第10話 意味のある売上1000円
エビスじいちゃんの息子の理貴が仕事から帰ってきて
理貴は駄菓子屋の売上についてエビスじいちゃんに聞くと売上は1000円であると知る。
駄菓子屋で利益が出てきていることに理貴本人は喜んでいるが
実際に何が売れたか在庫を売れたか確認しようとする理貴にエビスじいちゃんは焦る様子。
エビスじいちゃん「そんなすぐに在庫を確認する必要はないじゃろう。」
エビスじいちゃん「もう飯じゃぞ。それが終わってからでもいいんでねえか?」
お菓子の在庫を確認しようとする理貴をもうすぐ夕飯だからと止めようとしているエビスじいちゃん。
そう言われた理貴は和室のリビングに座布団を敷いて腰を下ろして座った。
その場しのぎだがなんとか在庫を見られないで済んだ。
理貴「夕飯終わってからでもいいか。お腹空いたし」
お腹が空いているということでエビスじいちゃんの言うことを聞いて夕飯を食べることを優先したが
夕飯を済ませば在庫を確認するそうなので避けられない。
エビスじいちゃん「今日は別に見なくてもいいでねえかのう…」
理貴「別にいいんじゃない。なんで?」
エビスじいちゃんが理貴にお菓子の在庫を見られたくないのは
売上は1000円だが実際の仕入れ値が1000円を遥かに超えてしまっているからだ。
理貴「さては値引きしたな〜」
エビスじいちゃん「うぐげげ!」
理貴「図星だな」
エビスじいちゃんの反応を見て値引きしたのだと理貴に気づかれてしまった。
理貴「夕飯のあとでいいから見せてくれない?あんまり期待はしないからよ」
期待はしていないというが内心どこかで期待しているかのようにも見える表情だ。
表では期待していないが淡い期待という空気が裏で入り込み膨らませている。
値引きしていることは本人も知っているがほんの誤差程度だと思っている。
売上と仕入れ値の差で反応が変わってきてしまう。
実際に在庫を見たら淡い期待によって膨らんだ風船は大きく音を立てて破裂してしまうだろう。
理貴になんて指摘されるのか言われるのか不安である。
エビスじいちゃん「本当に見るんか?」
理貴「うん、常に在庫管理はみんなで徹底するように教えてもらったからな。」
理貴「特に親父に言われたからな」
エビスじいちゃん「理貴…」
仕事で経験されたことにまで引き合いに出された。
在庫管理は小売業をする上で重要な業務の一環である。
エビスじいちゃんがスーパーマーケット「オリーブ」で働いていたことから
在庫管理は最重要業務として取り組んできたのだ。
そして理貴にも仕事を教える過程で在庫管理の必要性をエビスじいちゃん自ら店長として従業員として家族として散々教えてきたのだ。
そこには身を引いている立場のエビスじいちゃんだが
今でも現役で「オリーブ」で働いている息子の理貴が教えを守っていることに嬉しく思うが
その反面今の状態の在庫を見せたくないという複雑な気持ちもある。
理貴「まあ手っ取り早く聞くんだったらお客さんが何人来たかだな」
理貴「本多さんの息子が来るって話だったから」
理貴「本当に来てくれたんだね。」
エビスじいちゃん「そうじゃ、翔吉君が友達も連れてきてくれた。」
理貴「この前は五人だったから本多さんの息子さんが友達を五、六人連れてきたと仮定して」
理貴「親父の優しさ兼値引きというのも考慮してちょうどよく1000円にしたってところだろう。」
理貴も翔吉が駄菓子屋に来客することは把握している。
お菓子の在庫を確認したくて待ちきれないのか考察し始めて
情景を思い浮かべながら仮設を立てて来客数と売上の計算をしている。
エビスじいちゃん「期待していないとか言ってるくせに期待しているじゃろう絶対!」
理貴「ははまあね。だってこの前は3000円以上も入ってお菓子も売り切れたんだぜ。」
この前までとは違い理解に苦しんでいた理貴が売り上げに対してグラフ棒が伸びてきたかような前向きな反応をしている。
あわよくば利益になればとほぼ期待していなかったこの駄菓子屋に売り上げが見込まれる兆しが見えてきている。
勢いを止めたくないという気持ちも同じく理貴にもあるのだ。
来客の人数と在庫と売り上げの差を実際に理貴が見た時
思っていたのとは違う結果にきっと溜息するかもしれない。
夕食後、台所の洗面所で食器を洗う理貴の後ろ姿を見ていた。
エビスじいちゃん「なあ~本当にお菓子の残りをみるのか?」
理貴「見せたくないほどやらかしたってのはわかるけど」
理貴「実際に見てみないと何が売れたのか売れたのかわからないし把握すらできないだろ」
どのような反応をされるかわからないが受け入れるしかない。
怒らないから言ってみてと言われて正直に言って内容によっては怒られるというケースもある。
やらかしてしまったと事前に言ってそれについては理貴も理解しているようだが
やらかし具合によっては理貴から強く指摘されるかもしれない。
時に厳しく接して理貴を指導してきた星川店長(エビスじいちゃん)の威厳はどこへ行ってしまったのやら。
立場がすっかり逆転してしまっている。
お菓子が入っている段ボールを確認した理貴。
理貴は中のお菓子を取れ出し数を数えてくる。
やっぱり反応はよろしいものではなかった。
理貴「なんか減ってる。売り上げは1000円だよな?」
エビスじいちゃん「紛れもなく1000円じゃ。」
理貴はノートパソコンを出してリビングのテーブルに置いた。
電源を入れて、ノートパソコンの表計算ソフトを使って計算している。
スーパーマーケット「オリーブ」で買ったレシートを確認して購入金額を調べている。
家計簿をつけているのか確定申告の準備をしているかのようで本格的だ。
税込みで「ジューシーグミ」は165円、「スパークスライム」は198円、「グニャボヨ」は220円である。
それぞれ10ずつ購入し仕入れ値は合計で5850円である。
今回在庫を確認すると「ジューシーグミ」が6、「スパークスライム」が7で同じく「グニャボヨ」7であった。
本来なら売り上げは1914円だったところが1000円だったので約倍の損失を出してしまっている。
理貴「なんだこれは~」
想定を上回る損失に理貴は頭を抱えてしまう。
理貴「どうしたらこうなるんだ~」
理貴「お菓子を10個売ってなんで売り上げが1000円なんだよ!あり得ないよ!」
平均で180円から190円のお菓子が10個売られたので単純計算で1900円ぐらいが売上となっているはずだが
実際の売上が1000円というのは謎だ。
客数についてはエビスじいちゃんから聞かれていないのでわからないが
この前と同じく五人のお客さんがきたと仮定すれば客一人に対しお菓子を2個か3個上げたことになる。
相手は全員子供でそれに免じていろいろまけてやったと思われるがしかし損失がでてしまうまでするのだろうか
エビスじいちゃん「翔吉君がいつもの友達だけじゃなくて下の学年を連れて来たんじゃ」
エビスじいちゃん「全部で十人の子供が来てくれたんじゃ」
エビスじいちゃん「この駄菓子屋を支援したいそうでのう。」
理気「そうか、でもだからなんでそれが売り上げ1000円になるんだよ!」
エビスじいちゃん「話せば長くなるんじゃが…」
翔吉たちは同級生の楓からエビスじいちゃんが駄菓子屋を始めた経緯を知って
友達とお菓子を買うだけにとどまらず他の学年にも声を掛けて
エビスじいちゃんの駄菓子屋エビスを紹介して集客に協力しようしてくれたのだ。
しかし所持金は翔吉が持っている1000円札しかないらしく違う学年の間でお菓子をめぐる対立があったようだ。
喧嘩をやめさせるためエビスじいちゃんが介入し、事情を聞き資金面の限界があることを知りお互い和解することができ
その上でお菓子を分け合うという機転の効く考えを出した一人の子がいて
みんなそれに賛成する姿に温かみのある友情劇をエビスじいちゃんは見て感激したのだ。
理貴「いい話だな…」
理貴「まあ子供は確かにお金そんなに持っていないよね。」
理貴「けどなこっちも商売なんだからちょっと値引きするのは別にいいけどいくらなんでもやり過ぎだよ。」
親から頂いたお小遣いで少ない資金の中でやりくりしていてお菓子を買うのにもためらってしまう子どももいるが
だからといって採算度外視してまでやることではない。
理貴「でも分け合うって子どもたちがお金がないなりにいい考えを導き出していたじゃん」
理貴「そっちに従えば1000円でいい感じに収まって利益にもなってたじゃん」
エビスじいちゃん「恵美須の仏壇に線香を立ててくれたんじゃ!」
エビスじいちゃん「子どもたちがいっぱい来てくれただけで胸がいっぱいなんじゃ!」
理貴「う〜んそっか〜」
理貴はノートパソコンの画面に映る駄菓子屋の売上を見ながら腕を組んで体をふわりと揺らしている。
エビスじいちゃんの気持ちに寄り添おうとしているのだろう。
テンションは右肩下がりかもしれない。
飲み物も子どもたちに奢ったことについては気まずいので言わないことにした。
それを聞いたら悲惨なことになる。
売上は1000円より大きく下回ってしまう。
口を固くして売上1000円という数字にただただ見つめ続けていてほしい。
しかし一番駄菓子屋に協力的で支援してくれているのは息子である理貴なのだ。
申し訳なく思うエビスじいちゃんであった。
評価はよろしくないものではあったがそれ相応に苦悩を強いられていたのも事実だ。
エビスじいちゃん「すまん!こればかりは許してほしいんじゃがこっちも大変じゃった!」
エビスじいちゃん「だってみてみ!お菓子はグミしかないんじゃぞ!」
再びダンボールの中に入っているお菓子を見て理貴は気づく。
理貴「ああ!グミしかねえーーーー!!」
エビスじいちゃん「じゃろ!!グミしかない状態で子どもが十人来たんじゃぞ!」
これで理貴はエビスじいちゃんの苦悩を理解したのであったのだ。
そして申し訳なく思う理貴であった。
子どもたちからグミしか売っていないこの駄菓子屋の状態でそれを見てクレームや不満みたいなのを言われたはずである。
エビスじいちゃんがうまく取り繕ってうまく丸め込もうと奮闘する当時の姿も想像に難くない。
相手は子どもではあるが下手すれば印象を大きく損ねてしまう恐れがあった。
長年培ったスーパーマーケット「オリーブ」で働いた経験が活きており流石元店長といったところだ。
理貴「いろいろ言ってすまなかった親父。お疲れ!」
強く指摘したことに対し謝り素直に労いの言葉をかけた。
グミオンリーという駄菓子屋の本来の姿とはかけ離れていて
グミ菓子専門店と言っても種類が少なすぎてそう思われない状況下で
十人の子どもたちから1000円の売上を叩き出したのだ。
だが良し悪しで決めるとすると悪いというほうに大きくよっている。
いろんな要因があって漕ぎ着けたものだがエビスじいちゃんの優しさや良かれと思ってやったことは裏目に出てしまった。
いろいろ課題が見えてきた意味のある売上1000円である。
理貴「オリーブであのことを話したよ」
ハードグミである「グニャボヨ」を食べてエビスじいちゃんの歯を折ってしまったことについて職場の人に理貴は話し
どうやらその話が面白かったようで
『元星川店長の歯を折った驚異の固さを誇るハードグミ、食せるか挑戦者求厶…』
と宣伝して売り出したらお菓子コーナーが少し賑わったそうだ。
皮肉にも常連が星川店長(エビスじいちゃん)の生存確認ができて良かったそうで歯の心配もしてくれているみたいだ。
エビスじいちゃん「それはよかったのう〜」
理貴「ここの駄菓子屋の話もしておいたぜ。」
エビスじいちゃん「お〜それは助かる!」
玉井店長と同じように余裕があるときだけだが協力的である。
どちらかというと元店長であるエビスじいちゃんの安否を尋ねたいのが目的となっているかもしれない。
理貴「そういえば本多さんが息子にここのお菓子を買わせるために」
理貴「お小遣いで1000円を渡したって言ってたな。」
エビスじいちゃん「その本多の息子が翔吉君なんじゃ。」
エビスじいちゃん「顧客リストに書いてあるとおりじゃ。」
エビスじいちゃん「翔吉君以外誰もお金を持っておらんかった。」
理貴「それで売上1000円だったってことだな」
お小遣いの1000円がそのまま売上となったということである。
過程と結果はどうあれ理貴は納得せざるを得なかった。
理貴「そっちの話を聞いてみると子どもたち、相当お小遣いに苦労してるそうじゃん。」
理貴「限界を感じつつも協力してくれるのは有り難いね。」
理貴「何度も言って悪いけど、まけるのもほどほどにしないとね。」
エビスじいちゃん「でも客が来てくれるだけでも有り難いし」
エビスじいちゃん「客を増やせるチャンスじゃからいいとこ見せなきゃいかんのじゃ」
理貴「わかるよ、それでも子どもを甘やかせるだけじゃ商売にならないでしょ」
身を削ってでも良い印象をもたせて客を少しでも増やしたいエビスじいちゃんの気持ちもわからなくはない。
しつこいようだが理貴が言うように値引きばかりしていては利益にならない。
お金がない子ども相手でも時には心を鬼にしないといけない。
お菓子が買えないという変えられない厳しい現実を見せるということも必要だ。
それが子どもたちの教育にも繋がり大人の階段を一段登る一助となるはずだ。
エビスじいちゃん「さてこれからどうするかじゃな」
理貴「課題は山積みだね。」
エビスじいちゃんの歯の治療と来月には健康診断を予定していて経済的な面でより一掃負担がのしかかる中で
駄菓子屋の体裁を整えていかなければならない。
子どもの資金面の限界を知った上でどう乗り出していくかがカギになる。
この売上1000円で見えてきた多くの課題。
今後の駄菓子屋エビスにどうもたらしていくのかエビスじいちゃんと理貴の話し合いが始まるのであった。
続く
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