第32話 眠れない夜
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アミュ真仙教のアジトに一夜過ごすことになった家入と林と川代。
リーダーの赤城が帰還すれば家入の処遇について議論されることが予想されるためそれまでがタイムリミットになる。
家入にとってはこの夜は眠れないかもしれない。
空腹に耐えきれず滝川と花に食事を奢ってもらえたが
アジト内ではなんと日本最古の貨幣である富本銭が日常的に使われていることを知る。
用途はコインロッカーの解除用と食堂の専用の通貨としている。
製造されたものであることは火を見るよりも明らかで入手法は通常の通貨である100円で交換することができる。
食堂のメニューの値段は高くない普通の価格設定だがある一品に三人は驚愕した。
「アミュの足湯」という品が富本銭1000枚必要でつまり100万円の価格で提供されていたのだ。
このカオスなアジトに家入たちはただ翻弄され続けるのであった。
「アミュの足湯」に対して川代は誰が飲むのかと疑問を呈した。
すると食堂にいる人たちからいかつい顔で川代を睨み付ける。
殺気を感じ悪寒がし鳥肌が立った川代はなんとかその場を凌ごうとする。
川代「はは!俺ごときが飲める代物ではないな~」
自分をへりくだったように皮肉交じりに発言して川代は誤魔化した。
食堂にいる人たちはそれを聞いて表情が穏やかに食事を再開した。
なんとかなったが川代の本音は少なくともここでは失言と化してしまうだろう。
林は川代の耳元で
林「もういい加減にしておけ、ここがどこだがわかっているのか?」
川代「ああ…すまねえ…わかっているよ」
滝川「アミュ様の足湯が高価すぎて驚くのは無理はないでしょう」
滝川「万病に効くらしいですよ。」
川代(絶対嘘だそんなもん…)
万病に効くと言っているが絶対に迷信であり、滝川が「らしい」と言った発言が証拠となる。
こんなもの本当の信者しか飲まないはずだ。
食堂の窓口で注文した家入のきつねうどん、林のかつ丼、川代のうな重が出来上がり食事となった。
川代「くそ~うめえな…」
お腹が空いていたこともあっておいしく感じてしまい内心悔しく感じた川代。
このアジトの得体の知れなさと奇妙さも差し引いてもこの食堂の味がここで一生暮らしてもいいと思わせてしまう。
ある男が食事を終えて食器の窓口で食器を戻した後にこちらに寄ってきた。
「見ない顔だな新人か?」
興味津々で尋ねてきているようだ。
滝川「梅影さん、まあいろいろと話は長くなりますが」
梅影「そうか訳ありってことか…」
梅影「理由は聞かねえ、いろいろ紆余曲折あったと思うがこれから仲良くしていこうぜ」
話しかけてきたこの男の名前は梅影である。
身寄りもなく路頭に迷った人たちに住む場所を提供するような福祉施設に預けることになったような扱いを林たちはされている。
梅影は勝手に林たち三人がきっと辛いことがあったのだと勘違いしていそうだ。
川代の「アミュの足湯」に対してへりくだった発言に梅影は共感したのかもしれない。
しかしここはれっきとした犯罪組織の巣窟である。
梅影の外見についてだが髭が濃くて40代半ばの男性で肥満より体型なところから裏方で活動するような人なのだろう。
根がよくても悪そうな人物と思った方がいい。
家入「ちなみあのアミュ様の足湯を飲んだことあるんですか?」
家入は梅影に素朴な質問をした。
梅影「高くてまだ飲んだことない。」
梅影「飲めばきっと女にモテて若々しくなるんだろうな~」
花「キモ…」
現実的な理由で飲めないらしいが彼の発言のそれこそが定型的な信者である。
梅影「ところで猿江と竹原はどうした?」
滝川「彼らなら千葉のアジトで待機中です。」
林(千葉のアジトだと!?)
それを聞いて林たちの胸を締め付ける。
取り残された丸山たち、その他消防隊員たちが人質として拘束されている場所は千葉のアジトらしい。
家入と川代も大事だが丸山たちも危険な状況に立たされている。
今日の朝、午前彼らは組織の計画によって殺されてしまうのだ。
梅影「あいつらならバシッと決めてくれるだろう!」
梅影「渋谷のほうでクールに決めてくれたもんだからな!」
滝川「計画は順調に進んでいる。アミュ様の理想郷が少しずつ実現していきます。」
滝川と梅影に林たちは怒りが込み上げてくる。
しかし今はグッと抑えて、家入はうどんを音を立ててすすり川代も丼を持ってうな重を口の中にかきこんだ。
花もそうはいくものかと言いたいとこだが我慢して歯を食いしばって口を閉じた。
長沼たちが内部資料の提出任務を成し遂げ警察が救出に向かっていることを願っている。
林だけはそれを知らず気持ちだけは孤立してしまっている。
林には申し訳ないが花と家入と川代は彼とは違う緊張感を持っていて
希望持っているため多少なりとも気持ちの面では楽な方である。
林の心の中は絶望の色だけが染まっていると思われる。
気持ちを切り替えて無心でかつ丼をを食べているが様子だが
どこかで家入と川代、そしてみんなを巻き込んでしまった自分を責めていそうだ。
今は絶望しながら諦めず抵抗していく姿を滝川たちに見せ続けてやってほしい。
調子に乗っている滝川たちはムカついてしょうがないが
情報が漏れていることに気づき慌てふためく顔が見たいものだ。
そうやって滝川たちの注意を引き自分たちが優位に立っているのだと思わせてくれればそれでいい。
怒りを抑えるため胃を満たすしてやり過ごすこととして
花も林と同じかつ丼を注文して彼の隣に座って食事した。
梅影「いっぱい食べる花ちゃんが大好きだよ~」
花「フン!気持ち悪い!話しかけてこないで!」
梅影は花をちゃんづけで呼んでいる。
梅影が組織のどの立ち位置に属する人間かわからないが女である花を特別扱いしている。
花は梅影を不潔に見えて辛辣な言葉を発している。
梅影「気持ち悪くないよ~ちゃんと体って洗ってるよ~」
花「そういう意味じゃないわよ!さっさとあっちへ行きなさい!」
花にとって梅影は厄介者のようだ。
これまたややこしい人が出てきたものだ。
梅影は食堂から出ていき林たちは食事を再開した。
会話に参加していないが食堂の隅で山本もいて醤油ラーメンを食べていた。
食べないと思っていた滝川もキャベツ丼を注文して食事している。
山本の注文した醤油ラーメンの価格は家入のきつねうどんと同じ富本銭6枚(600円)で
滝川の注文したキャベツ丼の価格は林と花のかつ丼と同じ価格で富本銭7枚(700円)である。
キャベツ丼を選んだことに特別なんの意味もなくお腹が空いて食べたいから気分でそれにしたと思われる。
キャベツの花言葉には栄養価の高さが由来となり利益、功利主義、信頼という意味がある。
農業経営においてキャベツは比較的低コストで生産することができ技術的なハードルが低いため
農業初心者でも取り組みやすい野菜である。
気候変動や害虫に影響を受けやすいが機械化による労働時間の短縮化と省力化、
短期間で大量に収穫できるため総合的に利益が出しやすい。
食事を通して林たちと親睦を深めるのが狙いで林は花に奢ってもらっているが
家入にきつねうどんを、川代は少し高めのうな重を奢ってあげているが彼にとっては痛い出費ではない。
厨房では既に作り置きしたものがあるため窓口で注文されても数秒か遅くても2分くらいで提供できる。
ここだけを切り取れば大学時代に戻った感じで懐かしく思いつつあの時に戻りたい気分になる。
食事を終えて、滝川は林たちに次の指示を出す。
滝川「食事を済ませたらもう寝ますか?それともアジトの中を見ますか?また私が案内します。」
林「俺はまだ中を見てくる。家さんと川代はもう寝て休んでていいよ」
立場的に林はアジトの全体を見て把握しておきたいところだろう。
家入「眠れないんで僕も一緒に見て回ります。」
川代「俺も多分寝れないから俺も一緒に行く」
林「わかった」
家入と川代も同行しアミュ真仙教のアジトを見て回ることになった。
食堂を出たが山本は何も言わず彼は別行動でどこかへ行った。
食堂ではサイケデリックな音楽が流れていて不穏だったが食堂からでると
物音や機械音やしゃべり声が聞こえて騒がしい。
これでは家入も川代も気になって眠れない。本当に眠れない夜になるかもしれない。
ならばこの得体の知れないアジトを探索して少しでも謎を知ったほうがいいはずである。
あわよくば脱出ルートを見つけたいところ。
奇妙な絵を描いている新田のような風変りな人がいる中で
組織内にはどのような人がいるのか廊下を歩きながら滝川が説明する。
滝川「我々アミュ真仙教のメンバーには3つのグループに分かれております。」
滝川「宣告組、信仰組、革命組です。」
滝川「その中では私は宣告組であり、アミュ様に使者として信仰組と革命組を導く役割をいただいております。」
滝川「信仰組、アミュ様だけを考えアミュ様だけを思い、アミュ様の命令に必ず従う信者です。」
滝川「最初このアジトであった新田さんが信仰組なんです。」
花「そして私と山本が革命組ってことよ。猿江と竹原もよ」
革命組について喋ろうとする滝川を遮るように花が喋り出してきた。
滝川「なんなんですか!土屋さん」
ちょっと滝川は不機嫌そうになる。
花「今の説明で秀人に伝わったかしら?まあ革命組については説明しなくてもなんとなくわかるんじゃない?」
林「だいだいは把握した。」
滝川「まあ今のでご理解いただければ幸いです。」
この組織はどれくらいの規模なのかはまだ掴めないがグループ分けするほど大勢いると考えられ
連続でテロ事件を起こしアジトも千葉以外にもあると予想し決して小規模ではない。
会社で規模で例えるなら中堅以上の大手企業クラスはあると思って慎重になるべきだ。
名前から宗教めいた響きであり滝川の説明からもそれをより感じる。
信仰組こそがまさに信者ということであり
宣告組は犯行計画を円滑に進めるために信仰組と革命組をまとめ指示を出す役割を担っている。
革命組は花から説明不要と言われているが文字通り最前線で犯行計画を遂行する役を担っている連中ということだ。
どれもおすすめではないし入りたくはないが信仰組のほうが裏方のような立ち位置として見受けられ
そちらに身を置いたほうが家入と川代は比較的安全なのかもしれない。
宣告組のほうが立ち位置的にもいい地位についていて滝川の方が立場は上のように思えたが
花の態度や山本の計画に対する反論を見る限りそうではなく3グループは三つ巴で拮抗を保っている思える。
廊下を歩いていくと機械音のような音がだんだん大きくなっていく。
そしてある扉の前に辿り着いた。
機械音のような音がするのはその扉からであり、引き戸で食堂と同じ木製の引分タイプになっている。
さらにカチカチ、カチャカチャと何かを組み立てている音がする。
何を作っているのかこの先の扉を開けることでそれが明らかになる。
想像するとサリンや滝川が爆弾を作っている見ていたためきっとよからぬものを作っているに違いない。
扉を開けてみたら思ったとおりであり家入と川代には見せたくないものだった。
家入「ねえ何作っているの?」
家入は何を作っているのかいまいちわかっていなかった。
滝川は扉を開けた先で人々が何を作っているのかはっきりと家入に伝えた。
滝川「銃を作っているんですよ」
家入「銃!?なんでここで?」
林「ダメだ!これは完全に違法だ!」
林たちが踏み入れた場所は銃を製造する作業場だったのだ。
奥の方にも扉があり灰色のスチール性の開き戸の片開きのタイプで
そこからパーン!バーン!と銃弾の発射音が聞こえる。
銃の試し打ちをする空間を設けているのだろう。
この作業場に入るまで銃声が聞こえなかったので防音性の高い素材のものが施されている。
入り口付近でも聞こえるほどの銃声が漏れているがこの大きさなら作業に支障はでないと思うが
それはさておき林が言うように銃の製造は禁止であり違法なのだ。
日本では銃の扱いに厳しく規制され所持すること自体禁止されている。
許可なく所持、販売、製造することは銃刀法違反に該当し厳しく罰せられる。
彼らの銃の製造及び使用の目的は専らテロ活動であり当然許可なんか下りるはずがない。
かなり大きめのアジトではあるが人目に知られずひっそりとこのような銃を製造していることが何よりの証拠であり完全に黒だ。
武器の密輸も当然やっているだろうが運搬のコストや審査によってバレるリスクも高い。
ならば銃の製造技術を身に着け仲間たちに広く共有させてしまえば
完成品である銃や武器をそのまま流通しなくても部品それだけなく素材からでも持ち込むことができ
コストも安くなり審査も通りやすくなる。
ここまでの基盤をどうやって整えたのかは不明だが首謀者である赤城の人脈
そして事件に深く関わっている蔵冨工業が協力しているかもしれない。
もしかしたら蔵冨工業以外の企業もこの組織に協力しているかもしれないためより警戒するべきだ。
家入と川代は銃を製造している彼らと視線を反らし目を合わせないように違う方を向いていて早くここから出たい様子だ。
棚やテーブルにはマニュアルや資料が置いてありそれはきっと銃の製造に関する情報が書かれているはずだ。
また狩猟免許に関する参考書や問題集も置いてあった。
狩猟免許を所得して銃の扱いに長けた人たちがこの組織内にいて
彼らが合法的に銃の使用を認められた上で違法的に認められてない素人に技術を共有させたと考えられる。
ここにある資料すべて1ページも1文字たりとも家入と川代に絶対に読ませてはいけない。
無法地帯の領域に林たちは入ってしまい犯罪者に片足突っ込んでいる状態だ。
滝川「見てわかる通りここは銃を製造する場所です。」
林「そうかじゃあ他の場所を案内してくれ」
滝川「いえいえまだ説明は終わっていませんよ」
林「その必要はない。他を案内しろ!」
物凄い剣幕で拒絶する林。
警察としてそうだが林はその違法性に気付いているからだ。
本来ならただちに銃の製造を止めさせたいところだが林にはそのような力はない。
激しく衝突すれば家入と川代に危険が及ぶため感情に流されてはいけないのが林自身なので一旦見なかったことにしたいのだ。
滝川「はあ~あなたまでそのような態度を取るんですか寂しいです。」
拒絶する林に対して滝川は呆れた顔で両手を上げて肩をすくめる。
滝川「あの時あなたといろいろ話して仲良くなれると思いました。」
林「あなたがいやあなたたちが犯罪者であることを知った以上が見過ごすわけにはいかない」
林「家さん、あの時からもうすでに捕まっていたんだね。」
家入「はい…」
林と滝川のファーストコンタクトは家入が住む道玄坂のアパートである。
今更だが道玄坂のアパートに滝川がいた時点で家入は彼らの手中にあったことに林は気付いてしまう。
滝川「林さんがどのようなお気持ちかお察ししますが」
滝川「我々は犯罪者のような低俗な人間ではありませんよ」
滝川「崇高なるアミュ様に選ばれし神聖なる使者なのです。」
こういうのはもう聞き飽きたが自分たちがしていきたことに対して悪びれることはなく全部正しいと思い込んでいる。
滝川「土屋さんも私と同じアミュ様に仕える者、そして林さんはそんな彼女に惹かれ思いを寄せている。」
滝川「あなたもこっち側の人間なのですよ」
林「そんなことは…俺は花を女として一人の人間として愛したいだけさ!」
花「秀人~もうよしてよ~恥ずかしいわよ~」
花「滝川!それ以上言い過ぎよ!」
林もいい加減花との愛の告白や熱意を言うのはやめて欲しいしこんなところで言うのは場違いである。
これも林の作戦なのだろうか。
滝川「仕方ありませんね。私の説明が聞きたくなければ別行動にしましょう。」
滝川「家入さんと川代さんは引き続き私と一緒に、土屋さんは林さんを別の場所に案内してください。」
林「なんだと!?」
花「滝川!?」
花(いやありね…秀人と二人っきりになれる)
花は軽くガッツポーズした。
花「気が利くじゃない滝川。じゃあ秀人とは私が案内してあげるね~」
花は林の腕を掴んだ。
林と二人きりになれるのは花にとってまたとないチャンスだが
林は滝川が家入と川代に何をするのかわからいので引き離されるのに抵抗があるようだ。
林「くっ!家さんと川代に変なことはさせないでくれよ!」
滝川「はいはい、わかりました」
家入「あっ林さん…」
花の引っ張り手が強く彼女は二人っきりになることを望んでいるようで
愛人となった林は滝川の意向に沿ってしまうが彼女に従うしかなかった。
林が花に連れられて違う場所にいってしまうが家入と川代は林と花が二人っきりになることがある意味良い兆しが見えてきたと思っている。
きっと花が林に組織の情報を警察に流したと伝えるはずだ。
それを林が知ればわずかでも彼に希望を持つことができるはずだ。
現在は目の前は絶望だがその裏でかすかに希望が見えてきている。
銃の製造場を紹介したということは目的があってのことである。
滝川は林と花が出て行ったことを確認して改めて銃の製造場について説明した。
滝川「銃の製造は信仰組が中心にやっています。」
見渡すと食堂で出会った梅影の姿があり彼も信仰組であることがわかった。
滝川「銃を一丁作るごとに富本銭2枚です。」
それは銃の製造することに対しての対価のなのだろうか。
しかし銃は数十万するほどの高価なものでそれ一つ作って富本銭2枚(200円)では労働の対価は全然釣り合わない。
人件費のコストを極限にまで下げて大量に生産するためであろう。
川代「俺らにここで銃を作れってことか?」
滝川「ふふ話が早いですね、ここで沢山作って食堂でおいしいものを食べてください。」
家入「そっそんな~」
川代も銃を製造することへの違法性を理解していて家入もなんとなくいけないことだとわかっている。
食堂で富本銭が使われるため銃を作って生きるために食い繋げということだ。
家入も川代もこんなことをしてしまえば組織の犯行計画に限りなく直接的に加担してしまう。
生殺与奪を握られたに等しい家入と川代の二人。
彼らの運命はいかに…。
続く