イエイリ

第33話 二人だけの時間

※この小説にはプロモーションが含まれています。

滝川は林たちに銃の製造を案内したが、銃器の製造は銃刀法違反であるため林は警察官として強く拒絶する。
感情に流されず家入と川代を守るため一旦は見なかったことにして
他の場所を案内するように滝川に求めた結果、別行動となり林と花を二人だけにさせることにして丸く収める。
しかし家入と川代は生きるために違法な銃の製造に手を染めざるを得ない状況に立たされてしまう。
銃の製造の対価は組織内の独自通貨である富本銭である。
無一文の家入と川代には金策が必要でそれがないと食堂を利用することができない。
銃を作ってはいけないことはわかっているがこのアジトに生きていくためには必要であり
富本銭を通じて家入と川代は銃を持って食い繋げるという極限の選択を迫られる。
家入は人質に戻ったためリーダーの赤城がそれを知ってしまったら裏切り者としてみなされ殺されてしまうだろう。
赤城が帰還するまでがタイムリミットであり常に予断は許されない。
川代も人質である以上は危険であり組織の意向や赤城の匙加減で殺人の対象にされる恐れがある。
現在、林と花の二人が別行動となったため花が林に情報を共有しやすくなっている。
しかしこの巨大な組織を二人だけで相手にするのは心許ない。


希望の兆しは見えつつあるが救出が来るまでこの場を乗り切りなんとしてでも生き残らなければならない。
さて家入と川代は滝川の提案を受け銃の製造に協力するのだろうか。
川代「これを作れば保証はあるんだな?」
川代の言った保証とは生きるためのお金だけでなく命の保証である。
滝川「もちろん命の保証はあります。」
滝川「ここの永住権すなわちあなたたちはアミュ真仙教の信者になるのですから」
滝川「しかしそれは本心ではないのですよね?」
家入「う…」
確かに自ら仲間になりたくて協力するのではなく生きるために仕方なく協力するのである。
それは滝川もわかっているはずだ。
川代「ここを紹介した理由は俺たちに銃を作れってことなんだろ?」
滝川「まああわよくばと思って言いましたが、断ることだってできたはずですよ?」
滝川「あなたたちには林さんがいます。そのような選択をしたら彼を裏切ってしまいますよ。」
滝川「あなたたちを人質として生かすこと、それがアミュ様の約束になると思いますから」
川代「それ込でだ…」
滝川「ほう…なるほど」
法律に違反しているとまっとうな理由で否定する林を裏切る形になってしまうが
銃の製造を約束すれば家入と川代を生かすための交渉の材料として機能しやすくなる。
ただ林は納得しないだろう。
滝川「林さんだけでは心細いのですね」
川代「ああ!これも全部林のせいなんだからよ!」
滝川「ついに本音までさらけ出してしまいましたか、ふふいいでしょう!」
家入「川代さん…そんな…」
こんな危険な場所に訪れてしまったのは林のせいでもあるのだが川代が言ったのは本心なのだろうか。
家入だって川代たちよりも長く組織に拘束され精神的に追い詰められてしまったのも
林の善意が裏目になっているのが原因になっている。
林が悪いと思ってしまった時、家入は顔を横に振ってまとわりつく闇や恨みを振りほどき続けてきた。
でも一番辛いのは裏切られた林なのではないだろうか。
しかし林を裏切ったのかと思われた花がなぜか協力的であり人質を一人逃し、組織の情報を警察に提供までしてしまっている。
理由は不明だがきっと林の人柄や優しさによって花の心を動かしたのだろう。
完璧で完全体となっているアミュ真仙教にこっそりネジ一本外してくれた。
外れたネジによってこの組織が音を立てて崩れていく様を見届けるまで死ぬわけにはいかない。
本人がいないからそう言ったのかもしれないが林のせいだと川代が言ったのは半分本当もう半分は信用していてまだ諦めていないということだ。
いつ助けが来るかわからないし何が起きるかもわからない。
助けが来る前に殺されてしまうことも覚悟しないといけない。
これまでの出来事を、最悪を全て林に責任を負わせるのは荷が重すぎる。
だから川代はそれが嫌で逆効果になってしまうが自分でもできることをやろうとしているのだ。
家入も同じくである。
家入「滝川さん、ここで銃を作らせていただきます。」
家入「まだ僕たちは生きていたい。それが僕たちの本心です。」
滝川「お二人の意思、深く尊重いたします。」
滝川「不本意ではありますがそれがお二人の生きる道はこれしかありません。」
彼らの手のひらで命乞いをするフリをしていくのが家入と川代の作戦だ。
銃の製造について軽く説明した後、今しばらく見学を指示された。
早くても赤城との交渉が始まった段階から銃の製造に携わることになるのだろう。
滝川「ではちょっと待っていてください。戻ってきますのでここで見学していてください。」
そう言って滝川は銃の製造場から出ていった。
多分は別行動をしている林と花の様子を見に行って不審な動きをしていないか確かめるために行ったのかもしれない。
余計なことをしていないことを祈りたい。
そして例の作成がバレていないことも。




無機質に銃を作っている人たちの様子を見ながら家入と川代は壁に寄って腰をおろし家入は三角座りで川代はあぐらをかいて床に座った。
心の中は不安でいっぱいで落ち着きがないが家入と川代は落ち着いて会話ができる状態になった。
川代「なあ家さん林のこと恨んでいないか?」
川代「おまけに彼女まで作っちまうからな。」
川代は家入の気持ちを察するように林に対してどのような気持ちを抱いているのか聞いた。
家入「何度も林さんでこうなったって林さんが悪いって何度も何度もそう思ってしまう節がありました。」
家入「けど一番悪いのは林さんの善意を踏みにじった花さんじゃないでしょうか?」
川代「まったくその通りだ…」
花がアミュ真仙教という犯罪組織のメンバーだったなんて林が初めから知っているはずがないのである。
まさかあの花が絵に描いたような悲劇のヒロインを演じていたなんて思いもしなかった。
親族を失い身寄りすらなくなってしまう女性を見捨てるわけにはいかなかったのだ。
川代「家さんに話したっけかな?」
川代「あの時さ、マグロ拾い(バラバラ遺体のかき集め)していて偶然家さんと林と一緒になって」
川代「見つからない電車事故の遺体の一部を探そうとしたときお前は陸橋を探してみたらって言ってたじゃないか」
家入「ああそんなこと言ってましたね。生首が見つかったって」
川代「もう家さんにも話したかそれ…」
川代「解剖した結果、花の兄だったんだよな」
家入「えっそうだったんですか?」
川代「えっ?あ!そっちの話はしてなかったか。」
家入「でもあれが花さんのお兄さんだったんなんて…あ…!」
数日前に見つかった遺体が土屋氷魚であったことは知らなかったがそれを聞いて家入は背筋が凍ってゾッとした。
花が自分から兄である氷魚を殺したと言っていたが遺体をバラバラにしてまで殺すとは相当恨みを持っていたに違いないが
今まで見てきた中で家入たちを救おうとしている彼女が本当に兄を殺したのか未だに信じられない。
川代「これも話していなかったと思うが遺体の口の中に富本銭が入っていたんだよ」
家入「富本銭が!?なんでそれが?」
川代「わかんねえけど何かを伝えたかったんだろうな」
家入「それが今こんな形で使われているなんて」
氷魚の遺体の口の中に入っていた富本銭はこれを伝えるためのダイイングメッセージであるのだと川代は想像している。
この謎に包まれた富本銭がアジト内で通常の貨幣ように使われていて家入たちは今それに巻き込まれようとしている。
氷魚はどのような末路を迎えたのか想像すると恐ろしいが彼と同じ二の舞を演じてしまうのか心配になる。
なぜ富本銭を使用しているのかその理由や目的は不明であるが滝川が言っていた
アミュ様(赤城)の理想郷の中には富本銭を使用しているの未来を見据えているのではないだろうか。
川代「でさあいつ妙に花に肩入れしたみたいでよ」
川代「見つかった遺体が彼女の兄だって知った時あいつは遺体が氷魚であることを隠そうとしていたんだよ」
家入「なんでそんなことを?」
川代「電車止めちまっただろ、自殺か他殺かは置いといて」
川代「その賠償が降りかかる恐れがあるってことと彼女の悲しむ顔が見たくなかったんだろうよ」
家入「林さんが花さんをなんとかしたいって気持ちはわかりますが警察っぽくってぽくないような気がします。」
当時の事件を振り返り花の素性を守ろうとしていた林だったが結果的に花の犯罪を隠蔽する手伝いをしてしまいそうだった。
ある意味滝川に言われた通り林は組織側の人間だったのかと思わされてしまった。
川代「でも俺があいつに喝して署に情報を提供しろって言ってやったのさ」
川代「俺のおかげで少しは捜査が進展したんじゃねえのかな!」
家入「林さん間違った方向に進みそうでしたね。」
川代「いやもう手遅れだろう」
家入「はは…」
組織の犯行計画の布石であると考えられる蔵冨工業の殺害事件で見つかった正体不明の遺体が
土屋氷魚であると判明しなかった場合、捜査は複雑化していたかもしれない。
自分の手柄のように話している川代ではあるがこの家入との二人の会話が束の間の休息みたいなものなのだ。
絶望的な状況をひっくり返せるものではないし、いつまで過去のことを思い起こしてもどうしようもない。
そんな中でも何ともしてでも生き延びリスクを背負うことになるが手立ては一応見つかっている。
もちろんずっとここにいるわけにはいかないが今後のことも考えねばならない。
家入と川代、そして林も助けが来ることを望んでいる。
救出され解放された先の未来を考えた時、
警察である林はどのような扱いを受けるのかわからないが世間体は悪いと予想される。
川代「はあ~また新聞配達でもやろうかな」
家入「なんでですか?」
川代「いやほら、戻れないかもしれないじゃん消防に」
家入「あ~そういうことですか」
まだ川代の方が同情の余地があり消防隊員として復帰できる可能性はありそうだが
そういった希望がある中でも川代は最悪なことも考えていた。
それは川代が消防隊員に戻れなくなった場合のことであった。
二人共資格を剥奪されて職を失ってしまう可能性も否定できないのだ。
消防隊員になるための道のりは決して平坦ではなかったはずだ。
誇りを持って人を助ける仕事をしてきたのに
こんな仕打ちを受けるなんて思いもしなかっただろうし川代も相当気の毒である。
家入「やっぱり消防に戻りたいですよね、川代さん」
川代「そんなことより俺はまた家さんと林の三人で暮らしたいよ。」
家入「川代さん…僕もです!」
消防隊員に戻れるかよりも家入と林と普通の暮らしがまたできることを川代は望んでいるようだ。
家入も同じくそれを望んでいた。
当たり前だった日常が実は幸福に代えがたいものであったと痛いほど気付かされた家入と川代。
銃を製造する人たちを横目に滝川が戻ってくるまでの間、二人だけの時間を大事にしながら家入と川代は話し合った。


別行動を取っている林と花だが、花が先導し林にアジト内を案内した。
まずは広場やロビーを案内しリーダー赤城の演説や組織内での集会を行う場所であることを伝えた。
次に案内したのがお風呂場で男湯と女湯に区切られていた。
林は生粋の男なので男性専用の脱衣所だけを見て奥の扉が浴場であることがわかったので
浴場は見ないで廊下で待っている花のところに戻った。
しっかり男と女と区別する暖簾があり脱衣所も広かったために規模的にこのアジトはもともと温泉旅館だったではないかと考えられる。
二人だけになったため滝川に怪しまれずに林と情報交換しやすい状況になったのだが
行く先々で人がいてバレでしまわないかと情報を伝えられないでいる。
どの場所を案内するか廊下を歩きながら考えていたが、前も後ろも誰もいない林と花の二人っきりの時間が訪れる。
花(今なら言えるけど…いや!無理よ!)
今なら人目を気にせずに林と情報交換できそうではあったが花は一旦慎重になる。
永遠の愛を誓ったはずなのに心の距離は遠くさらに遠ざかっていきそうである。
花は警察として諦めていない林を見ているのか愛人として組織の仲間として見ているのかどう接していいかわからないままであり
林自身も花を大切な愛人としてみていいのか敵としてみていいのかわからなかった。
それだけでなく林は滝川の意向で別行動になったが家入と川代のそばから離れたのが
正しい選択だったのか自問自答を繰り返していた。
誰もいない二人だけの時間が来ても誰かがどこかで見ているのではないか監視されているのではないか
そんな気配が僅かにでも感じてしまうと慎重にならざるを得なくなってしまう。
組織の誰かにも悟られず林と情報を共有したいのだが何もいい方法が浮かんでこない。
花(はあ~なんて秀人に伝えればいいんだろう)
花(なんか見られているようで気持ち悪いのね)
花(秀人は今どんな気持ちなのかしら…そうだ!これだけなら話しても大丈夫ね)
林の真意を知るため花は踏み込んで質問した。
花「ねえ秀人、もしあなたが信じてやまない警察たちが助けに来てくれたら私を逮捕するの?守ってくれるの?」
林「え?」
花「正直に答えて…」
林にとっては非常に返事がしにくく、まるで「私と仕事どっちが大事なの?」っと
夫婦間で問題が起きそうな身も蓋もない質問のようだ。
しかし助けが来てくれるのならとても有難いことではある。
家入と川代の安全が確保されることだし、今は郷に入っては郷に従えで敵のお面を被らせられてしまったため
巻き添えになってお縄についてしまうかもしれないがアジトにいるより刑務所にいたほうが断然マシである。
なぜこのような問いかけを花がしてくるのか意図が読めないが警察がアジトを襲撃し助けに来てくれることが
林の最大の期待値としているため警察の使命か花に対する愛どちら選ぶのか天秤にかけて彼を試しているということなのだろう。
林「花…本当に君が自分のお兄さんを殺したのか信じられないけど」
林「アミュ真仙教は狂信的で恐ろしくて危険な組織だ。」
林「罪を償い更生の道を歩んでくれるのなら君を人として一人の女として愛していきたい。」
もし花が少しでも償う意思があるのなら彼女に正直に話した。
それが林の答えだった。
警察の使命を優先したが花のことを大事に思って更生を促しながらの発言である。
花「そう…変な質問して悪かったわね。」
花「私よりも警察を選んで家さんと川代さんを守りたいのね…」
花「あの二人を守るために私を利用しているということね…」
林「そういう意味じゃ!…ない……」
花の言葉で考えていることが全て見透かされているのだと心臓の鼓動が速く脈打ち林は反論できず沈黙してしまう。
林たちを助けたい気持ちとは裏腹に林を精神的に追い詰める花。
これも誰かに見られて不審がられるのを避けるためであり林たちを助けるための布石を明かさないための巧妙の作戦なのだ。
だがその一方で助けに来なかったことも考えて堕落を促すかのように話を進める。
情報を共有するのではなく花は組織に同調するように林をこちらにおびき寄せようとしていた。
花「ねえ秀人、一生ここで暮らさない?」
花「私たちの計画は絶対に成功する。」
花「あなたに出会えたこと、そしてあなたがここにいることは全て運命なのよ」
花は恋人のように林の背後に抱きつきいて耳元でしかし小声ではなく離れていても周囲にも聞こえるような大きさで語り掛ける。
後ろから花に抱かれた林は彼女の柔らかな温もりを感じた。
強く背中を抱かれて逃がさないかのようだった。
花「まだあなたが警察としての心が残っているのなら塵になって消えるまで打ち砕いてあげる。」
花「水も食料もあるそれに家さんも川代も一緒にいる。」
花「私がアミュ様に二人を生かすようにお願いしてあげるから。」
彼女の色だけでなく犯罪の色に染まりそうになる林。
禁忌を犯しても生きるための道があるならばその道を歩んでいくしか選択肢はないが
どうしても林は罪悪感に駆られてしまうのだ。
林「そしたら人質はどうなるんだ?」
林「傷ついていった人たちはどうなってしまうんだ?」
千葉のアジトに人質として拘束され命の危機に怯えている丸山たちを思い
自分たちだけが生きながらえて、林は人を傷つけ取り返しのつかないことをしてしまうことに強い葛藤を抱いている。
暗い表情で絶望している林に花は優しく微笑みかけた。
花「心配しないで秀人、私たちの計画は日本をあるべき姿に戻すこと」
花「あなたが心配している人たちはこの間違った世界から解放されて魂へと還り救われるのよ。」
林「くっ!」
花の言っていることは林にとっては頭のネジが外れた狂った信者のそれだった。
彼女の愛に堕ちれば堕ちるほど絶望の淵に落とされることになる。


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「素晴らしい!」
パチパチと手拍子し林と花の恋愛劇を見て感動している者がいた。
林を抱きながら後ろを振り向く花。
花「その声は!やっぱり滝川ね!」
花「気色悪いわね!あんた!どこから見てたのよ!」
花「それにあの二人はどうしたの?」
滝川「家入さん川代さんは銃の製造の見学をさせています。」
林「どうしてここに!!家さんと川代に何をしたんだ!?」
家入と川代の身を案じ林は抱きつく花を振りほどき滝川に問い詰める。
滝川「落ち着いてください。私はね、お二人がなにか怪しいことをしていないか見に来たんですよ」
花「はあ!?ないそれ!?私が信用できないっていうの?」
花(危なかったわ~秀人に本当のことを伝えなくて)
やはり滝川が家入と川代を銃の製造場に置いて出て行ったのは林と花が不審な動きをしていないか確認するためであった。
恐ろしいほどに滝川は用心深い男である。
組織の情報を警察に提供したことを話さなかっただけでも救いか。
しかし林と花の気持ちはすれ違うばかりでなく情報交換するタイミングを失ったに等しい。
林「質問に答えろ!家さんと川代に何をする気だ!」
だんだん落ち着きがなく林は理性を失っていく。
今にでも滝川に危害を加えそうである。
滝川「ふふ、何もしていませんよ。私も土屋さんと同じく二人を生かすためにアミュ様にお願いします。」
滝川「ただし条件付きで」
林「条件?」
滝川「銃の製造に協力することそれが条件です。」
滝川「二人はもう了承済みです。」
林「なんだと…」
絶望の淵に叩き落される林。
また花との関係が危ぶまれる中で滝川の発言に衝撃を受けさらに追い詰められる。
林はこの絶望的な状況をどうするのか?

続く

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