥かに超え、己が信念を掲げる失われた人間の本来の力を解き放つ不屈の戦士たちだ。」
伊龍「面白いこと言うね。アニメとか漫画とか好きそうだね~」
若い人があるが故の伊龍の忖度なき赤城に対する印象を述べた。
赤城「アニメと漫画ね‥。私も創作物は大好物だよ!」
赤城「自分のありのままに好きなように描くことが出来る世界!君も見つけたくはないかな?」
伊龍の発言に対して深く受け止め許容するように赤城は自分の掲げる理想郷に誘い込もうとしている。
伊龍「へえ~その世界なら何人でも人を殺していいの?」
伊龍の生き方と思想は赤城の掲げる理想郷に当てはまるのだろうか。
赤城「いいと思いますよ。あなたが好きなことをしても構いません。」
悩むことなくあっさり伊龍の殺生の自由を認めてしまった。
目的を達成することならどんな犠牲も厭わない恐ろしい組織のリーダーだけのことはある。
赤城「伊龍殿はなんで捕まってしまったのかな?」
伊龍「人を殺したからじゃないの?」
赤城「なぜ人を殺してはいけないんだろうね?」
伊龍「そういう決まりだからじゃん?」
自分が捕まった理由を伊龍は正直に言うが、法律云々よりも人殺しがいけないことだとは本人もわかっているようだ。
しかしなぜそうだとわかってて犯罪に手を染めたのかが疑問に残る。
とても重たい話ではあるがなぜ赤城は伊龍にそのような問いかけをしてくるのか。
自分を神であると、そして犯罪組織のリーダーとしての立場から伊龍に1つの答えを導き出してやりたいからなのだろうか。
赤城「決まりごとや掟やルール、さらに言えば法律か‥」
赤城「それを破ってしまったために牢屋に閉じ込めたというのでおおむね合っているよ」
赤城「しかしあなたが捕まってしまった理由はもっと単純です。」
赤城「それはあなたが社会にいると迷惑で危険だからですよ。」
赤城「また誰かを殺さないか、次は自分が殺されるんじゃないかそんな恐怖に怯えないためにあなたを排除するしかなかったんだよ。」
何か核心を突いたような発言だったがこれが赤城の1つの答えだ。
赤城「でもあなたがいけないと思っているならなんでそんなことを?」
殺しは良くないと言っていた伊龍本人が人殺しを始めたのか赤城ですら流石に疑問を持っているようだ。
伊龍「俺は子どもの頃よくいじめられたしよく馬鹿にされていた。」
伊龍「学校では理不尽に怒られるし、両親によく暴力を振るわれて散々だったよ」
辛い過去を思い返すように話す伊龍、それが今の彼を形成させたと言っても過言ではない。
伊龍「それから俺は20近くなったとき俺を傷つけた奴ら全員復讐した。」
伊龍「人殺しを覚えて自分は強くなったって実感したんだよ」
悪名高き昭和のスプラッターとなった彼の動機は人間社会に対する復讐心と殺すことへの快感だった。
その復讐心こそがアミュ真仙教が欲する養分となる。
辛い過去を話した割には彼は笑顔だった。
赤城から言われた危険だからという言葉に伊龍は腑に落ちたようで自分の強さと威厳を証明できたことに喜びを感じ満足しているようだ。
目標のため任務によって多くの仲間を失ったがそれと同時に伊龍を初めとした新たな仲間が加わりさらに組織の勢力は増していく。
普遍的なことから哲学的なこと、そして組織についてのことなどを幅広く話し合っている赤木と伊龍に
茂田井は仮眠を取りながら聞いていた。


青梅街道を走って奥多摩方面に高級車は向かっている。
つまり奥多摩にアミュ真仙教の本拠地があるということである。
奥多摩は昔、神奈川県に属していたが水源確保と自由民権運動によって東京府に移管され現在の東京都に属している。
奥多摩が東京に移管された背景にはさまざまな歴史がある。
明治の時代に遡るが南多摩、西多摩、北多摩の3つの地域が中心に活動し彼らは三多摩壮士と呼ばれ
自由を主張する壮士として政府に反対する活動を行っていた。
そういった由来からアミュ真仙教は奥多摩に拠点を置いたのか
それとも赤城ないし組織の中で密接に関わっていることも考えられる。
高いビル郡が建つ騒がしいほど活気ある都会のイメージが先行する東京であるが
その反面奥多摩は田舎のような静かな自然が広がっている。
雲取山、大岳山、三頭山などの山々が連なる山岳地帯であり地理的な制約が多く
不安定な地盤や独特な地形などがビル建設に適しておらず自然環境保全も手伝って
あのような東京の都会とはかけ離れた景観になっている。
しかし観光や登山客も多く東京都内の活気に負けず賑わいがあり電車やバスそして道路の設備が施され都会とのアクセスが充実している。
都心へのアクセスのしやすさと身の潜めやすさがあるからこそ
隠し玉を隠すのに奥多摩はうってつけであるとアジトをここに置いたのが有力な理由になっていると言ってもよいだろう。
赤城たちを乗せる高級車がまさに奥多摩周遊道路を走行しておりその交通の便のよさを物語っている。
ジャジャジャーンジャジャジャーン!と赤城の携帯に着信音が鳴る、
赤城「おや?」
その着信音はベートヴェンの交響曲第5番「運命」の第1楽章であり車内に戦慄が走る。
アジトで待機している滝川からの着信であった。
赤城「はいはい‥‥あらあら‥‥ふむふむ、わかったよ」
赤城「えーと今奥多摩周遊道路を走っているところだから着いたら詳しく話を聞かせてもらうよ。」
滝川からの報告は捕まえた警察の林から土屋氷魚の日記を通して組織の情報が漏れているということだった。
その話を車内で聞いた茂田井は呆れた表情で口を開いてこう言った。
茂田井「あの女の兄か‥まだやつの残滓があったか‥」
茂田井「全然状況を把握していませんが警察を味方につけたのは本当のようですね。」
赤城「味方になったかどうか実際にアジトで見て判断しましょう。」
赤城「しかし警察か‥」
赤城「茂田井殿も政府に仕える者として働いている経験があるから彼と何かしら通じ合える部分はあるんじゃないかな?」
茂田井「わかりませんね‥だが多少骨のあるやつであると期待していますよ‥」
何も表情変えず茂田井はゆっくり目を閉じた。
嘘か誠かどうか滝川の報告についてアジトに戻ってから話を聞くことにしたが
赤城は顎に手をついて薄暗い景色を見ながら不敵な笑みを浮かべていた。
アジトに到着したのは午前5時、空の色はだんだん白くなり日の光が水平線から現れ赤城の帰還を待ちわびているかのようだ。
アジトの外には大勢の信者たちが立っていた。
彼らも赤城の帰還を待ちわびていたようだ。
信者たち「アミュ様ーー!万歳!万歳!」
赤城「諸君待たせたな!」
高級車に降りながら赤城は信者たちに手を振った。
赤城に続き茂田井とあくびをしながら車から降りる伊龍は信者たちに囲まれながらアジトの中に入っていく。
これから伊龍は逃亡生活兼新たな暮らしに幕を挙げるのであった。



家入と川代は入浴後休憩室で林が敷いてくれた布団で横になって眠れないが目を閉じていた。
銃の製造に対して林は反対しているが彼らに何も従わない何もしない人質のままこの場にいるのはリスクしかない。
何を話すか決めていないが林だけに全てを委ねるのは心許ない。
交渉次第で明暗が分かれるがどちらに転じても悪い方向しか頭に浮かんでこない。
滝川が言っていたように赤城は気まぐれな人だということなので
気分を害せば赤城から即死の宣告を言い渡し審判の時となってしまう。
多分寝ていないと思うが隣で横になっている川代は赤城のご機嫌を取れる上手い言葉を考えているのかもしれない。
休憩室は家入と川代と林の三人しかいないが何も喋らず沈黙していた。
山本に仕組まれた盗聴器は外されたがそれを教訓に監視されているだろうと読んで何も話さないことが無難であると考えている。
そこから2時間後のことである。
家入たちが休憩室で休んでいたが赤城が戻ってきたという知らせが耳に届く。
アミュ様が帰ってきたぞ!っという声が外から響いてくる。
警察が助けに来るのではなく赤城が戻ってきてしまった。
花が組織の機密情報が記された資料を長沼に渡したが、長沼にその任務は失敗したのか勘ぐってしまう。
それは家入たちにとって絶望である。
林「なんだか外が騒がしいぞ?」
家入「まさかもう来ちゃったよ!?」
川代「なんだよもうお出ましか!!」
外から騒ぎ声は聞くに赤城がアジトに戻ってきたことを意味するのである。
家入たちはその声に目が大きく開く。
帰還を待ち望んでいた信者たちと待ち望んでいない家入たちである。
林「家さんと川代はそこで待っていてくれ!」
巣の中にいる雛鳥を外敵から守るため親鳥が羽ばたくように林は家入と川代をおいて休憩室から出て行った。
その姿は数が圧倒的な敵軍に単騎で攻めていくような兵士にも見えた。
この期に及んでまだ警察としての使命感と家入と川代を守ろうとする責任感を抱いている。
林だけで一体何ができるというのか。
監視部屋で見せた滝川とのやり取りは見事な切り返しで滝川と山本を動揺させたが
組織のリーダー赤城に林の正義感と信念は通用するのだろうか.
家入が仲間から一度人質に戻ったということが争点にならないか不安でそればかりが頭をよぎる。
赤城との交渉後の自分は生きているビジョンが全然見えなかった。
花の裏切りはなんとか隠し通すことができたが氷魚の日記が警察の手元にあり組織の情報が漏れていることが知られている。
家入の人質の寝返りもそちらに話を焦点をに当ててほしいところであるが組織側には深刻な話になるので赤城の機嫌を損ねないか不安になる。
移動中に滝川が連絡して事前に話を聞いていてそれに対する対抗札を用意するための話し合いになると予想している。
川代「こんな時に待てと言われて待つ馬鹿がいるかってんだ!行くぞ家さん!」
家入「はい!」
林は休憩室を出ていったが家入と川代もじっとしてられないので林の話を無視して外の様子を見に行った。
人とぶつかるから迷惑になるから廊下を走ってはいけないからと学校で教わってきたことを忘れたかのように風を切って廊下を走る林。
緊急時こそ迅速に対応しなければいけない警察の使命が彼を走らせている。
途中でT字廊下で右へ曲がろうとした瞬間花に出くわす。
花は林を逃さないように通せんぼしているかのように廊下の真ん中に立っていた。
林「花!そこをどいてくれ!」
花「あなたがなんで急いでいるかわかるわ、アミュ様がお戻りになられたからね」
花は林の行動を見透かしている。
戦地へ赴こうとする林に花は止めることはしなかった。
T字廊下に立つ花を起点に赤城が向かってくる方角、つまりは玄関を目指そうとした時だった
背後から滝川の声が聞こえ林は足を止めた。
滝川「お待ちください林さん。」
滝川だけでなく山本も彼と隣を歩いてこちらに近寄ってきた。
山本には東京タワーに対して強い執念と思い過去を抱えている。
山本はそのことを林に話したが林は何も言い返せずじっと聞くことだけしかできなかった。
抗うことができない社会の闇に力づくでも暴こうとするやり方は多くの犠牲をはらんでしまうことを良しとしてはいけないが
家入と川代に銃製造の協力を止めさせることが叶わなかった林が山本の心を救うことなんてできない。
やめろといってやめるほど山本は無垢ではなく一筋縄ではいかない。
滝川「アミュ様のもとへ行かれるのですね」
山本「その様子だとそうだろうな」
赤城が戻ってきたのだから林の次の行動は読めてしまう。
やっぱり行くのかというだけでとどめたがその目にはいってもいいがおすすめしないと行っているかのように林は感じ取れる。
足が竦む林にまた誰かが彼に声をかけてきた。
川代「おい林!!待てよ!」
家入「置いてかないでください〜!」
林「休憩室で待ってろって言ったじゃないか!なんで来た?」
休憩室で待っているようにと支持したのにも関わらずそれを無視してしまっている。
林を警察として頼りにしていない現れなのか彼の無力感がさらにも増して胸を締め付ける。
休憩室に二人をとどまらせることは二人を危険に巻き込まれないようにするためのものだった。
川代「お前が行ったところで何にもならないだろ!」
家入「落ち着いてください林さん」
自分だけではどうにもならないことは林本人も理解しているがこの胸のざわつきが冷静ではいられなくしている。
警察の信用よりも人間として林のことを二人は心配しているのだ。
滝川「もうすぐアミュ様がお見えになります。」
滝川「ここで待てば必ずお会いできますよ」
こちらが急いで出向かなくてもこちらに赤城が向かっているので待つのが懸命であるし焦りの色を相手に見せれば弱く見られる恐れがある。




さて噂をすればアミュ様こと赤城真弥という男の姿が廊下から現れ彼の背後に大勢の人が歩いてこちらに向かってきている。
この光景をなんと捉えるのが正解か、神の下に大勢の信者が列を成す聖者の行進か、死神の下に集められし悪者が蔓延る愚者の行進か
林たちは極めて後者に近く見られる。
川代(なんだ…あれゃ〜)
それにしても赤城の身なりは独特で虹色の長い髪で中性的だがガタイが良く例えるならダビデ像を彷彿とした美しい肉体美である。
赤城の奇抜な姿に林と川代は眉をひそめてしまう。
やはりあの虹色の長髪がどうしても目が行きがちでそれが近寄り難い雰囲気を出している。
この近寄り難い雰囲気こそが信者にとっては畏敬の念と呼ばれるのだろう。
家入は赤城の姿を見るのは初めてではないがいつ見ても彼の容姿には慣れない。
赤城の両側を歩く二人は彼のように見た目は奇抜ではないが存在感がある。
赤城の右側にいる男は強面で赤城よりも年上でガタイもよく屈強な男と呼ぶのが相応しく威圧的でありリーダーの右側に立つような実力を持っていそうである。
まだ林たちはこの男が何者なのか知らないが彼は茂田井である。
赤城よりもボスらしく見えて林が敵う相手なのか不安になる。
林(あ…あの男は!?)
そして赤城の左側にいる男は若いがその顔に見覚えがあった。
その顔は指名手配犯として映し出されていた顔とそっくりであり職業柄林は痛いほど見てきた。
直接林はその事件に携わらなかったがその男は捕まって刑務所に入っていたはずだ。
記憶の片隅から消えつつあったのに再び蘇るようにその男はこのアジトに現れた。
何食わぬ顔でアミュ真仙教のアジトでリーダーの赤城と共に前進している。
その男の名は伊龍である。
伊龍「ん?なに?」
林の驚くような視線を感じ伊龍は彼を見つめ返した。
林「伊龍だな…」
なぜ伊龍がいるのか困惑するが確か林が捕まる前に東京都内の切りつけ事件に乗じて府中刑務所に爆破テロが起き脱獄犯が逃亡した通報を耳にした。
わずかにも信じ難いことだがまさか悪名高き殺人犯である伊龍が脱獄していたなんて思いもしなかった。
伊龍「誰だあんた?何で俺のこと知ってるの?」
赤城「伊龍殿のご活躍を認知されている人は沢山いるといらっしゃるが」
赤城「もっとあなたを知る人物がいるとすればあなたが警察の林殿がですね」
赤城「初めまして林殿…私は神だ!!」
川代「はあ!?何いってんだこいつ!?」
林「かっ神だって!?」
自分は神だと名乗る赤城に川代は引いてしまい林も困惑してしまう。
家入は赤城の神名乗り宣言を聞くのは2回目となる初対面の人にはそうやって自分を神だと名乗りあげるナルシシズムな人であることを認識した。
ついに警察の林とアミュ真仙教のリーダー赤城のファーストコンタクトとなったが今後どのような交渉が繰り広げられるのだろうか。

続く

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