第35話 駆け引き
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銃製造をめぐる対立が起き林と川代は衝突してしまうが
一旦中断となり他の場所を滝川に案内してもらう運びとなる。
次に案内された場所は監視部屋でアジト内を林たちが通った場所や部屋はもちろん行動も監視されていたことに気づく。
監視部屋にいたのは山本で彼からなんと林たちが来ている服に盗聴器を忍ばせていたことが判明する。
盗聴器が付けられていたことで今までの会話が筒抜けであり
銃製造場での家入と川代の二人の会話も聞こえていたので
土屋氷魚の遺体と富本銭が警察側の手元にあることが知られてしまう。
それを知った滝川は他に情報を持っていないかと家入と川代に情報の開示を求める。
危険な状況に陥った家入たちはこれをどう乗り切るのだろうか。
情報の開示を求められた家入と川代、滝川たちに知られてはいけないのは花の裏切りである。
花は千葉のアジトで人質を一人逃しただけでなく
警察側に組織に関する資料を渡すように逃がした人質に依頼した。
そのことを話してしまうと花の命も危険にさらされてしまう。
家入「えっ…と」
家入の脳内に真実の光と偽りの闇が渦を巻き混沌とした宇宙が構築される。
この状況を上手く誤魔化せるほどの持ち駒はなく思いついた言葉は全て嘘になる。
しかし今の家入に誤魔化しが効けるほどの言葉すら持ち合わせていない。
川代も何を言えばこの場を乗り切れるのか正解が見えていないが
これを何とか出来るのは自分しかいないと言い聞かせ花の裏切りがバレないように思いついた言葉を話していった。
川代「林から聞いたんだ。土屋氷魚って男が花の兄だってことは」
川代「だったら俺たちよりも林の方が知ってると思うぜ」
林「確かに俺なら家さんと川代よりも情報を持っている。」
家入(上手いです!川代さん!)
花(川代いい切り返しよ!)
情報開示の要求を全部林に肩代わりさせた川代。
花との情報共有が十分にやり取りが出来ていなかったのならば
何も知らない林に情報開示を求めることは結果として花の裏切りを隠す有効な手段となる。
だが川代は花の表情を見て判断しただけで本当に林とやり取りしたのかがわからないため川代の賭けでもあった。
家入と川代の会話では土屋氷魚の遺体のことと富本銭の話しかしていなかったため他に詮索されることはないはずである。
情報開示を求めるなら事件に詳しい林に聞いた方がよいとなるのが当然の流れになる。
林を捕らえ組織に取り込んだのも事件に関する警察だからこそより有力な情報を持っているからだ。
後は林の応答次第で話は変わってくるが、今は固唾を呑んで彼を見守るしかない。
林「これから俺が言う情報はお前たちにとって不利益を被る可能性がある。」
林「ただし、家さんと川代に危害を加えないことが条件だ。」
川代(流石林だぜ…)
組織の領域内で過酷な戦いを強いられても警察として立ち向かい毅然とした態度で振舞う勇敢な林の姿に川代は感心する。
家入と川代の安全を第一として考え二人に危険を加えないことを条件で交渉するしたたかさに心の中で流石としか言えないほど圧巻だった。
こうすることによって二人の安全を守りながらも優位に立てる。
林は警察であることから家入と川代そして花には持っていない情報を持っているはずだ。
林の持っている情報がいかに組織に影響をもたらすか、彼の話を聞くまではわからない。
滝川「ふむ、そう来ましたか」
山本「チッ!まあ、一筋縄ではいかないか…どうする滝川?」
滝川「無知は命取りになります。いいでしょうその条件に従います。」
聞くか聞かないかは滝川たち次第ではあるが知られていない脅威こそが最大の脅威となる。
滝川たち自ら情報の開示を要求したのはその脅威を受け入れる覚悟があってのことであり
それを聞いたうえで対策を講じることが真の目的となる。
交渉決裂によって起きる騒動やパニックは林を暴走させるだけでなく
彼に好意を抱く花も容赦なく裏切り損害を与えてくる危険もある。
情報を聞くため滝川は林の意向に従うことにした。
ワンサイドゲームを理想としているであろう組織側も林という警察としての存在は手強いものであると改めて認識する。
状況的に林たちのほうが不利ではあるが敵対勢力同士の駆け引きが今始まったとも見て取れる。
林「花が自ら俺が務める宇田川交番を訪れ彼女の兄の失踪届を提出され依頼を受けたことが始まりだ…」
そこから林は蔵冨興業殺人事件に関する情報と殺害された土屋氷魚がその事件に関りがあるということを述べる。
花の提供によって知り得た情報であるが氷魚の日記を彼女から貰いそれも警察側にあることも赤裸々に話した。
おそらくこれが林の持っている全ての情報だ。
氷魚の日記のことまで明かしてしまったが滝川たちにとってそれが果たしてマイナスになってしまうか心配である。
滝川「その日記の内容はなんて書かれているのですか?」
滝川「彼の妹である土屋さんなら知っていますよね?」
氷魚の日記の内容を林ではなく花に聞こうとする滝川。
氷魚の殺害の背景にはあの日記が関係していると思われるが
彼が殺害された動機は組織の情報が外部に漏れてしまう危険と花自身の兄に対する憎悪である。
ならば氷魚の動向をより知っているのは彼の妹の花である。
花「字がミミズみたいでぐちゃぐちゃしてて何も読めなかったのよ」
花「だから警察に渡しちゃってもいいかなって思ったのよ」
氷魚の日記に対して花は字が読めないと答え、組織に関わる情報はないと判断し警察側に渡したことを話した。
滝川「なぜそれをこちらに見せなかったのですか?」
滝川「もし重要な情報が含まれていた場合どうされるのですか!」
滝川の鋭い指摘に身を縮める花だがすぐに言い返す。
花「いいじゃないの!別に、あんたでも絶対に読めなかったでしょうね」
そう言って花は滝川の氷魚の日記を警察に渡したことへのリスクとその重要性を知ろうとせず撥ね付ける。
林「花、あの兄さんの日記は英語の筆記体で書かれていたんだ。」
花「筆記体?」
林「あの時、君に捜査に重要な情報があの日記に書かれてるって話したんだよ」
林が氷魚の日記の内容について自分が知ることだけを語った。
滝川「それで内容は?重要な情報とは?」
花から聞くのはあきらめて林に氷魚の日記の内容を聞こうとする滝川。
眼鏡をクイっと上げ、どんな内容でも受け入れる姿勢を見せるがどこか焦りのようなものを感じさせる。
林「あの日記が筆記体であることがわかったのは時間がかかったが」
林「俺は辞書で開いて単独で解析しつつ一文字ずつ単語の綴りを見て解読した。」
林「内容を全て解析してはいないがある一部の単語だけ解読することができた。」
林「それは「アミュ」と「サリン」だ。」
滝川「ほう…」
林「俺がわかっているのはそれだけだ。後は全て警視庁に預けて任せてもらっている。」
林の話で氷魚の日記の内容から放たれたのは「アミュ」と「サリン」の2つの単語だけだった。
しかしその2つの単語は決して事件と関りはないものではなく密接に結びついている。
「アミュ」はまさしく滝川たちが属する犯罪組織の名前のアミュ真仙教に由来されるものであり
「サリン」はそのままの言葉で危険な有害な神経ガスの一種でそのサリンを使った犯行が渋谷事件なのである。
現在その氷魚の日記は警視庁で保管されているそうで解析が進んでいる。
つまり花は違うところで組織の情報を提供してしまったことになる。
滝川「あ~あ、やってしまいましたね土屋さん。」
花「な!!なによ!!私が悪いってわけ!?」
怒りを通り越して呆れた表情をする滝川に対して動揺しつつも花は悪びれることなく反発する。
山本「これは完全に花の失態だな。どうする滝川?」
滝川「う~ん困りましたね。」
平静を装っているが少し冷静さを欠いている様子である。
林「俺が提供できる情報は以上だ。」
林「これだけははっきり言わせてもらうがお前たちの情報は完全に漏れている!」
林「警察はお前たちの好きにはさせないだろう」
林「だが約束は守ってもらうぞ!家さんと川代に危害を加えないと!」
山本「チッ!」
滝川「わかってますよ…」
花には聞こえがよくないものではあったが林にも強力な切り札を持っていたようである。
花が林に本当のことを言って情報交換が成立したかのような宣言に見えたが
これは林自身が導き出した発言に違いないだろう。
さらに情報が漏れているという発言も氷魚の日記を通しての認識になる。
組織の重要な内部資料を提供した花の裏切り行為は組織に関する内容が含まれている氷魚の日記を知らずに
警察に提供してしまったという失態に擦りかえることができた。
さらに花が林に情報提供をしているという疑いですらも間違った解釈で受け取り
もっと他の取り返しのつかない事態に陥っていることに気づかれていない。
これも花が林に十分な情報のやり取りをしなかったから成立したのだ。
孤立無援かと思われた林は家入たちとのすれ違いが思わぬ形で繋がりを見せた。
これで組織内で音を立てて崩れる未来が現実味を帯びてきた。
滝川「あの日記がどこまで書かれているかですね…」
山本「ああ…それ次第になるな。」
あの氷魚の日記がどこまでアミュ真仙教に関する情報が書かれているかによって今後の犯行計画は左右される。
土屋氷魚という人物はアミュ真仙教の実態を知ろうとした組織にとっては脅威となる人物であった。
知り得た情報が例え断片的なものだったとしても行動は宣言され抑止力になってしまう。
難解な伏線を回収し、複雑に散りばめられた点と点を一本の線で繋げてしまうほど警察の推理力は侮れない。
滝川「警視庁に日記を提出したのはいつですか?」
林「渋谷事件でお前たちがサリンをばらまいた後だ」
滝川「それであの日記にサリンという単語がでてきて事件と関連があると見て警視庁に渡したということですね。」
林「そうだ。」
林「いつかはボロが出る。お前たちの計画は予定通り進まなくなる。」
林「そこで俺からの提案だ。犯行計画を全て白紙にして俺に委ねてみないか?」
山本「なんだと!?」
滝川「なぜですか?」
この林の提案はまさに逆転の一手でもあり一か八かの賭けである。
林の狙いは花を利用して組織を自らの手でコントロールすることである。
それができれば形勢逆転である。
花が言っている自分を利用しているという言葉通りになり胸が痛むほど重くのしかかる。
だが家入と川代を救いひいては千葉のアジトで捕らわれの身となっている丸山たちを救うための覚悟であり警察としての林の揺るぎない信念だ。
林「俺のほうが警察についてのことは詳しい。」
林「警察が次どう動くか予想を立てていたほうが動きやすいんじゃないのか?」
林は警察だからより情報を持っているのは当然であり、彼が組織側にいることがその理由の1つである。
だが有益な情報を持っているからだけでなく警察としての国民の信用を失墜させることが大きな目的なのである。
もう林はそれを知っていて割り切っているからこそ臆さず踏み込んでいるのだ。
滝川は顎に手を当て一度冷静になって考え込む。
滝川「解読がまだ進んでいない段階かもしれませんが我々の計画は一度も阻止されていません。」
日記の解読が進んでいない段階とはいえ新宿の放火事件、
府中刑務所の爆破テロと囚人の脱獄そして人質作戦など今までの計画は予定通り成功している。
組織側にとっては不都合な事実が記されていることには変わりはなく未知数であることも否めないが
日記一冊だけでは全ての情報が書かれているはずがないと思われている。
滝川は見開いて氷魚の日記の影響力は少ないと判断した。
英語の筆記体で書かれているが日記に書いている内容がどのような形式で書かれているかは謎ではあるが
全てを把握している前提で警察側の動向を伺うのであれば時間との勝負になる。
林の介入は組織に大きなリスクを生むことになる。
主導権を林に握らせてしまうと組織をより崩壊の危機に陥る可能性があり100%警察側が有利に立たせるように仕向けるはずだ。
山本「絶対にこの男に主導権を握らせるな!」
滝川「もちろんですよ、あなたに決定権はありません。」
有益な情報を持っているからと言っておいそれと林に委ねるほど彼らは浅はかではない。
花「ガッカリしないで~秀人~」
林「いや、別にガッカリなんかしてないよ。とても賢明な判断だと思うよ」
上手くいかなかったが微動だにしなかった硬い柱が揺らぎを見せたのは確かだ。
山本「クソ!!おい花!!お前はどっちの味方なんだ!?」
山本の発言は今の花の状況を表していると言える。
どっちの味方なのか言い表しづらく花の心は林に惹かれ限りなく警察側に近く家入たちの味方ではあるが
兄を殺したことと犯罪組織の一員であることが引くに引けない状況に立たされている。
それでも償える道があるのなら外側はアミュ真仙教のメンバーでも内側は味方でいたいのが彼女の思いだ。
花「秀人が協力してくれるって言ってるのに断るわけ?」
花「秀人が暴走しないように私がコントロールするから!それでいいじゃん!!」
組織の一員でありながら林に好意を抱いていることを見せるのが花の生存戦略である。
思い通りにさせたくないのであれば林を警戒して行動を制限させればいいというのが花の意見だ。
山本「何を言っているんだ花!林は警察なんだぞ!」
山本「花!お前は林に利用されている!」
花「そうかもしれないけど秀人とここで幸せに暮らすって約束したもん!!」
山本の強い指摘にも花は一歩も引かず反論する。
まさか今度は組織の仲間同士での言い争いが始まった。
滝川「こらこら二人とも喧嘩はやめてください!」
看過できないのか滝川が花と山本のいい争いに止めに入った。
林と川代の喧嘩は馬鹿にするように笑ってみていたがそれとは打って変わって滝川の表情は険しい。
滝川「この件はアミュ様に報告します。」
滝川「一旦解散にしましょう。」
滝川「山本さんは林さんたちに休憩室に案内してください。」
山本「チッ!わかったよ」
無理に止めるのではなく一旦距離を置き状況を整理することになった。
滝川は監視部屋に残り、林たちはその部屋から出て行った。
林たちの服に付けれていた盗聴器も外されたため身軽になった。
花「秀人に悪いことしないでちょうだい。私は体洗ってくるから後はよろしく。」
山本「あっちいけ!クソ!!」
ここで花とも別行動になった。
機嫌が良くない山本についていくのが不安ではあるが彼の背中を追って休憩室に向かった。
休憩室は和室であり部屋の真ん中は長方形の木のテーブルで座布団と座椅子が置いてあり
林が思っていた通りここは旅館であったことがわかる。
家入と川代はこの部屋の情景を見た時、二人は遠方へ行って疲れて1泊するような旅行気分になっていた。
川代「家さん俺らもさ、風呂に入りに行かねえか?」
家入「はい、林さんも行きませんか?」
林「俺はいい…布団敷いておくよ」
山本「布団は押し入れの中に入っているぞ」
家入と川代は入浴しに行くが林は休憩室に残って二人分の布団を敷くようである。
体を洗って心と体を清めたいところではあるがそんな呑気に入浴してくつろいでいられない。
組織のリーダー赤城がアジトに帰還し交渉が成立するまで気を引き締めないといけない。
それに銃製造の件もあって気まずくてそればかりの会話になってしまう。
和室では林と山本の二人だけになった。
山本は外の暗い景色を見ていたが夜で黒く染まった木々たちを見てもなんの面白味がない気がする。
林の介入による計画の先行きの不透明さに焦る山本の心情をあの景色が表しているかのように見えた。
犯行計画において特に山本は東京タワーの爆破テロにこだわりを持っている。
なぜそこまで固執するのか林は言及することにした。
林「赤い塔…多分それは東京タワーだと思うが、なぜ東京タワーの爆破計画に固執するんだ?」
山本「そんなの聞いてどうするんだ?嫌な過去があったのが動機だよ。同情でもしてくれるのか?」
林「いや…こっちは命拾いしたんでな…」
林「俺みたいな厄介者を排除できたはずだ。」
計画に対する山本の譲れない思いが結果として林は生かされている。
飽くまで林は敵対する意思を見せているが任務を遂行する都合上無関係ではない。
【偽りの知を放せし赤き塔、神の裁きにより眠りし死者の魂、解せよ!】という犯行計画は
東京タワーだと思うがなぜそれを偽りの知を放せしと呼ぶのだろうか。
東京タワーは1958年に建設され電波塔としての役割がありテレビ・ラジオの電波の送信を担っている。
メディアによる偏向報道や印象操作など負の側面は決してないわけではないが発信される情報全てが真っ赤な嘘なんかではない。
その東京タワーを嘘を発信する塔であると言い切ってしまうほど山本の中にそれほどの恨みがあると思われるが
聞かないからにはその真実を知ることはできない。
打ち解けたわけではないだろうが山本は林に東京タワーにどうしてそこまで恨みを持っているのか話した。
山本「俺の親父は建築関係の仕事をしていた。」
山本「だがある日、突然俺の親父は原因不明の不慮の事故でなくなったと聞かされた。」
山本「一体父に何があったのか何も教えてもらえず父の死に納得いかなかった俺は父の死の真相を追い求めた」
山本「それでわかったんだよ、東京タワーの建築に俺の親父は関係していたことがな!」
山本の父親の死は東京タワーの建築に関わっているようで彼はその復讐心に燃えていたのである。
山本「あの東京タワーはどうやって建築されたか知っているか?」
山本「命綱なしで工事していたようなんだせ…」
林「なんだって…!?」
東京タワーの建築は想像がつかないもので命綱なしで工事されていたという衝撃の事実に林は驚愕した。
山本「今じゃ有り得ないよな…命綱なしの工事なんてよ…」
山本「なのによ…あの工事で死者が出たのはたったの一人だ!」
山本「だがその死者の名前に親父の名前はなかった」
山本「おかしいだろ…あんな危険な工事で死者が一人しかいないなんて有り得ない!」
とても危険と思われる命綱なしの東京タワーの建築工事で死者はたった一人であるという謎に山本は激怒していて
父親の死も関わっていることもあり死者はもっといると彼はそう思っている。
山本「あの工事で親父だけじゃねえ、もっと多くの人が犠牲になっている」
山本「政府はこの不都合な事実を隠ぺいしたんだ…だからこそ俺はそれを暴かなければいけない!」
【偽りの知を放せし赤き塔、神の裁きにより眠りし死者の魂、解せよ!】、それは山本の信念を具現化した犯行計画であり
死者の魂は山本の父親そして大勢の工事現場で亡くなられたものの無念を晴らすためだったのだ。
続く
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